個人的な仕事の事情もあり、
1990年頃から数年、たまにビデオで
K 1 GP を見るくらいで、格闘技関係の雑誌や情報にも 、あまり興味が持てず
この辺りのリアルタイムでの総合格闘技事情は、まったく知りませんでした 。
偶然、本屋でサッカー雑誌を立読みしていた時に、 そのプロレス雑誌が目にとまりました。
「 四〇〇戦 無敗の男
ヒクソン・グレイシー 」
雑誌の表紙に見出しとヒクソンの顔写真が載っていたと思います。
ゾクッときましたね。
無敗の四〇〇戦が、 プロレス なのか
ガチ なのかは 書いてなくても、ヒクソンの佇まいでなんとなくは伝わってきました。
「 アレッ、 知らんうちに 何かスゲーのが 出てきてるな 」
って思いましたね、
そこからですね、またちょこちょこと雑誌を買い漁ったりして気になりだすのは。
バーリトゥード、アルティメット、なんでもアリ、金網、素手 。
時間の流れと共に時代は過激な方向へ向かっていた時で、やはり魅力的でしたね。胸がザワつき出すのが分かりました。
アルティメット大会の開催。
ホイス・グレイシー。
グレイシー一族。 グレイシー柔術。
ホイスより10倍強い ヒクソン。
そして、第1回目の開催となった
バーリトゥードJapan94 オープン大会。
体重を無視して国内外から集まった選手達の中を危なげなくダントツの内容で優勝してみせたヒクソン。
このバリジャパ94大会には、 シューティングからもトップ選手が二人出場していましたが、二人共に一回戦敗退に終わっていました。
後でこの大会ビデオを観た時のショックは
かなり大きかったです。
日本のシューティングは、外国から来た
名前もあまり知らない選手に街中のケンカのように、生々しくボコボコにされていました。
個人 対 個人 として、どちらが強いかって感じではなく、痛々しいくらいに殴られ蹴られ、心も身体もへし折られた印象は受けましたね。
弱くないのに戦い方を知らないばっかりに
負けたみたいな 。
この時、初めて シューティングのルールとバーリトゥードやアルティメットのルールの違いを感じました。
当時は大会ごとにルールもバラバラで、観る側も きっちりルールを把握して観ていたわけではなかったし、バリジャパを通して
初めて シューティング(修斗)ルールは
"寝た状態で顔殴ったらアカンのや"
とか "寝転んだ奴の顔蹴ったり踏んだりしたらアカンのか"
とか。
アメリカのルールは?
ブラジルのルールは?
何も知らないトコから少しずつ学んでいく感覚でしたね。
だからバリジャパを観た時が、
本来頭で想像していた「総合格闘技」 に近い戦いを観た最初かも知れないです。
その後、1999年まで開催された
バーリトゥードJapanが、日本の総合格闘技にあたえた影響は大きくて とても大切な意味があったと思います。
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