ひとり暮らしの風景、時々、マーケティング的映画論 -4ページ目

ひとり暮らしの風景、時々、マーケティング的映画論

東京一人生活の退屈な日常風景と、映画論なんておおげさでえらそうな話ではない、映画の感想を、日々淡々と…。

映画「歩いても 歩いても」サウンドトラック/ゴンチチ

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特に洋画より邦画が好き、というわけでもないのですが、このところ立て続けに劇場で観ているのは、いずれも邦画です。ちなみに是枝裕和監督の最新作『歩いても歩いても 』は、まだ公開していません。試写会が当たったのです。久しぶりの渋谷。C.C.Lemonホール で上映と書いてあります。どこでしょう?地図を見ると、NHKの前あたりです。こんなところにそんなのあったっけ?渋谷公会堂の場所じゃない?


…って、渋谷公会堂の名前が変わってリニューアルしていたのですね。従って、やたら広い。映画を観る広さではありません。監督はじめ、主演の阿部寛さん、夏川結衣さん、YOUさん、樹木希林さんと監督が舞台挨拶をしていましたが、妙に凝った演出もあいまって、あまり見えませんでした。


でも映画は十分に堪能。素晴らしい内容でした。


実は是枝監督より、彼の助手をしていたという、西川美和監督の大ファンです。『ゆれる 』の監督と言えば、知っている人もいるでしょう。今回の作品は彼女の作品に通じるものがありました(普通、逆でしょうが)。さすが師匠だけあって、西川作品よりある意味巧みな脚本で、でも西川作品ほどのドラマ性はなく、物足らないと思う人もいるかもしれません。とりたてて事件が起こるわけでもない、息子・良多(阿部寛)の1泊2日の帰省を描いています。良多の兄・純平は15年前に水難事故で亡くなっており、町医者である父(原田芳雄)は明らかに跡継ぎだった(実はあまりその辺ははっきりしませんが、もしかしたら部屋のシーンとかしっかり観ていたらわかったのかも)純平に期待をしていました。母は親より息子が先に亡くなったという事実の重さを抱えて生きています。そんな中、良多は失業中で、最近結婚した妻は再婚で子連れ。しかも妻は前の夫と死に別れです。


連れ子の息子(アツシ)も含めて、みんな身近な家族を若くして亡くしているわけです。みんな痛みをもっている。だからといって、相対している人の心を他の人以上に思いやれるわけではありません。でもそれが現実でしょう。悲しみを知っているからといって、同じ痛みを持っている人を完璧に理解できるわけではありません。自分の痛みは自分の痛み、人の痛みは人の痛みです。だから思いもかけないほど、残酷なことをそれぞれが相手に対して口にします。再婚の息子の妻に、子どもは作らない方がいいという姑。医者がそんなに偉いのかという息子。死んだ兄が親をみるわけではないという娘。お父さんが死んだら、一緒に住もうと息子にいう母。でも少しずつみんな、それぞれを気遣ってもいます。特にアツシは子どもながら、ある意味義理の祖父母を気遣います。明らかに汚いと思っている、祖父母が口をつけた夕食を嫌な顔をしながらも食べ、将来何になりたいのか聞く祖父に、音楽の先生が好きだからピアノの調律師になりたいと言います。本当は亡き父の職業なのに。そして彼は調律師になれなければ医者になりたいと思うようになります。最初はお小遣いをもらったから、気遣っているのか、と思ったのですが、触れ合ううちに祖父と心を通わせたのかもしれません。


老いも重いテーマです。既に引退した医者である父は、向かいの奥さんが倒れても何もできない無念。受け入れざるを得ない衰えと向き合う父を、多分息子は少しだけ理解したのではないでしょうか。切なく思いやったような気がします。


とにかく良い脚本です。素晴らしい演技です。まじめ一辺倒ではなく、笑いもあります。おすすめです。

歩いても歩いても/是枝 裕和
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秋葉原の事件から2週間が経ち、直接的に話題になることは減りましたが、半面あの事件以降、さまざまな検証がなされる中で、派遣社員というキーワードが出てくることが増えています。単純に正社員が良くて、派遣や非正規社員は企業の人の使い方として問題だというのは的外れです。確かに正社員だと、企業は真剣に相対します。簡単に解雇できないので、育てようとするかもしれません。少なくとも大手企業は、コンプライアンスに対する厳しい世間の目があり、そうひどい扱いはされないでしょう。でも全会社員の9割が勤める中小企業の場合は、必ずしも正社員の待遇が良いとは限りません。


また、会社を変わるまでのモラトリアムな期間や、結婚している女性、学生などが、派遣制度をうまく利用して、生活の糧にしている場合もあります。企業にとっても、誰でもかれでも、どんなモチベーションの人でも、すべて正社員にしていたのではもちません。もしそんな規制ができたら、ますます雇用を絞り込み、どこでも働けない人が出てきます。正規社員になるからには、働く側にも会社に貢献しようという自覚、その仕事をこなすための基礎となる能力があるのかどうか見極める力、努力する気持ちがなければ難しいと思います。


要はココロの問題です。


それは会社側にも言えます。自分の部下や指示で動いてくれる社員が、派遣や非正規だからといって、一人の人間扱いしてはいけないという法律はありません。社員に接するのと同じように固有の名前で呼び、その人の心のうちに気を配り、能力を見てあげればいいのです。


私も若い頃、転職の端境期に派遣で働いたこともありますし、学生時代はアルバイトもしていました。すべての組織がそうではありませんが、多くの会社で下手な正社員以上によくしてもらいました。よく頑張ってくれていると言われて、規定の時給以外に、直接の上司と社長両方からプラスアルファの寸志的なものをもらったこともありました。その会社は当時はまだ小さなベンチャーでしたが、今は全国展開する上場会社です。人を大切にする会社は伸びるのです。


派遣で行った別の会社は、当然連れて行ってもらえないと納得している海外への社員旅行に、会社の経費では連れて行けないことを役員自ら丁寧に説明されました(自費負担をすれば行けるということでした)。たった数ヶ月の腰掛け派遣だったにもかかわらず、です。


大人たちがそういう心の余裕、フトコロの深さがありました。少なくとも、人を人と思わないということはありませんでした。秋葉原の事件の犯人は論外ですが、乾いた職場環境があたりまえになっているのであれば、ここまでひどい事件にはならないまでも、さまざまな歪が出てくる、出ていることは否定できないと思います。


ちなみに私は工場で働いたことはありません。製造現場を知らないから、嫌な思いをしてこなかったのかもしれません。日本のモノづくりは今でも一流だと思いますが、人づくりはどうなのでしょうか。

日本の連続ドラマが軒並み不調と言われています。ゲームやDVD、ケータイやインターネットに理由を求める声があり、それも一理あると思いますが、突き詰めれば質の問題ではないかと思います。


劇場版「相棒」の大ヒットで、さまざまなメディアでこのドラマのことがとり上げられていますが、これは当初大人が観られるドラマをつくろうというところから始まったと書かれています。また、NHKの「マチベン」「ハゲタカ」、wowowの「震度0 」、民放地上波で言えば「白い巨塔」などがそのカテゴリーに入るのでしょうか。確かに今あげたものは、すばらしい作品でした。それらのドラマの切り口に「大人」を求めるなら、結局や原作の力、テーマ設定の求め方、主人公の年齢設定等にのみに頼ることになります。


そもそも大人が出ているから、大人が観てたえるというのは、ナンセンスです。火曜日にやっていた堺正章さんが主人公の「無理な恋愛 」はコケたらしいです。また、相棒なども若い人の支持も高いといいます。結局年齢に関係なく良い作品だということです。


そういう意味で先日最終回だった「ラスト・フレンズ 」は、若年層をターゲットにしながら大人の鑑賞にたえるドラマではなかったでしょうか。私も初回と最終回、間は数回しか観ていませんが、それが残念だったと思えるほど、良い作品でした。ミステリアスな部分がない(早い話、殺人で人が死んだり、謎解きをする必要がない)、20代以下の若年層社会人の群像劇は、決してトレンドとマッチしていません。一昔前の「彼女たちの時代 」(皮肉にも「無理な恋愛」と脚本家が同じですが、こちらは良い作品でした)を思い出しますが、それ以降はヒットしにくい分野だったように思います。


ラスト・フレンズは、母一人に育てられた純粋だけど、決して賢くない主人公・美知留(長澤まさみ)と、家族には恵まれているけれど自身の性的なことに悩んでいるモトクロスレーサーの瑠可(上野樹里)を中心に、シェアハウスを舞台にCAのエリ(水沢あさみ)、タケル(瑛太)、美知留をDVで拘束する宗佑(錦戸亮)が絡んでドラマが進行します。性同一性障害やDVなど時代のキーワードがテーマになっているだけでなく、離婚した母親に育てられる、あるいは母親が逃げた家庭の子どもなど、設定の事細かなところがある種リアルで切ないのです。それぞれの登場人物の心の動きが丁寧に描かれていて、観る人は誰かに共感しつつ、自分のこととして心に響く構成になっていたように思います。


もちろん私くらいの世代だと、現実のリアルタイムな人生に投影はできません。でも過去を振り返ると、確かにともにドライブできるような男友だちや、私自身ではないけれどシェアハウスに身を寄せ合っていた友だちがいて、その中で確かに動いていた感情があったことを思い出すことができます。暴力をふるわれても逃れられない主人公も、そのことにただ憤り、ぶつかっていく友だちも現実にいました。


今の若い人はこれほど密でしかも脆い人間関係をリアルに築けているのでしょうか。もしかして築けていないことが社会問題に発展しているのでしょうか。少なくとも人生にとっては損失です。時代は変わっても、人が求めること、人の気持ちは、それほど大きく変わりません。だからこそ、このドラマがヒットしたのでしょう。単にセンセーショナルなテーマがひきつけたのではないと思います。


ラスト・フレンズ/浅野 妙子
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afterschool

出演者の超豪華さでみせた「ザ・マジックアワー」 でしたが、こちらは出演者の質で魅せました。といっても、いわゆる大御所の面々ではなく、若手から中堅の比較的自然体で演技ができる人をうまくキャスティングした感じです。脚本のユニークさも素直な面白さの追求がマジックアワーなら、こちらは何と言うか、ひねくれたおかしさ?騙すという言葉がいちばん近いでしょうか?


騙すという意味では、マジックアワーも妻夫木さん演じる若い男が、佐藤浩市演じる俳優・村田を騙し、やくざたちをも騙そうとするのですが、こちらはある意味スクリーンの向こうの登場人物同士が騙しあい、観客はそれを観る役割です。ところが「アフタースクール」では、騙す相手は観客です。従って、スクリーンの中だけで完結するのだとすれば、不自然な会話が随所に出てきます。つまり観客を騙すための会話です。騙す対象が観客しかいないという会話です。つまりスクリーン上に2人の登場人物だけが出てくるシーン。例えば大泉洋演じる神野と、その友だちの木村(堺雅人)が2人しか出ていないシーンの会話。からくりがわかれば、そこは2人でそんな会話する必要がないでしょう、という会話をします。観客を騙すためです。神野と佐々木蔵之介演じる探偵の会話は、互いに騙しあっている関係性なのでいいのですが…。そこに違和感があって、映画を客観的に観ようと思うと、失敗します。


観ていない人は何を書いているのかわからないと思いますが、観てくださいとしか言えません。内容を書きすぎるとネタばれになるし、それは困難なストーリーです。冒頭の中学時代のシーンから、ほんのちょっぴり仕掛けがあって、次の身重の常盤貴子さん演じる女性とその夫(?)・木村、そこに女性のお父さんか、それにしてはやや不自然な山本圭さん、3人が出てくるシーンからは、もう嘘ばかりという展開です。


観客を飽きさせないし、頭も使わせます。感動的なシーンはあまりありませんが、マジックアワーほどの軽さもなく、切なさも少し感じます。


とにかくユニークな展開。監督の内田けんじさんならではの作品で、他の人には真似できません。


最後に。今日初めて有楽町イトシアにあるシネカノン有楽町2丁目 に行きましたが、とてもいい映画館でした。客席のクッションもよく座席も前後も広い。段差が少ないのがいまいちですが、とりたてて観にくいというほどでもなく、非常に落ち着いた映画館です。予告上映中、真っ暗にならない気遣いもうれしいです。

今日、岩手に行ってきました。日常的な仕事で、盛岡にです。アポイントをとった数日後に、地震が発生しました。瞬間的にどうするのだろうと思いましたが、盛岡が震度4と知り、交通機関さえ正常なら、決行だろうと判断しました。案の定、誰からも中止の連絡は来ませんでした。


新幹線は翌日から平常どおりの運行でした。日本の凄さを改めて感じました。


震源地出身の友人・知人も、何も変わらず、東京で関西で仕事をしています。メディアから流される悲惨な現場とはまるで無縁に日常は流れていきます。


資本主義社会とはそういうものです。被害に遭っていない人は、遭っている人であっても、事情が許せば、自分の仕事を続けていかなければなりません。


南部せんべいの店は、何年か前と同じように、観光客相手に試食販売をしていました。新幹線は満席でした。


でも観光地で地震が起こると、風評被害で観光客が激減します。リスクのあるところに行きたくない、大変なときに遊びに行っては悪い、どちらも心情としてはわかりますが、なるべく早期に日常に戻ることが大切です。もちろん甚大な被害に遭ったかたにとっては、時間がかかることですが、行政は一律ではない適宜な支援であればと思います。