重いテーマの話をここまでずっと書いてきましたが、

 

こうして文章にしてみると、

今はとても気持ちがスッキリしています。

 

書くという行動は、

私にとって気持ちを整理するうえで、

とても合っている方法なのだと思います。

 

同じような出来事を何度も経験してきたことで、

自然と心が防衛反応を持つようにもなりました。

変な意味ではありません。

 

例えば、何か問題が起きたとき。

以前の私は、ある行動パターンをとっていました。

 

Aという方法を選ぶ。

結果、失敗する。

 

この経験を何度も繰り返したことで、

頭がそれを覚えてしまったのだと思います。

 

だから今は、最初からそのAの行動を選ばない。

頭に浮かんでも、「それはやめておいた方がいい」と

冷静に判断できるようになりました。

 

そうすることで、

無駄な衝突や揉め事を避けることができるようになったのです。

 

おそらくこれは私の勝手な分析ですが、

娘を思う気持ちが強すぎたからこそ、

私は解決を急いでしまったのだと思います。

 

「元に戻さなければ」

「何とかしなければ」

 

そう思い続けていました。

 

でも、もしかしたら娘の気持ちよりも、

自分の気持ちを優先していたのかもしれません。

 

だから今、私は娘と距離を置いています。

 

直接会話をすることはありません。

 

正直に言えば、

今も私は娘から着信拒否とLINEブロックをされたままです。

 

以前はそれが悲しくて、辛くて、許せませんでした。

 

でも今は、もう受け入れています。

 

それが娘の望んだ形なら、それでいい。

そう思えるようになりました。

 

少し不思議な親子関係かもしれませんが、

事務的な連絡が必要なときは、旦那さんが窓口になっています。

 

必要最低限の連絡だけ。

娘が伝えてきたことに対して、対応するだけです。

 

それでも、この形で揉めずに関係が成り立つのなら、それでいい。

今はそう思っています。

 

そして…

 

この距離の取り方が良かったのかどうかは、正直まだわかりません。

でも、四月から娘は三度目の復学をする予定です。

 

親として今できることは、

 

学費を払うこと

家賃を払うこと

仕送りをすること

 

それくらいです。

 

あとは、娘が連絡してきたときに、その都度対応する。

それだけにしました。

 

ここまでの気持ちになるには、もちろん時間もかかりました。

 

その話は、また次回書こうと思います。

娘との関係が悪化してから、
私はたくさんの出来事を一つ一つ振り返りながら生活してきました。

 

当時は、何か問題が起きるたびに答えを出そうとしていました。

けれど、その答えはすぐに変わってしまうことが多かったのです。

 

それはきっと、早く解決したかったから。

ずっと悩み続けることが、ただただ辛かったからだと思います。

 

結果として、

急ぎすぎた私は、出した答えをすぐに変えたり、

またやり直したりを繰り返してしまいました。

そのうちに、本当の答えがどこにあるのか、

わからなくなってしまったのです。

 

本当は、最初から答えはわかっていました。

 

「仲の良い親子に戻ること」

 

でも、それはもう簡単にできることではありませんでした。

 

無理だとわかっていても、どうにかして元に戻りたい。

それが当時の本音でした。

 

だから私は、「何が間違っていたのか」「何が良くなかったのか」を考えるよりも、

「誰が悪かったのか」「誰のせいなのか」を探していたのだと思います。

 

誰かのせいにしたかった。

そうすれば、親である私たちの気持ちが少し楽になるから。

 

そして、その考え方こそが、

娘との関係をさらに悪化させていった原因の一つだったのだと思います。

 

もう少し早く冷静になれていたら。

もう少し客観的に物事を見ることができていたら。

 

ここまで親子関係が崩れることはなかったのかもしれません。

 

でも、これも今だから書けることです。

当時はそんな余裕など、どこにもありませんでした。

 

辛いと思っていた、いや、辛いと思い込んでいた約2年間。

 

でも今思うと、その時間があったからこそ、今の私があるのだと思います。

 

これから先、親としてどう考え、どう向き合っていくのか。

 

それこそが、

私が「目の前の向こうへ」進んでいくためのタイミングなのかもしれない。

そんなことを感じながら、今は日々を過ごしています。

娘からの暴言により、

私は心が壊れ、「鬱病」という心の病気になりました。

 

なぜ娘は、あれほどまでに暴言を吐き続け、

罵声を浴びせ続けたのでしょうか。

 

今振り返ってみると、

当時の娘は借金地獄に陥り、

誰にも相談できない状況だったのではないかと思います。
しかし、それを理由に人に対して暴言を吐き、

平気で人を傷つける行為は、

決して許されることではないと思います。

 

しかも、追い詰められた娘は、

お金を稼ぐために、

親としてはしてほしくないアルバイトまでしていました。
だからこそ、余計に親を避け続けていたのだと思います。

 

その悪循環が、娘に「暴言」という武器を持たせてしまい、

私たちに向けて攻撃してきたのではないか。
今ではそう思います。

 

そして娘は、私にこう言いました。

 

「お前のせい」
「お前は毒親」
「お前みたいな底辺の人間がしゃしゃり出てくるな」

 

これらの言葉は、直接ではありません。
すべてLINE上での言葉でした。

 

おそらく、直接言う勇気はなかったのでしょう。
だってこの言葉は、

親子関係に確実にヒビが入る、終わりの言葉だからです。

 

それは娘自身もわかっていたのだと思います。
だから直接ではなく、

LINEという媒体を使って浴びせてきたのではないでしょうか。

 

しかし、成人するまで一生懸命育ててきた我が子に、

こんな言葉を言われるなんて…。

 

思ってもみませんでした。

「え?
私って毒親なの?
私のせい?」

 

映画のワンシーンのように、

目の前が真っ暗になり、

その言葉だけが頭から離れなくなりました。

 

起きていても、頭から離れない言葉。
繰り返される言葉。

 

何をしていても、

その言葉が頭の中でリピートされ続けるのです。

 

だから眠れない。
眠りたい。
いや、眠らないと私が壊れてしまう。

 

そうわかっていても、眠れない。

 

食事も喉を通らない。
ずっとお腹が痛い。
痛くてたまらない。

 

そして、これ以上は危ないと判断した旦那さんが支えてくれて、

メンタルクリニックへ行くことになりました。

 

診断は…

 

「鬱病」

 

きっと世の中には、

今でもこの病に苦しんでいる方がたくさんいると思います。

 

経験したことがある人にしかわからない、心の病。

 

立ち直る方法や克服の仕方も、

人それぞれだと思います。

 

私は今、もう薬は飲んでいません。
睡眠薬がなくても、

ゆっくり眠れるようになりました。

 

これがきっかけで回復した、という出来事は正直ありません。
いくら考えても、思い当たるものはありません。

 

ただ、人はつらいことを何度も繰り返していく中で、

少しずつ考え方や気持ちの持ち方が変わっていくのではないか、

そんな気がしています。

 

心が知らないうちにSOSを形にして、

 

「もうこれ以上苦しまなくていいよ」
「もう大丈夫だよ」

 

と、そっとエールを送ってくれるような気がするのです。

 

考えることをやめる。
悩むことをやめる。
手放す、と言った方が正しいのかもしれません。

 

それが無理やりではなく、

自然とそうなっていくと、

心も少しずつ理解してくれるようになる気がします。

 

同じように、心の病で苦しんでいる方の心が、

少しでも軽くなるといいなと思いながら、

この振り返りを書きました。

 

これが、私の鬱病の記録です。

娘の嘘や、

これまで知らなかった姿が次々と明らかになり、

旦那さんは仕事の合間をぬって必死に動いてくれました。

 

どうすれば娘にとって一番良い方法になるのか。
そればかりを考えていたと思います。

 

しかし娘は、本当のことを何も話しません。
現状は、SNSで知り合った人から教えてもらうしかない状態でした。

 

着信拒否。
LINEはブロック。

 

何一つ連絡手段がありません。

 

だから、旦那さんは言いました。
「行くしかない。娘のところへ」

 

そして何度も娘の元へ通ってくれました。

 

私は、そんな旦那さんに感謝しかありません。
そして同時に、深く尊敬しています。

 

娘の本当の状況がわからないまま、

寒い日でもマンションの外で待ち続ける。
やっと連絡が取れたと思えば、

返ってくるのは暴言ばかり。

 

信じていた娘の姿とはあまりにも違う現実を目の当たりにして、

旦那さんは少しずつ壊れていきました。

 

まさか旦那さんが、

メンタルクリニックに通うことになるなんて。

 

でも、先生に話を聞いてもらうことで、

少し落ち着きを取り戻すことができました。

 

とはいえ、問題が解決したわけではありません。

 

祖父母も心配して動いてくれていました。
それなのに、娘は祖父にも暴言を吐いたのです。

 

申し訳なさでいっぱいだったあの頃。

 

だからこそ、私も逃げずに娘と向き合おうと思いました。
しかし、返ってきたのはやはり罵声でした。

 

「お前のせい」
「お前は毒親」
「お前みたいな底辺の人間がしゃしゃり出るな」

 

この言葉は、

この後も何度も娘から言われることになります。

 

私には、

この言葉がまるで悪魔の呪文のように聞こえました。

 

だから、壊れてしまったのです。

 

私は一体、何をしたのだろう。
何がそんなに悪かったのだろう。

 

そう思いながらも、
「全部私のせいなんだ」
「私が悪かったんだ」

 

そう自分を責め続ける日々でした。

 

逃げたかった。
消えてしまいたかった。

 

そして、本当は誰かに助けてほしかった。

 

これが、あの頃の正直な気持ちです。

 

ですが、人はどんなにつらいことがあっても、

そばで支えてくれる人がいれば立ち直れるのだということも知りました。

 

それは、旦那さんです。

 

本当にありがとう、旦那さん。

メン地下や推し活に、

お金も時間も使い果たした娘に残ったもの。

それは、借金と大学休学という現実でした。

 

ですが娘は、

借金というものを怖いことだとは感じていないようでした。

 

変な言い方になりますが、

何も感じていない。
そんな様子だったのです。

 

言い方を変えれば、何も考えていなかったのか。
それとも、考えることをやめてしまっていたのか。

 

大学の休学についても同じです。

 

一度目の休学は、娘自身が望んだものではありませんでした。
二度目の休学は本人の希望でしたが、

私には結局、

休学という制度を使って時間を引き延ばしているだけのように感じていました。

 

お金のありがたみも分かっていない。
借金がどれほど大変なことなのかも分かっていない。
大学を休学することが、

自分の人生にとって決してプラスにはならないことも分かっていない。

 

すべては自分でまいた種なのに、

真剣に考えることも、動くことも、反省することもない。

 

そんな娘の姿を見ていた私は、

この頃、正直言って憎しみに近い感情を抱いていたのかもしれません。
そして同時に、ただただ呆れてしまっていたのも事実です。

 

そして、この出来事がきっかけとなり、

私の心が壊れてしまう出来事へと繋がっていきます。

 

今思い出しても、自然と涙が溢れてきます。