(前回の続きです)
今こうして振り返ると、
「私、この4年間をどうやって
正気で生きてきたんだろう……」
と、自分でも不思議になることがあります。
 
それくらい、
毎日が必死で、
生きた心地がしませんでした。
 
娘との関係が悪化するにつれて、
心だけではなく、
体も少しずつ悲鳴を上げ始めました。
 
気づけば私は、
うつ病になっていました。
 
そこからは、
ストレスがダイレクトに
体に現れるようになったのです。
 
睡眠障害。
ストレス性の腹痛。
突発性難聴。
低体温症。
蕁麻疹。
元々あった偏頭痛の悪化……。
 
「あぁ、私の体って本当に
どこまでも正直なんだな……」
と、痛感したのを覚えています。
 
娘と激しくぶつかるたびに深く傷つき、
信じていたことが嘘だったと分かるたびに、
崖から突き落とされたような衝撃を受けました。
 
「今度こそ大丈夫」
 
そう思っては裏切られ、
期待しては落ち込む。
 
そんな地獄のようなサイクルを、
何度も何度も繰り返してきました。
 
そして、
そんなボロボロだった私の目に入ってきたのは、
お友達親子の何気ない日常でした。
 
一緒に買い物へ行った話。
楽しそうにランチへ行った話。
毎日のようにLINEをしている話。
電話で笑い合っている話。
 
世間一般では、
ごく普通の「当たり前」の日常です。
 
でも、その”当たり前”が、
我が家にはありませんでした。
 
だから、正直に言います。
 
ものすごく、羨ましかった!!!
 
「人と比べても仕方ない」
そう何度も自分に言い聞かせました。
 
でも、
人間ってそんなに器用じゃないんですよね(笑)
 
頭では分かっていても、
心は勝手に比べてしまうし、
勝手にショックを受けて落ち込んでしまう。
 
お友達親子の笑顔を見るたびに、
「どうして我が家は、
こうなれなかったんだろう……」
と、一人で泣いた日もたくさんありました。
 
でも今振り返ると、
あの苦しかった時間も、
決して無駄ではなかったのだと思います。
 
何度も泣いて、
何度も落ち込んで、
そのたびに少しずつ
「自分の心との付き合い方」を
覚えていったからです。
(明日に続きます)
 
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(前回の続きです)
大学2年生の時に、
約300万円もの借金を
抱えていたことが発覚した娘。
 
私たち夫婦は、本当に頭を抱えました。
もちろん怒り狂いました。
 
でも、それ以上に強かったのは、
「まだやり直せるはず」
そう信じたい親心でした。
 
娘には、一度立ち止まってほしい。
今なら、まだ人生をやり直せる。
 
そんな思いから、
大学2年生の後期は「休学」
という選択をしたのです。
 
あの頃の私は、
「この時間が、娘にとって
自分を見つめ直す必要な時間になる」
そう信じて疑いませんでした。
 
……でも。
今だからハッキリ言えます。
 
あの休学は、
何の意味もありませんでした!!
 
親としては「立て直すための時間」。
でも娘にとっては、
ただただ
「自由に遊ぶ時間」でしかなかったのです。
 
そして復学。
「これで少しは変わってくれるかも……!」
そう願ったのも束の間。
 
娘は大学3年生の後期に、
再び休学することになります。
 
正直、
この時点で私は薄々気づいていました。
 
「もう、親が何を言っても
届かないのかもしれない」
という、あまりに悲しい現実に。
 
一度目の休学も、
二度目の休学も、結果としては全く同じ。
 
反省することもなく、
生活が改まることもなく……。
 
娘は自分の好きなこと(推し活)を
最優先する毎日を続けていました。
 
そんな二度目の休学中に、
義父が他界しました。
 
私は心のどこかで、
「おじいちゃんが亡くなったことで、
何か感じて変わってくれるかもしれない」
なんて、淡い期待を抱いていました。
 
実際、一時的に娘との関係が
少しだけ落ち着いた時期もありましたが……
それは本当に一瞬だけ。
 
結局、何も変わりませんでした。
 
今頃、義父は天国で、
「まったく、しょうがないなぁ……」
と苦笑いしているかもしれません。
 
いや……案外、
盛大にため息をついているのかな(笑)。
 
お義父さん、本当にごめんね。
私たちも頑張ったんだけど、
力が及びませんでした。
 
そして、大学4年生…
休学を終えて復学したにもかかわらず、
娘は大学へ一度も通いませんでした。
 
ここで、
私たち夫婦は一つの大きな決断をします。
 
「もう、学費は払わない」
 
これ以上、親としてできることはない。
甘やかしてはいけない。
そう判断しました。
 
そして迎えた「除籍」。
 
もちろん、
簡単に決めたことではありません。
 
何度も何度も夫婦で話し合い、
泣き、苦しんだ末に出した答えでした。
 
あの苦しい決断は、
今振り返っても決して
間違っていなかったと思っています。
 
ただ……
これで終わりではありませんでした。
本当に恐ろしかったのは、
ここからだったのです。
(明日に続きます)
 
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最近…
自分でもちょっと不思議に思うことがあります。
「あっ、これは体調を崩す前兆だな……」
そんなふうに、
自分の心や体のSOSの変化が、
自分で
コントロールできるくらい分かるようになってきたのです。
 
この数年間、本当に色々なことがありました。
泣いて、怒って、落ち込んで……。
 
そのたびに、
必死で自分の心と
向き合ってきたからなのかもしれませんね。
 
だから今日は、
先日ドカン!と入ってきた嫌な情報を
吹き飛ばす意味も込めて、
この数年間を少し振り返ってみようと思います。
 
私は、この数年間をどうやって乗り越えてきたのか。
どうやって立ち直り、自分を見つめ直してきたのか。
改めて、自分自身を「分析」してみたくなりました。
 
一気には書ききれないので、
何回かに分けて
物語風に振り返っていこうと思います!
 
まずは……
娘の中学・高校時代はすっ飛ばします!(笑)
 
今振り返れば
「あれも前兆だったのかな……」と
思うことはありますが、
当時の私は全く気付いていなかったし、
思い出すと
今でも普通に腹が立つことばかりなので(笑)
 
ということで、
物語のスタートは娘が大学へ入学してからです。
 
大学1年生…
今思えば、この頃にも小さな予兆はありました。
避けられたり、嘘をつかれたり……。
 
それでも、
まだ着信拒否も
LINEブロックもされていませんでしたからね(笑)
 
一人暮らしを始めて、
親の心配なんてお構いなしに遊び回っていましたが、
今思えば「あの頃はまだ可愛いものだったな……」
なんて思ってしまいます。
私も少しは
図太く成長したということでしょうか(笑)
 
そして迎えた、大学2年生…
 
ここから我が家は、
一気に崩れ始めます。
 
まさか娘が「メン地下」にハマるなんて、
夢にも思っていませんでした。
 
私はずっと、
「お金の大切さくらい、
ハタチ前なら分かっているはず」
そう信じていました。
 
でも、その考えは見事に覆されます。
 
娘の中では、
「自分でアルバイトをして稼いだお金なんだから、
好きに使っていいでしょ!」
そんな考えにすり替わっていたのでしょう。
 
学費。
家賃。
生活費。
 
親が裏で負担している大きなお金のことは、
娘の頭の中から
すっかり消え去っていたように思います。
 
正直、今振り返っても
「何を考えていたんだろう……」と
呆れずにはいられません。
そして、この大学2年生の間に、
娘は約300万円もの借金を抱えることになります。
 
もちろん、この時の私は
そんな恐ろしいことを知る由もありませんでした。
 
この出来事が、
これから始まる長い長いバトルの始まりになるとも知らずに……。
(明日に続きます)
 
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今の私には、全く必要のない情報が入ってきました。
 
はい、娘の新たな情報です。
 
相変わらずメン地下やアイドルを追いかけ回し、
そこにさらにオーディション番組系のグループ追っかけまで追加されていたようです。
 
今年の5月、6月と立て続けに新しいアカウントを作り、
各方面のヲタクと繋がりを深めているようでした。
 
……言葉は非常に悪いですが、
「バカじゃないの?」という気持ちと、
「やっぱりね……」という呆れた気持ち。
 
この人は本当に目先のことしか見ないし、
物事を深く考えもしない。
今が、今だけが楽しければそれで良いんだな、
と改めて再確認させられました。
 
そんな中、このタイミングで大学側から
珍しく旦那さん宛てに電話がありました。
 
「大学の除籍証明書は、
本人に原本をお送りするようにします。
ご実家にはコピーをお送りします」と。
 
理由は分かりませんが、
本来のシステムなら親に原本が届くはずなのに、
なぜか逆になったのです。
 
正直、大学側に対しての不信感ばかりが増しました。
 
そしてもう一つ。
娘が先日、大学へ電話をかけてきたという話もされました。
 
娘は大学側に、こう聞いたそうです。
「私は除籍ですか?退学ですか?」
大学側が「除籍となります」と答えると、
「分かりました」と言って、
すぐに電話を切ったとのことでした。
 
この話を聞いて、察しました。
 
娘はきっと、私たちが
「なんやかんや言いながらも、
陰で学費を納めてくれているのではないか?」なんて、
甘い考えを持っていたのではないか、と。
 
「ワンチャン、まだ大学にいけるかも?」
なんて期待していたのかもしれません。
 
ですが……
そんなこと、するわけがないでしょう。
と、声を大にして言いたいです。
 
筋道立てて話すことも出来ず、
暴言しか吐かない人間の、
一方的な願望だけを受け入れるほど……
甘い親に私たちはなれませんし、
なるつもりもありません。
 
この怒りや呆れ、
色々なことが一気に重なり、
私はガクッと体調を崩してしまいました。
 
「もう、いい加減にしてくれ!」
これが、今の私の偽らざる本音です。
 
娘の新たな情報は、
もう目にもしたくないし、
耳にも入れたくない。
 
冷たい書き方になるかもしれません。
 
でも、
我が家には最初から子どもなんていなかったのだと、
ぼんやりとではなく、切実に思いたい。
 
そう思わなければ
自分の心と体が壊れてしまう、
本当に重い一日となりました。
 
さぁ…何とか踏ん張れ、私!!!
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何か一つ、長年の謎に、

一つの答えが見えた気がしました。

 

まさか、そのきっかけが

「突然のお泊まり」になるなんて思ってもいませんでした。

 

先日、従姉妹の子どもが

我が家に遊びに来ていた数日後のこと。

 

今度は、お友達の子どもちゃんが

急遽お泊まりすることになったのです。

 

理由は、JRの人身事故。

電車が途中で長時間ストップし、

一番近くの駅に着くまで、

すでに2時間近く車内に閉じ込められていたそうです。

 

たまたま別の用事で私がLINEをすると、

「JRが止まって帰れません……」

と返信が。

 

旦那さんに相談すると、

「最寄り駅まで迎えに行ってあげよう!

家まで送ってもいいし、泊まってもいいし、

本人の気持ちを聞いてあげよう」

とのこと。

本人に確認すると、

「泊まってもいいなら、泊まりたいです!」

との返事だったので、

旦那さんが迎えに行き、そのまま我が家へ。

 

この子は、娘の同級生ではありません。

 

ワンコ仲間のお友達のお子さんで、

今年の春から専門学校へ通っている女の子です。

 

専門学校を決める時から目標がしっかりしていて、

オープンキャンパスでは、

お母さんの代わりに私が付き添ったこともあります。

 

人懐っこくて、よく笑って、

それでいて礼儀もしっかりしている、

本当に素敵な子です。

 

学校が我が家のある市内なので、

「何かあったら遠慮なく連絡してね!」

と以前から伝えていました。

 

その言葉が、

まさかこんな形で役に立つとは思いませんでした。

翌日には無事に帰宅。(よかった!)

 

そして、この一泊が、

私にあることを考えさせてくれました。

 

我が家の娘も、一人っ子。

この子も、一人っ子。

そこは同じです。

でも、一つだけ大きく違うことがありました。

 

それは、親戚との関わりです。

我が家は私も一人っ子なので、

娘には年齢の近い従姉妹や従兄弟がいません。

旦那さん側も同じでした。

一方、この子には

年齢の近い従姉妹や従兄弟が何人もいて、

普段から集まる機会も多いそうです。

 

「あぁ、なるほど。」

そう思いました。

もちろん、それだけが理由ではありません。

 

子どもの性格も、育つ環境も、それぞれ違います。

 

でも私は、

その子が自然に見せてくれた気配りや礼儀の中に、

家族以外の人たちと過ごしてきた時間も

関係しているのかもしれない、と感じました。

 

何も言わなくても靴を揃え、

手を洗い、食器を運び、お布団まできれいに畳む。

「家ではそんなにやってないよ(笑)」

と言っていましたが、

きっと自然と身についているのでしょうね。

 

家族とは違う。

学校とも違う。

 

そんな環境の中で、

いろいろな世代の人と接する経験は、

人との距離感や気配りを

自然と学ぶ機会にもなるのかもしれません。

 

もちろん、

「親戚付き合いが多い方がいい」

そんなことを言いたいわけではありません。

 

ただ私は、ずっと

「娘はなぜこうなったんだろう」と考えていました。

 

そして今回、

「家庭以外の人との関わり方にも、

一つヒントがあったのかもしれない。」

 

そんなふうに思えたことで、

長年抱えていた疑問が

少しだけ整理できた気がしたのです。

 

もちろん、「もしも」の話です(笑)。

 

今さら答え合わせなんてできません。

 

でも、

自分の中で一つ納得できる材料が増えたことで、

少しだけ気持ちが軽くなりました。

 

突然のお泊まりだったけれど、来てくれてありがとう。

 

思いがけず、私に新しい気づきまで届けてくれました。

 

本当にありがとう。

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