私のブログに辿り着いた方の中には、

 

「なんて酷い親なんだろう」
「娘さんが可哀想」

 

そう思う方もいるかもしれない…。

 

いつも、そんなことを考えながら書いています。

 

内容も重たいですし、私の感情がかなりそのまま出ているので、読む側の受け取り方も複雑だと思います。

 

でも、書かないと整理できないことだらけでした。

 

自分の感情もそうですし、これからどうしていくのか。

 

今後の方向性を、冷静に考え直すためにも必要な時間でした。

 

私は、このブログにありのままの親子関係を書いてきました。

 

でも、時々思うんです。

 

書きながら、“そう思い込もうとしている自分”もいるんじゃないかって。

 

娘のことを想う気持ちを、消してしまいたかったから。

 

じゃないと、自分が自分でいられなくなりそうだったからです。

 

悲しすぎるんですよね。

 

大事だった娘に裏切られて、騙されて、嫌われる。

 

その辛さって、言葉では表せないくらい心が痛いんです。

 

今は、もう一生会えないと思っています。

 

そして、そのほうがお互いのためなんだと、自分に言い聞かせています。

 

私は娘のことが、本当に愛おしかった。

 

でも、こんなことになってしまって…

 

その“愛おしい”という感情ごと、消してしまいました。

 

早く記憶からも全部消えてほしい。

 

最近は、そんなことばかり考えています。

 

色々なことがあった、この3年間。

 

正直、こんなことが起きるなんて思ってもいませんでした。

 

そして今でも、なぜこうなってしまったのか分かりません。

 

どうして娘は、こんなふうに変わってしまったのか。

 

もちろん、中学時代から多少そういう要素はあったのかもしれません。

 

でも、なぜここまで平気で親を馬鹿にし、見下し、暴言を吐けるようになったのか。

 

その理由が、私には分からないんです。

 

分からなさすぎて、頭が痛くなる時があります。

 

だからこそ、色々調べていく中で、「反社会性パーソナリティ障害」という言葉に辿り着きました。

 

もちろん、病院へ行って診断を受けたわけではありません。

 

相談したわけでもありません。

 

ただ、娘の言動をネットで調べていた時に、「当てはまるかもしれない」と感じたものが、それだったんです。

 

でも最近は、「もしかしたら本当にそうなのかもしれない」と思うようにもなってきました。

 

ただ、それでも分からないんですよね。

 

もし本当にそうだとして、なぜそうなったのか。

 

ネットには、家庭環境や育った環境の影響など色々書かれています。

 

でも、我が家には当てはまらないことも多いんです。

 

じゃあ、遺伝なのか……?

 

そう考えると、私は自分自身を疑ってしまいます。

 

私の両親は、決して“まともな親”とは言えない人たちでした。

 

だからもし遺伝だとしたら、私なのかもしれない。

 

私に責任があるのかもしれない。

 

そう思ってしまう時があります。

 

娘から何度も言われ続けた、

 

「産んだ責任を取れ」

 

という言葉。

 

もしかしたら、あの言葉には、娘なりの苦しさや怒りも含まれていたのかもしれません。

 

でも…

 

それでも、親を傷つけ続けていい理由にはならない。

 

今の私は、そう思っています。

 

「金だけ出せ」

 

娘からそう言われて、旦那さんもとうとう諦めがついたんだと思います。

 

大学除籍へ向けて動き出した1日。

 

まずは、“通帳ゼロ作戦”実行です。

 

私が娘と直接会話をしたのは、3月下旬の、あの罵声の嵐の電話が最後でした。

 

その後はLINEもブロック。
着信拒否もされています。

 

なので、私はもう連絡を取ることもできません。

 

でも正直、今はもう取ろうとも思っていません。

 

旦那さんは3月末、娘とLINEでかなりバトルしていました。

 

娘が私に吐いた暴言を見て、普段は揉め事を嫌う旦那さんも、珍しく私をかばってくれたんです。

 

「さすがにこれは酷い」

 

そう思ったんでしょうね。

 

色々とLINE上でやり合っていました。

 

でも最後は、娘の

 

「金だけ出せ」

 

この言葉で、旦那さんも完全に気持ちが切れてしまったようでした。

 

本当は旦那さん、家族仲良く最後まで過ごしたかったはずなんです。

 

娘を大学卒業まできちんと支えて、普通に送り出してあげたかったと思います。

 

でも、この約3年間。

 

娘が私に向けてきた態度や暴言は、本当に酷いものでした。

 

まるで“子どもからのいじめ”のようでした。

 

旦那さんも、とうとう堪忍袋の緒が切れたんだと思います。

 

本当に色々ありました。

 

今思い出しても、動悸がしたり、震えが止まらなくなることがあります。

 

本音を言えば、私は今でも娘が怖いです。

 

また何か言われるんじゃないか。
また何か要求されるんじゃないか。

 

そんな恐怖は、まだ残っています。

 

でも、不思議と気持ちは穏やかなんです。

 

以前みたいに、思い出して大パニックになることはなくなりました。

 

なぜなら…

 

もう、娘とは会えないんだと理解したからです。

 

寂しい家族ですよね。

 

でも、家族の形って本当に色々ありますから。

 

もし、いつか娘が反省して戻ってきたとしても……。

 

今の私は、娘の顔も見たくありません。

 

だから、“いつか元に戻れるかも”みたいな夢のようなことは、もう考えないことにしました。

 

これからは前を向いて、生きていく…

ただそれだけです。

 

今日は書きます。
書かせてください。

(旦那さんに全てお任せしていますが、今回は経過だけ教えてもらいました。)

 

まず、不動産屋さんのことです。

 

娘がこんな状況になってから、何度も不動産屋さんと話をしてきました。(約2年ほどの間)

 

もちろん、不動産屋さんの言い分も分かります。

 

後から揉めたくないから、「娘さん本人からの申し出がないと退去手続きはできません」ということなんですよね。

 

分かります。
それは本当に分かるんです。

 

でも、この状態の娘を、そのまま家賃の高い部屋に住まわせ続けて、今後一体誰がどうやって家賃を払っていくのでしょうか。

 

大学在学中は、我々親が支払っていました。

 

ですが、2回の休学中(大学2年の後期・大学3年の後期)は支払いをしていませんでした。

(と、言ってもその間は回数で言えば3回+3回=6回。

 

すると、娘が遅れ遅れで払っていたようですが、結局最後は追いつかず、最終的には我々が支払う形になっていました。

 

そして現在、4月引き落とし分からは、我々は支払っていません。

 

娘が書いた退去届も(今回もし同じようなことがあれば引越しを、と約束し本人納得の上で書いた退去届)先にFAXしてその後、郵送で不動産屋さんへ送りました。

 

でも…

 

「娘さん本人からの正式な申し出が……」

 

そこで話が止まっています。

 

今後、家賃が滞納になったとしても、我々はもう支払うつもりはありません。

(色々調べたら親としては払わなくても良い感じでした)

(契約書も再確認済)

 

そして、大学のこと。

このことは何度も書いていますが…

 

本当に、この大学は「本人が」「本人が」ばかりでした。

 

基本的に、大学から親や娘へ電話連絡が来ることはありません。

 

ただ、休学や復学の時期だけはハガキが届くんです。

 

ちなみに、うちから大学までは片道新幹線で約3時間。

 

簡単に行ったり来たりできる距離ではありません。

 

大学にはカウンセリングの先生もいるようですが、

 

「学生本人が希望しないと受けられません」

 

そう言われました。

 

とにかく、“本人ありき”。

 

でも、その“本人”がまともに対応できない状態だから、こんなことになっているんだけどな……。

 

正直、そんな気持ちでした。

 

もちろん、大学によっては違います。

 

ゼミの先生が歩み寄ってくれたり、カウンセリングを勧めてくれるサポートチームがあったり。

 

実際、そういう大学もたくさんあります。

 

だからこそ、娘が通っていた大学は、そういう部分があまり進んでいない、かなり事務的な大学だったんだな……と感じています。

 

そこは、本当に嫌で嫌で仕方ありませんでした。

 

さぁ…

 

大学除籍に向けて、いよいよラストスパートです。

 

娘とのことで、私の周りの人たちとの関係も少し変わりました。

 

ここからは愚痴になるのかな(笑)

 

いや、愚痴というより……感想みたいなものかもしれません(笑)

 

熱心に私と娘の話を聞いてくれて、励ましてくれる人たちもいます。

 

今でも信頼できる、大切な友人やママ友です。

 

でも、その一方で…

 

娘の話を興味本位で聞きたがる人もいました。

 

そして、どこかで自分の子どもと照らし合わせて、

 

「あー、うちの子は大丈夫でよかった」

 

みたいな空気を出してくるんですよね。

 

ちょっと厄介な感じというか……。

 

でも、その時はそれでもいいと思っていました。

 

それで、その親子が安心できるなら。
少しでも気持ちが楽になるなら。

 

そう思っていたんです。

 

でも最近、気づいたんですよね。

 

ただ単に“話のネタ”にされていただけなんだなって。

 

そして、優越感に浸っていた部分もあったんだろうなって。

 

でも、不思議と腹は立ちませんでした。

 

以前、学生時代の友人のことを書いたことがありますが…

 

みんな、それぞれ必死なんですよね。
きっと。

 

だから、大学除籍のことも「仕方ないことなんだ」と思えるようになりました。

 

これで色々なことが終わっていくなら、それもアリかなって。

 

最近は、そんなふうに思えるようになっています。

 

人生って、本当に何があるか分からないですよね。

 

もし、自分のこの先の人生がどう進んでいくのか見られる魔法があったら……。

 

ちょっと使ってみたい。

 

今は、そんな気分です。