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ドーベルマンボルドー裏ブログ

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というより、いまや本館(笑)

沈黙とは何も言わないことではない。
それは言葉を越えた強さの表現なのだ。


沈黙には相手の言葉を切り裂くほどの鋭さがあることを知らねばならない。


沈黙はただの無言ではない。

それは尊厳の形を持った意志である。


多くの人が沈黙は敗北だと思っている。
だが真実は逆だ。


沈黙できる者とは自らを制御できる者。

感情の波を飲み込み、言葉を選び、静けさに意味を込める者だ。


言葉は刃であり、沈黙は盾であり矢でもある。

沈黙は時に相手を打つ力となる。


なぜなら、人は答えを求めているからだ。

何も返ってこない沈黙に相手は自らを見つめ直し始める。

強く言い返すよりも一切応じないことが、
深く相手の心に刺さることがある。

沈黙の中で揺るがない姿勢を保つ者は、
決して無視をしているのではない。
ただ、自らの尊厳を守っているだけなのだ。

沈黙は逃げではない。
それは戦わずして勝つための武器だ。

あなたが沈黙を選ぶ時、それは心の強さが試される瞬間でもある。

反論をしないことに不安を感じるだろう。
しかし、その沈黙が何よりも鋭く相手に届くことを
あなたはやがて知ることになる。

「沈黙は最速の返答である」

これは私が語った中でも、最も誤解されやすい言葉のひとつだ。

反応を返すことよりも速く相手の攻撃を無効化する力が
沈黙にはある。

沈黙の中にこそ尊厳がある。
沈黙の中にこそ強さがある。

声を発さずとも、あなたの存在はすでに語っている。

侮辱に対する最高の返答は、時に何も言わぬことである。


ブッダの教え「沈黙の刃」より 





はじめに


長い間続けてきた母の介護日記noteマガジンも、昨日で最終回となりました。







母の認知症からの暴言をきっかけに生活支援をストップするという決断を下しました。


「認知症だから仕方がない」「病気だから我慢すべき」という声もあるかもしれませんが、専門家と相談した結果、この行動は完全に正当で必要なものだったと確信しています。


同じような状況で悩んでいる方々に、少しでも参考になればと思い、最後にまとめさせていただきます。



認知症の暴言でも境界線を守ることが必要な理由


1. あなたの人権と安全の保護


・認知症であっても、暴言を受け続ける義務はない

・介護者の精神的健康も同等に重要

・「病気だから我慢すべき」という考えは間違い


介護者も一人の人間です。
暴言や理不尽な扱いを受け続けることで、心身に深刻なダメージを負う権利はありません。


病気が理由であっても、あなた自身を守ることが最優先です。



2.長期的な介護の持続可能性


・境界線のない介護は必ず破綻する

・あなたが壊れてしまえば、結果的に母親も困る

・健全な距離感こそが長期的な支援を可能にする


無制限に我慢し続けることは、短期的には美徳に見えるかもしれませんが、長期的には必ず限界が来ます。


適切な境界線を設けることで、持続可能な介護関係を構築できます。


3. 専門的な対応の必要性


・認知症による暴言には専門的なアプローチが必要

・家族だけでは限界がある問題

・プロの介入により適切な環境調整ができる


認知症による行動・心理症状(BPSD)は、専門的な知識と技術が必要な領域です。

家族だけで解決しようとせず、専門家の力を借りることが、本人にとっても最良の選択です。


4. 毒親要素との相乗効果への対処


・単純な認知症ではなく、毒親+認知症の複合問題

・より複雑で対処困難な状況

・専門家の判断とサポートが不可欠


私の母のように、もともと毒親的な要素がある場合、認知症によってその傾向が悪化することがあります。


このような複合的な問題には、より慎重で専門的な対応が必要です。


5. 社会的な支援体制の活用


・ケアマネージャーやケースワーカーなど、利用できる制度がある

・家族が一人で抱え込む必要はない


現代の日本には、介護を支える様々な制度やサービスがあります。

これらを適切に活用することは、恥ずかしいことでも逃げることでもありません。


むしろ、賢明な選択です。



専門家から学んだ「毒親介護」の特殊性

ケースワーカーさんから教えていただいた重要な視点があります。

毒親の場合、身内だととことん依存し、行動を自分に都合の良いようにコントロールしてしまうため、他人の後見人の方が程よい距離感を保てるということ。



なぜ身内では難しいのか


・際限のない依存:「家族なんだから当然」という甘えの構造

・支配欲の発動: 身内だからこそコントロールしようとする

・境界線の曖昧さ:  遠慮がない分、要求がエスカレートしやすい

・感情的操作:  罪悪感や義務感を使った巧妙な操作


第三者による支援のメリット


・客観的判断:  感情に左右されない冷静な対応

・明確な境界線:  職業上の関係なので限界がはっきりしている

・専門的知識:  法的・制度的な適切な判断ができる

・操作されにくさ:  家族への情的操作が通用しない



毒親介護の場合、家族が頑張りすぎることで、かえって本人も家族も不幸になるという構造があることを、専門家から学びました。



 

 


毒親や毒家族と絶縁するしかなかった人を理解しない社会から、批判されたり不当な評価を下されたりするでしょう。そしてそのたびに、自信のなさゆえに傷はじくじくと痛むでしょう。境遇のせいで不安になりやすい不安定な人間に育ったあなたが、自分は神経質すぎるかもしれない、家族との距離のとり方が冷徹すぎるかもしれない、と悩むのは当然です。その自己疑念を取り払うことが、楽しく充実した、愛情あふれる人生を生きるために必要なのです。絶縁後、あなたが感じる混乱、罪悪感、不安、孤独、悲しみの理由をすべて解き明かす機会がやってきます。そのとき、この本に載っている治癒方法とスキルを使うことで、新しい境界線の引き方と物事の考え方がわかるようになるでしょう。

〜幸せになるには親を捨てるしかなかったより出典〜




最後に


認知症だからといって、すべてを家族が我慢する必要はありません。適切な境界線を設けることで、むしろ本人にとっても最適な支援環境が整います。


この長い介護の旅路で学んだ最も大切なことは、「自分を犠牲にすることが愛情ではない」ということでした。


健全な境界線を保ちながら、専門家と連携して支援していく。
それが、本当の意味での「良い介護」だと今は確信しています。


特に毒親介護の場合は、家族が直接関わらない方が、お互いにとって良い結果になることもあるのです。


同じような状況で苦しんでいる皆さんが、少しでも楽になれることを心から願っています。


長い間お読みいただき、ありがとうございました。皆様からのコメントやサポートが、本当に支えになりました。










ワタシの介護バックステージ⑥


〜介護の裏側で、私がようやく自分を取り戻すまで〜


「私がやらなきゃこの人は生きていけない」
ずっとそう思っていました。

そう思い込まされてきた、と言った方が正しいのかもしれません。


「お母さんはもうすぐ90歳なんだよ。だから仕方ないでしょ。やってもらわなきゃ困るの!」


そんな言葉を、私は何度聞いてきただろう。



私の母は現在84歳。
身体は元気で自分自身の身の回りのことは自立。

東京に住んでいた母が私と同じ町内に越してきてから7年が経ち、一昨年に物盗られ妄想が発症。
周囲にも迷惑かけていることを知り、もの忘れ外来を受診。

今年になり認知症がかなり進行したため、医師からもデイサービス利用を勧められ、本人も同意の上契約に至ったが、
デイサービス利用初日に激しく拒絶からの介護者であるワタシへの暴言の数々。


ケアマネジャーさんの指示により一度も通わぬうちに
契約したデイサービス施設とも最終契約中止となりました。



ここ数ヶ月、母の認知症が進むにつれ、今まで以上に母は私に頻繁にSOSを出すようになっていました。


電話の内容は、、、

「体がしんどい、どうしたらいいのか分からない」
「もうお風呂に何ヶ月も入ってない 温泉に行きたい」
「お金がないから立替えて食べもの買って持って来て」
「生活費引き落として持って来て」
「光熱費コンビニで払って来て」

といった“助けを求める”言葉のオンパレード。


最初のうちは、心配もあって対応していました。


でも、ある時ふと気づいたんです。
これは本当に「助け」なんだろうか?と。


私が母からの依頼を全てやってしまうことで、気付けば母は自宅から殆ど出ずに生活している状態に、、、
(そら認知症も進みますね)


「やってもらって当たり前」の罠

昨日の母とのやりとりの中で、

「自分はもうすぐ90歳なんだよ」
「年寄りなんだから、できなくて当たり前 やってもらって当たり前」
という言葉が何度も出てきました。(実際は84歳です)


そのたびに私は、心のどこかでは「仕方ないのかもしれない」と思ってしまう。

でも、冷静に振り返れば、こうした言葉は、
「あなたがやるのが当然でしょ」という感情操作だったのです。



支援の線引きをした日

昨日いよいよ母と電話にて対決。
(ケアマネージャーさんと相談後、電話に出て私からの条件を話すことにしました)



私は何回も同じことを母に伝えました。

「今後、生活支援を私から行うことはしません。今まで通り生活支援を求める場合は、貴女がデイサービスを継続的に利用することが条件です」


その言葉を何度か繰り返していくうちに、次第に母の声色が変わり、
「じゃあもう東京に帰るから、預けていたものを全部返して!」
と怒鳴られました。

これは“泣き落とし”が効かなくなった時に、
次の攻撃として「見捨てられる不安」をこちらに植えつけようとする反応です。

心理学的には「逆転移」とも言える現象ですが、今回は私は動じませんでした。



通帳とカードをポストに返した日


「預けていた物を返してほしい」と言われたので、
そのまま母宅のポストに、通帳・キャッシュカード・保険証などを返却しました。


不思議なことに、返し終えた瞬間、体の力がすっと抜けたような感覚になりました。

「あ、これで終わったんだ」
と心から思えたのです。


母に「支配されている」と感じていた私自身が、
自分の意思で「支援の終わり」と「物の返却」を完了させた。


これは、心理的にも現実的にも、自立を取り戻す大きな一歩でした。



呪縛からの解放とは

介護とは、「やさしさ」や「愛情」で語られることが多いけれど、実際には「罪悪感」や「義務感」、
ときに「支配」と「被支配」の関係が隠れていることもあります。


今回の私は、「これ以上は無理です」と明確に伝え、
制度(ケアマネさんやケースワーカー)に引き継ぐことで、
“支援の手を引くことは冷たいことじゃない”と実感しました。

私が動かなくても、制度は回る。


母は“私”ではなく、“公的サービス”を頼るべきなのだと、ようやく心から思えました。



最後に

これを読んでくれているあなたが、
同じように「親との関係に疲れている」なら、
まずは線引きをする勇気を持ってほしい。


やらない選択は、見捨てることじゃない。
「自分の人生を、自分のために取り戻す」ということなのだから。


そして──


老いても、母の人生は母のもの。
私の人生は、私のもの。


その境界線を守ることこそが、
お互いの尊厳を大切にするということなのだと、今ならはっきり言えるのです。


この記事をもって、ひとまず「母の笑える介護日記」「ワタシの介護バックステージ」は一区切りとなります。


母の介護支援に関わってきた日々を振り返りながら、
悩み、葛藤し、ときに涙しながら綴ってきたこのnote。

ですが今、私は母の直接的な介護支援から距離を置く決断をしました。


これからは「支える側」としてではなく、
「私自身の人生」をもう一度立て直していく時間にしていきます。


そのため、このnoteの介護に関する投稿も、ここで一旦筆を置くことにします。


これまで読んでくださった皆さま、共感や励ましの言葉をくださった方々へ、心から感謝しています。


介護というテーマには終わりがなく、形を変えて続いていくものかもしれません。


けれど「私の人生もまた、私の大切な物語である」という視点を、この経験を通してようやく持てたように思います。


どうか皆さんも、ご自身の人生を何よりも大切に。

本当にありがとうございました。













母の笑える介護日記⑬


2025年8月3日(土)


朝から鳴り響くスマホ。鬼電、鬼電、また鬼電。 どうやら母がまた何か言いたいモードに突入したらしい。 


でも、こちらは現在「接触禁止令」発令中。

ケアマネジャーさんの指示のもと、娘は鋼のメンタルで無視を決行。


……とはいえ、鳴る電話。沈黙の留守電。 「何かあったかも?」と思わせておいて、メッセージは無し。


 いざメッセージが入り聞いてみれば 「川崎から書類が届きました 宜しくお願いします」 


はぁ?何故に川崎?意味不明過ぎる、、、


意味不明なので引き続き私は沈黙の要塞へ。


※ちなみに私の職場にまで何回も電話してきていた。





2025年8月5日(火) 

【母の気まぐれコール祭り再び】


 日曜日、月曜日と全く電話が鳴らず おそらくそろそろかなと思っていたら


7:04 自宅着信(留守電なし) 朝イチから着信!健康的な早起き。いや、ありがたくない。


8:14 再び自宅へ着信(留守電なし) 朝食後のひと運動でしょうか?2回目のチャレンジ。


13:16 スマホ着信 (ワンオペ仕事中 ) ランチタイム狙い撃ち。


13:48 またスマホ着信 デザート感覚でもう一回!


15:00 スマホ2連発着信 おやつの時間に本気モード。合計5発。



同日 まさかの心配アピール


そんな中、母の知り合いからLINEが。

「今日、○○さん(母)が“娘に連絡がつかず心配、嫌な予感がする”と電話で言ってたけど大丈夫?」


仕事中だったけれど 「現在もまだ“母のSOS待ち”の指示中です」と丁寧に返信。


念のためケアマネジャーさんにも即報告。


すると、ケアマネジャーさん、思わず口を滑らせる。


「はぁ?先週月曜日にあんなに娘をボロカス言ってたくせに、 なに抜かしよるんですかね!💢」


その語気の強さに思わず笑ってしまいました(笑) そして私の代わりに怒って下さるなんて、、、と、 ほんわか嬉しい気持ちに❤️


結果、ケアマネジャーさんとの相談で、母の知り合いにはこう伝えることに。


「娘さんに“生活支援のSOS”を出すように促してください」


はい、正しいサポートの手順ですね。


母の知り合いの美しい方も 事情を理解して下さり、協力して下さって有り難い限りです!感謝しかない。


※この日も私が職場から帰ったあとも
職場へ何回も母からの着電が入っていたらしい
相方から非常識にも程があると怒りの報告あり。




【帰宅後の留守電チェック】


合計7件のメッセージが届いておりました。 …うち6件は無音の美学。


そして、ようやく6件目と7件目にメッセージが。


「お母さんです。通じたらお電話下さい。」 「どうしたんでしょう?体調悪くなり病院にいるのですか?お電話下さい。」


「心配」という名の通信文が。

でも、SOSとは違うらしい。



【ケアマネジャーさんの神対応】


次に電話がきたら、、、


 「母のことが心配で体調が優れないと伝えて安心させ、それでも無理なら“これ以上弱ったら支援できない”こと、“娘さんも限界”であることを告げ、デイサービス利用を条件に生活支援をしますと話しましょう“見放されたら困るのはお母さん自身”と交渉を」

という内容。 ただし、


「すいません😣💦⤵娘さんのいい案あれば教えて下さい💦」


と、急募:良い案。



できる限り冷静に同じ内容を母を伝え交渉はしたものの、母はとにかく自分はか弱い年寄りで可哀想なのだから娘にやってもらうのは当たり前の言葉を繰り返す。


しかも今日は銀行に生活費を引き落とせる日(早くおろしてきて!と言ってましたw)ということはハッキリ認知しているのに、先週月曜日に私に二度と関わらないで!アンタの顔は二度と見たくない!帰って二度と来ないで!私は東京に帰る!等などの母の口から私に吐いた暴言は一切記憶にございません状態でした(笑) 


とにかく今までの私からの生活支援を継続するには、母の心身のためにも (医師からも認知症が昨年よりかなり進んでいると診断されてます)

デイサービス利用が条件だと私は冷静に何度も繰り返しましたが、、、 どうしてもデイサービス利用がしたくない母は、、、


「それなら東京に帰るから、預けていたものを返して!」



という強硬路線。


私は即座に「返しに行きますね」と静かに宣言し、話は決別。 


その旨ケアマネさんに報告したところ、


「それで良いです!一度全部一人でやらせましょう。 また困れば“助けてほしい”と自分から言ってくるはずです」


とのことで、母の通帳やカードなどは母宅ポストに返却完了。


電話の嵐も、親子の攻防も、 これはもう…介護じゃなくて、人生のバラエティ。


私の心と神経が鍛えられていくこの日々なのです。




ワタシの介護バックステージ⑤


プロローグ:医者の不養生、心理士の不心理

「医者の不養生」とはよく言ったもので、心理学や悲嘆学をカレッジで学び、ちゃんとライセンスまで持っているこのワタシ。他人様の心の問題には颯爽と立ち向かえるのに、いざ自分のことになると...


完全に素人と化す。_| ̄|○ il||li


気がつけば母との関係は、教科書に載っている典型的な共依存関係に。まさに「灯台下暗し」「紺屋の白袴」「心理士の心理盲点」状態である。




第一章:妖怪「子泣き母」の正体


ある日、ふと鏡を見ると、そこには見慣れない妖怪の姿が...


背中におぶった老婆が「あれもして」「これもして」「なんでできないの」と泣きわめき、おぶっている自分もヨタヨタと足腰が弱っている。


これは...まさに妖怪「子泣き母」



昔話の「子泣き爺」の進化系で、現代版介護妖怪である。特徴は以下の通り

  • 背中にくっついて離れない

  • 常に何かを要求している

  • おぶっている人の体力とメンタルを徐々に削る

  • 専門知識があっても無力化させる恐ろしい能力を持つ


第二章:救世主現る!巫女様(ケアマネージャー)登場


「あーんあーん」と泣き喚く子泣き母をいつの間にかおんぶしている状態に陥っていた妖怪憑きのワタシの元に、颯爽と現れたのが現代の巫女様こと、ケアマネージャーさん!



この方の素晴らしいところ

  • フットワークの軽さは忍者級

  • どんな些細な質問にも即レス(LINEより早い)

  • 爽やかさは青空のよう

  • 元気さは栄養ドリンク10本分


「あ、これヤバい妖怪憑いてますね〜」的な感じで、全く動じることなく対処法を教えてくれる。まさに妖怪退治のプロフェッショナルである。





第三章:お祓い開始〜正常化への道〜


巫女様の指導の下、妖怪「子泣き母」との適切な付き合い方を学ぶ日々。


「あ〜、ここでこうやって境界線を引くんですね」
「なるほど、この呪文(制度活用)が効くんですね」
「この護符(サービス)を使えばいいんですね」


専門家として学んだ知識と、実際の妖怪退治は全然違う!理論と実践の差を痛感する毎日である。


山の修行より里の修行ですなw



エピローグ:感謝の気持ちと新しい朝


呪いを解くのは一筋縄ではいかないだろうが、この心強い巫女様がいれば大丈夫。


妖怪子泣き母とおんぶワタシが正常に戻る日もそう遠くないはず。


ありがたや、ありがたや〜🙏


朝のコーヒーを飲みながら、「良い人に出会えて本当に良かったなぁ」としみじみ思う今日この頃。



介護は一人で戦うものじゃない。
プロの力を借りることは、恥ずかしいことじゃない。
むしろ、それが一番賢い妖怪退治法なのかもしれない。



今後も妖怪「子泣き母」との共生生活は続く...




✪回顧録✪


車の運転中にふと そういえばワタシが小学4年生のとき、
あまりに毎日続く母からの理不尽な人格否定と肉体的な激しい暴力にうんざりしていたワタシは、その日も母からの罵詈雑言を浴びながら叩かれたり蹴られたりしていた途中で、突然キッチンに走り包丁を取り出し、その包丁を母に手渡し握らせ、、、


「そんなに産まなきゃよかった子供なら自分の手で始末して!」と、言ってから床に大の字になって、


「さぁはやく始末しちゃって下さい」と


母にワタシを消すように依頼したことがあったなぁと思い出しました。


うん、そらマニピュレーター(操作的言動をする人)からしたら、

そんな子供は扱いにくくて脅威かもしれんよね(笑)