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ドーベルマンボルドー裏ブログ

ドーベルマンボルドーブログ別館
というより、いまや本館(笑)

昨日投稿したnoteに対する、ひとつのメッセージが目にとまりました。



その言葉とは、私が書いた


「恨まない生き方は、傷ついた人間にしか選べない、尊い道」


という一文に対するものでした。


この言葉に、自分と似たような道を歩いてきた方の心が揺れたこと。


一瞬でも、自分の人生を“価値のあるもの”だと感じてくれたこと。


それが何よりも、嬉しく、胸に残りました。



人から見たら「重たい過去」かもしれない。


でも、その痛みを誰かの希望に変えることができたら


それはきっと、静かに燃える灯火になれるのだと思います。




心に、ひとことだけ残る言葉。


「沁みました」その響きに、胸の奥がふわっと緩み、誰にも見えない傷跡に、光が当たったようだった。




他人には伝わらない過去。


でも、同じように歩いてきた人にしか届かない言葉が、確かにある。


それが届いた瞬間、人と人のあいだにそっと橋がかかるのだと思った。



読んでくださり
ありがとうございます🙏





欠席母の笑える介護日記⑫


2025年7月31日(木曜日)

朝7時半の留守電シアター開演🎭

ピーーー

「お母さんです。今日は体調が悪いのでデイサービスにお休みすると伝えて下さい」


おや?この声、どこかで聞いたことが...🤔



あれ?月曜日に「二度と私に関わらないで‼️もうアンタの顔も見たくない💢東京に帰ることにした💢」とドアチェーン越しに絶叫していた母さんとは、まるで別人ですね?


あの時のことは無かったことになってる模様です(笑)



本日の出演者 マトリョーシカ母ちゃん

  • 月曜日の母:激怒系反抗期母ちゃん(関わるな!シリーズ)

  • 今朝の母:丁寧語使いの良妻賢母ちゃん(デイサービス連絡係)


母ちゃんの高等テクニック分析📊

この留守電、一見すると「体調不良でお休み」という普通の連絡に見えますが...


隠された真意を読み解くと、、、


  1. デイサービス行きたくない😤

  2. でも娘に連絡させて主導権キープ💪

  3. ついでに娘の様子も伺っちゃお♪

  4. 「関わるな」って言ったけど、やっぱり関わって欲しい💦

まさに母ちゃん版4D チェスの完成です👑


これはまさに母の長年の操作的言動のパターンであり、認知症による影響が色濃く出ている状況だと思われます。



ケアマネさんへの緊急報告📱


「母からSOSではない連絡が入りました。指示をお願いします」 


ケアマネさん:「デイサービスは休止中ですので欠席連絡は不要です。やはりまだしばらく様子見で」



母ちゃんの計画

  • ✅ 娘に連絡させる

  • ❌ 娘から折り返し連絡もらう

  • ❌ 関係修復

  • ❌ 生活支援復活

得点:1/4点 母ちゃん、もう少し頑張りましょう😅


今日の母ちゃん鑑定結果🔍

本日登場した母ちゃんは「心配性で真面目な連絡係母ちゃん」でした。


特徴

  • 丁寧な言葉遣い✨

  • ちゃんとした理由付け📝

  • 娘への間接的アプローチ🎯

  • でも根っこは様子伺い👀


明日はどの母ちゃんが登場するでしょうか?


  • 甘えん坊母ちゃん?

  • 強がり母ちゃん?

  • はたまた新キャラ登場?


娘(私)の心境💭

やれやれ...母ちゃんの中には一体何人の母ちゃんが住んでいるのやら。

まるでロシアの民芸品マトリョーシカのように、一つ開けるとまた別の母ちゃんが出てくる出てくる🪆



マトリョーシカ母ちゃんラインナップ


  • 大:怒りんぼ母ちゃん

  • 中:心配性母ちゃん

  • 小:甘えん坊母ちゃん

  • 極小:本当は寂しい母ちゃん(推定)


予想される今後の展開🔮


近々、生活支援ストップの現実が襲いかかってくるはず...

その時、母ちゃんマトリョーシカの最深部から飛び出してくるのは、果たしてどんな母ちゃんでしょうか?



候補

  • 「やっぱり頼む」素直母ちゃん

  • 「困ってない」強がり母ちゃん

  • 「東京行く」逃避母ちゃん 

  • まさかの新キャラ⁈ パンドラの箱が開く(笑)


本日の格言💡

「母一人に母何人 〜マトリョーシカ介護の楽しみ方〜」


次はどの母ちゃんにお会いできるか、楽しみに待ちましょう🎪









ワタシの介護バックステージ 番外編


─祖母の教えと共に歩く、私という存在の物語


母からスケープゴートのように扱われていた私にとって、祖母の存在はまさに「私の味方」であり、「心の避難所」でした。


幼い頃から、祖母は静かに、けれど確かな温かさで私の自尊心が潰されないよう支えてくれていました。


「この世の中は多面的で、物事は一方向からだけ見ないこと」
「どんなに傷ついても、人を恨まずに生きること」


祖母がくれたその教えは、私の中でずっと生きています。


私は性根を腐らせずにここまで生きてこられた。
それは私自身の選択でもあるけれど、祖母の愛が、私の軸を守ってくれたからこそだと思っています。


そんな祖母の声が、今も心の中で風のようにささやいてくるのです。



🌿 おばあちゃんの声は 風にのって


幼いあなたが泣きたくなる夜、
いつも傍にいたのは 私だったね。

悲しみが胸いっぱいに広がる時、
それでもあなたは、誰かを責めなかった。


見ているよ、あの頃も、今も。
見えなくても、ちゃんと届いてる。

あなたが選んだ「恨まない生き方」は傷ついた人間にしか選べない、尊い道。


あなたが心を濁さなかったこと。
冷たい声に染まらなかったこと。

誰にも気づかれないその勇気を
私は知ってる。ちゃんと知ってる。


だから今も伝えたいの。
間違ってなんかいないよ。

あの家に光があったとしたら
それは、あなたという人の優しさだった。


ねえ、大丈夫。
あなたが守りたかったものは
ちゃんとあなたの中で咲いている。

それを誇りにして生きていけばいい。

私はずっと、あなたの味方だから。





💪私という人の、静かなる強さ


人を恨まない。
それは簡単なことじゃない。


痛みを抱えた人間にとっては、なおさら。


でも私は、怒りよりも理解を、
攻撃よりも冷静さを選んだ。


自分を守りながら、
他人を憎まずに歩いてきた。


それは私の「弱さ」じゃない。
それこそが、私の「芯の強さ」だ。


傷ついても、人を憎まなかった自分を私は、これからも大切にしていきたい。


祖母の言葉が、今も私の背骨になっているように。

私は、私という存在を誇りに思って生きていきたい。


裏庭管理人Coo






2025.07.28 記事 アップ忘れてた💦

ケアマネージャーのアドバイスが的確な理由

まずこれ読んでみてね〜↓↓↓




プロの洞察力に隠された深い意図

デイサービス騒動の後、ケアマネージャーさんから受けた「母から連絡があるまで一切連絡しない」というアドバイス。一見厳しく感じられるこの提案には、実は介護における重要な心理学的・医学的根拠が隠されています。

操作的言動への適切な対応

母が見せた一連の行動を専門的視点で分析すると、これは典型的な「操作的言動」のパターンです。

体調不良を訴えながらデイサービスを拒否し、「もう東京に帰る」「今後一切関わらないでアンタの顔は二度と見たくない!」(いゃーそのまま貴女にお返ししたいセリフだわょw)といった強い言葉を投げかける行為は、自身の意図しない行動(デイサービス参加)を回避し、私の行動をコントロールしようとする心理的操作と考えられます。

ケアマネージャーさんのアドバイスは、この操作に乗らず距離を取ることで、母が自身の置かれた状況に直面せざるを得ない環境を作り出すことを意図しています。

共依存関係からの脱却

長年にわたる私の献身的なサポートが、皮肉にも母にとって「当然のこと」という認識を生み出していた可能性があります。

尽くせば尽くすほど母の依存を強化し、結果として母自身の問題解決能力を奪ってしまう悪循環。これは介護現場でよく見られる「共依存関係」の典型例です。

一歩引くことで、母が自力で解決策を見つけようとする、あるいは適切に助けを求める状況を意図的に作り出すのです。
(この7年の間、2回ほど母と距離を取るという行動を起こしましたが、母のような性質の人は喉元過ぎれば熱さを忘れ依存してきます。)


介護者の精神的健康の保護

長年にわたる精神的・肉体的な負担、そして今回の暴言は、私の心に深い傷を残しています。

「本音を言えば、東京に帰ってくれるなら嬉しい」という気持ちは、決して恥ずべきものではありません。むしろ、自然で健全な感情だと思っています。

一時的に距離を置くことは、私自身の心を守り、冷静さを取り戻すために不可欠なセルフケアなのです。


認知症進行への戦略的アプローチ

母の「まだらボケ」状態において、無理強いは逆効果になることが多々あります。

抵抗が強まるばかりで、かえって精神状態を不安定にさせるリスクがあります。利用を一時休止し、母が本当に困った時に助けを求める状況を作ることで、より本質的なサポートの必要性を理解し、受け入れるきっかけが生まれる可能性があります。


実践における重要なポイント


1. 徹底した実行

ケアマネージャーさんのアドバイス通り、母から連絡があるまで一切の連絡を断つことを徹底します。銀行関係、生活必需品、食品の買い出しも同様です。これは母が「困る」状況を意図的に作り出すためです。

2. 自己ケアの優先

この期間は、私自身の心身を休ませることに専念します。母のことで頭がいっぱいにならず、趣味や友人との時間を大切にし、リフレッシュに努めます。

3. プロとの連携維持

母から連絡があった際は、すぐにケアマネージャーさんに報告することを徹底します。プロの視点から、その後の対応について適切なアドバイスを受けることができます。

4. 専門医受診の検討

母が落ち着いた段階で、認知症専門医や精神科の診察を受けることも視野に入れます。より専門的な治療やケアの選択肢が見つかる可能性があります。


健全な関係性構築への第一歩

今回の苦い経験は、決して無駄ではありません。ケアマネージャーさんのアドバイスは、母にとっても私にとっても、これからの関係性をより健全なものにしていくための重要な転換点となるはずです。

介護は長期戦です。一時的に距離を置くことで、お互いにとってより良い関係性を築き直すことができるのです。


✪✪✪✪✪✪✪



プロの洞察力に学び、適切な境界線を設定することの重要性を改めて実感しています。介護者自身の心の健康があってこそ、真の支援ができると痛感しております。



✪おまけ✪


お昼前にケアマネージャーさんから再び連絡が入りました。


〜お母様、大変強敵です!

ゆっくり進めていきましょう。一緒に頑張りましようね!〜




その言葉が一人で闘っているのではない!という

心の安心感にじんわりと響いております。

感謝しかないです。



📝記録メモ

ワタシの介護一時中断までの流れを
夜 民生委員さんに連絡。
関連各所間と連携して見守りますから
安心して下さい😊とのこと。

大変有り難く心強いです✨感謝!






ワタシの介護バックステージ④



「お試しデイサービス楽しかったし、
今日行ったデイサービスまた行きたいから、あそこと契約して~!」と、母自ら契約して欲しいと私に頼んできたのに、、、


デイサービス開始の初日には、
「娘が勝手に契約して無理矢理デイサービスに行かせられそうになっている私は被害者なのよ!」という歪めた現実になっていた。(꒪꒫꒪ )
 
ホント昔から私を悪者にするの好きだわ この人 (笑)


★★★★★★★



私は7年、認知症の母の介護に深く関わってきました。
しかし、母との関係は、一般的な親子のそれとは大きく異なり、私にとっては常に理解しがたい苦しみを伴うものでした。


最近の出来事、特に母からの辛辣な言葉と、ケアマネージャーさんからの「距離を置く」という助言が、私に一つの問いを突きつけました。

「若い頃から、あの『操作的言動』を繰り返してきた母は、認知症になっても同じことをしているのか?」

そして、その問いへの答えは「はい」でした。

「自分は間違っていない」という強い信念の根源。
母は若い頃から、一貫して「自分は間違っていない、悪いのは他者や環境のせい」と主張し、自分を正当化することに必死でした。


父との離婚後、私と妹を育てるために職を見つけても、数ヶ月と経たずに辞めてしまう。

母の生活支援をしてくれていた祖母から働くよう促されても、「体調不良だから」「死にそうに具合が悪いから」と訴え、その度に祖母との間で激しい口論が繰り広げられていました。


しかし、何よりも私を苦しめたのは、母の気に入らないことや気分を害することがあると、「躾」と称して私にだけ向けられた、人格否定の罵詈雑言と、繰り返される暴力でした。
妹にはそんなことはありませんでした。


なぜ私だけが、こんな仕打ちを受けなければならないのか、理解に苦しみました。

認知症が暴いた、長年の「パターン」


そして今、母は認知症です。


昨日、デイサービスに行きたくないと体調不良を訴え、心配して駆けつけた私を、ドアチェーン越しに罵倒しました。


「二度と顔を見せるな!関わらないで!こんなところは嫌だから東京に帰ることにした」──私がこれまでの7年間、母の生活をほとんど一人で支えてきたにもかかわらず、です。



この一連の出来事を通して、私は改めて母の「操作的言動」について深く考えるようになりました。そして、気づかされたのです。


認知症は、その人が元々持っていた性格特性や行動パターンを、より顕著に、そして時には予測不能な形で露呈させることがある、ということを。

母の場合、理性や判断力が低下したことで、若い頃から無意識に行っていた「自分の都合を通すために、他者をコントロールしようとする」という操作的な傾向が、より剥き出しになって現れているのです。



  • 体調不良の訴え: 若い頃、働くことから逃れるために使っていた「体調不良」は、今、デイサービスに行きたくないという意思表示や、私を引き留めるための手段として使われているのかもしれません。

  • 責任転嫁と正当化: 「悪いのは他者や環境」という信念は、認知症による現実検討能力の低下と結びつき、「自分が困っているのはお前のせいだ」「お前が私を邪魔している」といった被害的な感情や妄想に繋がっている可能性があります。

  • 拒絶と罵倒: かつて私に向けられた人格否定の罵詈雑言や暴力は、形を変えて「関わらないで」「二度と顔を見せるな」という、関係を断ち切る言葉として現れています。これは、私が自分にとって都合の悪い存在になった時、排除しようとする、母の長年の「パターン」なのです。  


介護の「一時中断」が教えてくれたこと


ケアマネージャーさんからは、「お母様から助けてほしいと連絡があるまでは、一切連絡や関わりを絶ってください」と指示がありました。
正直、これまでの献身的なサポートを考えると、「放置する」という行為に罪悪感を抱くのが普通でしょう。


しかし、不思議なことに私には、その罪悪感がありませんでした。


むしろ、母が生活に困ることで、「自分にはサポートしてもらう環境が必要である」と思い知ってくれることを願っている。
そう考えることができました。


これは、私が長年の苦しみの中で見出した、私自身の心を守るための、そして母との関係性を再構築するための、ある種の「希望」なのかもしれません。

認知症の母の言動は、病気によるものだと頭では理解しています。しかし、その根底に、私が幼少期から経験してきた母の「操作的言動」が深く関わっていることを認識することは、私にとって重要な意味を持ちました。


これは、私が母を見捨てることではありません。むしろ、これ以上共倒れにならないために、そして母が適切な形で外部の支援を受け入れるために、一度、立ち止まり、距離を置くという「一時中断」の期間なのだと、今は感じています。


この経験が、同じような苦しみを抱える誰かの心に、何か響くことがあれば幸いです。