久遠屋EGGMAN -32ページ目

友達以上恋人未満

続けていっちゃいます。


第4章「初めてのライブハウス」



クリスマスイベントが無事終了し、おそらく初めてであろう


充実したクリスマスを過ごし、あぁ青春してんなーと


つぶやいたかどうかわからんけども、それなりに楽しい日々を満喫し終え、


日付は年末。



男女8人のバンドは役割を終え、いつもの日常に戻ったかに思えたのだが、


そこは健康な情熱をもてあます男女8人。


いつしか男女4人ずつのグループへと分かれ


付き合うでもないが、仲良しグループとして分裂していた。


そのうちの1組は本当に付き合ったらしいが、私の知るところではない。



年も明け、みんなで初詣なんぞ、まるで少女マンガのようなシチュエーションに


照れながらも初々しい、あぁ本当に初々しい行動を自分がしていたと思うと


どっか背中のあたりがむずかゆくなってくるね。



その後グループに別れた我々は酔っ払っていなかったほうの


もう一人のボーカルの子の家にお邪魔し、いわゆる新年会とやらを


満喫していた。




実を言うと、そのドラムの子から年明け早々に告白されていたのである!




今では考えられないが(笑)当時はまだ私も薄汚れてなく、純粋でウブでピュアだったのよ。


高校2年の終わり頃、当時片思いだった子とめでたく付き合えることになり


特に何もしないままわずか3ヶ月で破局するはめになったのだが


実はこのとき、まだそれを引きずっていたりなんかしてたんだな。



だからドラムの子からの申し出は、飛び上がるほど嬉しかった。


まったく想定してなかったからね。


まるでこちらの好意を読み取っていたかのように、向こうからアプローチされるとは。



しかし、私は人生において最良であり、最悪の選択をすることになる。



――――――――――  彼女からの告白を拒否したのだ。



何故だ?


お前も好きだったんじゃないのか?


ああ、好きだったさ。



このとき何故そう思ったのかは今でも理解できないのだが


彼女とは一生付き合っていきたいと思った。



もし仮にここで付き合ってしまうと、必ず破局してしまう未来が


このとき瞬時に浮かんだ。


そうすると彼女とはもう会い辛くなるだろし、今頃あの子はどうしてるかな、なんて


思っていることになるんだろう、と高校3年の私は思った。



でも友達なら?


友達ならよほどのことがない限り付き合いが終わることにはならない。


疎遠になることはあっても縁を切ることはないだろうと。



私は唯一彼女だけは一生付き合っていきたい、だから恋愛感情を持たず


一人の大切な友人として付き合う覚悟をこの日決めた。


そしてそれは今でも最良の選択だったと思う。


その後お互いに結婚し一時疎遠にはなったが、今でもよき飲み友達として


当時の思い出に花を咲かせつつ、お互いをののしりあいながらも笑いあう、


適度な距離を保ついい友人として存在している。



もしこのときOKしていたなら、私の人生は大きく変わっていたように思う。



話を当時に戻そう。



そんなやりとりがあった後、会い辛いかもしれんと思ったが


彼女は意外にサバサバしていた。


新年会で顔を合わせたとき、何もなかったかのように僕らは友人に戻っていた。


友達以上恋人未満。


そんな関係だった。



だから再び彼女とバンドを一緒にやろうというのは自然なことであり


お互いに一緒にやりたかったのは言うまでもない。



こうして私と彼女を中心としたバンドが新たに結成されることになった。



メンバーは私の高校のときの同級生と、彼女の高校の軽音楽部の同級生で構成。


彼女はドラムからボーカルへと転進したが、歌もうまいんだこれが。


まるでハルヒ、そう、彼女は例えるなら涼宮ハルヒにそっくりなのである。


強引な行動力や瞬時の決断力、そして何をさせてもそつなくこなす彼女は


まさしくハルヒそのものだ。



さしずめ言うなら私はキョンだろう。


彼女の突飛な行動にやれやれ・・とため息をつきつつ、諌めたり苦言を呈したり


はたまた同調したりする役割なんぞ、まるでキョンそのものではないか。


わからない人は是非一度「涼宮ハルヒの憂鬱」を読むことをおすすめする。



ちなみにバンドメンバーとなった私の高校生の同級生は


第1章で出てきた、私の自宅でポロポロセッションをした当時嫌いだった奴である。


この頃はその攻撃的な性格もおとなしくなっており、よき友人となっていた。



新たに加わったのがベース担当のおとなしくか細いショートカットの眼鏡っ子。


そしてロングヘアで美人のドラム。


なんていい環境なんだ!


今のおっさん連中より遥かに華やかなバンドメンバーではないか。




高校も無事卒業し、私はアルバイトながらも社会で働くこととなった。


このとき選択した会社がきっかけで、現在もこの業界で働くことになったので


これもひとつのターニングポイントなんだろうな。



結局パーソンズのコピーバンドとして活動することになったのだが


私もリード担当の高校の同級生もついぞ聞いたこともなかったので


曲を覚えるところからはじめなければならなかった。



実際このバンドは非常にやりやすく、ボーカルはパーソンズの声にそっくりだったし


ベースも完璧、リードも完璧にこなしてみせた。


唯一ドラムだけ出来てなかったのが残念だったが。



このバンドはわずか1年ぐらいしか活動しなかったが、2回ライブ出来たことを考えると


初めてちゃんとやったバンドといえる。



初めてのライブはいわゆるライブハウスってところで、主催というほどでもないけど


うちらが主導で進めたイベントだったように思う。


初ライブで初主催とは驚きだが(笑



実はこのライブは程よい緊張に包まれた、非常にいいライブだった。


そしてみんなで作り上げているという一体感も素晴らしく


この場にいてることが最高の優越感を私たちにもたらしてくれた。


最高のライブだった。


私はこのとき感じた一体感が忘れ難く、あれだけ人前に出るのがおっくうだったにも関わらず


ライブというものが好きになった瞬間だった。



またやりたい。



この日を境に僕らはバンドとしての意識を高みにおくことになり、コピーするだけだったところから


もう一歩踏み込んだところまで意識するようになった。



このときのライブの模様を収めたビデオが今家にある。


唯一現存する1本のテープだが。


早くこれをDVDか何かにしなければなるまい。


今見ると当時感じていたほどのレベルではなかったけど


楽しそうに演奏している僕らは、やはり楽しかったな。


スタジオ練習のときのテープも残ってたと思うけど、どこいったかな。


こういうのって後から聞くと面白いね。



何はともあれ、初ライブは無事終了し、みんなで記念撮影したり酒を酌み交わしたり


最高に楽しい瞬間だった。



その後練習はもちろん、海に行ったり、カラオケに行ったり、花見をしたり、再び楽器店主催の


クリスマスイベント出演と、実に楽しい時期をこいつらと過ごした。



その後、ベースの子と私が付き合うことになり、1年後破局した後、バンドは自然消滅を迎える。


このときの失恋も辛かったが、バンドがなくなったことも正直辛かった。



そして楽しかった時期も終焉を迎え、私は彼女らと疎遠になり


僕はバンドを組むのをやめた。




次回第5章「遠ざかった音楽」



祭りの後の大きな花火はいつまでもその大輪を咲かせるのです

おっと忘れるところだったよ。


第3章「初めてのライブ」



ビートルズコピーバンドで何曲コピーしたか忘れたけど


いつのまにか自然消滅していた。


そういえばコピーするのに貸していたバンドスコアは


どこに行ったのかねぇ?


何冊か借りパチされたままだな。返せよ。



その間は前回でも触れたけど


MTRで遊んでたり麻雀したりして、まことに不毛な青春を過ごしていたな。


恋愛のひとつでもしないかね?


どちらかというと、友達の体にロケット花火をくくりつけてみたり


すき焼きするぞ!って言って牛肉を生で食わせてみたり


一体何がしたかったのだろうね。



とにかく将来の夢もなく、受験勉強もせず、今で言うニート一直線のレールを


まさに踏みしめようとしていた不毛すぎた時期であった。



高校3年、いよいよ受験生諸君がラストスパートする一般の学生には大事な時期、


私には特になにも考えてなかった、ただ1つ年をくっただけの時期、


仲の良かった女子からバンドしないか?とのお誘いがあった。


なんでも、地元の楽器店がクリスマスに有志を募って公会堂でライブイベントをするらしい。


それに参加しないか?とのことだったが、正直この時点ではあまり乗り気はしなかった。


前回でも述べたが、人前には出たくなかったのである。


出来れば参加を見合わせたいと願っていたが、しかしそれは実現することはなかった。



彼女の家で顔合わせをしたとき、ちょっとやる気になったね。


だってそこには初めて見る2人の女の子がいたからさ。



最終的に男性4名、女性4名のコンパでもしたらぴったりの男女比のバンドとして


そこそこ集客した会場でつたない演奏をするはめになったのだが、その構成がよくわからん。


ギター、ベース、ドラム、キーボードはわかる。


それにサックス、トランペットのホーン隊が入り、なおかつツインボーカルという


一体何がしたかったのかよくわからんバンドになっていた。



曲目もよくわからんかった。


米米クラブのコピーやスタンドバイミーなど、まさに寄せ集め的であり


イベントのためだけにやったようなバンドであった。



しかし、ドラムがしっかりしてたのでそこはそれ、つたないながらも聞けるレベルではあった。


顔合わせで初めて出会った女の子のうちの一人がドラムだったのは驚いたが。


その子はドラムに座ると顔しか見えないぐらいちっちぇー奴だったが


ドラムの腕前はそこそこしっかりしていた。



ちなみにこの頃の私のギターの腕前は今より遥かによく弾けていた。


今に比べればですがね。



何度かの練習の後、いよいよ迎えた本番。


おっとその前に、実はこのイベントはオーディション式であり


うちらのバンドは無事、というか何故合格したのかわからないまま


本線に進むことができたのである。




初めてのライブ。




このとき味わった緊張感が忘れられなくて


今でもやってるんだと思う。



本番前に最後の練習をスタジオで行い、しかも最後の最後に近くの公園で


リハまで行う、慎重に慎重を重ねるぐらい僕らは緊張をしていた。


特に舞台袖にいたときはホントどうしようかと思うぐらいだった。



まずまずの集客。


前のバンドの演奏なんてほとんど記憶にない。



文化祭などで舞台に立ったことはあったけども


バンドとしてあがるのは初めて。


しかも公会堂なので、いわゆるホールだ。


ライブハウスなんかとは違う、ホールなのである。


これで緊張しないほうがどうかしてる。



そしていよいよ本番。


僕らは気合を入れた。


こういう場面での体育会系のノリは嫌いではない。



舞台にあがると、結構でかい。


奥がかすんで見える。


観客はパラパラとまばらに座っていたが、数えるとそれなりにいた気がする。


数えてはいないが。



セッティングを終え、いよいよ演奏が始まる。


ヒッピーヒッピーシェイク、シェイクヒップ、浪漫飛行など


大きなミスもなくこなしていく。


どことなくボーカルの女の子のテンションが高いのは気のせいか。



このときの音源が実は残っている。


何年かして聞いたとき、あぁ、なんだこれは、と。



後日談ではあるが、友人から聞いたところによると


まずチューニングがあってなかったらしい。


それから結構ミスが多かったらしい。


最後に、ボーカルの子が本番前にビールを飲んでいたらしく


いわゆる酔っ払いの状態でむちゃくちゃだったらしい。


それであのテンションか。



しかーし。


終わってみれば後の祭りである。


意外にもうちらのバンドは好評だったようで


後日、同級生から見たよなんて声をかけられたりしたもんである。



よき想い出の1ページですなぁ。



あのときみんなで撮った写真はどこにいったかな。


今度実家に帰ったら探してみよう。




そしてこのとき一緒にやっていたドラムの子と私は意気投合し


新たなバンドを結成するのである。




次回は第4章「初めてのライブハウス」

過去に戻れるなら高校生に戻りたいと思うこの頃

昨日の続きです。


第2章「初めてのスタジオ」



あれはいつの頃だったか、もはや記憶も定かではないが


初めて結成(正式に組んだわけではないけど)したバンドから


数ヶ月、しばらくバンドという形式ではなく個人でのセッションのようなものを


ウダウダとしていた。


思えば作曲はこの頃にはすでにしていたと思う。


最初に作った曲がどんなんだったのかもう覚えてないけど


その次に作ったやつは確かまだ音源が残ってたように思う。


どこにいったかな?



その頃MTRというものが個人レベルで購入できるようになっており


それでもまだ高かったが、確か高校2年ぐらいだったと思う頃


4TRのテープMTRを購入して曲作りにいそしんでいた。



当時よくつるんでいたツレの家に毎日のように入り浸っている日があり


その頃二人でよく曲を作ったり録音したりして遊んでいた。


友達の書いた歌詞に曲をつけ録音したり、自分らで作詞作曲したものを録音して


その後PVなんか作ってみたり。


2人でユニットを組んでアルバムを制作してみたり※


思えば程度は低いがこの田舎にしては割とクリエイティブなことしてたよな。



※この話は別枠でしようと思います。




実際楽しかった。


PVもマスターが残ってたと思うよ。


かなりひどいけど(笑



しばらくそんなプロデューサーみたいなことして遊んでたけど


やはり自分らで演奏する楽しさのほうが勝ってきたので


よくつるんでた3人+他校に行った昔の友人の4人で


ビートルズのコピーバンドをすることになった。


もちろんライブなんぞする予定などなく、ただドラムを入れて本格的に


やってみたくなっただけ。


というかレコードのようになるか試してみたくなっただけと言ったほうが


正しいかもしれん。



基本アクティブではなく、インドア派の我々はどちらかというと


部屋にこもってチマチマやってるのが好きな集団だったので


ライブをするなんてこれっぽっちも考えてなかったね。


むしろ人前に出たくない、というほうが勝ってたよん。



だからスタジオで皆で合わせて演奏するだけでも


僕らは十分満足していた。


うまいか下手かなんかはどうでもいい。


ただやってみたかっただけなのだ。



このときの音源もあったはずだが、今はどこにあるかわからない。


今聞いても多分途中でストップさせてしまうだろうけど。



当時入っていたスタジオは多分今はもうないと思うが


狭くて音もさほどよくなかったけど


この地域にはここにしかなかったので


しばらくはこのスタジオにお世話になっていた。



ビートルズコピーバンドは4人、たまには5人だったりしたけど


その後に組んだバンドは何人だったかな、8人だったかな?



これははっきり覚えている。


音源も写真も残っている。


時期もばっちり。


高校3年のクリスマス。


たった1回のクリスマスイベントに参加するためだけのバンド。


ただやりたかっただけのコピーバンドとは一線を画す、


本格的にコピーしたバンド。


実質私のバンドデビューですな。



これと、その後に続くバンドには色々思い出があるので次回に。


第3章「初めてのライブ」



チャンネルはそのまま!