友達以上恋人未満 | 久遠屋EGGMAN

友達以上恋人未満

続けていっちゃいます。


第4章「初めてのライブハウス」



クリスマスイベントが無事終了し、おそらく初めてであろう


充実したクリスマスを過ごし、あぁ青春してんなーと


つぶやいたかどうかわからんけども、それなりに楽しい日々を満喫し終え、


日付は年末。



男女8人のバンドは役割を終え、いつもの日常に戻ったかに思えたのだが、


そこは健康な情熱をもてあます男女8人。


いつしか男女4人ずつのグループへと分かれ


付き合うでもないが、仲良しグループとして分裂していた。


そのうちの1組は本当に付き合ったらしいが、私の知るところではない。



年も明け、みんなで初詣なんぞ、まるで少女マンガのようなシチュエーションに


照れながらも初々しい、あぁ本当に初々しい行動を自分がしていたと思うと


どっか背中のあたりがむずかゆくなってくるね。



その後グループに別れた我々は酔っ払っていなかったほうの


もう一人のボーカルの子の家にお邪魔し、いわゆる新年会とやらを


満喫していた。




実を言うと、そのドラムの子から年明け早々に告白されていたのである!




今では考えられないが(笑)当時はまだ私も薄汚れてなく、純粋でウブでピュアだったのよ。


高校2年の終わり頃、当時片思いだった子とめでたく付き合えることになり


特に何もしないままわずか3ヶ月で破局するはめになったのだが


実はこのとき、まだそれを引きずっていたりなんかしてたんだな。



だからドラムの子からの申し出は、飛び上がるほど嬉しかった。


まったく想定してなかったからね。


まるでこちらの好意を読み取っていたかのように、向こうからアプローチされるとは。



しかし、私は人生において最良であり、最悪の選択をすることになる。



――――――――――  彼女からの告白を拒否したのだ。



何故だ?


お前も好きだったんじゃないのか?


ああ、好きだったさ。



このとき何故そう思ったのかは今でも理解できないのだが


彼女とは一生付き合っていきたいと思った。



もし仮にここで付き合ってしまうと、必ず破局してしまう未来が


このとき瞬時に浮かんだ。


そうすると彼女とはもう会い辛くなるだろし、今頃あの子はどうしてるかな、なんて


思っていることになるんだろう、と高校3年の私は思った。



でも友達なら?


友達ならよほどのことがない限り付き合いが終わることにはならない。


疎遠になることはあっても縁を切ることはないだろうと。



私は唯一彼女だけは一生付き合っていきたい、だから恋愛感情を持たず


一人の大切な友人として付き合う覚悟をこの日決めた。


そしてそれは今でも最良の選択だったと思う。


その後お互いに結婚し一時疎遠にはなったが、今でもよき飲み友達として


当時の思い出に花を咲かせつつ、お互いをののしりあいながらも笑いあう、


適度な距離を保ついい友人として存在している。



もしこのときOKしていたなら、私の人生は大きく変わっていたように思う。



話を当時に戻そう。



そんなやりとりがあった後、会い辛いかもしれんと思ったが


彼女は意外にサバサバしていた。


新年会で顔を合わせたとき、何もなかったかのように僕らは友人に戻っていた。


友達以上恋人未満。


そんな関係だった。



だから再び彼女とバンドを一緒にやろうというのは自然なことであり


お互いに一緒にやりたかったのは言うまでもない。



こうして私と彼女を中心としたバンドが新たに結成されることになった。



メンバーは私の高校のときの同級生と、彼女の高校の軽音楽部の同級生で構成。


彼女はドラムからボーカルへと転進したが、歌もうまいんだこれが。


まるでハルヒ、そう、彼女は例えるなら涼宮ハルヒにそっくりなのである。


強引な行動力や瞬時の決断力、そして何をさせてもそつなくこなす彼女は


まさしくハルヒそのものだ。



さしずめ言うなら私はキョンだろう。


彼女の突飛な行動にやれやれ・・とため息をつきつつ、諌めたり苦言を呈したり


はたまた同調したりする役割なんぞ、まるでキョンそのものではないか。


わからない人は是非一度「涼宮ハルヒの憂鬱」を読むことをおすすめする。



ちなみにバンドメンバーとなった私の高校生の同級生は


第1章で出てきた、私の自宅でポロポロセッションをした当時嫌いだった奴である。


この頃はその攻撃的な性格もおとなしくなっており、よき友人となっていた。



新たに加わったのがベース担当のおとなしくか細いショートカットの眼鏡っ子。


そしてロングヘアで美人のドラム。


なんていい環境なんだ!


今のおっさん連中より遥かに華やかなバンドメンバーではないか。




高校も無事卒業し、私はアルバイトながらも社会で働くこととなった。


このとき選択した会社がきっかけで、現在もこの業界で働くことになったので


これもひとつのターニングポイントなんだろうな。



結局パーソンズのコピーバンドとして活動することになったのだが


私もリード担当の高校の同級生もついぞ聞いたこともなかったので


曲を覚えるところからはじめなければならなかった。



実際このバンドは非常にやりやすく、ボーカルはパーソンズの声にそっくりだったし


ベースも完璧、リードも完璧にこなしてみせた。


唯一ドラムだけ出来てなかったのが残念だったが。



このバンドはわずか1年ぐらいしか活動しなかったが、2回ライブ出来たことを考えると


初めてちゃんとやったバンドといえる。



初めてのライブはいわゆるライブハウスってところで、主催というほどでもないけど


うちらが主導で進めたイベントだったように思う。


初ライブで初主催とは驚きだが(笑



実はこのライブは程よい緊張に包まれた、非常にいいライブだった。


そしてみんなで作り上げているという一体感も素晴らしく


この場にいてることが最高の優越感を私たちにもたらしてくれた。


最高のライブだった。


私はこのとき感じた一体感が忘れ難く、あれだけ人前に出るのがおっくうだったにも関わらず


ライブというものが好きになった瞬間だった。



またやりたい。



この日を境に僕らはバンドとしての意識を高みにおくことになり、コピーするだけだったところから


もう一歩踏み込んだところまで意識するようになった。



このときのライブの模様を収めたビデオが今家にある。


唯一現存する1本のテープだが。


早くこれをDVDか何かにしなければなるまい。


今見ると当時感じていたほどのレベルではなかったけど


楽しそうに演奏している僕らは、やはり楽しかったな。


スタジオ練習のときのテープも残ってたと思うけど、どこいったかな。


こういうのって後から聞くと面白いね。



何はともあれ、初ライブは無事終了し、みんなで記念撮影したり酒を酌み交わしたり


最高に楽しい瞬間だった。



その後練習はもちろん、海に行ったり、カラオケに行ったり、花見をしたり、再び楽器店主催の


クリスマスイベント出演と、実に楽しい時期をこいつらと過ごした。



その後、ベースの子と私が付き合うことになり、1年後破局した後、バンドは自然消滅を迎える。


このときの失恋も辛かったが、バンドがなくなったことも正直辛かった。



そして楽しかった時期も終焉を迎え、私は彼女らと疎遠になり


僕はバンドを組むのをやめた。




次回第5章「遠ざかった音楽」