涼しい風が辺りを包んでいる。
季節は春、たしか春という季節だ。
私は春と夏しか知らない。
どうやら私の体は冬の寒さに耐えられる様に神様が創ってくれなかった様だ。
大海原では波を打ち、私たちを不安にさせている。
聳え立つ火山は、時が来れば地球の怒りを体現したかの様に怒り狂う。
凍てつく氷山は、果たしていつ溶解するのか。
この世は、何処までが私たちの足で歩めるのだろうか。
そんなことを考えていても、意味がない。
いや、考えている暇なんてない。
川で顔を洗っている私を、川を挟んだ向こう岸から一匹の狸が見つめる。
大きさは、そこらにある漬物石なんかと大差ないくらいの小ささだ。
何か珍しいものでもあるのだろうか。
この周辺には人の子も沢山いるし、私の存在などありふれたものだと思うが。
深緑色の狸は、小さく口を開いた。
「戦が始まる」
気のせいだろうか。
現実なのか。
狸が喋るなど、私も疲れてしまっているのか。
そして、次の瞬間、狸は背中を向けて静かに去っていった。
その姿は寂しげで、何か他のことを訴えている様に見えた。
川から少し歩いたところに、ティエラの森がある。
ここは昔、火山の噴火によって一度は灰の山になったが、私たちの住んでいる村の人達でこの森には綺麗な花が乱れ咲き、春には桜が芽吹く森にまで復興した。
そんなティエラの森に入った時、先程の狸の言葉を思い出した。
「戦が始まる」
その言葉が先程から耳についている。
そして歩みを止めた。
まさか。
こんな辺境の村で戦争なんて起きるはずがない。
第一、争うための資金もなければ、そんな気持ちも持ち合わせていない。
私は一度そう思ったが、
でももし、先程の狸が
「別の何か」
だとすれば。
川であった出来事は預言、そして警告なのだと。
無いな。
私は不安になり、そのことを考えるのをやめた。
私は地面に転がっていた石を力強く蹴り飛ばした。