ティエラの森を抜けてすぐ目の前に見えるのは、木材でできた城壁。
その城壁は高さ40mほどはあるだろう。
その壁を越えたその先に、私たちの村がある。
ティエラ村。
門番のクリストフは、今日も木目をただただ見つめていた。
私がクリストフの名前を呼ぶと、こちらを向いた。
クリストフは狙撃の名手、かつては戦兵だったが、今は足を悪くして門番に任命された。
クリストフは私に目掛けて声を上げる。
「アヤメがお前を探してたぞ~!」
嫌な予感がして、恐る恐る門を潜った。
村の中には、魚を釣ってくる人や薪や果物を持ってくる人など、多種多様な人々が混在している。
まだ半人前である私の仕事は、村周辺の警備と周回だった。
見渡す限り、人があふれ、その誰もが笑顔を決して絶やさない村。
それが私の自慢でもあった。
この村の住人は皆、翡翠の数珠を付けている。
私には、なぜ翡翠の数珠なのかは知る由も無かった。
目の前を翡翠の数珠が飛び交う中、視界に数珠が入らなくなったことに気がつく。
眼前には少女が立っていた。
それも零距離だ。
声も上げられず、少女の瞳の中にある憤怒の気を察した。
「…で、フェニックスの尾は?」
フェニックスの尾。
不死鳥であるフェニックスは、最早 伝説になりかけている。
見たという者もいなければ、見たものは連れ去られるという話も聞く。
そのフェニックスがどうしたのだろう。
「そう、惚けるわけね…」
何万tの力が今、私の手首にかかっているのだろう。
少女は私の手首を鷲掴みにした。
そして、思い出す。
フェニックスの尾…
フェニックスの尾………
あ。
時は、今日の早朝まで遡る。
「フェニックスの尾が欲しいの!」
両手をロープで縛られ、木のテーブルを前に木の椅子で座らせられた私に、彼女は訴える。
「なぜ?」
そんな存在すらもしれない幻獣の尾羽を取って来いなどと、よくも言えたものだ。
「そんなの決まってんじゃん。」
アヤメは腕を組み、自信満々で言い放った。
「欲しいから、だけど?」
ですよね。
「それだけの為に
夜遅くまでお前の服を編んで
やっとこさ寝れると思ってベッドに入った私を叩きのめし、
さらに追い討ちをかけるようにロープで両手を縛り、
トドメに一発。
殴ったんだな?」
そして彼女の顔が強張る。
「それだけの為に?」
当たり前だ。
存在もしない賜物を俺に見つけて取って来いなどと言っているのだから。
「んじゃぁ何?フェニックスの尾がある場所知ってんの?」
知らない。
いや、存在しない。
「知ってる…けど?」
だが、愚かすぎる私の口は思っていた答とは違った返答を返した。
「…マジ?」
まだ逃げられる。
「マジ」
終わった。
見えていた出口は音も立てずに消えて、私に死の宣告が下る。
「じゃあ、取ってくるまで帰って来ないでね?」
背筋が物凄い勢いで破裂しそうになるのを体験したのは、これが初めてではない。
初めてでは…
どうせ、私が帰って来る頃には忘れている。
いつもそうだったように。
彼女は忘れる。
そう思っていた。
だが、
先程から、棘のついた蔓が思い切り刺さるような痛みが私の手首を襲っている。
手は既に青ざめていた。
現実世界に戻される。
「あんた聴いてんの?」
「聴いてまっふー」
既に、手だけではなく、口も、舌すらも、私の手中には無かった。
「ふざけてる?」
死ぬ。
「ふざけてないでうっ」
殺される。
「どこ?」
光が見えた。
「見つからなかっあ…」
死んだ。
「は?聴こえない」
修正。
「……お、とした」
道よ。
「何処に」
私を導け。
「森に…」
華麗にとんぼ返りした私は、ティエラの森に向かった。
今の私には、行き場所がないのだ。
森を大分歩いた所に、綺麗に花が咲く所がある。
そして、花の正面に倒れる大木に腰をかけた。
昔から、悩みがあるとここに来る。
思わずため息を吐いて、未だに青ざめている手首を見て、また ため息を吐く。
血色が悪い。
全く、ひどい妹を持ったものだ。
首が重くなり、地面に目を落とした。
そこで異変に気付く。
「足…跡……?」
それも、一人じゃない。
この数、10人はいる。
ここまで来れるのは私しかいないはず。
ここを通る人というのは、異国の商人くらいだ。
商人が10人もティエラの村に来るはずがない。
何かがおかしい。
でも、私は深く考えないようにした。
太陽が真上にある。
木々の隙間から日差しが零れて、私と花々を照らした。
今は昼頃だろうか。
私は少し、昼寝をすることにした。
早朝から起きていたので、体が非常に重い。
目をゆっくりと閉じ、大木に寝っ転がった。
木々が揺れるたびに日差しが揺らめいて、目を閉じていても陽の光がちらついた。
そういえば…。
昔…も…………。
アヤメ…と…………。
黒く蠢く溶岩が、私の目の前で流れていた。
火山が怒り狂い、雷鳴が轟いた。
そして。
陸が出来ていく。
多くの生物が悶え苦しんだ。
そして、その死体の上に灰が積もり、海ができた。
そして何度も火山が噴火し、その上に私たちは立っている。
脳裏に、一つの熟語が過った。
「灼…熱……」
目の前には、紅く燃える炎が私を取り囲んでいた。