燃え盛る炎は私の瞳を紅蓮に染めている。
その紅蓮は私を嘲るように見ている。
あまりにも急な出来事で頭が全く回らず、周囲を見渡した。
美しい木々、先程まで咲いていた花、その全てが灰に変わっていく。
私はその真ん中にただ呆然と立ち尽くした。
何十年、何百年と築いてきた私たちの森が、一瞬で。
…村の人たちは。
焦りつつも立ち上がると、視界に人影が見えた。
この炎の中、誰が森に立ち寄るのか。
そもそもこの森には、誰も立ち寄ることはない。
私が私自身に囁く。
「逃げろ」と。
私は地面を勢いよく蹴り、進みだそうとした。
しかしその目の前を、また人影が立ち塞がる。
完全に囲まれた。
その影は炎により赤く燃え上がり、姿を見せた。
黒い防護服に黒いガスマスク。
手と背には火炎放射器を担いでいる。
昔、倉庫で深夜にシャベルを探していた時の話だ。
「ねぇ、見て?」
アヤメは嬉しそうに服をたくし上げた。
またお腹にらくがきでもしたのかと思った。
その腹部からみえたのは、虹色の鱗。
「エメラルドドラゴン、おじさんがくれた!」
世に何十とも居ないドラゴンであり、その存在は幻とまで謳われていた。
だが、何故ここにいるのだ。
その幻が、なぜ汚い妹の腹部から顔を出すのだ。
取り敢えず、聞いてはみた。
「どこから連れてきたんだよ、てか、おじさんって?」
別に答えは求めていない。
でも自然と小声になった。
だが、妹は大声で。
「白馬の王子様だよー!」
私は反射的に妹の口を人差し指で塞いだ。
「おい、そこで何をやっている貴様」
静寂の夜に緊迫の文字が走った。
確かに聞こえた。
その声は男の声で、低音だった。
茶色の服。赤い帽子。
おそらく兵士だろう。
その大きな声で怒鳴られ、私の手は止まった。
「ちょっと探し物があっただけだ、資材を奪いにきたわけじゃない」
そう言い放つ前に、髪の毛を掴まれた。
「黙れ」
男の顔は頰の近くにまであり、男の頰とぶつかった。
男の肌はとても冷たく、何故か寂しげに思えた。
髪の毛がさらに強く引かれ、倉庫の壁に思い切り突き飛ばされた。
老朽化していたのか、木材で出来た壁は激しく崩れ、私は外まで投げ飛ばされた。
足がすくんで逃げることもできず、男の方を見た。
だが見えたのは銃口。
その銃口は今まさに私の頭を狙っている。
「頭を地面につけろ」
先ほど壁に頭をぶつけられたショックで私の体は全く動かず、男に前髪を掴まれ、私の頭は男の右足により下敷きになる。
男は問う。
「この倉庫で何をしていた」
男は喋りかけたが、銃口に一切のブレもなく、なおも私の頭を撃ち抜く態勢だ。
妙な動きはしてはいけない。
私は説う。
「シャベルを探していただけだ」
事実のままを述べた。
はずだった。
「嘘をつくな」
勿論、信じてもらえることはなく。
銃口を近づけられ、さらに強く地面に突きつけられた。
冷静に考えれば。
兵士相手に何が通じるというのか。
何を言っても最早無駄なのだろう。
兵士はみんなバカでアホで、頑固だ。
そんなことを今更ながら感心していると、男は銃の引き金に力を込め始めた。
「ここで死ね」
銃声がした。
アヤメのためにシャベルを持ち帰るはずだったのに。
エメラルドドラゴンの鱗を地面に埋めると言いだしたのは、ほんの少し前の出来事だ。
エメラルドドラゴン。
その存在が不明であるが故。
好物、生態、環境、繁殖方法。
それらすべてが謎の一文字で言いくるめられた種。
「どうする気なんだ」
聞かずにはいられなかった。
「食べるんだよ」
とでも言うのかと思っていた。
いや、寧ろ、その方が私は楽であると思った。
「飼うんだよ、ここで」
此処でくたばるなど、なんと貧弱な兄だ。
頭を踏みつけられながら、自分の弱さに涙が出た。
目の前にあった記憶の情景は燃え上がっていき、ガスマスクの男たちが視界に入っていく。
そのガスマスクの中から、声が漏れた。
「村人と思われる少年を確保する」
村人。
少年。
確保。
つまりは私を生け捕りにするつもりだ。
そして捕虜になり。
殺される。
その一本線が命の切れ目だ。
なんと儚い。
「悪いな、少年」
兵士の声が聞こえた。
ふと目を開けたが、体からは血が出ていない。
ならば先程の銃声は。
「邪魔が入った」
兵士の低い声が耳を劈く。
先程から、兵士は私の背後を注視している。
私も恐る恐る背後に目をやった。
そこにいたのは、左腕を流血させた大柄の男だった。
男は肩のあたりを強く押さえ、血を止めようとしている。
「貴様、どこの村の人間だ」
体を傾け、兵士は大柄の男に問いかけた。
その目はまるで笑っているように鮮やかな瞳をしていた。
しかし、大柄の男は決して喋ろうとしなかった。
大柄の男の流血している左肩から腕、手、と沿っていくと、小型の銃が見えた。
「マスケット銃か」
兵士は銃をにらめつけた。
じゃりじゃりと男は私の左側を横切っていき、大柄の男の方へと向かってく。
燃えた大木がガスマスクを装着している男たちの目の前に倒れ、男たちは強く後ろに下がった。
私はその逆方向へと踵を返し、駆け出した。
なんとしても。
村に帰らなければ。
ろくに力も入らない足に、根気だけで体を乗せているような感覚だ。
しかし村があったはずの場所に現れたのも、また炎だった。
ティエラの村と書かれた看板が、哀しげに地面に落ちている。
