仕事でお世話になったフォトジャーナリスト・大塚敦子さんの書籍『いつか帰りたい ぼくのふるさと』が刊行となり、私も入手しました。

福島第1原発20キロ圏内で飼われていた猫「キティ」が、住民が皆避難して一人ぼっちになった後も生き延び、保護され、著者の家に引き取られ、飼い主と再開するストーリーが、写真とともに綴られています。

いわゆる写真絵本の形式を取った子ども向けの書籍でありながら、大人が読んでも十分に感銘を受け、いろんなことを考えさせられる本です。


$TEACHERS ”OFF”LINE-いつか帰りたい ぼくのふるさと
表紙の猫が「キティ」。
大塚家では「福ちゃん」。
ちょっとムッチリして愛らしいです。


福島では「キティ」と同様、ボランティアの手によって保護された犬や猫がたくさんいます。そのうち何匹かは、運良く飼い主のもとに戻れたり、新しい飼い主の家で暮らすことができましたが、中には未だ引き取り手の見当たらない猫もいます。

そんな中から、高齢で、片目が不自由で、猫エイズウイルスにも感染している「キティ」を引き取った大塚さんの優しさに、頭が下がります。

書籍の最後には、大塚さんの手記が載せられ、私自身が普段考えていること、感じていることとも相通じる部分が多々ありました。

ペットは、飼っている人にとって家族のようなものです。
そんな絆が一つの事故によって引き裂かれたという事実は、今回の原発事故において、数あるドラマの一つにすぎないかもしれません。

でも、そんな小さなドラマから、今回の事故が意味することを私たちは考えてみる価値があるのではないでしょうか。


いつか帰りたい ぼくのふるさと: 福島第一原発20キロ圏内からきたねこ/小学館

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田中真紀子文科相が、3大学の認可を「取り消す」と言い出したことに端を発した騒動は、大臣の謝罪会見という形で幕を下ろしました。

今回の騒動には、いろんな意味で違和感を覚えます。

まず、「大学の数が多い」という大臣の見解は、私も大いに支持します。少子化が進み、昨今は大学の定員割れが相次いでいます。中には、学生の募集を取りやめ、数年後の閉校を決めた所もあります。需要と供給のバランスが崩れているのは明らかで、国策として大学の設置を減らす必要性があるのは、言うまでもないでしょう。

しかし、それが不認可の理由になるかと言えば、話は別です。認可するか否かは、あくまでも個々の大学の総合力(教育研究の体制、設備、人員など)で判断すべき問題です。「大学の数が多いから」との理由で、これら3大学の設置を「不認可」と一刀両断にされては、今後一切、新しい大学はつくれないという話になってしまいます。

一方で、文部科学大臣が、審議会の答申を覆し、「不認可」とする権利があることは、忘れてはならない事実です。

これまで、審議会の答申は半ば自動的に認可されるのが通例で、大臣が覆した例はありませんでした。それだけに、田中大臣の「逆転裁定」に世間は大騒ぎとなりましたが、これが制度で認められた権限であり、不正行為でないことは、認識しておく必要があるでしょう。

今回、ちょっとした騒動になり、田中大臣が謝罪会見まで開く事態になっていますが、個人的な感想を言わせてもらえば、この罪は非常に「軽い」と思います。

定員割れが相次いでいるのに、大学が次々とできる背景には構造的な問題があるわけで、今回の騒動を契機に、状況の改善が図られることを願いたいものです。
妻に勧められ、中山可穂氏の『ケッヘル』を読んだ。

「ケッヘル」とは、モーツァルトの作品(曲)を表した作品番号のことで、この番号を付けた人物・ルートヴィヒ・フォン・ケッヘルの名前から取られたもの。

番号は、モーツァルトが作曲した順に「K1」「K2」「K3」といった形で、未完に終わった「K626」まで、付せられている。

そんな前置きはさておき・・・ 小説は掛け値なしに面白かった。

スリリングなストーリー展開もさることながら、人間の内面を独特の言い回しで描写する文章表現も秀逸で、1行足りとも退屈させられることなく、上下巻約900ページを一気に読み通してしまった。

ミステリーにここまでのめり込んだのは、一体何年ぶりだろうか。

中山可穂氏を読んだのは初めてだが、妻いわく、女性同士の同性愛を描いた小説をよく書く人とのことで、そんな先入観から、最初はあまり手に取る気分になれなかった。

しかし、最初の一行「海に向かって指揮棒を振る男がいる」から、その世界に引き込まれ、いつの間にか自分が欧州の街を旅しているかのような気分になった。

随所に、性的な描写もあるのだが、レズビアンに対する嫌悪感のようなものはこれっぽっちも感じず、そんなタブーをはるかに超えたレベルで、人間の深い愛というものがモーツァルトの世界観とともに、描かれていたように思う。

長編ミステリーを初めて書いたとは思えないほど、物語の完成度も高く、読後の納得感も大きかった。加えて、人間の心の「光」と「闇」にかかわる描写が、あらゆる表現手法で多彩に綴られた、とても詩的な作品でもあった。

いわゆる「モーツァルティアン」(大のモーツァルト好き)が読んでも、きっと満足できる作品だろうと思う。

ぜひ、次作を読んでみたい。…と思うのだが、これを超える作品を書くのは、至難の業だろう。

そう思わせるくらい、素晴らしい小説なので、一人でも多くの人に読んでみてほしい。

ケッヘル〈上〉/文藝春秋

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