今回は指摘した「3)年度の売上利益ノルマが上意下達で社員意思は無い」という問題を考えてみたいと思います。
そもそも年度計画とか何かを考えると、企業の長期的な戦略とか目標というものが前提にあって、そこから中長期目標が設定されており、その目標に向かうための年度予算となるのが普通の思考だと思います。最初の問題に掲げた「1)会社の経営思想が不明確」とも関連しますが、役員や管理職に企業が目指すべき姿のイメージを問うてみても多分誰も説明が出来ないのではないかと想像をしています。毎年、企業として顧客業務処理とか機器販売の対価として売上とか利益を計上していても、企業としてのビジョンも無く将来の企業イメージも打ち出せない状態では、とりあえず前年比とか数年比というような誰でも思いつくような数字の整合性というような範囲にとどまる思考しか出来ないのはやむを得ない事かなとも思います。
毎年、次年度予算作成時には担当者から提出される数字の集計から始まりますが、例年期初には目標ノルマを大きく見せかけるのが普通に行われていたので、役員は期初位は大きな数字を挙げて威張りかったのかなと推測をしていました。そこには担当者の意思は全く無視された数字が出来ており、ある意味では頭でっかちの想像で作られた数字が並んで、現場無視のような予算編成が長年行われていたと思います。予算編成につきもののお題目は、目先の役員や管理者でさえ自己消化されていないような製品やサービスを尤もらしく掲げ、如何にも最先端を進んでいると言うような口ぶりで社員に説明をしていました。そういうお題目は期中には何処へやら消えて、とにかくノルマ計画が達成できていないので、お題目は何でもいいから顧客から注文を貰えという無手勝流な方針に変わっていました。何度も書いていますが、役員や管理者ひいては事業部長や部長は計画に足りないノルマ数字を自ら動いて対応をしようという発想は無く、期末になるとノルマの責任は担当者にあるとばかりに高圧的態度で臨み、消極的な社員の尻を叩いていたと思います。その時点では最早担当者の予算に対する意識も希薄となり、流される仕事しか出来ない社員が多数を占める実態では、他人頼みでしか売上利益ノルマは達成が出来ないので、時流に左右された実績しか出ていないと思いました。
 
情報処理業界に長年関わった者として感じているのは、この業界で成長するには組織力では無く個人の力量により左右されることが多々あるという事でした。企業内のデータを一元管理するホストコンピュータ利用から始まり、現在の様な多種多様な個別システムが乱立する時代になっても、顧客要望を解決したり競合会社に打ち勝つという事を考えるのは個人であり、その個人の能力差の集積が企業間格差になり、自然と業界内序列が出来ていったと思います。
年度予算作成という事に関しても、担当者の意思を尊重することもなく、一方的に理屈だけで考えた数字から割り出されたノルマを与えるだけの方法から抜け出せていない実態は、役員や管理職が情報処理業界とか情報処理業務に疎い実態をさらしている実態が浮き出されていたとも思えますし、固定化しか観念が会社に満ち溢れているようでは、会社としての将来展望などはとても望めないと思っています。
さて、本題の私が27年間勤務した会社の問題点について提起した、「2)役員・幹部層の能力に疑問符がつく」という表題で紹介するのは、上場会社の一見真面目な社名の会社で本当に起こった事かいなと疑義を持つ人も多々いると思わせるような事件でした。現役社員の100%は知らないと思われる、少々古い10年以上も以前の仰天する事件とはこういうことなのかという事案を紹介したいと思います。以前のブログで概略を書きましたが、今回は少し深堀りしながらの記述をしたいと思っています。
ある年の新年、情報産業業界の新年賀詞交換会が開催された時に、私の勤務していた会社の役員も出席していて、当時は飛ぶ鳥を落とす勢いの某通信会社の社長と私の勤務する会社の役員が名刺交換をした時、私の勤務する会社の役員が何を考えたのか「貴社との取引をしたい」と申し出た時、相手の社長は大勢の順番待ちの各社役員の前でもたもたする訳にもいかなかったのでしょう、「それでは、xxという部長に話してください」と言ったと思われます。
この場面での問題とは、飛ぶ鳥の勢いのある会社は某通信会社で、私が勤務していた情報システムを生業とする会社とはスキルの基本が違うということだと思いました。私の勤務していた会社でも当然ながら通信系のシステムエンジニアは在籍していましたが、通信技術スキルは当然ながら専門の通信会社よりは劣るし、受託する仕事も少ないのでシステムエンジニアの費用も高いという現実がありました。会社の役員がマスコミで有名になっていたからとは言え、名前に引き寄せられて自分の会社の実態も知ることなく臆面もなく取引を言い出したのは、役員自身の対人理解能力とか自社技術理解能力は殆ど担当者に近いものと疑われるものだと思いました。
これに輪をかけて悪乗りしたのが某事業部長でした。早速、役員は名刺を事業部長に渡して相手の会社と取り引きできるぞと言って、自分の手柄を述べて事業部長に某通信会社部長との面会を指示したと想像をしています。この直後、相手の某通信会社部長と事業部長の電話口の大声の会話が広い静かな執務フロア全体に響き渡っていました。この時、事態を理解できたのはフロアにいた社員の中で多分私一人だけだったと思います。「役員から指示を受けまして・・・」を繰り返す事業部長が相手の某通信会社部長から「リップサービスで社長が言った言葉でしょう」と返事をされているのが目に見えるようでした。事業部長は役員のメンツを潰すわけにもいかないし、これを機会に役員を取り込もうと思っていたのが分かるほどに、某通信会社部長に何度も電話して「役員指示で私もやらされておりまして・・・」とサラリーマン哀歌のような話しぶりに変えて漸く相手企業の部長も折れて面会できたようでした。相手企業からは仕事は安値でシステムエンジニアを派遣してくれれば契約しますと言われて有頂天になり帰社しましたが、担当する技術部長が血相を変えて事業部長の座席前に立ち大声で大赤字案件になるとして反対したものの、事業部長は役員に取引成立を報告して役員から褒められていたと想像をしていました。
事業部制とはいいながら世の中のカンパニー制に近い形態のせいもあり、適当に業績の数字をいじることが出来たので、この某通信会社の1年余にわたる契約で出した損失約数千万は事業部内の利益で賄えるほどのものであったのも社内で誰も気づかなかった理由だと思います。この時の損失の埋め合わせに使われたのが私の担当する顧客からの利益だったと思うと何とも腹立たしく思えました。役員と事業部長が組し、費用が小さいとは言え故意に損失を出し、役員の判断誤りと事業部長の独断で会社に間接的ながら損失を与えたという意味で、背任ともいえる事案ではなかったかと思います。助け舟として、役員と事業部長は事業先行損失でしたと言い訳をするかもしれませんが、某通信会社とは以降契約が途切れたので、そういう言い訳も出来ない事案であったと思います。
それでは、こういう事案というべきか事件というべきか惑うような事は現在の会社でないかと問われると、規模は小ながら横行しているのではないかと想像をしてしまいます。聞かない、見ない、知らないという社風があり、事業部制でかなりのウェートで業績責任を事業部負わせているのでノルマの無理が何処かに潜んでいるかもしれないという想像です。又、この程度の事は何処の民間会社では大なり小なり行われていると想像すると、特段に非難されることも無いかもしれないという風にも感じます。
「2)役員・幹部層の能力に疑問符がつく」というのを古いながらも現代に通じているような実例で紹介しましたが、会社の人事とか体制とか抜本的な改革が創業以来出来ていないとすれば、現在も同様であるという解が引き出されてもおかしくないと思っています。
 
昨日は抗癌治療の為に病院に行きました、担当医師が4月異動で変わりましたが、以前よりは若手の女性医師だったので癌治療経験程度に不安が出ました。それに加えて、医師は今日が初回診察日らしく端末操作に慣れなくて、操作の都度ヘルプデスクに電話していたので、私の目からみたら失格でした。
血液検査では肝心の腫瘍マーカー値が出ていないと言われ、肝心の検査数値が出ていないのは変だと指摘しました。腫瘍マーカー値が出るまで診察を遅らせて待つと言ってから、担当医が変わったからといって検査結果が遅れるとはおかしいですよと指摘すると、医師は少し怒っているような表情を見せました。通常よりも30分も遅れて腫瘍マーカー値が出たというので再診察をしたものの、腫瘍マーカー値が前回より急激に悪化しているので驚きました。医師は原因を知りたいので至急CT検査を受けて下さいとは言ったもの、端末操作で行き詰まり、その時はCT検査予約出来ませんでした。
仕方なく化学療法室で抗癌の点滴を受けている間、看護婦さんに担当部緒に私の次回訪問予約が出来ているかどうか確認してほしいと間接話法で問い合わせしてもらうと、点滴が終了したら窓口に寄って下さいと伝言されたのでした。点滴に4時間弱もかかるので出来るだけ早い時間から始めるように医師には以前からお願いをしていて、通常午前10時位に始まるのが今日は11時30分に開始となり、結局点滴は午後4時前に終わるという結果になりました。
点滴が終わり午後4時に担当窓口に行くと、新任医師が来て診察端末の前に座り端末操作して、予約が出来ていないCT検査と次回の検査予約が出来て、漸く安心したという始末でした、この時、担当医師は何とか端末操作が出来ていたので少しは慣れたのかなと思いましたが、そもそも診察前に端末操作は一通りしてから診察に臨むのが常識ではないかと思うと病院側の指導不足もあると感じました。
前医師から異動してくる医師は癌専門ですよと言っていたのは、某県がんセンターに勤務していたからだと分かり少し信頼感は出ましたが若手なので不安でした。抗癌剤も日進月歩ですが、抗癌治療は経験も必要ですよねと私が言うと同意をしていたので信頼感が少しは出ました。私が過去1年間どういう抗癌治療と所見を聞いたかという説明をして効果半分でしたと言うと、医師からは治療方針を次回から変えるかもしれないと言われました。新任医師が言わんとする意図は何となく想像が出来ました。この医師からは、癌は薬で完全には消せないと思って下さいと言って、癌と長い間付き合うという姿勢が重要ですと説明していました。ということは、次回以降は辛い点滴はやめて軽微な癌拡張阻止剤みたいな薬が処方されるのではないかと想像出来ました。頭髪が復活するのかと顔や体の皮膚異常が改善されるのかと少しばかりの期待を持てるようになりました。それでも回復には1年もかかるかなと思ったのは、現在も半年以上以前に中止した抗癌剤の副作用がでているからでした、抗癌剤の副作用は想像以上に深刻であると感じています。
最近の聞紙上では日産自動車の元会長ゴーン氏に対する評論は少なる一方で、日産自動車が何故最終的にゴーンという人間に行きついたかという記事が目を引きました。日本の自動車業界でのトヨタは、1円でもコストを削減するという強い意思を創業家が先導して行い、ある意味では業者いじめみたいな事が全社的に行われて結果的に大きな利益を1人享受しているという風に見えます。対極にあるのは本田で、現場主義が社内に行き届いて担当者の強い意欲がそのまま業績に反映されているようにも思えます。マツダは広島という地場主義にこだわりがあり、個人的な感想ではマツダの車からは広島弁が聞こえてくるような気がします。富士重工と言えば戦前の中島飛行機という技術主導の会社ではないかと想起されるし、三菱自工は小さいながら他社とは何か違うものを作りたいという意思があるように感じています。自動車会社にそれぞれ何らかの会社の特徴があるように見えるのですが、こと日産の車について思い出してみると何か特別な色とか特徴が薄いように感じます。
新聞紙上の解説で日産の歴史解説を読んで見えたのは、日産が創業家から独立して歩んだのは役所体質なゆえに、役員が上意下達で間違った判断を次々と行った施策を次々と打ち出したものの、結果として2兆を超える赤字を招いたことで経営がみっちもさっちも行かなくなり、何の手立ても打てなくなったところにゴーン会長を登場させたという背景があるかもしれないという事でした。
 
新聞紙上の日産の過去の歴史を読んでいると、まるで私が27年間勤務した会社も同じような体質の会社ではないかと思いました、ミニ日産というイメージです。上意下達の風土の元で役員が次々に繰り出した施策はどれもこれも看板倒れで、当の本人は責任も感じないでのうのうとしているようなこともあったのではないかと思っています。まるで子供がおもちゃ箱をひっくり返して散乱させて、元に戻せなくても知らん顔して放置しているような光景と同様ではないかとも感じていました。失敗した事業の後始末は役所体質だけに、体裁繕いをして中断するわけでもなく言い訳がましい口上を述べて細々と事業を続けているような有様であったとも思います。
先回、「1)会社の経営思想が不明確」という事について書いてみたものの、よくよく考えてみると一見して優秀そうな人材が集まっているように見えるものの、実態は何も出来い何もしない何も聞かないというような体質では経営方針などというのはおこがましくて考えもつかないという実態があったのではないかと考えるのが自然かなとも思えました。
27年間勤務した会社の感想について9項目について分類したのですが、一見すると否定的な内容になったのは裏舞台から見た会社の実態になるので仕方ないのかなとも思えます。自身は恩をあだで返されたというしこり感が心底にはあるのですが、怒りの感情を抑えて評論をしているつもりなので客観性は高いと自負はしております。

最初の「1)会社の経営思想が不明確」という問題は会社の創立からの由来を考えるというのも一つあると思っています。親会社は業績が伸び悩む中に成長戦略として新規事業として本業とは畑違い情報産業への業界へ打って出たもののさしたる業績を出すどころか大赤字を垂れ流す結果となり、既に子会社化されていた情報システム部門との統合を余儀なくされて、運営資金を賄うために上場したという経緯であったと記憶しております。余談ですが、上場に当たっては社員株主も募集されて応募したものの、社員株主として大きな損失を被ることになり役員から騙されたという被害者意識という感情が出るのは当然だったと思います。
親会社は歴史がある会社なので取引先や仕入れ先も固定しており、業績は世の中の景気に支配されているし、関連する会社の業績とも連携するので、自らの意思よりも世の中の動向で業績が決まってしまうというものなので、社員の仕事として新規に物事を取り組むというのは一番苦手の分野であったと思います。情報産業への参画を決めたのは、ある意味では余剰社員の社内リストラでもあったと思えますが、情報産業への参画を始めるにあたり、リストラされたという意識の薄い社員集団が何か経営目標でも作ったのかという形跡は見当たらず、売上利益の目標だけがあったのではないかと想像をしています。
情報産業というのは基礎となる情報システム開発という業務から派生する多様な業務があり、どの分野に資本投下するということが経営方針としてあるはずだと思えますが、私が転職した当初の職場ではXX商会等と同じく外国ベンチャー企業の機器売りで業績を上げようとしていました。しかしベンチャー製品にも手を出し、意味不明な建物を建てたりして資金を食い尽くして最後には形あるものは何も無くして社員だけが残ったという結果だったというのは以前のブログでも紹介した通りです。そこでたどり着いたのがシステム開発という人出だけでできそうに見えた分野だったと思いますが、情報産業の本丸はそんな簡単なものではいというのを役員の脆弱な能力では理解が出来なかったと思われます。事業内容が機器売りという小売販売から、システム開発というシステム販売という分野が変わっても、経営方針が役員から出されることも無く、相変わらず業績売上だけが標榜されるという事に終始していたと思います。
親会社が新規事業を始めた時期は丁度ソフトバンクが起業した頃とも重なり、その後の事業の展開は天と地の差が出たと思います、外国のベンチャーばかりに目が行っていたのも情報産業の素人であった故であったと揶揄されても仕方のない事実であったとも感じています。そういう過去を反省するという資料は作成されて社史として残すというような事はされておらず、なにかそういう事があったらしいという風にか記録は残されていないと思いますが、そもそも何事もなかったとする社風には反する事実なので風化されて消えていく事実という事かなと理解しています。
後日、ソフトバンクの重鎮が私の勤務していた会社にも来社して会話をする機会を得たのですが、当時の事業部長以下は全く興味を示さなかったのでビジネスチャネルは即座に切れました。業界の潮目とか動向とかには全く疎いというか、毎日を何事も無く無事に過ごしているだけでは、何事もなしえないというのを感じた時でもあったと思います。
 
経営方針を明確にすることは、社員教育とか育成方針とかにも関わり、社の将来につながる重要な事案であるのは明白です。「2)役員・幹部層の能力に疑問符がつく」にも関連しますが、情報産業どころか情報システムの知識の脆弱、情報システム販売や顧客との折衝の実務も経験が無いというような社員が役員では、もともと業界で仕事をするのが無理なのではと疑問を持たざるを得ないというのが感想です。
27年間勤務した会社について色々な感想を書いていると職場の実態が明らかになると思い、そういう感想を持つようになったのは何故なのかという事を考えてみたいという風に思いました。今までに述べた感想をまとめると以下の様な項目が列記されていたのだと思います。

1)会社の経営思想が不明確
2)役員・幹部層の能力に疑問符がつく
3)年度の売上利益ノルマが上意下達で社員の意思は無い
4)実務が出来ない事業部長や部長が多数配属されている
5)システムエンジニアの能力が低く、向上が図られない
6)社員の仕事の取り組み姿勢が消極的傾向
7)管理職は管理という業務が出来ない
8)社員のモラルが低い

項目を一見して感じることは、個人の能力によって働きやすい人種と働きにくい人種に区分けされる職場が形成されていたのだろうと思います。社員の性格・素質・能力を生かそうとする素地が無い職場なので、上司から文句を言われて嫌な思いをしながらも、所謂役所仕事で定年まで過ごせる職場であるという風に見えていました。こういう職場環境を理解して自らを生かしたいと思う人は転職をしていったのだと思います、そうでは無い社員は毎日のルーチンワークで仕事の充実感を感じて、定年まで会社に来て日がな一日を過ごしていて意義を感じているのではないのかと推測をしていました。
 
私はこういう職場で並々ならぬ業績を上げて役員に妬まれたりパワハラを受けたりとしながらも、転職をしようという決断には至らなかったのは個人の意地というものがあったと思います。社員が上げた成果に対して妬む様な事しか思いつかない役員を忖度する管理職から見た社員は、扱いづらい社員がいるとしか見えなかったのだろうと思っていました。余程の失態をするのを待ち望んでいたのかもしれないとも思えました。
人生には命運というものがあって自分の意志では選べないという道を歩んできたのかとも思えます。私の場合で言えば、工場でサラリーマン人生を終えるのかなと思って入社したものの、工場生活の窒息しそうな雰囲気が体質に合わなかったところに、景気が悪化して工場要員縮小の方針で本社赤字事業部に営業職で異動となりました。営業部では技術者のプライドを捨てて一から出直して、先輩の指導を受けながら勉強や研修をした結果、それなりの成果をだしたのですが、事業部長の素人判断で私を異動させようとしたので反発していた時に、たまたま転職のお誘いがあったので意を決し、その後27年間勤務することになった会社に転職をしたという経緯がありました。人生の節目節目で次のステップが現れるというようにも見えて、自分の意志で道は決めたつもりではあったけれども何か事前に決められていた道だったかもしれないとも思えるのでした。
次回以降は前記9項目の個人的な意見を書かせて頂きたいと思います。
毎日夜の時間にゆっくりとテレビ放送を見られるようになったのは、退職後に時間の余裕が出来たのと癌治療で外出機会が少なくなっているせいで、サラリーマン生活を送っていた頃よりはじっくりと見られるようになり、番組を批評的に見られる様になっていると思います。碌な解説も出来ない評論家とかコメンテイターがごろごろしている中で、NHKの奇跡のレッスンという番組は少々マンネリ化しているようにも思えますが、色々な事を考えさせてくれるヒントを出してくれるので楽しく見られる番組の一つだと思います。
昨日の奇跡のレッスンは、高校の女子バレーボール部をトルコ出身のコーチがアドバイスして、練習方法を変えてチーム力を強化するというもので、何時もの弱小チームを強化するというものとは少しレベル感が違い、基本的に底力のあるチームの強化であると思いました。番組の最後は、レッスン後に対外試合で強豪チームに勝って成果が出たというストーリー建は何時も通りでした。
1) 個人の能力を最大にする、ベターとかベスト状態で試合に臨む。
学校のコーチ指導は定型化されすぎていて、生徒もやらされているという態度が無表情で練習していると風になっていると指摘されていました。ボールを相手コートに打ち込むときは大声を出すように指導をされると表情も変わりました。
2)相手の攻撃(セッターがボールを上げる)を見ながら守備を考える。
このチームはフェイントに弱いという弱点があったのですが、守備の時に役割が不明確であっただけでなく、相手の攻撃に対して守りの位置が固定化していたのを、相手の攻撃を見ながら守備の位置を変えるという指導がされて守備力が改善されました。
3)固定化した部員だけでは無く全員が試合に参加する。
部員の主要部員だけでなく全員が参加するという形に変えるために、練習も新人からベテランまで区別なく練習してコミュニケーションを良くし、試合中にメンバーに声を掛けながら攻撃や守備練習を行うという風に変えてチーム力を高め、試合も部員全員で対応していました。
 
自身の生活を考えてみると、退職後に癌が発見されてとりあえず治療に専念しなければ何も始まらないという状態に置かれているので、自身の生活態度がベターとかベストというような状態ではないけれど、ある意味ではワーストと言えると思います。現在は癌治療が終わった時の事を考える余裕もないので、治療が修了したら改めて生活や行動について考えなおすということになるのかと思っています。
何時も通りに、私が最後に勤務していた会社について前記のレッスン内容を踏まえて一考してみましたが、少々次元が違うのかなという感想を持たざるを得ませんでした。
 
常に社員がベターとかベストの状態で仕事に取り組んでいたかどうかという1)の課題に対し、民間会社としての基本となる売上損益ノルマという目標は社員自身が決めたものではではなく、事業部長や部長から指示されたものであるという受動的な数字なので、社員の意識は自然に受動的にならざるを得ず、且つ定期的に報告義務があるという被害者意識の出がちな職場環境では、仕事に対するモチベーションの低くなりがちで、余程自身が意識しながら仕事に対峙しないと成果は上げられないというのが実態であったという風に感じていました。
員や管理職、事業部長や現場の部長は実務経験が貧弱で社員に対する指導も出来ない中、勘違いだけは人一倍強くて社員の活性化が、村社会の証明にもなる社内運動会で出来ると考えていたのが何とも滑稽であると思っていました。その上に、社員の個人管理さえもできない管理者ばかりでは、社員の意識はばらばらになるのは自然の成り行きで、そういう雰囲気は一見して自由にも見えるまやかしの雰囲気もあったと感じていました。
元々は親会社の仕事から出発し、一般会社にも適用できると安易に考えて子会社したのが間違いの元であったというのは誰一人として気づいていないと思っていました。親会社の経験は何があったのかというのは私が仕事を通じて経験しましたが、情報システムの下流工程が中心で、上流工程と言われるシステム開発の痕跡というのは不思議なほどに社内にはなかったということでした。一時、上流工程を経験したという社員が社内業務システムを開発したのですが、出来上がったシステムは数十年以前も昔を思わせるセピア色の代物だと感じました。こういう感想をもったのも多分社内では私一人だと思いますが、それほどに社員の情報システムに対する認識度や知識レベルは低いという事であったと思います。そこに情報処理の素人役員が色々なアイデアをだすので、上意下達の社風は益々混乱するという事態があったという風に記憶しています。
この議論は行きつくところは、そもそも一般の情報処理会社として仕事を請けるだけの能力や体制が出来ているかという問題になり、思想も無く何もかも流されるままに行き当たりばったりで行動し、目の前にぶらさがった仕事だけをするという態度で臨んできたので、社員能力をベターとかベストの状態にするという課題は全く次元の違う問題と認識されるという風に思います。この議論を尽くすと、民間会社としての存在意義のところまで行きついてしまいそうなので、今日のところはテレビ番組から触発された感想を述べて終わりにしたと思います。
一昨日のNHKテレビで立花宗茂という戦国武将についての放送がありましたが、私自身は始めて聞いた武将なので自身の浅学菲才ぶりが露見したのかなと思いました。九州柳川の領主ということもあり、九州や四国近辺の出身者であれば地元の有名人というので知っている人は多いのかなと思いました。立花という苗字はサラリーマン勤務時代に代理店の中に立花xxというような会社があったので、面白い苗字というので記憶に残っているという程度でした。
一番の興味深い話は、関ヶ原の戦いで改易後、大名として復帰した武将は他にもいるが、旧領を回復した武将は宗茂ただ一人であったということでした。『名将言行録』という書物には、「・・・人を用ふる、己に由る。善に従ふ。流るるが如し。奸臣を遠ざけ、奢侈を禁じ、民に撫するに恩を以てし、士を励ますに、義を以てす。故に士、皆之が用たるを楽しめり。・・・」と記されているようで、立花宗茂はその才能を、豊臣秀吉や徳川家康からも高く評価されていたと思われます。
テレビでは立花宗茂の人物像の解説があったのですが、家臣の数は少なくてもめっぽう強いという理由に、家臣を大事にするという信条があったということでした。宗茂の軍法の一つとしては、「大将がいかに采配をとって、ただ“進め”とか“死ね”とか言ってみても、そのような下知に従う者はいない。常々上は下を子のごとく情をかけ、下は上を親のように思うように人を使えば、下知をしなくとも思い通りに動くものだ」というのが私は現代のサラリーマンに通じるものがあると感じました。
 
私が転職後に勤務していた会社では、自分の保身とか出世とかを最優先に考える社員が多くて、管理者になると部下よりも上司のご機嫌や意向を気にかけて仕事をするという社員が大多数なので、ノルマを押し付ける上司とノルマを受ける部下の関係は表面上は和気あいあいと見えても心底は別だと思えるような状態があり、多分今でも変わらないと思います。そういう職場環境の中で、社員は一方的にノルマばかりが押し付けられるという実態は嫌悪感を醸成するばかりで社員の仕事に対するモチベーションや意欲の低下を招くばかりと言う風に感じていました。
立花宗茂の人物訓は、私の勤務していた会社の職場環境とは真逆に当たるものであったので余計に落差を感じて考えさせるものがあったという事でした。企業の業績を上げるというのは、特に役員とか管理者に与えられた重要な役目であると思われるのですが、自身の欲が優先しているような雰囲気の職場では業績向上などといいうものは望むべきものではないだろうという教訓が立花宗成の逸話から得られたと感じました。
立花宗茂が家臣を動かすために家臣に対して心砕くという心理ではなく、宗茂自身が養子でもあったことから自然と身に着けたものではないかと推測しています。柳川城落城の際にも自身は浪々の身になろうとも家臣は加藤清正に仕えさせて助けたというのは出来た人物であるというのを感じさせました。この話を聞いていて、私の勤務していた会社の役員や管理職の社員がとっていた仕事や社員に対する態度とは全く違うなとも感じるとともに、成長できない会社とは何か理由があるものだと考えると、こういう職場風土が影響しているとも思えたのでした。
私がサラリーマンとして最後に勤務していた会社について色々な感想を書いていますが、その中でも印象的なのが顔だけは難しそうで如何にも物知り気に見えるのに、実際には事業の失敗を重ねていたという役員がいました。私の最後の上司であった事業部長や部長の顔相も一見した限りでは物難しい顔で如何にも実務が出来るように見えていましたが、その実は、まるで実務は出来ない駄目上司であったのは何回も書いている通りでした。見ざる・言わざる・知らずという社風が顔の形まで変えているのかなと思えるほどに外見だけは立派であるが、実務はまるで出来ないというような実態は、役員以下の顔を見てもそういう風に感じさせていて、顔を見るたびになるほどなと感じさせていました。
古い話なので知っている社員はもういないと思いますが、10年以上も昔に当該役員が官公庁ビジネスをすると言い出して、数年後には挫折したということがありました。現在のコンピュータシステムの官公庁ビジネス実態は知りませんが、私の知るコンピュータシステムの官公庁ビジネスは役所ごとにベンダーの区分が決まっていて他社は入札に応じても形だけになっているというので、当時は1円とか0円とかいう入札も時々現れてマスコミを賑わせたこともあったと思います。当該役員が官公庁ビジネスについてまともな意見を言えるコンサルタントとか社員から話を聞いていたかどうかは不明ですが、事業を失敗してからしか間違いに気づけないのは、そもそも管理者とか役員としての能力に欠けると思われたのですが、そういう役員が会社のトップに選ばれていたというのが不幸と言うべきだったかもしれないと感じていました。その後も、同じ役員が懲りない性格なのか失敗を重ねていたというのを見ていて、サラリーマンとして只だらだらと役員という職責というだけで素人判断を下していて、失敗した事業損失費用は全社員にノルマとして負担させ、自身は何の責任も感じていなかったと思います。この役員とは時々エレベータでも出会ったのですが、子難しい顔をしているだけで本心はどうなのかねと常に訝しく感じていました。
 
この話を思い出したのは、先日新聞を読み飛ばして確かな記憶はないのですが、米国大統領で顔付きだけはえらく立派なのに実績は悪く評価されている大統領がいるという記事を読んでのことです。最も、現在のトランプ大統領の能力は小学生並みという風に評価して大統領府を去った人物もいたので、将来は現在のトランプ大統領が昔の悪評大統領にとって代わるかもしれないという予想は出来るかもしれません。
長年、私は営業職を担当し大勢の人間と面談をするという事を生業としてきたので、顔付を見ていると元々の顔付は変えられないものの、サラリーマンとしての仕事ぶりが顔に反映されて、生気のある人とは会話が弾むし、与えられた仕事に流されているような人は何処か暗さを感じて中々本音が聞きださないという風に感じていました。自身の生き方も成り行き任せという人も沢山いて、こういう人たちが凡人という言葉で呼ばれるのかなと思いう事も度々でした。
何度も事業の失敗を繰り返していた役員は、多分顔付は張りぼてで中身は凡人であったのだろうと思いました。そういう類の役員の連綿とした歴史が続いているとすると、不幸なのは勤務している社員になるという事さえも、当該役員は気づいていなかったのだろうと推測をしていました。同時に、そういう役員に取り入ろうとするヒラメとかコバンザメとか言われる社員が多数いたのは、凡人が闊歩する環境を社員が作り出していたとも言えるのかなと思います。
先日レパートの法則の記事を書いたら、補足意見として「イタリアで国民の20%の富裕層が、国の80%の富を持っているという格差に、パレートが気づいたことが始まりかと思います。この格差は現代ではトップ8人の金持ち資産が、下層の36億人の資産と同じ、というように格差が益々開いています。」というようなコメントを頂きました。米国の格差問題が日本ではそれほど深刻に取り上げられないのも、平準化とか差別という意識についての国民性の違いかもしれないと思います。日本では健康保険や年金制度が確立していることも米国人との感覚差異を生んでいると思います。私も大腸癌の摘出で入院手術という経験をしましたが、本当に安い費用で手術できて普通の生活費に支障することも無かったので、保険制度の有難さを身に染みて感じました。

会社の業績もレパートの法則が適用されるとするなら、2割の社員が利益の8割を稼ぎ出しているということになりますが、私が勤務していた会社ではどうかと考えてみました。
私は会社は2社経験し、職場は3か所経験したので比較するのも面白いと思い昔を思い出してみました。
 
(1)製造業の設計部・・・製造業であり、プロジェクトが幾つかあってそれには納期があり、機能別に担当者が割り当て
                 られていました。そういう意味では全員が売上や利益に貢献していたのでレパートの法則を
                 当てはめるのは難しいかなと思います
(2)製造業の営業部・・・万年赤字の事業部で、コンピュータの開発・生産をする工場やシステムエンジニア部門の仕
                 事を確保するという意味で、営業部門は重要な役目を負っていたと思います。営業部門の
                 社員は転職者とか工場やシステムエンジニア部門からの異動者という寄せ集め部隊でした。
                 それに営業支援という形の外注社員もいました。売上は紐付き事案が多くて、少数の担当
                 者で売上・利益を確保していました。レパートの法則は当てはまらない職場であったと思い
                 す。
(3)親会社とは違う業種への新規事業部門(子会社)・・・業務や業界について素人の親会社社員と転職者と新
                 入社員の混成部隊で、事業方針を素人の役員が決めては失敗をするという事を繰り返し
                 て、結果としてコアとなる事業は作れませんでした。新規事業を始めて何十年も経過します
                 が、技術者の育成とかできなくて低レベルの技術力しかなく、売上げは親会社の名前で多
                 種多様な事案をこなして何とか会社としての体裁を繕っている状況と思います。売りとなる
                 事業や技術が無く、基本は古くからの紐付き案件が殆どなので、この会社でもレパートの法
                 則適用は難しいかなと思います。

結論としては、会社という事業部門ではレパートの法則適用は難しいということですが、特に(3)の職場では事業部体系とか職場環境とかに問題が多々あり、売上は担当者の頑張りでしか上がらないということもあり、レパートの法則通りに2割も稼ぐ社員がいたら業績は現在よりも良くなった筈と想定されます。
成長する会社では稼げる事業の柱があるというだけでなく、平均的に社員のモチベーションも高く、レパートの法則に近い事態になっているかも知れないと想像は出来ると思っています。一般社員の8・9割は殆どは平平凡凡のままでサラリーマンを終えるのですが、社内では平平凡凡だった故に何か他社員との差別化を言いたいが為に、最早何の意味もない何十年の前の学歴や経歴を得意げに述べるのも、平凡な人間の特徴的な現象だと感じることは多々ありました。
 
話は変わりますが、Yahooブログのサービスが今年12月で終了というのを聞いて驚きました。調べてみるとYahooブログは人気が無くてランクではかなり下位なので無料サービスの意味がなくなったという事だと理解出来ました。Yahooブログは半永久的に残るものと思い込んでいたのでショックは隠せませんでした。
他ブログへの移行が出来るということなので一番人気のAmebaに移行しようと思っています。Amebaのブログを少しばかり見ていると本当に暇人が多いというのが分かるほどに、私の価値観とは全く違う人たちの書き込みが多いという現実を見ました。Yahooは検索サイトとして出発して色々なサービスを無料で展開してから後に有料化するということをしてきました。Yahooブログが人気が出なかったのは有象無象の人たちを集められなかったサイトの作り方に一因はあるという風に推測をしています。
先週の日経新聞のコラムが少しばかり面白く感じたので取り上げました。このコラムではパレートの法則というものを引き合いに出して企業ガバナンスの取り組みついて紹介をしていました。パレートの法則というのは、商品全体の2割が8割の利益をたたき出しているというもので、「26対2」の分布が意識されるという前置きがあって次のような仕訳がされていました。
1)20%・・・積極的にガバナンス改革を先導する上場企業
2)60%・・・上から降ってきたのでとりあえずフルコンプライアンス(完全順守)を目指す。
         コメント⇒「とりあえずフルコンプライ」するのに真剣な議論は必要ない。〇か×で判断するのに慣れた日本
               企業にとっては「フルコンプライ=全部〇」、つまり100点である。誰も文句は言わない。取締
               役会で議論もされない。こうして企業ガバナンスはへの対応はミドル層による作文作業と化す。
         結言 ⇒今後、実質化の焦点とすべきは、経営者がガバナンス報告書を実際には見たこともないかもし
               れない6割の企業だろう。愛の反対語は憎しみではなく無関心だ。
3)20%・・・明確に反対する企業
          コメント⇒トップがガバナンスについて考えたから反対の意思決定ができた。
 
以上の記事内容を踏まえて、私の勤務していた会社のガバナンスに対する取り組みは如何なものであったと考えると、前記の6割の企業群に入っているだろうと思いました。民間企業と言いながら親会社の役所体質を引きずっているので、「そんな事は知りません・そんな事は聞いていません・そんな事は言っていません」という具合に社員に無意識の内に潜んでいる責任感の無さからはガバナンスなんてものは絵に描いた餅になるのは自然の成り行きであったと思います。以前にも紹介しましたが、コンピュータ上の顧客データの扱いには難題を吹っかけて営業マンを困らせていたけれど、社員の机の上には紙の顧客情報や社内情報が散乱していることには全く無関心で誰も気づかないという、頭隠して尻隠さずというバカげた現実を見てきたので、管理能力の無い管理者を放置しているような職場でガバナンスというのはというのはおこがましいと言うべきであろうとも思っていました。
親会社は歴史ある会社で、商取引は定型業務化されて顧客も固定されており、顧客の業績がそのまま会社の業績に反映されるので、言わば役所的な仕事のスタイルで対応出来るものと想像でき、ガバナンスという業務の理解のされ方は前記の6割のグループに入ると思いますが、仕事が定型化されいるのでその中にガバナンスという業務が総務部の仕事として増えただけと理解されても何の不思議はないと思います。
しかしながら、子会社は親会社とは全く業種が異なり、情報処理業という業容定義も曖昧で何でもありというような業務を生業としている会社が、親会社然として同じ態度で仕事をしているのには違和感があり、最先端技術を扱う会社としての認識も薄く、役員や管理職の情報処理業や業務内容の理解不足がガバナンスという上場会社として重要な業務の空文化にも寄与していたと思いました。さらに言えば、情報処理業で何でも出来るとうたいながら、システムエンジニアや営業マンの能力問題で結果として、コンピュータ作業とかシステムエンジニア派遣と言われる情報処理の下流工程の仕事が多いという実態からも、社員能力としてガバナンスという定義自体が消化不良になっているとも思えました。