27年間勤務した会社の感想について9項目について分類したのですが、一見すると否定的な内容になったのは裏舞台から見た会社の実態になるので仕方ないのかなとも思えます。自身は恩をあだで返されたというしこり感が心底にはあるのですが、怒りの感情を抑えて評論をしているつもりなので客観性は高いと自負はしております。

最初の「1)会社の経営思想が不明確」という問題は会社の創立からの由来を考えるというのも一つあると思っています。親会社は業績が伸び悩む中に成長戦略として新規事業として本業とは畑違い情報産業への業界へ打って出たもののさしたる業績を出すどころか大赤字を垂れ流す結果となり、既に子会社化されていた情報システム部門との統合を余儀なくされて、運営資金を賄うために上場したという経緯であったと記憶しております。余談ですが、上場に当たっては社員株主も募集されて応募したものの、社員株主として大きな損失を被ることになり役員から騙されたという被害者意識という感情が出るのは当然だったと思います。
親会社は歴史がある会社なので取引先や仕入れ先も固定しており、業績は世の中の景気に支配されているし、関連する会社の業績とも連携するので、自らの意思よりも世の中の動向で業績が決まってしまうというものなので、社員の仕事として新規に物事を取り組むというのは一番苦手の分野であったと思います。情報産業への参画を決めたのは、ある意味では余剰社員の社内リストラでもあったと思えますが、情報産業への参画を始めるにあたり、リストラされたという意識の薄い社員集団が何か経営目標でも作ったのかという形跡は見当たらず、売上利益の目標だけがあったのではないかと想像をしています。
情報産業というのは基礎となる情報システム開発という業務から派生する多様な業務があり、どの分野に資本投下するということが経営方針としてあるはずだと思えますが、私が転職した当初の職場ではXX商会等と同じく外国ベンチャー企業の機器売りで業績を上げようとしていました。しかしベンチャー製品にも手を出し、意味不明な建物を建てたりして資金を食い尽くして最後には形あるものは何も無くして社員だけが残ったという結果だったというのは以前のブログでも紹介した通りです。そこでたどり着いたのがシステム開発という人出だけでできそうに見えた分野だったと思いますが、情報産業の本丸はそんな簡単なものではいというのを役員の脆弱な能力では理解が出来なかったと思われます。事業内容が機器売りという小売販売から、システム開発というシステム販売という分野が変わっても、経営方針が役員から出されることも無く、相変わらず業績売上だけが標榜されるという事に終始していたと思います。
親会社が新規事業を始めた時期は丁度ソフトバンクが起業した頃とも重なり、その後の事業の展開は天と地の差が出たと思います、外国のベンチャーばかりに目が行っていたのも情報産業の素人であった故であったと揶揄されても仕方のない事実であったとも感じています。そういう過去を反省するという資料は作成されて社史として残すというような事はされておらず、なにかそういう事があったらしいという風にか記録は残されていないと思いますが、そもそも何事もなかったとする社風には反する事実なので風化されて消えていく事実という事かなと理解しています。
後日、ソフトバンクの重鎮が私の勤務していた会社にも来社して会話をする機会を得たのですが、当時の事業部長以下は全く興味を示さなかったのでビジネスチャネルは即座に切れました。業界の潮目とか動向とかには全く疎いというか、毎日を何事も無く無事に過ごしているだけでは、何事もなしえないというのを感じた時でもあったと思います。
 
経営方針を明確にすることは、社員教育とか育成方針とかにも関わり、社の将来につながる重要な事案であるのは明白です。「2)役員・幹部層の能力に疑問符がつく」にも関連しますが、情報産業どころか情報システムの知識の脆弱、情報システム販売や顧客との折衝の実務も経験が無いというような社員が役員では、もともと業界で仕事をするのが無理なのではと疑問を持たざるを得ないというのが感想です。