東京オリンピックをテロから守れるのは誰か | 広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島に県、市、県議会、市議会、経済団体を挙げ、中国総領事館を誘致する計画があります。
経済にばかり走り、国家安全保障を考えない誘致計画に警鐘を鳴らします。

東京オリンピックをどんな大会にしたいかという質問に、田母神が「心のふるさと東京が…」などと回答している。

選挙まで間がない。彼にとっては当たり前になって説明し忘れていることを代弁する。

もっとも重要かつ田母神でなければできないこと、それはオリンピック開催に乗じて仕掛けられるテロへの対策である。田母神は、今からでもちゃんと

東京オリンピックをテロから守れるのは自衛隊を動かしてきた私だけです

と言わなければならない。

日本人は、テロというとイスラム原理主義を思い浮かべるかもしれない。それではテロが起きるという実感は持てないだろう。しかし、その認識は間違ってる。日本では、西南アジアの一般的ではないイスラム教を奉じる過激なテロリストよりも、支那、半島によるテロが現実的だ。否、すでにそれは日常的に起きてきたではないか。

これまで日本が国際的に地位を高めようとする機会に、彼らが示した意思、取ってきた手段を復習してみよう。前回、1964年の東京オリンピックの時、支那は何をやったか。

長崎総領事館設置の経緯 で既に記した。
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1964年10月の東京オリンピックに核実験成功を、1970年4月の大阪万博開催中に人工衛星打ち上げ(弾道ミサイル開発の副産物)成功を、それぞれぶつけたのは、やがて日本を侵略するという隠れた意思表示であり、偶然などではない。
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2020年、支那は何をやってくるかわからない。テロに最善の策を打てる人を、東京都民は、今、選ぶ義務がある。

都民よ、北京オリンピックの聖火リレーは覚えているか?

長野市を経由した聖火リレー(2008年4月26日)で、日本の警察は日本人を守らず、五星紅旗を林立させ日本人に傷害を加えた支那人たちを守ったのである。警察組織上部からの指令が出ていたことを証言をする識者は少なくない。長野県警は支那に屈して、日本に税金を納め、国籍があり、選挙権を持つ平和的な日本人を保護することをしなかった。

田母神が都知事にならなかった場合、東京都内に日本全国から大挙して押し寄せて来る支那人が、五星紅旗を振り回し日本人に暴行を加えるとき、警視庁(東京都警察)は、都民を守るかね?宇都宮や細川が、あるいは舛添が、警察を動かして日本人を守ってくれるのかね?

こんな時期に外国人に参政権を与えることに反対しない候補を都知事に据える危うさを、都民には真剣に考えてもらいたいものだ。

しかも、当時よりも事態は支那にとって日本国内の人民を動かしやすく整えられている。2020年東京オリンピックは、国防動員法が2010年に成立してから迎える初めての国際的大イベントになる。今度は長野みたいな田舎じゃない、日本の政経の中心地、日本人口の10%以上が住む首都東京だ。世界から旅行客が来、ヒトモノカネの動きは戦後最大級になる。誰が日本人の生命、領土、財産を守れるのか?

2002年FIFAワールドカップのことも思い出してみよう。韓国は、実施能力の上でほとんど決まっていた日本単独開催を執拗なロビー活動で無理矢理、共催にさせた。日本に遅れをとるのが嫌だったからだ。

韓国は日本が大嫌いだ。なんとしても日本に追いつきたい、出し抜きたい、貶めたい、竹島を占領し、漁民を殺害し、マスコミを買収し間接侵略を進めてきた。日韓共催ワールドカップはその表れの一つでしかない。

日本は戦後70年間ずっと韓国に親切だったが、都民の皆さんはこの日本の誠意は彼らに届いたと思われるだろうか?

これらの国々は、日本が国際的地位を高めようとする際、必ず水を差してきた。五輪を成功させたくないだけではない。国連で常任理事国を目指すと言ったとき、真っ先に反対した国、それはどこだったのか?

日本は、北京で五輪を開く時も、韓国が国連の事務総長を出す時も、賛同してやり、応援してきたのだ。支那への官民援助、アジア開発銀行経由、ODA総額は7兆円に達しようとしている。

いつまで続ける対中国ODA…総額3・6兆円、年間300億円贈与も「反日」一途、軍事脅威なのになぜ?日本は「貢ぐ君」か

その報いは、尖閣諸島、竹島、対馬、沖縄本島侵略であり、ありもしない大虐殺、慰安婦の捏造、それを歴史的な事実にしようとするための記念館、記念碑の建立と自国民への反日教育、さらにヒートアップを見せているそれら世界的な建立拡散のロビー活動なのだ。

もちろん、北朝鮮が行った日本人拉致が、テロでなかったという人はもはや日本人にはいないだろう。

都民の皆さんには、誰が都知事にならなければならないか、よくよく考えていただきたい。