7月6日、SANSPOが、共同通信発の次の記事を配信した。ネット選挙の開始と時を同じくして、このような動きが明るみに出されることは、我々が放送というものの決定的な変化のせめぎ合いのただ中にいることを象徴している。
『ネット見れるパナの新型テレビ、民放がCM拒否』
記事の冒頭を引用する。
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テレビの電源を入れると、放送番組とインターネットのサイトなどが画面に一緒に表示されるのは、関係業界で定めた技術ルールに違反するとして、民放各局がパナソニックの新型テレビのCM放映を拒否していることが6日、分かった。大手広告主のCMを各局が流さないのは極めて異例。
放送関係者らによると、問題のテレビは4月発売の「スマートビエラ」シリーズ。テレビをつけると、放送中の番組の下と右にサイトやネット動画などが並び、リモコン操作で簡単にアクセスできるようにする機能がある。
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嫌がられたのは、このCM
チャンネル桜の水島総は、この動きについて長くコメントし、
【スマートビエラ】TV業界激震!民放各局「CM拒否」の醜態[桜H25/7/8]
その中で、
「(スマートビエラのような装置が普及すると、地上波の)報道も、我々(インターネット放送局)と同じようにどれだけ良いもの、本当のことを伝えられるかという競争になる…たとえば我々の尖閣の映像は、You Tube だけで2万近くあるが、ちゃんと民放はこういうのを報道しているのかと比較できる、なんで民放は尖閣諸島(の報道を)こんないい加減にやってんだ(ということがわかる)、このあいだの(NHKの)大越(健介)キャスターなんかまるで漁船が行くと中国船が出てくるみたいな報道をする(欄外註)」
と、NHKを含め、テレビ報道の適正化に寄与することを指摘した。
11日、桜はこの問題について追加の放送をする。水島は少々しどろもどろだが、
【スマートビエラ】TV業界は規制改革に口を出す資格無し![桜H25/7/11]
つまるところ水島が評価しているのは、ネットにおける動画サイトの存在価値なのである。
You Tube は2005年2月に登場し、Time誌によって2006年のInvention of the Yearに選ばれている。ネット住民はあまりにも毎日手軽に使っているのですっかり忘れてしまっていると思うが、世界を革命的に変えるものと評価された歴史的な大発明だった。
YouTube、Time誌の「Invention of the Year」に
民放は、これほどの大発明を、まだ気がついていない人たちから隠してしまいたいらしい。優れたデバイスを制限することは、たとえれば、車乗るな、パソコン使うなと言っているようなものだ。同時に、テレビを見るな、という自己矛盾を孕んでいることになるのだが、そのことには気がついているのだろうか?
民放よ、そもそも、本当に良い番組を作っていれば、視聴者はテレビの番組を選んで視に来てくれる、賛辞を贈ってくれる。喜んでスポンサーのCMを見、商品を買ってくれるものだ。番組は削除しても削除しても毎週拡散されてしまうほどになる。
関テレの水曜アンカーが良い例だ。動画複製者はネットへの番組転載の際、別寅のCMをカットしない。そうすることで、番組を提供してくれた人たちすべてに感謝を表している。動画の視聴者もそれをよくわかっていて、弾幕を張って応援してくれる。結果、テレビを見ない人たちも、CMが流れていない地域の人たちも、別寅かまぼこを食ってるんだ。スポンサーが喜ばない訳がない。良い番組とはそういうものだ。
別寅かまぼこ CM
それぞれ付いているコメントにも目を通してみると良い。
http://www.youtube.com/watch?v=wc0eKDShqo4
http://www.youtube.com/watch?NR=1&feature=endscreen&v=EAf0x6b8IXg
流通業界では「コピーされない(真似されない)商品は一流ではない」という言葉があるのだが、知っているか?
今回の動きは、テレビが視聴者から選ばれない、もしくはリアルタイムで非難されることばかりを恐れ、番組に賛辞が寄せられることや、視聴者にとって良い商品が売れてスポンサーが潤うことを初めから拒否するものだ。
民放は、どこに顔を向け、何を守ろうとしているのか?
ハードにまで口出しし、視聴者離れの阻止行動に出るのは、テレビ局自身に良いソフトを提供しているという自信がないからだ。コピーしたくなるような良質の番組を作る気概はないのか。姑息な手を使わず、実力で勝負できないのか。今後も「知られたら困る」報道を垂れ流すだけか。
ネット民は、すでに地上波が事実を報道しないことにうんざりしており、真実をネットに求めている。誰がだまされたままでいたいか?君たちに許されているのは、本来の目的に立ち返り「良いものを作ること」ただ、それだけだ。
『報道しない自由』、それは似非ジャーナリストが「報道することが怖い」ことを糊塗し、自らの利権のために報道の受け手に必要な情報を渡さない実態を粉飾するために作ったまことしやかな嘘である。
チベットを報道しろ、ウイグルを報道しろ、支那共産党の侵略を報道しろ、半島の反日と間接侵略を報道しろ、起きていることを起きていると言え。
今一度、この歌を聞こう。
『さよならぼくたちのてれびきょく』は2011年08月04日にニコ動で発表されるや、瞬く間にコピーされ、最初の一ヶ月で60万回以上再生された稀代の名曲だ。
作詞 作曲 ほぼ日P 『さよならぼくたちのてれびきょく』
ぼくは、今月から始まったネット選挙によって、一つの副産物が生まれたという報告を心待ちにしている。それは、インターネットを通して選挙の情報を取るつもりだった人たちが、現在日本で進むありとあらゆる売国と、これを取り戻そうとする試みに接することになり、結果として投票先が変わってしまったという人たちの証言である。
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(註:事実としてNHKの報道内容に誤りがある。水島は『頑張れ日本!』の活動としてこれまで15回尖閣に行っているが、そのほとんどで「中国船が出てくる」ことはなかった)