石原慎太郎 — 日本のチトーになれるか | 広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島に県、市、県議会、市議会、経済団体を挙げ、中国総領事館を誘致する計画があります。
経済にばかり走り、国家安全保障を考えない誘致計画に警鐘を鳴らします。

(当ブログは2012年4月1日より休刊しています)

「(国政を)左右できる第3極をみんなで力を合わせてつくること。議論はあとからしたらいい、小さな議論は。そのためにどうするか、わたしは小異を捨てて大同に就く。・・・皆さんが嫌なら、わたし1人でやるつもりでいた。お互いに命を張ってやろうじゃないですか。・・・途中で死ぬかもしれないけど、それでもいいと思って決心した。みんなでやろうよ」
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00234498.html

これに失敗すると、日本は挽回の機会を永久に失うのではないかという不安を拭うことができない。これまで数々の政治家、評論家が、保守勢力の結集を叫んだが誰にもできなかった。誰にもできなかったことをやりたいと言っている。

石原の発言を聞きながら、ユーゴのチトーを思い出した。ユーゴスラビアはチトー亡き後、冷戦崩壊を契機に民族・宗教対立が表面化し、血を血で洗う内戦を経て国家分裂へとひた走ることとなった。ユーゴスラビア紛争である。

これをもって、いかにチトーが連邦統一に貢献したかが、逆説的に証明されてしまった。チトー大統領はその政治力を「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一人のチトー」と讃えられた。

個人のカリスマ性に頼る体制の維持という形が後の内戦を招く結果となったという批判はあるが、それぞれの主義主張をうまくコントロールし長年にわたって平和を維持した、とするのが正しい評価だろう。

翻って、日本の政界は一つの政党内に与党と多数の野党が乱立、分裂しているというのが現状だ。「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字」どころではない。これが国益を著しく損なっているという批判をいくら浴びせても、当の"先生"方は一向に耳を傾けて来なかった。

カリスマでも何でも良い。各々の意見の相違は、支那の共産党が潰れるまでとりあえず棚上げできればいい。どういう形であれ、保守を一つにまとめあげること、これができれば、石原は最後に最大の仕事をしたと言われるようになるだろう。

ちょっと、エールを送りたくなった。