総領事館設置 時系列で並べてみると | 広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島に県、市、県議会、市議会、経済団体を挙げ、中国総領事館を誘致する計画があります。
経済にばかり走り、国家安全保障を考えない誘致計画に警鐘を鳴らします。

次に、日中両国の総領事館設置を時系列で並べてみる。

その歴史は1972年 9月の日中国交正常化から始まる。
設置時には領事館であったがその後総領事館となったものも、総領事館設置と表記した。

1972年 9月 日中国交正常化

1973年 1月 在中国日本国大使館 開設
      2月 在日本中国大使館 開設

1975年 9月 在上海日本国総領事館 開設
1976年 3月 在大阪中国総領事館 開設

1980年 3月 在広州日本国総領事館 開設
     9月 在札幌中国総領事館 開設

1985年 5月 在長崎及び福岡中国総領事館 開設
1986年 1月 在瀋陽日本国総領事館 開設

1997年 7月 香港返還 中国の特別行政区となる#

2005年 1月在重慶日本国総領事館 開設
     9月在名古屋中国総領事館 開設

2009年 1月 在青島日本国総領事館 開設
2010年 6月在新潟中国総領事館 開設

2010年 9月に尖閣諸島中国漁船衝突事件

#返還前から在香港日本国総領事館は存在する。当時は対英。
1984年に英中間で、英国は97年7月1日香港を中国に返還、中国は97年7月1日から香港に対する主権行使を回復、香港を特別行政区とする旨、共同声明が出されている。確かなところはわからないが、85年の長崎、福岡 設置は、瀋陽と返還後の香港とを対応させたと見ることができるのかもしれない。


これらの年表から、幾つかのことがわかる。

1、双方同数になるよう配慮された設置
2、同時に二館開設したケース(長崎・福岡)
3、在日本中国領事館は1985年から2005年まで丸20年間の空白。
  それ以外はほぼ5年に一度(’76 ’80 ’85 ’05 ’10)
4、領事管轄域の均衡を無視した奇妙な設置(長崎)

次回は、この4つの特徴から見えてくることがらを考える。