『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(30)
随分歩いた気がした。
「行き止まりか」
ライトを肩に担いだ。
目の前に立ちはだかったのは大きな木製の扉だった。
色や木目の模様からしてかなり年代ものの一枚板だろう。
周囲を見渡した。選択肢は消えた。どうやら最後の部屋らしい。
他の部屋はどこも開け放しだった。
この部屋には機密性がある。
何だか”特別“な匂いがした。
この音は?
扉に片耳を近づけた。
胸元を突き上げるような重低音。
こもった音は確かに扉の奥から聴こえてきた。
誰かいる。
ベルトを伸ばしてライトを背負うと空いた両手でノブを引いた。
扉の向こうに広がっていたのは鰻の寝床のような縦長の空間だった。
薄暗い部屋。壁には無数の穴が不規則に開けられていた。
オレンジ色の光が点々と揺らめいていた。
部屋の中央には絨毯がしかれた通路があり、
両脇には木製の長椅子が並べられていた。
見上げると天井は高かった。
蝋燭の光を背にして影が空に浮かび上がった。
視線を下ろすと通路の奥に祭壇のようなものが見えた。
そこから真っ白い発光体が柱のように上がっていた。
どうやら音の出所はそこらしい。
足元をライトで照らしながら音の鳴る方へ近付いた。
心臓を抉る重厚なリズム。
光の柱に顔を埋めた。
台の上で発光していたのはタブレット端末だった。
スピーカーから流れてきたのは大音量のラップ。
画面に映し出されていたのは幾何学模様だった。
音に反応するように複雑に絡み合うカラフルな線たち。
伸びては縮み、開いては閉じ。
画面の中で蠢いていた。
まるで心を有した生きもののように。
後ろの方で扉の閉まる音がした。
振り向いたが誰もいなかった。
ライトで部屋中を照らした。
気のせいだろうか。
「この場を離れなさい」
本能がそう告げた。
「撤退」
周囲を警戒しながらゆっくりと出口に向かった。
翻り扉を背にするとライトを抱えたまま体重をのせた。
木材の軋む音がした。
動かなかった。
退路を断たれた。
祭壇の奥で物音がした。
壁だったところに大きな穴が開いていて、
そこから生暖かい風が吹いてきた。
風を追うように振り向くと蝋燭が消えていた。
真っ暗で何も見えなかった。
遠くで聞こえるラップ。
必死で抑えようとしたがリズムにあおられて
鼓動の加速が止まらなかった。
祭壇の奥にあったのは最後の小部屋だった。
入り口から光が漏れていた。
間違いない。
誰かいる。
突然、ライトが消えた。
電球を回してみたが回復しなかった。
振るとカラカラと音がした。
「寿命か」
祭壇付近の段差で躓いた。
大きな音に気付いてしまったのか。
明かりが消えた。
進むしかない。
『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(29)
そしてあの悪夢だ。
どこの国だったか。それは旅行先で起こった夏の事件だった。
ホテルに宿泊を拒否されて地元の農場に1泊することになった。
夕暮れ時、音に導かれて迷い込んだのは飼料を保管しておく穀倉だった。
粘着シートの上には大小の黒い物体が横たわっていた。
親はすでに生き絶えて動かなかった。
子鼠は鳴きながら必死でもがいていた。
倉庫内に響き渡っていたのは非力な断末魔だった。
遠くから近付いてくる車のエンジン音。
大柄の男が麻の袋を持って現れた。
農場主はためらうことなくシートを折りたたんで袋に詰めた。
取り残された麻袋は奇怪な音をたてながらごそごそと動いていた。
物陰に隠れてじっと見つめる事しかできなかった。
やがて音は小さくなり動きを停止した。
飛び出そうとすると強い力で背後から引き寄せられた。
目隠しをされて・・・そこからは覚えていない。
震える小さな身体。
抱きしめた?
そうだ。
抱きしめてくれた。
あの人が。
旅先から帰るとそっとあの子を山へ逃がした。
大人になれば考えることがある。
経営者として親としてあの男もあの人も正解だった。
子どもだからこそ感じることもある。
あなたは誤解していた。
怖いから泣いたのではない。
許せなかった。
自分の非力さを。
今でもあの鳴き声が忘れられない。
そして時々思う。
助けられなかったのかなって。
黒い鼠と白い鼠。
何が違うの?
大人になった今でも
その答えは見つかっていない。
ゆっくりと目を閉じた。
救えたのだろうか?
『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(28)
突然、足元に何かがぶつかってきた。
鈍い衝撃とともに耳を劈くような鋭い音がした。
すねには生々しい感触が残っていた。
ライトを向けると光を避けるように
真っ黒い物体が猛スピードで駆け抜けて行った。
目を光らせながら
立ち止まってこちらの動向を伺っていた。
二三度点滅したあと急にライトが消えた。
「またか」
詰めが甘い。
電球を回して光を取り戻した。
すでにその姿はなかった。
「鼠か」
忘れられない記憶がある。
幼いとき木箱の中で真っ白な鼠を飼ったことがあった。
あの子と初めて出会ったのは散歩の途中で見つけた
爬虫類専門のペットショップだった。
店先には大蛇がとぐろを巻いて寝ていた。
大きな丸太。鎖につながれた梟が獲物を探して忙しなく首を回転させていた。
機械と泡の音。店内には見たこともない綺麗な魚たちが優雅に遊泳していた。
そこは小人にとってワンダーランドだった。
飲料水のロゴが印字された朽ちかけのベンチの下、
金網の中であの子は震えながらうずくまっていた。
ジャラ、ジャラ、ジャラ。
チェーンの擦れ合う音がした。
傷んだ長髪をなびかせ店の奥から出てきたのは小奇麗な髭の男だった。
革のパンツにタンクトップ。全身いたるところにピアスの穴。
肩と腕には彫りかけのタトゥーがあった。
店中で一番の恐怖だった。
鼠は商品ではなかったらしい。
男はハムスターをしきりに薦めてきた。
それからあの子の顔を見るのが日課になった。
どうしても諦められなかった。
真っ白な身体に真っ赤な瞳が印象的だった。
一目惚れだった。
それはひどく寒い日だった。
ベンチの前まで走ってくると勢いよくしゃがんだ。
いつもの場所にあの子の姿はなかった。
暗闇から姿を現したのはあの男だった。
大きなリボンの付いた箱と手作りの本をくれた。
本を開くと鼠の飼育方法が事細かく記されてあった。
心無い絵と拙い文字。だけど味があった。
最後に記されていた言葉が忘れられない。
「愛するものとともに」
(かわいいもの好きの爬虫類専門店店員)
国際的な条約で禁止されている亀を違法に取引して
店がつぶれたのを知ったのは随分あとになってからのことだ。
他にもわかった事実がある。マウスはペットの食用として飼育されていた。
幼形のものは茹でてパック詰めにしたあと冷凍する。
成体のものは実験用として研究施設に売買されていたらしい。
どちらにせよ諦めていたらあの子は救えなかった。
『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(27)
どれくらい潜っただろうか。
風が止んだ。
音もない。
柔らかな毛布で包むように
生暖かい空気が優しく肌を撫でていた。
温度、湿度ともに良好。
地上に比べて意外と地下は快適な空間だった。
一歩一歩確かめるように足元を照らしながら
緩やかなスロープを下った。
人ふたりが何とか擦れ違えるくらい。
通路は狭く、天井は低かった。
壁は白壁で珪藻土のようなものが塗られてあった。
塗り跡を残す技法か。
ライトをかざした。
水面に映る波紋のように不規則な曲線が
幾重にも重なっていた。
触れてみた。
荒々しいタッチ。
手の裏から伝わる感触が何とも心地よかった。
「穴?」
のみか何かで掘ったのだろうか。
白壁には等間隔で小さな穴が開いていた。
覗き込んだ。
空の見えない小窓にはリーフ型の色褪せた燭台が置いてあった。
歪な蝋燭の上でオレンジ色の炎が踊り狂うように
激しく揺らめいていた。
「明かりを辿りなさい」
(鋼鉄の女)
炎の道標。
気ままなガイドに翻弄されながら獲物の後を追った。
光に導かれるように。
それは地下都市だった。
塔の根は地中深くに広がり、
蟻の巣穴のように複雑な構造になっていた。
通路は幾層にも枝分かれしながら訪問者を闇へと誘った。
道の果てにはそれぞれ趣の異なる小さな部屋があった。
倉庫らしい。行く手を阻まれては穴倉の内部を探索した。
光に照らされて浮き彫りになる異様な世界。
真っ白な帯の中で粉雪のように埃が舞った。
袖で口元を押さえながら目を凝らした。
アンティークの家具、人形やお面、民族楽器、
これは何の道具だろう。神事にでも使うのだろうか。
手にしたのはデフォルメされた木彫りの彫刻だった。
彫りは粗いが表情に愛嬌があった。
おでこを撫でながら、
迷い込んだ部屋の数と出会った品々の顔を思い出していた。
どれも気になった。
いつもの悪い癖だった。
目利きには自信がない。
だが素人でも何となくわかった。
玩具ではない。
誰かのコレクションだろうか。
明らかなのは何らかの意図でそれらが部屋ごとに
カテゴライズされているということ。
何の目的で?
揺らめく光を目で追った。
女の助言がなかったら
恐らく寄り道をして迷子になっていただろう。
手にした彫像をそっと元の場所に戻すと、
深く息を吐いて立ち上がった。
天空の塔に地下都市か。
どんな構造になっているのか。
すでに来た道でさえ定かではなかった。
それにしても一体誰がこんなものを造ったのだろう?
『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(26)
女の後を追ってホールの奥へと進んだ。
急に立ち止まった。
ぶつかった。
「すみません」
女は動じなかった。
壁に掛けられていたのは髭を蓄えた恰幅のよい
緑色の目をした男性の肖像画だった。
このカンバスはどれぐらいの大きさだろうか。
館内で一番大きな作品かもしれない。
身なりや装飾品からして貴族だろうか。
「この作品のモデルは誰ですか?」
それは独り言だった。
小柄の女性は額縁の下に張り付くように覗き込みながら
壁を叩いて何かを探していた。
穴に指を突っ込むと力任せに引っ張り始めた。
板が外れて埃が舞った。
ポケットから鍵の束を取り出すと一番小さな鍵を選んで
壁の穴に突っ込んだ。
聞こえてくるのは激しくぶつかり合う鍵の音ばかり。
なかなか道は開けなかった。
女は眼鏡を押し上げてしばらく考え込んだ。
突然の出来事だった。
力いっぱい壁を蹴り上げた。
カチン。
何かが外れる音がした。
髪の毛を掻き毟った。
ボサボサの頭で床を眺め始めた。
どうやら何かを探しているらしい。
カウンターに向かってと全力疾走した。
肩に担いで来たのは人間の頭部ほどある大きな薄汚れたライトだった。
壁をスライドさせた。
ドームに響き渡る金属音。
板壁だと思っていた。
騙し絵だった。
光に照らされて姿を現したのは地下へと続く階段だった。
隠し部屋?
女は電灯を胸元に押し付けると、腰に手を置き、顎で指示した。
「行け」ということか。
電源はどこだ。
女は電球を鷲掴みにすると、勢いよく回転させた。
「ありがとうございます」
暗闇探検か・・・いやな予感がした。
「キャップ」
強い衝撃が背中に走った。
押された。
転げ込むように再び闇の中へ。
ライトを抱えながらきしむ階段を踏み締め地下へと潜っていった。
きっと何かがある。
この先に。
『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(25)
ちょうど小窓の下あたり、
目線を下げると目に飛び込んできたのは
少女のブロンズ像だった。
顔を見て息を呑んだ。
なかった。
光を映し出す鏡。
えぐられたようにぽっかりと二つの穴が開いていた。
憂いを秘めた悲しげな表情。
そこには形容しがたい美しさがあった。
時間が止まった。
「何か御用?」
誰かいる。
音の方へ視線を移した。
少女を囲むように
ホールの中央にはドーナツ型のカウンターがあった。
姿は確認できなかった。
「気のせいか」
カタ、カタ、カタ。
あの機械音だけが止まずに響いていた。
カタ、カタ、カタ、カタ。
その怪音は確かにカウンターの中から聞こえてきた。
静かに音の鳴る方へ近付いた。
距離が縮まるにつれて音は激しさを増した。
バス、バス、バス。
カウンターの上には書籍が山のように堆く積まれていた。
内部が見えない状態だった。何とかして音の正体を確かめたい。
ちょうど顔が通るくらいの隙間があった。
デスクに手をかけて身を乗り出し、開いた穴に顔を突っ込んだ。
「何かお探し?」
死角から飛び出たアッパーカット。
思わず舌を噛んだ。
切れた舌先を舐めながらお辞儀をした。
「すみません」
鉄の味がした。
どうやら相手は鉄の女らしい。
おかっぱ頭にチェーンが装備された色付のサングラス。
カウンターの向こうで書籍に囲まれながら、
小柄な女性が慣れた手付きで年代もののタイプライターを打っていた。
司書の方かもしれない。
いや待て。
この人がターゲットなのか?
皺くちゃの紙と睨めっこしながら思案に暮れていると
穴から真っ白い手が伸びてきた。
気付くと手元からメモ用紙が無くなっていた。
物凄く強い力だった。
再び穴に顔を突っ込んだ。
女はサングラスを外して目を細めながら内容を確認すると
鼻先で人差し指と中指を曲げ伸ばしして見せた。
どうやら「来い」の合図らしい。
言葉でも十分に通じるのに。
何故だろう。
爺さんに呼ばれるとそうでもないのに、
何だか心にひっかかるものがあった。
『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(24)
暗闇の奥で眩く光るオレンジ色の光。
あと少し、もう少し。
ここを抜ければ世界が広がる。
カタ、カタ、カタ。
この音は?
カタ、カタ、カタ。カタ。カタ、カタ、カタ。
歩みを進める度に光の向こうから
けたたましい機械音が聞こえてきた。
軽快なリズムと心臓に風穴をあけるような重低音。
変則的ではあったが、それは何とも心地よいリズムだった。
振り返るとすでに老人の姿はなかった。
得体の知れない音。
恐怖心よりも好奇心のほうが勝っていた。
何がある。
その先に。
薄暗い廊下を抜けると空気が一変した。
円形のホールだった。
由緒ある劇場のように落ち着いた雰囲気の中にも
洗練された豪華さがあった。
床には濁った血液のように赤褐色の絨毯が敷き詰められていた。
足を踏み入れた瞬間、色褪せた記憶がよみがえった。
この感触・・・
天を仰いだ。
光で目が眩んだ。
かざした手を下ろしながらゆっくり瞼を開いた。
空いた口が塞がらない。
それは例え話だと思っていた。
圧巻だった。
天に聳える叡智の塔。
内壁には円形の本棚が幾層にも重ねられ、
大きさ、色、形、様々な書籍たちが隙間なく並べられていた。
「知の地層ってところか」
どれだけかかってもいい。
この手で発掘してみたい。
何層あるのか。
1,2,3,4,5,6・・・・
塔の最上階は吹き抜けになっていた。
真ん中の丸い小窓から灰色の空がのぞいていた。
小窓を囲むように装飾が施されていた。
枝のように複雑に絡み合う線。
線で結ばれたカラフルな色ガラスが
光を通して妖艶に輝いていた。
ステンドグラス。
「あの構図は・・・」
それは見覚えのある図柄だった。
『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(23)
「わしはまだ生きとる」
彫像のモデルはこの世にいない。
それは思い込みだ。
生前に自ら作品を手がける人もいる。
差し出した手をゆっくりと下ろしながら軽く会釈した。
「わかってます」
「確信犯か」
顔を突き合わせながら
しばらく沈黙が続いた。
老人が笑った。
あの屈託のない笑顔で。
反則だ。
思わず吹き出した。
あなたも確信犯。
そのままソファーでミーティングが始まった。
1日の行動について詳細な指示があった。
「今日は2つの講義を受講する。
期限は2コマの講義が終了するまで。
その間にやってほしいことがある」
老人は視線を逸らしたまま徐に
しわくちゃの紙切れを差し出した。
与えられたタスクは2つ。
壱、 人物探索
弐、 資料収集
手渡されたよれよれの紙には探すべき人物の居場所と
集める資料に関する情報が簡潔に記されてあった。
「最近の若いのは活字に疎いからな」
気付くと目の前にあの顔があった。
「やれるかい?」
心無い笑顔でそっと語りかけた。
「大好物です」
さあ、行こう。
この先、資料室に第一の課題が待っている。
後ろで杖を突く音がした。
「公園に居る」
手にした紙切れを掲げた。
また会いましょう。
ためされている。
そんな気がした。
「できるかな? 君たちに」
― 若人よ、つながりを恐れることなかれ ―




