SECRET SOCIETY ? -4ページ目

『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(2)

<待ち人>






「足跡を辿りなさい。その先に必ず獲物がいます」



             (初動取材の心得)





人を知るために行為のあとを探し求める。


それは体験を重んずる師の教えだった。


あの男に近付くためにドクトルに会う。


まずは教授のことを知る必要があった。


期限はシンポジウムが開催される年末までの数ヶ月間。


彼の足跡を追い関連資料を収集すること。


それが緊急のタスクとなった。





論文や出版物など、ドクトルが関わった資料の所在をネットを中心に検索した。


結果、大部分の資料がある大学の図書館に所蔵されていることが判明した。


資料だけではなかった。ドクトルは本業の医師としての仕事のほかに


各地で様々な活動に参加している。シンポジウムもその一環と見られる。


過去に開催された講演について会場となった場所を調査した。


すると、同大学の講堂が頻繁に使用されていることがわかった。


ドクトルに何らかの思い入れがあるのか。


あるいは大学側の要望が強く働いているのか。


いずれにせよ両者のつながりが強固なものであることに間違いはない。


大学の図書館。


きっとそこに何かが眠っている。





数日前から大学の取材を開始した。


某大学の付属小学校で起きた通り魔的な無差別殺傷事件。


サイコ野郎の暴走で多くの幼き命が奪われた。


あの痛ましい歴史的な事件以来、


全国の学校で一斉にセキュリティーが強化された。


門は施錠され入場するにも許可が必要となった。


取材とはいえ堅く閉ざされた門戸をこじ開けるのは容易ではない。


学校は完全に外部から隔離された閉鎖的な空間となった。


施設内にいる大人はすべて学校関係者のみ。


それ以外はみんな子どもたち。


部外者が侵入すれば一目瞭然というわけだ。





小中高に比べて大学は進入しやすい。


基本的に入場制限はない。


キャンパス内は学籍がなくても自由に闊歩できる。


カルチャースクール、講演、オープンキャンパスなど


不特定多数の人間が入り混じる開放的な空間だ。


安くて質の高い学食を一般に提供している大学もある。


よほど特異な格好や危険な行為をしない限り怪しまれることはない。



同質を好む学校。


灰汁の強い人間は“異質”として苛めと言う名の迫害を受けやすい。


だが大学では“個性”として処理される。


自分のような独創的なスタイルでも十分に溶け込むことが可能だ。


最近、都内の大学で元教え子が教授を刺殺するという事件が発生した。


そのため大学でも警備体制が見直されたが現在は落ち着きを取り戻している。



取材先となった大学にもすんなり潜入することに成功した。


早速、ドクトルと面識のある複数の人間に取材を敢行した。


講演に関わった学校関係者の証言。


講演を聴講したことのある学生たちの声。


彼の説については難解であるという意見が多々あったが、


人物像についての評判は大方上々だった。

大学での取材は順調に進んだ。


だがひとつだけ致命的な問題が起こった。


取材の最大の目的は図書館での資料収集。


そこに入場制限があった。


入場を許可されているのは学校関係者、現役の学生、


あとは卒業生だけだった。


入り口には駅の改札口のようなゲートが設置されてあった。


学生証をセンサーにかざすとICチップに記録された


ID情報が読み取られゲートが開く。


澄ました顔で勢いよく突進してみたが気持ちよく引っ掛かった。


見知らぬ学生の後について再度侵入を試みたが、


ゲートの開閉速度が速すぎるために敢え無く失敗した。


警備員の目があるのでこれ以上強攻策はとれない。


関門を突破する為には学生証を手に入れる必要があった。


















『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(1)

<夜明けの公園>



悴んだ指先に息を吹きかけながら川沿いの林道を北上した。


表皮を突き抜けるように深々と冷たい空気が顔を刺した。


鼻頭を摩りながら足元を眺めた。


赤、黄、茶。


変幻自在に流れてゆく景色。


右、左、右、左。


一歩一歩踏み締める度に彩を変えてゆくカラフルな絨毯。


落葉が擦れ合い、小枝が折れて軋んだ。


静寂の中、乾いた音だけが空しく鳴り響いていた。


役目を終えて力尽きたものたち。


朽ちかけた骸は侵食するように磨り減った靴底を優しく包んでくれた。


白銀の世界に足を踏み入れたときのように、


心が弾むような新鮮な感じ。


足の裏でこそばゆさを堪能しながら、


落ち葉の海を掻き分けて前進した。





林を抜けると開けた場所に出た。


三叉路。


立ち止まって辺りを見渡した。


地面を埋め尽くす黄色の蛍光色。



「眩しい」



朝日を反射して目映く光り輝いていた。


目を細めながらゆっくりと歩み始めた。


感触が一変した。


湿った感覚。


しゃがんで落ち葉を一枚拾った。


葉っぱをくるくると回転させながら観察した。


汚れひとつない。


舞い降りたばかりだろうか。


視線を上げた。


前方には左右に分かれた小道。


分岐点には一本の大きな樹木が聳えていた。


掌にのせた落ち葉をそっと仲間のもとへ戻すと


ゆっくりと立ち上がりながら空を見上げた。


銀色の空。


地核を掴み取るようにしっかりと根付いた根。


鱗のようにひび割れた樹皮。


絡み合う双竜が天上に駆け登るように


それは得も言われない荘厳な姿だった。





袖を捲り上げて時計を確認した。



「まだ時間はある」



木の下には真新しい木製のベンチ。


その横には水飲み場が併設されてあった。


ハンドタオルを口にくわえながら手を洗った。


5秒が限界だった。


背負っていたバックを両手に抱えると


ファスナーを開きながらベンチに腰掛けた。



「とりあえず体温を上げなくては」



バックから読みかけの小説と皺くちゃの紙袋を取り出した。


全面にユニオン・ジャックが印字された焦げ茶色の紙袋。


輸入雑貨店で一目惚れして購入した。


厚手で丈夫。繊維が見えるほど作りは雑だったが、


鼻を近付けると木材の香りがほのかにした。


待ちきれなかった。


袋の封を解くと香ばしい匂いがこぼれた。


取り出したのは不揃いのベーグルだった。


食わず嫌いだった。



「茹でるパンなんてありえない」



そう息巻いてずっとのっぺり顔を非難してきた。


だが今はどうだ。



「すべすべ肌に頬擦りがしたい」



自分で作るようになってからその奥深さを知るようになった。



師の言葉が身に沁みた。




「予定は未定。何事も経験。決め付けずに試してみなさい」


  (拘泥する若者の頭を一撃で勝ち割った老人の鉄槌)         




楽しみ方は自由。


練り込むならブルーベリー。


旅先で出会った有機農法で作られたブルーベリー。


農園で作った自家製のジャム。


いまだにあの味を超えるものはない。


お取り寄せして自宅の地下室にストックしてある。


何となくではあるが今回の取材は長期戦になる予感がした。


自分の中では甘いベーグルが定番だが、


食事になるようにスパイスの効いた厚切りのハムと


癖のない二種類のチーズを挟んできた。


豪快にかぶり付いた。


噛み堪えのある生地。


ハムの塩気、チーズの旨味。


特製ソースで唇を濡らしながら咀嚼を繰り返した。





空腹を満たしながら本を開いた。


ひらひらと何かが舞い落ちた。


湿ったハンドタオルで指先を拭うと、


足下に落ちた短冊を拾い上げて天にかざした。


銀箔の線で浮かび上がった文様。


あの栞だった。


手にしたブックマークを裏表紙に挟みこむと


前屈みになってページをめくった。


唾液を呑んだ。


口内に残った旨みの記憶。


舌先でなぞりながら不安を掻き消すように、


ゆっくりと虚構の海へダイブした。








   

   「必ず戻るから」














































Maru.’s NOTEBOOK 14 「一輪車」(2)

両手をぶら下げて両足をバタつかせながら


颯爽と駆け抜ける男。


一輪車に乗って姿を現したのはあの食えないピエロだった。


赤いボディーに厚みのあるタイヤ。


どこか見覚えがある車体。


後姿を追った。


サドルの後部のロゴを見て確信した。



「ケルベロス」



完全にこちらの存在をわかっているはずだ。


それなのに全く視線を合わせようとしなかった。



「しかとか」



無表情のまま淡々とペダルをこいでいた。


どこまで行くのか。


豆粒ほどの大きさになったあと急に消えた。


眼球を小刻みに動かして男の姿を探した。



「どこだ?」



後部から現れた。


目の前を横切ると再び姿を消した。


出ては消え。出ては消え。


キー、キー、キー。


坂道で古びたブレーキを握り締めたときのように


不快な音をたてながら


椅子の周りをぐるぐると回転し始めた。



やがて目の前に飛び出すと


一輪車に乗ったままジャンプした。


前後に行き来したあと、


姿勢を正し、両手を広げると、円を描くように回り始めた。


回転させたコインが失速して動きを止めるときのように


円の中心に向かって勢いよくスピンした。


あまりの乗りこなしの上手さに心が奪われた。


固唾を呑んだ。


速度が頂点に達したとき、


 


      SECRET SOCIETY ?





足がもげた。


両手を大きく振り回しながらわざとらしく転倒した。


床に倒れ込むと大の字のまま動かなくなった。


しばらくすると突然何かに気付いたように


上体を起こした。


両手で双眼鏡を模写しながら周囲を見渡した。


足元にあったもげた靴を発見すると両手で抱え込み


空を仰いで泣いた。


涙を流すことなく無言のまま大袈裟なリアクションで大泣きした。



「おちょくってやがる」



握り締めた拳を肘掛に向かって力いっぱい振り下ろした。


革を打ち付ける鈍い音。


鎖が奏でる金属音。


音に反応したピエロは神の逆鱗にでも触れたかのように


両肩をすぼめてキョロキョロとあたりを見回した。


汗を拭う仕草をしたあと


座ったままもげた足を元に戻した。



「完全なる無視か」



淡々とした表情が無性に腹立たしかった。


立ち上がると神経質そうに洋服についた埃を叩き落とし、


両手を広げて微笑んだ。


どこからだろうか。


拍手と歓声。


観客など一人もいなかった。


だが確かに音が聞こえてきた。


右、左、右、左。


観客の声援に応えるように


左手を胸に添えて深々とお辞儀をした。


何度も何度も。


醜い笑顔と臭い吐息を撒き散らしながら。





音が大きくなるにつれて舞台は暗転した。


目覚めれば真っ暗な世界。


「ここはどこだ?」



こぼれかけたよだれを袖で拭いながらあたりを見渡した。


拍手喝采の中、


壇上にはスポットライトを浴びて


深々とお辞儀する男の姿があった。


両手で顔を擦った。




これが現実。




おはようございます。




   

 「ドクトル」



 






QUEEN Maru.’s NOTEBOOK 14「一輪車」 

       

           ― END




              




























Maru.’s NOTEBOOK 14 「一輪車」(1)

シークレットベース。


そこは限られたものだけが踏み込めるサンクチュアリ。


自宅の地下室。


大樹の深淵。



真っ暗な世界。



暗闇の先にきっと何かが眠っている。


そう、この先に。


あと少し。


もう少し。



SECRET SOCIETY ?



ゆっくりと瞼を開いた。


真っ白な世界。


視界がぼやけて焦点が合わなかった。



「ここはどこだ?」



意識が混濁して思うように判断が行かなかった。 



「この匂いは」



鼻の奥を刺激するスモークの香り。



「やつの臭いだ」



ボスが愛飲していたキューバ産のシガーの香り。


背もたれに寄りかかって深呼吸をした。


葉巻の香りが染み付いた上質のレザー。


ストレスを感じさせない完璧な座り心地。


一度だけ大将が不在のときに座ったことがあった。


そうだ。


ここはお山の頂上。


あいつの居場所。



「ボスの椅子」




右手を動かそうとした。


ジャラジャラと鎖がぶつかり合う音がした。


確認しようとしたが顔が動かなかった。


締め付けられる感覚。


どうやら首に何かがまとわりついているらしい。


視線を落として掌を見つめた。



「何だ? これ」



顔を反転させた。



「こっちもか」



両手の手首には犬の首輪のような手枷がはめられていた。


立ち上がろうとした。


腹に力が入らなかった。


足元を見た。


真っ白な床に真っ黒な点々。


高いところから水滴を垂らしたように


黒い液体のようなものが斑点状にこびり付いていた。


床に散りばめられた不可思議な紋様。


両膝に力を入れて足を動かそうとすると


不規則な図柄が一斉に蠢きだした。


まるで生き物のような動き。


顕微鏡の中の単細胞生物のように分裂と捕食を繰り返した。


やがて無数のドットたちはひとつの黒い塊となり動きを停止した。


両足のつま先を囲むようにして浮かび上がってきたのは


足枷のような図柄だった。



四肢を眺めた。


右と左、左と右。


両手と両足。


手枷と足枷。


反転した世界をつなぐシンメトリーの錠。


素手で接着剤をつまんだ時のように


すでに両足の自由は奪われていた。


渾身の力をしぼって拘束を解こうと試みた。



「動かない」



抗えば抗うほど


全身の力が抜けて行った。


重なり合う音。


金属音だけが虚しく響いた。



抵抗をやめて椅子にもたれかかった。


空を見上げた。


天や地の別もない。


空っぽな世界。



「もういい」



投げやりな気分になった。


瞳を閉じて再び眠りにつこうとした。


突然、視界の中に赤い物体が飛び込んできた。


右から左へ。



「何だ?」



左から右へ。


確かに目の前を何かが横切った。


上体を起こして目を凝らした。


遠くから近付いてくる赤色のドット。



「人間か?」



ボルドーのベストに赤っ鼻。


黒いスラックスに尖った靴。


禿げ頭に癖のある胸毛。


そして胸糞悪いこの臭い。


間違いない。


忘れかけた頃にやって来る。




   

   「お前か」



『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 5 (13)

事を済ませてから家路を急いだ。


参道を下りながら夢物語を反芻していた。



営業とは何か。


師の言葉が脳裏に浮んだ。



「社会が戦場ならば企業は軍隊。


管理職が司令官ならば営業は先遣隊のようなものです」



戦渦を生き延びた老兵らしい例え話だった。



戦場において戦力を担うのは戦闘員。


それを支えるために軍隊には様々な役割分担がある。


駒を機能的に動かすために命令を下して全体を指揮する司令官。


上の命令を末端に伝え、末端の情報を上に集約する通信班。


負傷兵を選り分け戦力を戦場へ戻すための医療班や救護班。


なかでも先遣隊の任務ほど過酷な仕事はないという。




「先遣隊の仕事は敵陣の中に乗り込み戦況を把握して


的確な情報を持ち帰ることです。どんなに巨大な戦力を有していても


戦況を読み違えば命取りになります。べトコンが証明しました」



勝つためには戦略が重要だ。


戦略をたてるためには戦況の情報が必要となる。




「情報なくして略はなし。略を放棄して勝利なし」




戦略をたてるのは上層部である。


だが実際に現場で戦っているのは企業戦士たちだ。



「情報が皆無の状態で敵地に踏み込む。勝利すれば手柄は上層部のもの。


本当のところ戦いの最前線で恐怖と対峙しながら


血を流して戦っているのは営業のみなさんなのです。


命をかけた戦いに我々同胞は最上の尊厳と敬意を払わなければなりません」





熊は群れることを選んだ。


犬は孤独を選んだ。


集団は束縛的だ。だが安心を手にすることができる。


孤独は解放的だ。だが不安がつきまとう。


いずれにせよ生きることは難儀なことらしい。


どちらも自分の意志で決めた生きる道。


互いに進む方向が違うけれど最期に笑えればいい。




みんな自分を押し殺して必死に生きている。


自分を失わないために群れを出た。


群れの中で自分を失わないでいられたならば


わざわざ安心を捨てるような馬鹿な真似はしなかった。


あなたが今でもあなたでいること。


その生き様を見ると胸が熱くなる。



「お前がうらやましい」



あなたの口から悪口を聞いたことがない。


しなやかで強靭なハートがほしい。



そのままでいい。


あなたらしく生きてほしい。




自分が世話になってやっとわかった。


山さんがやってきたこと。


そして本当にやりたいこと。


傷付いた戦士。


あなたは真のジャーナリスト。





別れ際に熊が頭を撫でてくれた。


分厚い手のひらの温もりが忘れられない。

大きくてやさしい手。





真実?


いったい何を見つめてきたのだろうか。


いや、見つめようとしなかったのかもしれない。


だってほら、



SECRET SOCIETY ?





    


    「月が泣いている」











調査開始から1年半が経過。


走った。


ひらけた。


そして迷った。









  フリージャーナリスト      Maru.
  

QUEEN 『SECRET SOCIETY ? に関する調査報告書   5



          ― END  





































































『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 5 (12)

螺旋階段を上り地上に戻った。


穴を抜けるとすでに熊が獲物を狙って待ち構えていた。


ヘッドロック。


熊は野球狂であると同時にプロレスマニアでもあった。


部下だったときによくかけられていたプロレスの技。


懐かしい。


機嫌がよい証拠だ。



「今日はありがとうな」



言葉と行動が裏腹だった。


顔面を紅潮させながら、ボディーを攻めて歪んだ愛情に答えた。



「光栄です」



おでこに何かがぶつかった。



「ほら、もってけ」



差し出されたのは小さな紙袋だった。


両手で受け取った。


かなりの重量だった。



「何ですかこれ?」



「開けるなよ。お前のじゃない。先生の土産だ」



目が光った。


真剣な話。



「こっちがお前のもの」



手渡されたのは大きな茶封筒だった。



「年末に大学の講堂でシンポジウムが開催される。


その後、研究室で取材ができるようにアポを取っておいた。


事前に対象について綿密に調べ上げること。


取材の鉄則だ。予習しておけ」





中身はスクラップされたブックと手書きのノート。


教授に関する情報が事細かくまとめられた資料だった。


封筒には他に最寄り駅から秘密基地への地図が入っていた。


ご丁寧に赤線で道順が記してあった。



「坂のところにタクシーを呼んである。気をつけて帰れよ」



胸ポケットに差し込まれたのはしわくちゃの諭吉だった。



「車代だ」



口を開こうとした瞬間、


両手で肩をつかまれ扉の方向に向きを変えられた。


心の中で呟いた。


献杯。





「山さん。糖分は控えめに」



「お前もな」



熊は笑いながらこぼした。



「俺がいなくなっても世界は変わらずに動く。


泣いてくれるやつなんかいやしないさ」



手の甲で分厚い胸板を叩いた。


「世界は動いても心のねじが飛んじゃいます。


泣いてやりますよ。地球じゃ抱えられないくらい」



社交辞令なんかじゃない。


素直な気持ちだった。


見つめ合った。


言葉など必要なかった。


握手して抱き合った。


初めて分かり合えた気がした。









カウンターの男と話があるという。


大樹の下で熊と別れた。


扉を開けると冷たい空気に包まれた。


肌を刺す冷気。


昼間との寒暖差は少々骨身に沁みた。


託された土産と資料をバックに仕舞い、


鉛筆とメモ用紙を取り出した。


タクシーを待たせてある。



急がなくては。
















































『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 5 (11)

<先遣隊>




口に含んだ褐色の液体を勢いよく吐き出した。


人差し指を唇にのせた秘密のポーズ。


おちょぼ口があまりにも滑稽だったからだ。



「何をやってんだ」



丸めた雑誌で頭を引っ叩かれた。


乾いた音が室内に響き渡った。


さすが幻の四番バッター。


目の前が真っ白になって一瞬意識が飛んだ。


打たれるボールの気持ちが少しだけわかった気がした。


頭を撫でながら顔を上げた。


カウンターの男が肩を震わせて笑いをこらえていた。


あの人も笑えるのか。


目が合うと男はダスターをつかんでカウンターを出ようとした。


左手をあげて制止した。



「大丈夫ですから」



内ポケットからハンカチを取り出し、


濡れたテーブルをきれいに拭った。


右手の人差し指を天に向けぐるぐると回転させながらぼやいた。




「サヨナラです」



男が吹き出した。


つられて熊も笑った。


みんなで笑った。











『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 5 (10)

〈シークレットベースに関する情報〉


保護樹林に囲まれた山はある資産家の所有物。


小屋や地下室は趣味で地主が建てたもの。


地主と仲がよかったある男が土地と建物を借りている。


その男が実質的なオーナー。


男は気の合う仲間を集め施設を開放。


メンバーと呼ばれる会員たちは気の合う仲間たちで


構成されている。

ウンターの男性、洋菓子を作ってくれた女性もメンバー。


もちろん熊も一員。教授はメンバーではない。

メンバーは地下室のことをシークレットベース(秘密基地)


と呼んでいる。


シークレットベースはお店ではない。


営利目的ではなくあくまで趣味の空間。


メンバーは好きなときに訪れて自由に過ごす。


カウンターの男は珈琲が趣味。


ほぼ毎日のように地下室で豆を挽いている。


管理人のような役割を自らの意思で担っている。


施設を利用できるのはメンバーのみ。


メンバーになるためにはメンバーの推薦と


全会一致の承認が必要。






会員制にした理由は情報漏洩を防ぐため。


会員は両手で数えるほど。


互いに秘匿にしたい情報をつかんでいる。


情報が漏れればすぐに出所が発覚する。


相手に刃を向けることは自ら首を吊る事に等しい。


核の抑止力のようなものか。


情報源を守る鉄壁の要塞。


重要な取材のときにはよく地下室を利用しているという。

今回は特別に熊の要望で入室を許可された。


次回からは事前に話を通してほしいという。


ルールはあってないようなもの。


大人であること。

それがメンバーの第一条件のようだ。


ルールを持った人間にルールを与えることほど


ナンセンスなことはない。


メンバーに関して個人情報に関わることなので


深くは言及しなかった。


カウンターの男を見つめた。


熊が選び、熊を選ぶ人物たちだ。


きっと良識をわきまえた立派な大人たちなのだろう。




群れる気はない。


深入りは禁物。


詮索は止めた。





最後に熊が放った言葉。


それは非正会員に与えられたルールだった。





  「今宵の出来事はすべて夢物語」

















































『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 5 (9)


「人間は選択肢が多すぎて迷うとき定番のものを選ぶ傾向がある」

     (行動心理学を学んだと自称する金物屋のおやじの談)





「モンブランとチーズケーキ」



男は指差した品をトングでつまむとそっと皿の上に乗せてくれた。


一礼をして去ってゆく男。


真のジェントルマンは去り際もスマートだった。


貴族になった気分。


極上のサービスに感謝の意を込めて深々と頭を下げた。


顔を上げるとすでに熊の口元はクリームでいっぱいだった。


ショートケーキ。


皿には苺が一粒転がっていた。


共感。


大好きなものは最後にとっておくタイプの人間だ。


クリームが大好きだ。


クリームだけでもいいくらい。


だからモンブランのスポンジが許せなかった。


しっとりとした味わいをすべて奪ってしまうから。


丸くて黄色いものしか食べたことなかった。


皿の上には三角御山の茶色いモンブラン。


初めて珈琲を口にしたとき、


大人の世界を垣間見た気がした。


あのときの感覚がよみがえった。


大人とは何か?

いまだによくわからないけど、


今だけは大人と呼ばれることに感謝したい。


モンブランを手でつかむと皿の上でひっくり返した。


お決まりの食べ方だった。


邪道と非難する人もいるだろう。


かまわない。


これがマイスタイル。


驚いた。


スポンジの姿がなかった。


クリームの上に乗っていたのは白い雲だった。


「普通に食べなさい」



本当に叱っているとき、熊は丁寧語な口調になる。

スプーンを舐りながら軽く頭を下げた。


「これ何ですか?」


「メレンゲ」



卵白を泡立てて焼いた菓子。

マカロンみたいなものか。


一口で頬張った。

サク、サク、サク。


軽い食感のあと雲のように流れて消えた。


口解けのよさ、残った甘さがしつこくない。


普通に食べた方がよかったのかもしれない。


クリームをスプーンですくって口に運んだ。


濃厚な味わい。


栗の風味が口の中で広がった。


甘さが控えめなので珈琲とよく合った。


確かめて実感した。


やはりクリームは美味である。




チーズケーキに手を伸ばすと熊がカップを置いて語り始めた。



「食べながらでいいから少し俺の話を聞いてほしい」







『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 5 (8)

別腹



カチャ、カチャ、カチャ。


顔を上げ音の鳴る方へ視線を向けると、カウンターの方から


木製の台車を押して近付いてくる男の姿が目に入った。


同化するようなスマートなフォルム。


入り口の扉にあった彫刻のように


台車には細かな装飾が施されていた。


佇まいだけでなく歩き方にも品があった。


慌てて丸くなった背筋を真っ直ぐに伸ばした。


台の上には銀のプレート。


お盆の上で食器たちが歌っていた。


男の他にもう一つ大きな影があった。


照明を浴びて姿を現したのは円錐状のラックだった。


光の中で埃が渦巻いた。


朝靄の中の古城のように妖艶に輝いていた。




二人が座っている席の横で演奏は終わった。


横目で台車を確認したあと熊の反応をうかがった。


目の前の大山は微動だにしなかった。



「待て!」



暗黙の合図だった。


姿勢を正して息を呑んだ。


男は音を立てずに手際よくカップを並べ


風が吹きぬけるように漆黒の液体を器に注いだ。



「何が言いたい」



熊の前に置かれたのは土器のような手作りのマグカップだった。



「個性的です」



名工は自分の作品を眺めながら軽く頷いた。


壁にかけられていた器の中で唯一ハンドメイドな作品。


無骨さは作者譲りだったが味のある素敵な作品だった。


取っ手にあしらわれた小さな花たち。


あの大きな手で作ったのか。


かわいらしい。


目の前に置かれたのは小ぶりの白いカップだった。


すべてにおいて平均点。


余計なものを排除し機能性だけを追求したシンプルな作品。


カフェでよく見る普通のカップだった。


焦げ茶色の塗料でロゴが印字されてあった。


顔を寄せて観察した。


目隠しをされ翼を広げた女の図。


入り口の作品と似ていた。


この店のシンボルのようなものだろうか。


羽のところにあの不可解な文字が記されていた。



「砂糖は三杯弱だったよな」



小さな壷から岩石のような砂糖を三粒つまみ出すと


手を伸ばしてそっとカップに落とした。


会社ではよく買い物に行かされた。


熊の定番は缶コーヒー。


とりわけ甘いのが好みだった。


市販のコーヒー以外に熊と珈琲を飲んだ記憶がなかった。


自分が甘党であることをいつから知っていたのか。


砂糖の量まで。



「ここのメンバーはブラック愛飲家がほとんど。


 お前といると気が楽だよ」



ミルクをたっぷり注ぎスプーンでかき混ぜながら豪快に笑った。


熊はラックを指差した。



「お前のために用意してもらった。好きなものを好きなだけ食え」



円錐状のラックには大きさの異なる


円形のプレートがはめ込まれていた。


その上には色取り取りのケーキが並べられていた。


一口サイズだったがどれも品があって洗練されていた。


花のように美しく宝石のように光り輝いていた。


手を付けることでさえ勿体無く感じた。


早く言ってほしかった。


飲み屋で食べ過ぎた。


だが甘いものは別腹。


生唾を飲んだ。



「本当に?」



熊の表情が一瞬曇った。


大食いであることを知っていたからだ。






「男に二言はない」






ショートケーキ、


ガトーショコラ、


サバラン、


ロールケーキ、


シュークリーム、


ミルフィーユ。



どれも捨て難かった。




「差し出された心を飲み干す。それが礼儀ってもの」

(接待で限界を超えるために熊が自分に言い聞かせている言葉)