SECRET SOCIETY ? -3ページ目

『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(12)

<マグナムコーヒー>



臨界点突破。



胸部に突き上げるような痛みが走った。


激しく上下する両肩の動きが止まらない。


これ以上走り続けたらポンプが悲鳴を上げてしまう。


スポーツは全般的に苦手だ。走ることに関しては自信があった。


振り返った。たった数十メートル。全力疾走しただけでこの有様だ。


上がった息が戻らなかった。


「走れる」という意識は過去の自分に裏付けられたもの。


現実の自分とは多少のずれがあるらしい。


走ることは犬にとっての生命線だ。それを奪われたら何が残る?


受け入れ難いこと。だが現実は認めるしかない。


年を重ねることで失われるものがある。だが得るものもある。


生きる知恵だ。


一昔前の自分ならきっと無茶をした。今は身体を気遣える余裕がある。


心拍数を抑える方法。


急に止まれば心臓に負担がかかる。


ゆっくりと減速しながら鼓動のリズムに合わせて深呼吸をする。


そうすれば徐々に正常な状態に収束する。


指先を手首に添えた。


内なるリズムに耳を傾け、両肩の動きにあわせるように呼吸を繰り返した。


長くなってゆく呼吸のストローク。胸の痛みは消え、


両肩の揺らぎは抑えられてゆく。


散らばった糸をより集めるように乱れた心は静かに


落ち着きを取り戻していった。



歩き始めた頃、ようやくゲートの前に到着した。


口内は粘性の液で満たされていた。


たまった唾液を路上に吐き出そうとして躊躇した。


しかめっ面で汚れた唾液を呑み込んだ。特製ソースの味がした。


のどが渇いた。


脳裏をかすめたのはキッチンの映像だった。インディゴブルーのタンブラー。


テーブルの上で汗を掻いていた。隣でユニオンジャックがはためいていた。


輸入の茶葉にフレッシュなレモンのスライス。


蜂蜜風味の甘いレモンティーだった。


口の中は既に檸檬の記憶でいっぱいだった。


背負っていたバックを下ろすと無心で中身を弄った。


探しても、探しても見つからなかった。



「詰めが甘い」



背後から聞こえてきたのは剣先でえぐるような鋭い声だった。


一瞬、背筋が凍った。忘れはしない。それはボスの口癖だった。


あいつはどんな失敗も見逃さなかった。


最後にいつもぼろが出る。メンタル的な弱さが要因なのかもしれない。


自分自身でわかっているだけに指摘されると腹が立った。


悔しいが、これも現実。



「レモン氏は家でお留守番か」



頭を掻きむしるとバックを放り投げて溜息をついた。


ベーグル作りに熱中しすぎた。何かに没頭すると他が見えなくなってしまう。


これもきっと治らないだろう。


「まあいい」


諦めること。それも生きる術。


水。とにかく水分が欲しい。水道?いや公園の水は遠慮したい。


自販機。そう。この先、かわず公園の小島の中に売店があるはずだ。


荷物を掴み立ち上がって膝頭の汚れを払いのけた。


とにかく先を急ごう。


『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(11)

森を抜けると視界が開けた。


「はらっぱ」


目の前に広がったのはあの頃と同じ風景だった。


都心にもこんな風景が残っていたのか。


過去の記憶がオーバーラップした。


人間は都合よく記憶を作り変える。


懐古に浸り「昔はよかった」なんて湿気たことを


言うつもりはない。現実から逃避するために


語り継がれる過去は美化された幻想にすぎないから。



日差しに照らされて我に返った。


眩暈がした。


随分と脱線したものだ。


米神を押さえ首を振りながら辺りを見回した。


視界に入ってきたのは公園の入り口に設置されて


あった大きな標識だった。真っ白なボードに黒色の


塗料でペイントされた犬の陰影。赤線のサークルで


囲まれてシートベルトのような斜線が引いてあった。


どこかで見た構図。


昔見たお化け退治のフィルム。


映画のロゴマークを連想した。


子どもの頃、よく映画館に足を運んだ。


今でも映画館には特別な思いがあるが随分遠退いた


気がする。ネタ切れの映画界。大作は腐るほどあっても


名作は少ない。新作もすぐにレンタルされる時代だ。


劇場でみた名作の数々。暗闇の中、小さな心をふるわせた


あの頃がいとしい。



「あの頃はよかった・・・か」



思わぬ形で自分を裏切ることになった。


さっきまで懐古趣味を非難していたのに、


一歩進めばこの様か。


目先の獲物に踊らされ息巻いて吠え立てた犬。


獲物の正体も知らずに自分の尻尾を追い掛け回している。


滑稽な姿を想像して浅はかさを自嘲した。







そう。


心なんて不確かなもの。


いつだって


よいものはよい。


それでよい。


きっと。




自分ならどんなモンスターを創造するだろうか。


やめておこう。


放映禁止になりそうだ。




「嗚呼、マシュマロが食べたい」





瞳を閉じて深呼吸をした。


見上げれば白銀の空。


昔と今を比べて優劣をうたうつもりはない。


だがひとつだけ言えることがある。


あの頃遊んだ空き地も、目の前に広がる野原も、


自分にとっては絶好の遊び場だ。



「犬の散歩は禁止ってことか」



手の甲で鼻を拭った。


いつからだろうか。


全力で走ることを諦めた。


走った。


頭を空っぽにして駆け抜けた。





待ち人がいる。


この先に。



『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(10)

大人の都合で造った仮初めの空間はもはや子どもにとって


魅力的な空間ではなくなってしまったのだろうか。


子どもが外で遊ばなくなった理由はいくつか考えられる。


衛生や防犯など、管理側の視点もあるだろう。


パソコン、ゲーム、テレビなど屋内での遊びが多様化した


ことも挙げられる。だが「魅力的な遊び場がない」ということは


公園離れの大きな要因のひとつではないだろうか。


みんなが集える遊びの空間。


公園の魅力って何だ?



不動産屋の御主人の言葉が耳から離れない。



「遊びは場所を選ばない。どこだって遊べる。


    遊びは自分で見つけるもの」


      (自称遊びの発明家不動産屋の哲学)  



最近、公園の滑り台の上で寄り添いながら携帯のゲーム機


を覗き込んでいる子どもたちの姿を目撃する。



「インドアの遊びもアウトドアに持ち出せる時代ですからね」



調子に乗って賛同を得ようと目論んでは見たが、



「滑り台は滑るものだ」



大きく的を外した。


遊びは自ら発見するもの。


与えられた遊びほど不自由で退屈なものはない。


大切なのはそこに心を揺さぶる何かがあること。


何かって何だ?



「子どもの姿がない公園は本当の空き地だ」


          (自称子ども嫌い不動産屋のぼやき)   



空き地と公園を区別する方法。


それは気配だ。


利用されているかどうか。


それは人気があるかないかでわかる。


使われなくなったら廃墟のように寂れてゆく。


それが自然の摂理だ。





結局、誰が造ろうが、どんなかたちだろうが


問題はないような気がする。


大切なのは利用者に必要とされていること。




公園の価値。



それは利用者に愛されているかどうかで決まる。


『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(9)


「イタリアと日本の都市計画を比較すると面白い」



大学時代、人文地理学の教授が黒板に記号のような文字を


書きながら言っていた。日本は国策として都市計画を推進


している。
担当しているのは地方自治体。国民の参加率は低い。


一方、イタリアは国策として都市づくりを計画していない。


担当しているのはエリアごとの自治体。市民が責任を持って


積極的に参加している。



自分たちの都市をどのように守り未来につなげるのか。


シェフにすべてお任せするべきか。


自ら厨房に入るべきか。


どちらが民主的かは一目瞭然だが・・・


出来栄えはどうあれ


自分たちの暮らしは自分たちで守りたいものだ。



残された人類の遺産を拝見する度にいつも先人たちの


発想力の豊かさと技術力の高さに敬服する。


あのオブジェたちもやがてそうなるのだろうか。



「これが私たちの文化です」



コンクリートの塊を目の前にして

胸を張ってそう言える自信がない。


両手でビル群を隠してみた。


でも無ければ無いで物足りない気もする。



「これも大人の都合か」



とうとうそれがわかるようになってしまった。



「大人の話」



あの人の口癖だった。


困ったとき、逃げるための常套手段。


そうやってすべてを隠していた。









チャイムが鳴った。


BOXに乗り込み振り返って軽く会釈した。


眼鏡を押さえながら男がにやけた。


閉まる扉越しに見えた不自然な笑顔が忘れられない。


ガラスに額を付けた。


ひんやりとして気持ちがよかった。


赤茶けた空を背景に濃紺に染まる都心のビル群を眺めた。


見ている世界が違う。


だけど同じにおいがした。


他が見えなくなっては問題だけど、


何かに夢中になれること。


それって素敵なこと。






  もう会うことはない。





『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(8)

自分が住んでいる所はどのように造られ管理されているのか?


その答えを役所で見つけた。


法律の下で都市は計画的に造られ管理されている。


その事実を都市計画図という地図がわかりやすく教えてくれる。


エリアごとに色分けされ、どこにどんな種類の建物があるのか


一目でわかる特殊な地図だ。地図は役所で販売している。


取材の資料として現物を入手するために役所に向かった。


個人で購入するケースは珍しいようだ。


担当してくれた役所の職員が興味深そうに対応してくれた。


どうやら地理に関して造詣が深いらしい。


マニア魂に火がともったのか、


訊いていない事まで熱心に解説してくれた。


ついでにいろいろと質問した。



「都市計画を進めるにあたり建物を集合的に建設する場合、


一定の敷地を公園として利用することが義務付けられている」


     (都市計画法に詳しい地理マニアの公務員の解説)



つまり、こういうこと。



建物を建てれば人が集まる。人が集まれば公衆が生まれる。


公衆が生じれば暮らしを向上させる目的で公園が必要になる。



だが、これは想定の中で生まれた理論上の話だ。


実際に公園が必要とされているかどうか。


利用者の声などどうでもよいらしい。



「公園は都市開発の副産物。


  楽しめるかどうかではなく、あるかないかが問題だ」


        

         (公園の本質を見抜いた地理愛好家の悲哀)



制度上、建物を複合的に建設するためには利用者の有無に関わらず


公園を造らざるを得ない。都市開発を進める過程で公園は便宜的に


造られるようになったというわけだ。



建物をいっぱい建てるためには併せて公園を造らなければなら


ない。造りたいのは公園ではなく建物。合理的な観点からコストと


機能性ばかりを追求した。結果、体裁だけの公園が残った。



そう仮定すると公園の有り様に説明がつく。


小さすぎる公園は建設地を最大限に確保するために法定内で面積を


極限まで削ぎ落としたからだろう。閑散とした公園は経費削減や


デザイン性を重視するあまり遊具を極力排除したためではないか。


利用者のニーズに応える公園ではなく、施工者の都合に応える


公園。遊ぶ人がいるから造ったのではない。造ったから遊べ


ということ? つまり“与えられた遊びの空間”だ。


「造りました。遊んでください」



それでは何とも心が動かない。



御都合主義に流されて公園が二義的に造られるようになった。


かたちだけの公園は利用者にとって魅力のない空間である。


公園から利用者の心が離れ“みんなの遊び場”という


本質が失われてしまった。利用者が減退した理由は


公園の質の低下にあるのかもしれない。


専門家の解説を聴いてそんな気がした。



帰り際、担当者がエレベーターの前まで見送ってくれた。


専門誌への寄稿を勧められたが有り難く辞退させてもらった。


手書きの地図でさえ十分に扱えない。


地理については素人でありたいと思う。


ガラス張りの向こうに都心の高層ビル群が見えた。



「あの高いビルたちは法定外ですよね」



男は苦笑いをしながらぼやいた。



「すべて特例です」



法で規制されているならば新たに法を作ればよい。


これまた大人の都合か。



「議員さんになって法律を作ればあんな家も建てられますよ」



おどけた表情で笑って見せた。


死んでも「先生」なんて呼ばれたくはない。


犬には犬小屋が一番だ。






最低限、生活に困らなければそれでよい。



『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(7)

日本の都市はどうだろうか。


伝統的な家屋は姿を消しつつある。


地域性が希薄になったからだろうか。かわって個性的

な建物が増えてきた。見た目も大きさもまちまち。


統一感のない風景。正直なところ不揃いの町並みを見て


計画性を感じることはできない。



だが事実は事実である。


一見するとばらばらに見えるが日本の町並みも法の中で


計画的に造られている。建物は公や個人が勝手に建てたものの


ように思われがちだが、実際は都市計画法という法制度内で


しっかりと統制的に管理されている。


建物の種類によって建てられる場所が制限されている。


高さや設備など、建物自体にも細かな規定が設けられている。



何建てる? 


確かにその答えは個人の自由である。


法の下という条件付きで。




あらためて実感する。


日本は法治国家である。


故に、日本の都市は法の下で計画的に造られ管理されている。



「法の中の自由」



落ちてきた葉っぱを反射的に掴み取った。


立ち止まって握り締めた枯葉を眺めた。



「掌の上ってことか」



顔を上げゆっくりと周囲を見渡した。




そう。


公園も例外ではない。







『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(6)

不動産屋でかりんとうを舐りながらほうじ茶を啜っていたとき、


軒先を元気に駆け抜ける子どもたちの姿をガラス越しに眺めながら


御主人が嘆いていた。


「近頃、路地裏で子どもたちの声を聞かなくなった」



昭和の時代、町中には子どもたちが自由に駆け回れる空き地が


あった。バブル期、空き地は転売を繰り返され駐車場となり、


やがてマンションへと変貌を遂げた。


事実、周囲を見渡せばかつてパーキングエリアだったところで


高層マンションの建設ラッシュ。


同時に真新しい公園が続々と姿を現した。


公園とは「公衆のために設けた庭園または遊園地」と定義


されている。植物をメインにした大型の公園は前者に分類


されるが、町中でよく目にするような一般的な公園は


おそらく後者の部類だろう。


公園が遊園地ならば遊べなくては意味がない。


だが現実はどうだろうか。


小さすぎる公園や閑散とした公園など、公園とうたいながら


人影のない遊べない空間が多いような気がする。


なぜ公園から利用者の姿が消えてしまったのか?




日照権の問題を取材していたとき、


都市づくりについて調べたことがあった。


都市はどのようにできているのか? 


そこに公園の謎を解く鍵があった。


世界には様々な都市が存在している。


例えば長靴の国だ。イタリアは文化財の宝庫である。


お洒落な靴の中に魅力的な町並みがいっぱい詰まっている。


膝の下辺りに位置するフィレンツェは人類の歴史において、


よくも悪くも常に文化の中核だった都市である。


文化的に価値のある歴史的な建造物や美術品などが


町中に数多く現存している。


町全体が世界遺産といっても過言ではない。


宗教が文化のスタンダードだった時代、


教会を軸にして絨毯のように低層の建物が建造された。


数百年の時を越えてもなお近代的な高層建築は


造られることなく、シンボリックな町並みは


当時の面影を残したまま大切に保存されていている。


夕暮れ時、教会の鐘の音が鳴り響き、


町全体が夕日に照らされて光り輝くという。



踝の上辺りに位置するナポリは地中海に面した海洋都市である。


火山でできた傾斜地に飾り立てるように建物が建ち並んでいる。


海と町。青と白のコントラスト。乾燥した空気に運ばれて


潮の香りが漂う。どこを切り取っても絵になる風景。


諺になるほどの絶景を死ぬ前に一度は確かめてみたい。



北東部に位置するヴェネツィアは水の都と呼ばれている。


別名アドリア海の真珠。温暖化の影響だろうか。


近年、海面が上昇しているという報告が専門誌で掲載された。


このまま進行すると都市が沈下するとの試算もある。


海の藻屑となれば輝きが消えてしまう。


それだけは避けたいものだ。



イタリアだけではない。


古代ローマ時代、花の女神フローラの町として


フロレンティアと名付けられた。


やがてその町はフィレンツェと呼ばれるようになった。


イタリアの花の町がフィレンツェなら、


フランスの花の都はパリである。


両者とも世界を代表する都市、文化の花咲く魅力的な町だ。


フランスのトゥールーズには赤煉瓦の町並みが広がっている。


住人たちは親しみを込めてバラ色の街と呼んでいる。


京の町屋や白川郷の合掌造りなど、


日本にも個性溢れる伝統的な町並みは存在する。


石畳の路地裏で肩を寄せ合うように建ち並ぶ姿や


真っ白な雪の帽子をかぶった三角小山などは


何度見ても趣があって素敵である。



こうしたテーマ性のある都市にはいくつか共通する点が見られる。


住民が町のあり方について一定のイメージを共有していること。


イメージを具体化させるために物理的な側面から

統一的な都市づくりに取り組んでいることなどが挙げられる。


建物のサイズや建材の種類など、法規制を設けて施工を管理


することで一体感のある町並みに仕上がる。


物心両面での歩み寄り。


住民が心をひとつにして町全体を統合的に造り上げることで


特色のある独創的な都市が生まれるというわけだ。



心をひとつにして同じような建物に住むことに関して


是非を問うつもりはない。


好きか嫌いか。


個人の問題だから。 




ここで指摘したいのは



“都市は法の下で計画的に造られている”という事実である。














『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(5)

そしてこの三叉路。


確かこの先、右へ進めば野球場とテニスコート、


左へ進めば「はらっぱ公園」があるはずだ。


そこを抜けると林道の終着地。


待ち人との合流地点だ。




目的地には大きな人工池と大型の公園がある。


池はドーナツ型で中心部が小島になっている。


集合場所は小島に建てられた小屋。


その横の小さな広場に対象が待っている。


「目印は売店の横にある亀と蛙だからな」



かめとかえる。


池の住人たち?


店の名前?


「ある」ということは人ではなく物だ。


そういえば池の名前は確か・・・「万年池」


最後の公園の名前は「かわず公園」だった。


公園の名前と遊具の形態には相関性が見られた。


つまり亀と蛙に関する遊具を探せということか。



「かめさんとかえるさんか」





公園で待ち合わせ。


遠くから聞こえてくる友の声。


色褪せた記憶がよみがえってきた。


あの頃はよく公園で遊んだ。


時間を忘れ暗くなるまで夢中になって走り続けた。


この歳で公園に呼び出されることになるとは。


刻み込まれた本能だろうか。


公園と聞いただけで何だか血が騒いだ。





待ち合わせ場所の選定に関しては


先方から強く要望があったと聞いている。


公園が大好きな人間。


待ち人は随分と幼い人物なのだろうか?


いや日本に飛び級制度はない。


対象は大学院生である。


つまり少なくとも成人だ。


精神年齢が低いということか。


勘弁してくれ。






遊ぶのは好き。


遊ばせるのは嫌い。


子守りだけは御免だ。


とにかく話が通じればそれでいい。



「行けばわかる」



熊の言葉を信じて今は進むしかない。


























『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(4)

<ドックラン>


どれくらい時間が経過したのか。

活字を追いながら数日間の出来事を反芻していた。


視線をずらして頁数を確認した。


思いの外進んでいた。


内容はほとんど覚えていなかった。


行動しながら同時に別のことを考える傾向がある。


連想ゲームみたいに考えが飛んで作業に集中できない。

自覚症状がある悪い癖だ。


きっと最期まで直らないだろう。

治す気もない。

「そろそろ時間か」

栞をスタート地点に挟み直したあと、


ベンチの上に散乱した荷物をバックに詰め込み、


奮い立たせるように膝を打って勢いよく立ち上がった。

声なき雄叫び。


口と両手をいっぱいに広げて大きな欠伸をした。

全身の筋肉が寒さで硬直しているのがわかった。


「さて行きますか」

駄々っ子を諌めるように静かに呟いた。


手にしたバックを背負い胸元でベルトを締め上げると、

悴んだ指先を擦りながらゆっくりと歩き始めた。


再び動き出した秒針。


流れる景色。


湿った吐息が顔を撫でると、追うようにして


凍てついた空気が頬をしばいて吹き抜けた。


歩きながら頭に浮んできたのは橋の袂で見た大きな看板だった。


林道の入り口付近。


雨曝の為に黄色く変色した大きなプラスチックのボードに


緩いタッチで公園の全体図がペイントされていた。


よれよれの地図と照らし合わせながら


目的地までの経路を確認した。


南部から北西の方角へ、への字型に河川が流れていて、


それと並行するように砂利で舗装された林道が敷かれている。


林道に隣接するように小さな公園がいくつか点在している。


河川と林道、そして複数の公園が一体となることで


ひとつの大きな緑地帯を形成している。


どうやら「公園」とは河川と林道を含む


樹林で囲まれた広範囲のエリアを総称したものらしい。


川沿いの林道を進めば自ずと公園巡りができるということか。


その日の気分で遊び場を自由に選択できる。

子どもにとっては天国だが、親にとっては地獄かもしれない。


公園にはそれぞれ個性的な遊具が設置されている。


名前はそれらの形状に由来するようだ。


さっき通った公園は「ひこうき公園」だった。


飛行機とロケット型のカラフルなジャングルジムがあった。


宇宙をテーマにした未来型の公園ってところか。


その前は「汽車ぽっぽ公園」だった。


砂場の奥、コンクリート製のSLがカーブを描いて埋まっていた。








『SECRET SOCIETY ?』 に関する調査報告書 6(3)


身近で最もドクトルを知る人物。


とりあえず熊に相談することにした。


近況を報告すると秘密基地に招集された。


食器がぶつかり合う音。


注がれた紅茶が波を打って暴れた。



「自分でまとめろ」



テーブルの上に無造作に積まれたのは


熊が独自のルートで収集した教授に関する資料だった。


餌を待つな。自分で狩をしろということか。


熊なりの不器用なもてなしだった。



「ありがとうございます」



山積みにされた書類の上に破りとった


折り込み広告の切れ端が載っていた。


紙切れを摘まみ上げると照明で透かしてみた。



「特価の洗顔スクラブ?」



赤ペンで囲まれた活字を読んだ。



「裏だ。裏」



頬を紅潮させながら紙切れを引っ手繰ると


ごつごつした指で器用にひっくり返した。


お肌に気を使っているのか。


思わず口元が緩んだ。



「何がおかしい」



エースを引いた。



「何でもありません」



俯いてにやけた。


机を叩く音がした。


熊が指差した紙切れには汚い字で日時と場所が明記されていた。


臀部のポケットからよれよれの地図を引っ張り出すと


山積みの資料を押し退けてテーブルに広げた。


ご丁寧なことに赤ペンで目的地までの経路がなぞってあった。


そこに行けということか。


ある人物を紹介してくれるという。


ドクトルの学説を研究している学生。


大学の大学院に在籍している。




「教授を世界で一番よく知る男」


        (熊の評価)



両肩を力強くつかむと顔を近づけて警告した。



「絶対に遅刻するな」



目を見てゆっくりと語りかける。


それは大切な話をするとき。


真剣な忠告だった。



学生を相手になぜそこまで気を使うのか。



「どんな人ですか」



唇を弄りながら思案した。



「会えばわかる」



言葉を濁した。


天性の観察眼の持ち主でさえも表現し難い人物か。


何だか臭う。





無くしたものを見つけ出したときのように


宙を眺めながらそっと呟いた。




「天邪鬼」




厄介なことになりそうだ。