寒かった今年の冬もいつの間にか過去に去り、桜前線がすぐ眼の前です。


 ちょっと時間軸を後ろに回して冬の「雪」のことを書いてみたいと思います。


 しんしんと降り積む雪は、地上のあらゆる物を純白に変えます。悩みや憂いに覆われていた心も、朝起きて、窓の外の真っ白な雪景色が眼に飛び込んでくると、とても嬉しくなります。


 なぜ雪で嬉しくなるのでしょう。それは、恐らく、雪は我々の心の内の内の内には雪のように純粋で純白な、透明で、遮る物無き広大無辺な、何の汚れもない本来的自己があり、そういう自己が万人に分け隔て無く平等にあることを想像させるからではないでしょうか。


 「あなたの人間観は?」


 この質問に、私は、「人間とは本来、お互いに理解し合い、助け合い、幸福を分かちあい、日々楽しく働き、遊び、心通わせあえる美しき魂の動物である。時には愛のために犠牲も厭わない神の如き魂である」と、仮に答えたいと思います。


 煩悩にまみれた日常の我々が、神仏とほど遠いというのはその通りなのですが、本来の自己はそうではない。神仏に等しい心、良心が、一日24時間、内に働いている。それが見えないだけ。


 雪景色は、そんな人間の善性を、外界に示してくれているような気がします。


  そして、人生、厳冬の辛い時節があっても、正しく強くやさしく生き抜いていけば、必ず春がやってくる。


 百花繚乱の五月となっても、心に純白な雪景色を抱いて生きていきたいと思いました。


 山ちゃんより

山本玄峰という禅僧がいた。遷化の時に「最後の禅僧の死」と言われたという。玄峰老師が僧堂で説法をした記録に『無門関提唱』という本がある。


 その抜き書きを20代後半の青年時代に筆写した人がいる。今、その人は自然エネルギーの普及と過疎化地方都市の再生事業のプロジェクトリーダとして活躍。人親孝行、人格高潔な経営者となっている。


 その方から筆者録の写しをいただいた。

 玄峰老師は、生まれたばかりの嬰児の時に川に流された。人べらしのために、親が泣く泣く産んだ我が子を捨てたのだ。そんな環境でこの世に生を受けた玄峰老師は、生来、眼疾を煩い、四国八十八カ所の行脚の最中に道に倒れたていたところを僧に助けられて出家した。


 臨済宗の禅道場で修行して三島の竜沢寺で過ごした。無門関提唱の中から、いくつかの味わいある言葉を紹介しておこう。


 「断命根、命のほしいようなやつは禅宗坊主にはなれんぜ。誓っていうておくなれんぜ。命がほしかったり、金がほしかったり、名誉がほしかったりするような者は禅宗坊主じゃないのじゃ。仏さまの弟子にはなれん」

 私たちはもちろん禅宗坊主になるわけではない。

 老師が言っているのは、何をやるにしても命懸けでやれということ。そして、卑しい心根の人間になるなということだと思う。


 「心こそ心迷わす心なれ 心に心 心許すな

 この心を自由自在に使っていくのが修行じゃ。よく人は心配するなというが、心配せにゃいかん。心のくばりかたの下手なやつが世の落伍者となってしまう。心を配らぬから人との仲が悪くなったり、きらわれたりして、一生慈眼大師が描いた幽霊みたいになって暮らしていくことになる」

 本当にそのとおりですね。自戒、自戒。


 「人多き 人の人ある その中で 人人となれ 人人となれ

 要はどうかといえば、物事をあきらめるべきことはさらりさらりとあきらめる。そのかわり熱心にやらんならんことこそやる。やらんならんといったら七転び八起きぐらいの話じゃない。百転び百起きしてでも徹底的にやりおうせていく、そういうようになるように修行をするのじゃ」

 世のため人の為にと一念発起した事業にしろ計画にしろ、それが真に意義ある事業ならば、スタートしたからには、石にかじりついてでもやり通す!


 伊勢神宮内宮に滝祭神(滝祭りの神)という小さな祠(ほこら)があります。


 御手洗い場のすぐ隣です。内宮の遷宮という表に現れた大きな20年の一回の行事の陰で、実はこの祠は、1300年ほど前に伊勢神宮が創建される前から、五十鈴川の水の神様としてその土地に鎮座してきた神様の祠です。


  ある神宮研究の学者のお話では、伊勢神宮では、この神様を天照大神と同等である如くに食事を差し上げ、崇め祀っているとのことです。私は、ここにこそ伊勢神宮の物言わぬ深さ、床しさ、気高さの伝承があるように思えるのです。

 

 天孫降臨を、外部から日本に入ってきた民族の日本支配の歴史を神話に仮託したという説もあるようですが、もしそうだとしても、伊勢の地でずっと以前から息づいてきた地に祠を建てて、その神様を、一千三百年間、変わりなく尊重する心こそ、「勝てば官軍」の明治維新以来の日本の西洋化とは違う、往昔からの日本の「和」の心があるように思えてなりません。


 それは、朝鮮半島に伊勢神宮の末社を建てて遙拝を強制したあの傲慢日本の、力ずくで相手の文化の根底を断ち切るあの暴力的、過去の軍国主義とは天地雲泥の差があります。


 伊勢内宮は今年の10月の遷宮を前に、既に新しい社殿は完成しています。新しい社殿と成る金色輝く建物の屋根に、朝日が射し昇りました。

 蘇生元年、平成25年の夜明けです。


 山ちゃんより