寒かった今年の冬もいつの間にか過去に去り、桜前線がすぐ眼の前です。


 ちょっと時間軸を後ろに回して冬の「雪」のことを書いてみたいと思います。


 しんしんと降り積む雪は、地上のあらゆる物を純白に変えます。悩みや憂いに覆われていた心も、朝起きて、窓の外の真っ白な雪景色が眼に飛び込んでくると、とても嬉しくなります。


 なぜ雪で嬉しくなるのでしょう。それは、恐らく、雪は我々の心の内の内の内には雪のように純粋で純白な、透明で、遮る物無き広大無辺な、何の汚れもない本来的自己があり、そういう自己が万人に分け隔て無く平等にあることを想像させるからではないでしょうか。


 「あなたの人間観は?」


 この質問に、私は、「人間とは本来、お互いに理解し合い、助け合い、幸福を分かちあい、日々楽しく働き、遊び、心通わせあえる美しき魂の動物である。時には愛のために犠牲も厭わない神の如き魂である」と、仮に答えたいと思います。


 煩悩にまみれた日常の我々が、神仏とほど遠いというのはその通りなのですが、本来の自己はそうではない。神仏に等しい心、良心が、一日24時間、内に働いている。それが見えないだけ。


 雪景色は、そんな人間の善性を、外界に示してくれているような気がします。


  そして、人生、厳冬の辛い時節があっても、正しく強くやさしく生き抜いていけば、必ず春がやってくる。


 百花繚乱の五月となっても、心に純白な雪景色を抱いて生きていきたいと思いました。


 山ちゃんより