朝ドラ「ブキウギ」で、ヒロイン趣里のちょっと足りない弟を演じた黒崎煌代。彼が主演した「見はらし世代」。
黒崎の父親役は遠藤憲一が演じている。一流建築士の父親は、仕事を優先して家族を見放すところから物語が始まる。
物語はその10数年後、子供たちは大人になり自立。母親は亡くなっている。
花屋で働いている息子。ある日、父親の展覧会に花を届けることになるが、そのことで問題が起こる。
「見はらし世代」★★☆☆☆
期待作だったけど、ちょい失望。主人公たちの自己主張がウザい。
最初のシーンからそう。家族団らんに夫への仕事の連絡。妻は休暇の継続を主張。しかし、夫は仕事を選ぶ。これをキッカケにふたりは別れる。
個人的な感想としては、このタイミングで仕事を選ぶのは当然。休暇を切り上げなんてという妻の主張は、単なるわがままに見えた。
商売をしていた家庭に育った我が身の実感なら、父も母も完全休暇は元旦だけ。土日は子供が家業の手伝いをした。
それでも不満になど思わなかった。「仕事優先なんてとんでもない」っていう考えは自分には理解できない。(だって、それで生活ができているのだからと考えるのは、やはり昭和人だからか?)
この映画の登場人物の自己認識。これが平成、令和の常識なのかと、昭和はウンザリ。ウザいよ、と思った。
繊細さの映画といっても違う方向かと思っていたので、期待した分、残念感が倍増。
(以下はネタバレ)
後半、死んだ母親が幽霊になって、登場するのも興醒めだった。妻(幽霊)に再会して、反省した父親は号泣なんて、甘い。
監督、若いんだろうな。年とれば死なんて、隣にある。
親子だって、そんな理想の世界ではない。その意味でも甘々の映画。
花屋の描写もヘン。展覧会に蘭が納品される時には、花屋はあんな風に手持ちで持ってこないし(ポスターの絵)、蘭を回収に来ることはない。
些細な描写にリアリティがないのは、致命的。あの花屋の店長も、あんな人いる?
すべてが登場人物たちに都合良く描かれる。自己中心映画。
ラストの映画の主人公たちとは関係ない電動キックボードの若者たちも意味不明。渋谷を舞台の背景に、やたら、このキックボードの人が写り込むけど、あれは作者が「自由」さのシンボルとして登場させているのだろうか?
あれが自由とは思えないけど。
















