奥田秀朗が描く80年代の青春「東京物語」。固有名詞の絶妙さ、ただ一つ残念なこと | con-satoのブログ

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 奥田秀朗が2001年に発表した「東京物語」。先日「オリンピックの身代金」を読んで奥田秀朗を堪能したので手に取った。


 物語は奥田秀朗の半自伝のような内容。主人公の久雄は、名古屋から東京へ上京。(奥田秀朗は岐阜出身)




 物語は80年、彼が大学を中退して広告代理店で働くシーンから始まる。日付けは12月9日。80年12月9日レノンが亡くなった日。


 第二章では、時間が少しさかのぼって、1978年4月4日。受験に失敗、浪人生活をするために上京。このアパートが北池袋というのが、妙にリアリティがある。


 この4月4日に、キャンディーズが後楽園で解散コンサートをしている。主人公、久雄は東京へ来た日に、たまたま水道橋駅に行くことになり、このコンサートを場外で聞く。


 奥田秀朗、ほんとうに固有名詞の使い方が上手い。日本の作家では珍しい。日本の小説ってN大学とかU市みたいな表現が目立つ。


 でも、書けない場合は周囲を描写してわからせる。主人公は、浪人して明治大学に(多分)入るのだけど、ここでは具体的に大学名は出さない。でも、明大だとはわかる。


 以降、81年、85年、89年の物語が続く。


 ちょっとだけ惜しいのは85年の年末。気の進まないお見合いをさせられ、有楽町のマリオンで「ゴースト・バスターズ」を見るエピソード。


 このシーンでマリオンで上映する映画のタイトルが出てくる。「ゴジラ」「グレムリン」はいいのだけど「Wの悲劇」はダメ。あれは丸の内東映でマリオンじゃない。映画に通じている編集者がいたら「W」は外しましょうになるのに。


 他の固有名詞はピタリとハマっているので、惜しい。


 個人的に嬉しかったのは大学生になった79年のエピソード。演劇部員になった久雄。部員仲間と居酒屋で与太話をするシーン。


 「ぴあ」が隔週になるという話で「シティロード」もな、という誌名が出る。


 この「シティロード」で20代から30代前半まで働いていた。


 こんなところで、懐かしい誌名が出るとは!


 奥田秀朗はどうも「シティロード」の愛読者だったよう。最後の89年のシーンで広告業界の仲間と話をするシーン。


 仲間のイラストレーターが「吉田カツ」に憧れたと語る。このカツさんこそ「シティロード」の表紙を書いていた人なのだ。(フジテレビの目玉マークもカツさん)


 奥田秀朗はちょい年上。だけど、ほぼ同じ時期に20代を生きた。その意味で懐かしさを共有した。