柄本佑が主演した「メモリイズ」。妻の父が怪我をして、その助けをするために、婿の柄本佑が父親の住む大分へ行くという映画。
先日、大分に行った時に「地元で撮影した映画なので、応援しています」という話を聞いていた。
どんな風に久住や竹田が写されているのか期待して観た。
「メモリイズ」★☆☆☆☆
その期待は見事に裏切られた。自然豊かな久住の山々の風景はまだしも、歴史ある竹田の風情はまったく感じられない。(竹田城は地元出身の作曲家、滝廉太郎が「荒城の月」でイメージした古城跡)
物語も陳腐。何で柄本佑が義父の元に行くのかもわからない。義理の関係でも格別、仲が良いというわけでもない。
この映画、ファーストシーンから違和感があった。柄本佑は、大分へ(竹田)に行くのにフェリーで向かうのだ。しかも、フェリーは徳島経由北九州行き。(船名は徳島市にある山の名前「びざん」だった)
車で行くならフェリーもあるかも知れないけど、車ではない。ならば、大分の竹田に行くのに北九州経由のフェリーなど絶対に乗らない。(24時間ぐらいかかる)
このファーストシーンに象徴されるようにすべての設定がいい加減なのだ。
妻の父なのに、妻が故郷へ帰らない意味も説明はされない。
映画では、夫の九州のシーンと並行して、妻の東京の生活が描かれる。この妻、中国人の東京観光ガイドをしている。いくら中国語が出来るとはいえ、今どき、中国人観光客がわざわざ日本人に頼むだろうか?(銀座には中国人相手の白タクがうじゃうじゃいる時代!)
さらに気になったのはイッセイ尾形の父親が一切方言をしゃべらないこと。今どきの若い人なら、地方でも方言は使わないかもしれない。でも老人たちには、方言は残っているだろう。地元に生まれ、生活している老人に方言のかけらもないのには何故?
というように、違和感しか残らない映画だった。
観光映画にはしたくない、という監督の意志なのかもしれない。
でも、寅さんシリーズの山田洋次、東京を舞台にしたヴェンダース、もっと狭く新宿エリアにこだわる新海誠など、優れた監督は舞台設定した場所を魅力的に見せる。
それも映画の醍醐味、面白さなのに。若い監督の勘違いな傲慢にしか見えない。
