マウンティングとかマウントされた、と聞きます。
夏ぐらいだったかな?、母が●●さんにマウンティングされた!
もう。キライッ、という出来事がありました。
内容忘れちゃったんですけど
母は、少女のままの乙女老婆なんです。ppp
でね、この前も、私の話を聞いていて「え。それって美穂ちゃん、マウントされてるんじゃないの?」って解釈したことがあったのです。
どこらへん?のことだろう?ってスルーしていたら
「あ、気にならないんだったね、美穂ちゃんって」となった。
そうだし。
受け取らなければいい話。
いや、そもそもその内容のどこがマウンティングなの?って
話だったのです。
ただの自慢だったり、いいことの話だったり、嬉しかったとか
運がよかった~~~という話題じゃないのか。
わりとそういう人好きだけどね。
話を戻そう。
マウンティングって、された、と怒る人は
マウンティングをされました私、という事実にしているだけ。
他人の意見(おおげさか)というか、単なる会話は流せばいいだけ。
そんなに重要なのか?
被害妄想じゃないか?
相手は、「いいことがあったな~~」とか
「うわ~いい日~」とか嬉しいことをいうの自由でしょ。
マウントって、もうね、そんなふうにいちいちいちいちひっかかっているのは
縮こまってる、心が。
色々な事実に贅肉つけまくり。
ま、母は乙女であることを、好んでいるので
●●された~~、ひどいと思わない?とか
結構好きな解釈。
そう、マウンティング、って受け取った人の解釈だと思う。
そんなの、存在しないから。
って言ったら、
ちょっと不満そう、まあそうだよね。どう受け取るのか?も
自由なんだから。
マウンティングされた!と解釈するのも受け取る人の自由。
「どこらへんのこと?」という反応も私の自由なのだから。
ほぼ、他人の意見は無関心な私は、マウンティングという世界は存在しないのだ。
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