お久しぶりです
◆あなたは、どっち派?
◇「現代人のためのサムライ流生き方」では、たとえば下記のような
問いかけが、根底にある。
★今、目の前の歩道に、札束が落ちていた。どうする?
その横には、瀕死の重傷とみられる男が倒れている。札束は、彼のもの
かもしれないし、違うかもしれない。
その札束があれば、娘が私立大学に進学できる。さて、どうするか。
携帯電話で救急車を呼ぶ。そこまでは誰でもやるかもしれない。問題
は、札束のほうである。歩道には誰もいない。とりあえず、別の人に拾
われてしまうことのないように、あなたは札束を拾って、ポケットに入
れるだろう。
さて、問題は、ここからである。
救急車がやってきた。「とても助からない」と思いながらも、救助を
確認したところで、「仕事がありますから」といって、あなたは現場を
遠ざかる。
ポケットにある札束は、一体どうなるのだろうか。選択肢は二つにし
ぼられる。
ネコババするか、警察に届けるか。
『サムライ』は、相反する行動があり、どちらをとるか迷ったとき、
自分の行動を決めるための決め手となる考え方を持っている。それが
「武士道」である。
『サムライ』の行動が凛としているのは、心がぶれないからである。
『サムライ』はみな、武士道を学び、それを心のよりどころとして生
活を組み立てている。
『サムライ』は、ブランドと同じ日本人の「暗黙知」である。
お互いに共通のイメージがあったので、たとえば
「それは卑怯だ」
「助太刀を頼みたい」
「武士は食わねど高楊枝だよ」
「今回の人事は、泣いて馬謖(ばしょく)を斬るが如し」
などといえば、言葉の意味はもちろん、サムライの心が伝わり、それ
以上は、追及しないということになった。わかり合うこともできたので
ある。
ところが、ここ十年、具体的にはインターネットが定着してからのこ
とだが、「暗黙知」が「暗黙で、わからない状態」に落ちて行った。
明確に言葉で表現しなければ、互いにわかり合えなくなった。
10年前、「隣にいる人に電子メールを送る」といえば「笑い話」だった
が、今の会社では、電子メールを送っておいてから「今のメールの件だ
けど」と言って話を続けることが、むしろ常識になっている。
パソコンに入っている共通のスケジュール帳で確認しなければ、次の
行動が決められない。それで隣にいる人に、しょっちゅう電子メールを
打つことになる。
暗黙知のはずが、暗黙無知、すなわち「黙っていては何もわからない」
状態となった。これは、二つの問題をはらんでいる。
一つは、年長の世代が、若い世代に「伝えるべき言葉を持っていない」
という問題。
『サムライ』の気持ちを伝える側に、『サムライ』を意識する経験がな
かったために、非常事態の経験も、修羅場もくぐってこない。
挫折も知らないという人生を送ってきたために、厳しい修行もなく、
のんびり育ってきたため、厳しい外部環境になると、途端に何をしてい
いのか、わからなくなってしまう。
また、『サムライ』の心を感じ取るべき若い世代にも、同様のことがい
えるとともに、そもそも『サムライ』というものを勘違いしているとい
う問題がある。
話題の「歴女むにしても、イケメン武将が、いかにも都合よくカッコ
よく生きたかに焦点が集まり、その裏で展開されてきた人間模様につい
ての深い洞察がない。
『サムライ』は、『葉隠』にある「武士道とは死ぬこととみつけたり」
という美辞麗句だけで成立するイメージではない。
では、その本質とは何か。
『サムライ』とは「死を覚悟して、日々愚直に仕事をする人」を差す。
カッコよく敵を斬ることが重要なのではない。
本来、伝える側も、伝えられる側も、『サムライ』という言葉で確固た
るイメージを思い描くことができた。共通イメージとして、暗黙知があ
った。ところが、それが互いに欠如している。
そこで、上の世代は「若い世代は何を考えているのかわからない」と
なり、若い世代は「彼らはただのオジサン」としかみていない状況とな
る。
そこに日本人の心、魂、潔さ、凛として堂々とした態度をみることは
決してないだろう。
では、どんなふうに考えて、どう生きればいいのだろうか。それは、
本書を読んで、じっくりと自分で考えていただきたい。
ありがとう
◆明日の日本
◇日本ビジネス作家協会主催の座談会&パーティーで、加来耕三さんが
講演してくれた。もちろん、ボランティアとなる。30分でお願いを
して何のテーマの設定もせずに、充実した60分を語ってもらった。
いつもながら、本当に、ありがたかった。
◇加来さんの話に「感動した」と言ってくださった人が、何人も出た。
私にとっては、たぶん10回ほど聴かせてもらったコンセプトだが、
最近の社会情勢が、加来さんの言葉を研ぎ澄ましている。
◇日本は、今、危ない。右手で何が起きているかを追っているだけで
そのとき、左手で何が行われているか、そこに目がいってない。これ
は、本当に危険なことだと私も思う。
◇ところが、加来さんが警鐘を鳴らしていることについて、本当に危険
だと、私が実感できたのは、ここ四五年のこと。それまでは「まさか
そんなことはないだろうけれど、面白い考え方だ」と思っていた。
◇たとえば、9.11事件の意味。あれは左手を見せられただけ。そこに
注意がいっている間に、米国は何をしたのか。
◇とくに、最近のマスコミ報道は、とても怪しい。一体何が起きている
のか。私たちに、わざわざ右手で派手なことをしてみせて、一体何を
隠しているのか。
◇ここから先は、加来さんの講演会で確認していただきたい。
姜尚中の「悩む力」
◇第16回「東京国際ブックフェア」にご招待いただき、姜尚中さんの
講演を聴かせていただいた。いい講演だった。著名人であり、「朝ま
で生テレビ」での論客でもあるので、テレビネタを多用して、得意の
政治李儀学の話でお茶を濁すのかな、と思っていた。
◇ところが講演の内容は、出席した出版社の社長のために、よく考えた
ものであり、ちゃんと出版業界への「生きた提言」になっていた。
◇たとえば「古典に注目してリサイクルしよう」というもの。「悩む力」
は、現在80万部のベストセラー。年内にミリオンは間違いない。そ
の本は、「ウェーバーと漱石をクロスさせた内容」だという。そこが
新しい。
◇姜先生は語った。「五年前だったらこの本はヒットしなかった。せい
ぜい10万部(おいおい、それでも凄いぞ)」
◇ところが姜先生は、自分の「原点」についても、ちゃんと語ってくれ
た。1980年代前半。最初に出した本は初版で500部。自費で作った
本だったという。3刷までいって絶版となり、名が知られた後で岩波
文庫で復刻したという。
◇みん な苦労して大人になるのである。勇気づけられた。早速「悩む力」
を、アマゾンで注文した。
◆マイケル追悼
◇米ロサンゼルスで開かれた追悼式の模様をテレビで観た。本当に、彼
は偉大なアーティストだったということが映像を通して伝わってくる。
音楽を映像化した男、マイケル。
◇黒くて、カッコイイヤツが、いつのまにか、白くて大金持ちになって
いた。顔だって、何だか仮面のようだった。それでも、偉大なことは
よく伝わってきた。2万人が参加したというが、テレビを通して20
億人が観ていたのではないか?
★ちょっと遅れましたが、ご冥福をお祈りします。
福の神
◇先日、久しぶりに行った小料理屋が、ほぼ満席。たまたま、帰ろうと
しているテーブルがあり、入れ替わる形で席についた。
◇「お久しぶりです」と店長が飛んできた。「最近、来てくれないから
お店がひまで」「何言ってんの。今夜は満席じゃないか」「いえいえ、
ほんとに、こんなに入るの久しぶりだから」などなど。
◇お刺身と天ぷらを頼み、まずはビールで乾杯を。そして今進めている
本の原稿について、喧々諤々。ふと気付くと、小一時間経っている。
まだ、お通ししか出ていない。珍しいことだった。
◇「しょうがないな。板さん足りないのかな」そしてビールをもう一本
注文しようと店内を見回して、気づいた。これまで、給仕の女性が3人
いた。その夜は、たった一人である。だから、いつもはのんびり世間
話をしにくる店長も、ばたばた動き回っている。
◇しかも、お客が帰ったと思ったら、次のお客ですぐに埋まった。当分
てんやわんやは続きそうだ。私たちはあきらめて、再び原稿のまとめ
方の話を始めた。ふと気付くと、かれこれ一時間がすぎていた。
◇そのとき、連れの編集者が聞いた。「ひょっとしたら、刺身も天ぷら
も、お任せにしたから来ないのかな」私は、再び店長を探した。相変
わらず、店内を走りまわっていた。お客の人数は、ざっと数えて五十
人。それを二人でさばくのだから、パニック状態も当然だ。
◇ようやく、刺身と天ぷらがやってきた。客足は、まだ衰えていない。
ただ、私たちの打ち合わせは、もう終わってしまった。あとは飲んで
食べるだけである。
◇編集者が「まだ仕事が残っているので」と言い「私も帰ってから仕事」
と答えた。二人して、もの凄い勢いで刺身と天ぷらを平らげ、小走り
の店長をつかまえて、稲庭うどんを二人前注文した。
◇ところが、それもなかなかやってこない。前にもそんなことがあった。
店長は、私を「福の神」だと信じていて、帰したくなかったのである。
さすがに客足が途絶え、もう増えないだろうというタイミングを見計
らって、店長が稲庭うどんを持ってきた。
◇「これ、サービス」と、丸干しの並んだ皿を差し出す。それがあまり
にも美味い丸干しだったので、うどんを食べる前に、二人で日本酒を
注文した。こちらは、すぐ持ってきた。店長に、すっかり乗せられて
いたようだ。
◇私が福の神なら、もう少し、原稿の構成について話し合っておいても
いいかなと、勝手なことを考えながら、丸干しと稲庭うどんを肴に飲
んだ。私も編集者も、社に戻るのは、とうにあきらめていた。

