ワーホリ韓国 내한국 「コシテル人間関係」 | 내한국 私の大好きな韓国☆

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2010/12-2011/11まで韓国でワーキングホリデーを体験し振り返ってみる思い出日記で、3か月の語学堂終了後就職した怒涛の1年間。自分の記憶断捨離のため始めたblogでもある、今だからこそ落ち着いた第三者目線で見れる私が愛した韓国を綴る。

내한국
안녕 여로분

新村の女子限定の1カ月35000wonで、シャワーとおトイレ、机とベットがお部屋について、オンドルも暖かく、やさしいおばさんがいてくれて洗濯機とキッチンが共同のコシテルはそうないと思うが住み心地は抜群だ。しかも学校からは歩いて15分、お店と言うお店は全てギュッとつまってるので不自由をすることはまずない。

多少お部屋が狭くても、たまにシャワーが出てくるまでに冷えていても、極稀にキッチンが凍ってたとしても、先輩の日本の女の子もいるし、別の学校へ通ってる人や、働いてる人もいるから色々経験話を聞けて楽しい。

私は3階に住んでいて、4階にもお部屋がたくさんある。5階は屋上で台所がある。今わかってる日本の人は、最初から様々なことを教えてくれた九州出身の同じ年の方と、何個か下のRAINのfanの別の学校の人と、隣の占いの通訳をされている方が同じ階で、上の階には九州出身で学校の先生だった方でウォンビンのfanで延世の語学堂を1から6級全て就業された方がいた。

この先生だった方は別の階だけど、毎日何度もお部屋に来るようになって、色々な話をした。時には5時間も私の部屋で話されていき、私が座ってたパイプ椅子が壊れたこともあった。テスト中も何度も来られて、勉強したいといったけれどお話好きすぎで、私は近くのカフェテリアへ行って夜勉強して帰ってきたらドアに手紙が刺さっていた。またウォンビンが好き好きで江原道のおうちに伺ったことがあるということや、彼からとうもろこしをもらったことなど話してくれた。他にもクラスに19歳のアメリカ系中国人がいて、大好きだから今後彼がいるアメリカの大学の近くの英語の学校へいくということだった。すごいバイタリティで今後もどこへいっても愛されそうな方だった。

さて、友達が仁川空港でブラックリストにのってて拘束された時から早6年 久しぶりに仁川にあの先生を見送りに行ってきた。アジアで1番大きい空港だけあって植物園もありきれいだった。銃を持った迷彩服の軍隊の方が見回っているがとても安全で素敵な空港だ。あの先生と最後お茶をした時、もう使わないかもしれないと余った韓国のお金をくれた。

日本語話せることが心の支えだったけど、日本語が話せないと韓国語が成長すると思うのでもう少し頑張ってみようと思う。これから淋しくなるが学校が3月でおわったらこれからなにをしよう!


淋しい気持ちは夜はもっとつらい~


さよなら新村☆