アメリカ合衆国は、移民の国である。しかしその急速な発展は、目覚ましいものがあり、いつしか経済的にも文化的にも、ヨーロッパと肩を並べる大国となった。アメリカは、「自由の国」である。クラシック・ジャズ・ラテン(アメリカの)・ロックなどの「アメリカの音楽」もそれぞれ大きく開花した。ある意味で、アメリカは世界の音楽の中心となっていった。そのような音楽的土壌に、多種の才能を持った(クラシックの作曲家・指揮者・ピアニストとしても有名)一人の芸術家、レナード・バーンスタインが登場し、創作の一つとしてミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」を作曲した。故にこの作品には、先ほど書いた「アメリカの音楽」がすべて詰まっている。振付家の名前は思い出せないが、この映画のもう一つの魅力である「ダンス」も当時の最先端のものであったに違いない。
「2001年宇宙の旅」を劇場で見ていないから、第一作「猿の惑星」(1968年)は、僕が最初に劇場で見た「本格的SF映画」だ。劇場に行く前に、誰からもストーリーについて話を聞かされていなかったのがラッキーであった。とにかく、あの「ラスト・シーン」は衝撃だった。最初斜め上からその一部が映された物は、先がとがっていて、兵器の「機雷」の様に見えたのだが、まさか「、、、、、、」だったとは、、、、、。当時、この映画の精巧な「猿」の顔の特殊メイク(特殊メイクがアカデミー賞の名誉賞を受賞)は、世界中で話題になっていた。日本のマスコミも取り上げていた。目だけは人間の本物の目で、所謂「かぶり物」なのだが、顔の皮膚が本物そっくりであった。この作品は、人間の「おごり」に対して警鐘を鳴らしているが、それから何十年たった現在でも、その課題は解決されていない。

指揮をしたウェルザー・メストは、小澤征爾の後任として、ウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任した人で、オーストリア人としては、カラヤン以来だということだ。ウィーン・フィルのメンバーの様子を見ていると、「気心の知れた指揮者と共演して、ウィンナ・ワルツを演奏するのは楽しい。」といった感じが伝わってきた。今回の選曲は、シュトラウス一家の物だけでなく。シュトラウスにゆかりのある作曲家の作品も演奏されていた。これはコンサートに適度な緊張感をもたらして、成功だったと思う。「美しく青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」を聞いた時は、ちょとしたニュアンスやテンポの取り方など、「今まで聞き慣れた演奏とは違うな。」と思った。やはりオーストリア出身の指揮者ならではの解釈なのだろう。決して派手なコーンサートではなかったが、ウェルザー・メストの今後の活躍を予感させるには十分な物があった。