大多数の人間は、「展覧会の絵」は、ラベルがオーケストラ用に編曲した「管弦楽曲」を最初に聞いたのではないかと思う。ムソルグスキーの元曲がすばらしいのは、わかっているのだが、ラベルのオーケストレーションのみごとさに圧倒され、満足し、その人にとってこの作品は、一生の「宝物」になってゆく。やがて、オリジナルのピアノのソロを聞く機会がおとずれる。オリジナルを初めて聞くと、どうしても違和感を感じてしまう。オーケストラのダイナミズムと色彩、そして、ある程度画一化された演奏に慣れてしまった耳は、小さな音とソリストの個性の強いピアノ・ソロになかなかなじめない。僕がそうだった。これを解消するには、何度か聞くしかないと思う。以前、バン・クライバーン国際ピアノコンクールに優勝した辻井伸行のドキュメンタリー番組があった。彼は、コンクール優勝後の新たなチャレンジとして、「展覧会の絵」を選んだ。実際に絵を見ることのできない彼には、曲をイメージする作業が大変むずかしかったようだ。

ブラームスは、かねてから、交響曲を作曲するなら、ベートベンの不滅の九曲に劣らぬものでありたいと願い、「第一」は着想から完成までに二十余年を要している。また、バッハ、ハイドン、ベートーベン、シューマンと連なる音楽の王道を継承している。第一楽章のティンパニーの連打をともなった,緊張感あふれる序奏は、地の底から湧き上がってくるとてつもないエネルギーのようなものを感じさせる。第二楽章は、一転して、この世のものとは思えない至福の境地に、聞いているものをいざなってくれる。ソロ・バイオリン、ソロ・ホルン、ソロ・オーボエなどの、それぞれの楽器どうしやオーケストラとの交わりが美しく響いてくる。第三楽章は、クラリネットの穏やかで親しみのある旋律ではじまり、安らぎを与えてくれる。第四楽章の「アルプスのホルンの旋律に基ずく」ホルンのソロとそれに続くフルートのソロ、トローンボーンのハーモニーは、後世に語り継がれていく名シーンを演出している。そして、勝利と歓呼のうちに、クライマックスを迎える。


僕は、鼓笛隊から始まり、吹奏楽・クラシックのオーケストラ・コンボジャズ・ビッグバンドジャズと、一貫して、洋楽の世界に身を置いてきた。これは、両親が洋楽が好きだったという環境も大きく作用していると思う。しかし、目をもう一方に向けてみると、日本には、伝統芸能・古典芸能・民族芸能・郷土芸能という世界があるということも知っておかなくてはいけない。伝統芸能をウィキペディアで、検索してみた。伝統芸能の演劇のカテゴリーには、歌舞伎・能・狂言・人形浄瑠璃など、歌のカテゴリーには、和歌・俳諧など、音曲のカテゴリーには、雅楽・邦楽(筝曲、尺八楽、三味線楽など)など、日本舞踊のカテゴリーには、神楽・田楽・猿楽・白拍子などがあった。コトバンクによると、郷土芸能とは、地域社会で伝承され、その土地の祭礼や行事などで行われる芸能ということだ。