昔、我々のビッグ・バンドのトランペット奏者の先輩が、時々バンドをバックに、ジャズ・ナンバーを英語で歌っていた。それがすごく格好良かった。その後、,楽器奏者の僕も、英語の歌にチャレンジしてみようと思うようになった。僕は本々英語が好きで、それなりに勉強して、基礎的なネイティブ・イングリッシュが聞き取れるようになり、基礎的な日常会話ぐらいはできるようになっていた。僕がチャレンジした歌は、フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」、ビング・クロスビーの「ホワイト・クリスマス」、ザ・プラターズの「オンリー・ユー」、トニー・ベネットの「思い出のサンフランシスコ」、アンディ・ウィリアムスの「ムーン・リバー」などだ。これらは、英語の歌の「定番」とでも言えるものだ。僕などはまだまだ、先輩が歌っていた本格的なジャズのスタンダード・ナンバーが歌えるところまではいっていないのだ。


学生時代、ソプラノ・サックスを吹いているコルトレーンの「マイ・フェイヴァリット・シングス」が好きだという友達がいて、彼は、自分の結婚式の時も、BGMにこの曲を流していた。テナー・サックス奏者のコルトレーンは、ハード・バップの黄金時代から、モード・ジャズの時代、さらにフリー・ジャズの時代にわたり、それぞれの時代に大きな足跡を残した。マイルス・デイヴィスと並ぶ20世紀のジャズのカリスマと称されている(ウィキペディア)。コルトレーンに関しては、哲学者、音楽の求道者というイメージが昔からあった。「ジャイアント・ステップス」を初めて聞いた時、それまでにはない斬新な音使いとフレージングに、どんどん引っ張られていった記憶がある。かなり速いテンポであるが、それを感じさせない自信に満ちた生き生きとした演奏だ。その後エリック・ドルフィーと組んだ、「インプレッションズ」が入っているアルバムなども聞いてみた。「インプレッションズ」(マイルス・デイヴィスの「ソー・ホワット」をある程度基にしている)は、モード・ジャズへの探求が反映されている。コルトレーンは、有名なアルバムである「至上の愛」を発表したのち、フリージャズに傾倒していく。


僕の場合もまず、「赤バイエル・黄バイエル」から始めた。バイエルで、両手が別々に動くようになったので、次にペダルを踏む練習をしなくてはいけない。僕はいきなりベートーベンの「エリーゼのために」の練習を始めた。遅いテンポで、同じ所を何回も繰り返して練習した。正規のテンポで全部弾けるようになるまで何日かかったかは、今は覚えていない。こうして「エリーゼの為に」が弾けるようになったので、次はモーツアルトの「トルコ行進曲」に挑戦した。 序盤、中盤は順調に進んだ。そして最後のコーダの部分は、ゆっくり運指するところまでいったが、結局諸々の理由から、未完に終わっている。