痛い人? | ほどよい敬語~その敬語、盛りすぎです!

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真矢みきさんの結婚報道で、45歳という年齢を聞いて驚きました。
てっきり30代だと思っていましたから。

インタビューに答えて、真矢さんは「35歳をすぎたあたりから『どうして独りで生きることにしたんですか』という聞き方をされるようになりました。別にそんな宣言をしたこともないのに、35を過ぎて独身だと、どこか……痛い人、と思われてしまっていたんですね」と話しておられました。

「痛い人」という言い方は、最近よく聞かれるようになりました。

自分の身体や心が痛むのではなく、他人を見て、その欠点やマイナス点、失敗などを示して使われている場合が多いようです。

「周囲が見ていて痛々しい、心が痛む」という意味なのでしょう。しかし、本気の同情や心痛ではなく、どこか「かわいそう、不憫だ」と軽んじた言い方にも聞こえてしまうのです。
もちろん、この場合にはご本人が「そのように見られている」と言われたわけで、誰かから「痛い人」と言われたわけではないでしょう。

真矢さんは、少し考えて、それからこの「痛い人」という言い方をされました。それを見て、これに代わる他の言い方が見つからなかったのだろうと推測しました。

もしも、実際誰かにはっきりと「痛い」と言われたなら、あまりいい気持ちはしません。

それは「痛いね、大変だね、見ていて心が痛むよ」という共感にはほど遠いからです。
「あいつ、痛いよな」「うん、痛いね」という言い方は、言われる側と距離を置いており、本人の耳に入れば疎外感を与える言葉です。

本人が自虐的に使うなら仕方がありません。しかし、他人に対してはどうでしょう。
はっきりと物を言わない最近の傾向を物語っており、誰かに好意的に使う言葉であるとは考えられません。

他人を非難したり、ばかにしたりしている立場にある自分を擁護する意図も見え隠れします。
冗談のうちはまだしも、市民権を得ると、イジメにも発展しかねない言葉だと危惧しています。

───ポイント

☆他人に対する「痛い」という言葉には、共感は感じられず、むしろ嫌悪や非難を感じさせます。疎外感を増幅させるリスクもあります。




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