「あなた」と「あなた様」。相手を呼ぶ場合の敬語表現
「あなた」「あなた様」「お客様」「〇〇様」……目の前にいる人をどう呼びますか? また、手紙やニュースレターを出す相手をどう呼びますか?
従来、目上や自分と同等以上の相手を呼ぶ時に使ってきた「あなた」という言葉。
最近では、目上の人に使いにくくなっている現状もあるようです。
果たして「あなた」に変わる言葉はあるのでしょうか?

「あなた」の意味は? 語源は?
「あなた」は「貴方」「貴男」「貴女」とも書かれ、「貴」という漢字を使っていることを考え合わせれば、敬意が低いとは考えにくいと感じる人もいるでしょう。
辞書により見解の違いはあるものの、以前よりも敬意が減じていることは確かなようです。
なぜ、そのように感じられるようになったのでしょうか。
まずは、意味から調べることにします。
■「あなた」の意味
「あなた」の意味を辞書で調べると、辞書により見解はさまざまです。
最新の『広辞苑 第七版』からは、「あなた」という言葉は、「目上や同輩者以上の相手に対して、敬意を示す呼び名として使われてきたが、近年は敬意が減じている」ことが分かります。目下の相手に使うとまでは、書かれていません。
一方、『現代国語例解辞典 第三版』(2004年のものです)では、「対等または下位者に対しての呼び名」と書かれています。
また、『明鏡国語辞典 第三版』(こちらは執筆時 最新のもの)では、同等以下の相手を指し示す軽い敬語を意味するとあります。
総合的に判断すると、「あなた」という呼び方は、
・以前は目上や同輩者以上の相手に対して、敬意を示す呼び名として使われてきたものの、近年は敬意が減じている
あるいは
・対等もしくは、目下の相手に対しても「軽い敬語として」使われる。
また、共通する見解として
・公用文で「貴下・貴殿」に代わることばとして使う」言葉であることが分かります。
■「あなた」の語源
二人称代名詞である「貴女」には、以下のような由来があります。
ドイツの詩人 カール・ブッセの詩の一節を「山のあなたの空遠く 幸い住むと人の言ふ」訳したのは、上田敏氏です。
詩にもあるように、そもそも、「あなた」は、遠い「かなた(彼方)」を示す言葉でした。
直接指し示さずに、「彼方にいらっしゃるお方」のように遠い方角を示すことで、人を示すようになったものです。
■「あなた」より敬意の高い表現は?
「あなた」を敬語としてそぐわないと判断した時、使える言葉として想定されるのは「あなた様」です。
<例文>
(相手からかかってきた電話で)
・失礼ですが、あなた様のお名前をお伺いしてよろしいでしょうか?
相手の名前がわかっている場合には、かえってよそよそしく感じられる場合も少なくないため、例文のように相手の役職や名前がわからない時の代名詞として考えるべきでしょう。
■「あなた」に代わる言葉は?
公用文では、「あなた」に代わって用いられる言葉に「貴殿・貴下」があります。
しかし、「貴殿」「貴下」も日常的に使割れているのを目にする機会はかなり減っていることでしょう。
以上をふまえて、次の段では使う場面を考察します。
「あなた」(二人称単数)の使い方・場面・言い換え
辞書により見解が多少違うももの、「あなた」という呼び方は、
一般的に目上の相手から目下の相手まで使われており、目上の相手については従来よりも敬意が減じていること、目下の相手については軽い敬語であることが分かります。
また、「あなた」よりの敬意の高い言い方として「あなた様」という表現があることも分かりました。
ここでは、実際「あなた」をどのように使えばいいのか、また、使わない場合の言い換えはできるのかについて、考えてみます。
実際に使う場面として想定しえるのは、次のようなケースです。
- リアルに対面している相手(取引先、仕入れ先、社内の相手、お客様、友人・知人)
- ダイレクトメールの受取人
- メールマガジンの読者
- 公用文、ビジネス文書の受取人
■リアルに対面している相手(取引先、仕入れ先、社内の相手、お客様、友人・知人)
目の前に相手がいる場合、相手の役職や名前が分かっていることが多いものです。
そのような時には「あなた」や「あなた様」ではよそよそしく感じられることがあります。
では、どう呼ぶといいのでしょうか?
「〇〇様」「〇〇部長」など、相手を直接示す役職や名前で呼ぶことが多いはずです。
また、名前の分かっていないお客様に接する場合には「お客様」が適切です。
<例文>
- (取引先有役職者に対して)「〇〇部長にはお世話になりっぱなしで、いつも感謝しております」
- (取引先担当者に対して)「〇〇様にはお世話になりっぱなしで、いつも感謝しております」
- (取引先担当者に対して)「〇〇さん、この仕事が一段落したら今度はお食事でもご一緒しましょう」
- (名前の分かっているお客様に対して)「〇〇様、いつもご利用いただきありがとうございます」
- (名前の分かっていないお客様に対して)「お客様、本日はご来店いただきありがとうございます」
- (社内の上司に対して)「課長はどのようにお考えでしょうか」
- (先輩に対して)「〇〇先輩、今日のスーツ、すごくお似合いですね」
- (同僚に対して)「〇〇さんは、もうお昼召し上がりましたか?」
- (教師や医師などに対して)「先生のお言葉に、いつも励まされています」
■ダイレクトメールの受取人
また、広告チラシをダイレクトメールとして送る場合、敬語的な表現よりも広告としての全体のバランスや創作性が重んじられることも多いので、チラシの文面で「あなた様」「貴殿」に必要以上にこだわることはないでしょう。
また、大多数に郵送するダイレクトメールでは、封筒や本状宛名部分に相手の名前を書いても、その本文にまで名前を挿入して書くことはほとんどありません。
ダイレクトメールのような、1対多数の送付では、「皆様」と書きたくなることがあるかもしれません。しかし、受け手にしてみれば、1対1です。「皆様」よりも「あなた様」が良いでしょう。
<例文>
- 厳正な抽選の結果、あなた様が当選されました。おめでとうございます。
- おかげさまで弊店も創業40周年を迎える運びとなりました。これもひとえに、あなた様のおかげと感謝しております。
■メールマガジンやSNSの読者・フォロワー
メールマガジンやニュースレターは、「皆様」「みなさん」と書くこともありますが、二人称単数ではなく、大勢の人に当てた言い方です。
1対1の私信のような役割を想定するなら、二人称単数の「あなた」「あなた様」が良いでしょう。
どちらを選ぶかは、発行人・編集人のキャラクターや、読者との関係性、コミュニティの雰囲気に左右されます。
また、SNSでは通常のビジネス文書よりややフラットな方が好まれる場合も多いので「あなた様」より「あなた」が親近感を持って受け止められることもあるでしょう。
読者の名前を登録するメールマガジンでは、面識のない相手に対しても、名前を挿入して送ることができます。
自分の名前で届くと個人情報が心配だと感じる人もいれば、その逆に親しみがあると感じる人もいるでしょう。
ただし、挿入箇所が多い場合には、かえって煩わしく感じられるので、頻度には気をつけましょう。
メルマガやSNSは、書き手のキャラクターにも左右されるツールであるため、ブランディングも合わせて考える必要があります。ポイントは、「読者や受取人がどう呼ばれたいか」なので、読者に直接「どのように呼ばれたいか」と尋ねるのも方法です。
親しみやすさなど、重視したいポイントも考慮しつつ、臨機応変に考えましょう。
■公用文、ビジネス文書の受取人
「あなた」に代わる語として、「貴下・貴殿」と言う表現もあります。
しかし、やや男性的で堅苦しい印象も感じられます。
冒頭でも述べましたが、再掲します。
「貴下」「貴殿」の意味として「あなた」が示されているということは、公用文として「あなた」を使うことが失礼ではないという意味に理解することもできます。
また公用文では、お客様に宛てて書くビジネス文書と異なり、例えばアンケートなどではフラットに書く場合があります。
その場合は「あなた様」「貴殿」より「あなた」の方がふさわしいでしょう。
<例文>
- 貴下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます。
- (アンケートなどで)あなたの家族構成について教えてください。
『ほどよい敬語』としての見解
今回のように、辞書により見解が違うことは、意外と多いものです。
敬語や日本語に関する書籍でも、参考にしている辞書が異なるために、この点については偏りがあるとみるべきでしょう。
以上の理由から『ほどよい敬語』では「あなた」という語を、同輩・目下の人に使う言葉とは断定しがたい側面があると考えます。
また、私自身は、時折書くメールマガジンで一番使うのは「私たち」という表現です。
同じこの時代を生きる私たち、生活者としての私たち、働く私たちというように、同じ立場で書くことが多いからです。
もちろん、「あなた」という書き方をすることもあります。
その理由としては、私自身がメルマガの発行者から「前田様」と書かれるよりも「あなた」の方が親近感を持つからです。
また、その読者として受け止める場合、直接会ったことのない人から「前田様」と呼ばれることになんとなく違和感があることと。また、発信者として考えた時、私にとって読者の方は、同じこの時代を生きる盟友のように親しみ深く感じているからです。
そして一方で、なぜそもそも目上の人に使っていた「あなた」の敬意が弱まってきているのかにも注目したいと考えます。
対面でリアルに接しているのに「〇〇さん」と名前で呼ばれるのではなく「あなた」と呼ばれたら、相手が目上であろうと目下であろうと、物足りなく寂しく感じるはずです。つまり、尊重されていないように感じられます。
そのような理由もあり、「直接の二人称」として「あなた」の敬意が減じていると受け止められているとは考えられないでしょうか。
また、昨今では、少しでも失言があるとSNSを通じて炎上することもあり、敬語が過剰に使われている背景もあります。
時代につれて変化することを許容するあまり、従来、伝統的に敬語として十分だった言葉までもが敬語として認められにくくなっていることは、日本語を不自由にするのではないかと懸念します。
言葉というものは、発する人と受け止める人がいる以上、マニュアル的に○×を付けられないことがたくさんあります。
「ほどよい敬語」で大切にしたいことは、「敬語とは関係性である」ということです。情報が複雑化するなかで、単純に目上か目下かだけで判断しにくい場面も増えています。
同じ言葉、同じ表現をしても、使う相手や場面、使い方により、相手に与える印象には違いがあります。一言発する前に、一筆書く前に、ひと呼吸。
今回、この記事を書きながら「相手によって、場面によって、この言葉は適切か?」と確認することを心がけたいとおもいました。
「ほどよい敬語」管理人 前田めぐるの著書
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