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【最強ビジネスモデル】矛盾のカラクリ。

 【最強ビジネスモデル】  2013.04.16 No.0601
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「人間は矛盾した生き物だ」
この言葉を鵜呑みにしている人は非常に多い。

人間には裏と表があるし
矛盾しているのが人間なんだ、と。

それは、勿論一理ある。
ある視点から切り取れば、異論はない。
このように、ある一つの視点から見れば
真実だ、ということを、
世界の全てだと思う人は
思いの外多い。

たまたま、
「人間の矛盾」と言う事を題材に書いているが
この現象は至る所で見られる。

しかも、
探究すれば、面白い気付きが沢山あるのに
何も探究せずに、人間とはそういうものだと
簡単に納得してしまう。

それからは、何があっても
その言葉で片付けてしまうことも多い。
全く無意識で。

そして、
私は、制約の多い枠の中では
矛盾しないと生きていけないのが人間だと感じている。

本来、宇宙の一部として在れば、
矛盾できないのだと感じている。

この矛盾だらけの制約は
その事に気付くために必要なプロセスなのだ。

何十億年という、
宇宙から見たら短い地球の歴史。

一見、科学が発達したとか
文明社会だ、とか思っているが
やっと最初の野蛮時代から、次に時代への
移行期に入ったのだと感じている。

これは、私の感覚なので証明は出来ないが
次の時代の感性を持つ子が
多く、生まれ始めている。

その多くが、今のこの社会では
不登校だとか、
ニートなどとレッテルを貼られている。

難しいのが、その感性を持つ子が、
そのレッテルを貼られている中の
1割か2割しかいない。

一般的には、区別がつかないから
やっかいだ(笑)。

子どもの頃から
地球を飛び出し外から地球を眺める事をしていたので
人間の感覚では理解しづらい
何十億年という月日の感覚がある。
その一方で、
その何十億年が一瞬でもあるという感覚が
私の中にはある。
他にも、その人の本質を感じる事も多い。

これをスピリチャルなどと言われては困る(笑)。
私にとっては、至極当たり前の感覚なのだから。

  スピリチャルを、わざわざ謳う人は
  何かしらの利益からの発信。
  土台は「支配」と同じ。

  このような感覚は
  実は誰にでもあって、
  この強烈に支配されている中で
  ただ、眠らされているに過ぎないし、
  その眠らされることを、誰もが、
  自ら選んでいるのだから問題はない。

  特別なスピリチャルな事は、
  実は誰にでも当たり前の事だから
  謳う必要がない。

  けれども多くの人は
  特別な力を持つ者を崇拝したがる。
  自分の中にもあるものなのに、依存したがる。
  だから、やはり支配し易い(爆)。

前置きが長くなったが、
この制約の多い枠の中でも
「一貫性」から考えると
すっきり見えてくる事は非常に多い。

人間は矛盾しているのだ、
ということを、
何も検証せずに鵜呑みにしていたら
気付けない「視点」でもある。

明日から、その一つの視点から見える
世界を表現する事にチャレンジする。

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■今日のまとめ

・一貫性から考えると
 矛盾のカラクリが、すっきり見える。

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【最強ビジネスモデル】対等感と満たされている感から。

 【最強ビジネスモデル】  2013.03.15 No.0600
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子どもの頃から
全く言語化できなかったけれど
どうしても心にあったものが
最近、少しずつ言語化できるようになって来た。

もちろん、言語化は非常に難しい。
なぜなら言語はあまりにも制約があり過ぎる。

だから、本当に感じている事を
言葉に出した途端、別の意味になってしまうし、
これなら、まぁ近いなと思う言語は、
人の数だけ「概念」がある、という現実(笑)。

概念だけではなく、
人の数だけ、それぞれの「体験」が、くっ付いて
それはそれは、ややこしい事になる。

それを手助けするのが「論理展開」

・なぜならこうだから。そして・・・だから。
・それは、これとこれと、こんな事からも言える。

それを駆使しても、
手助けにはなるが、伝えるのは非常に難しい。

なぜか。

人間たちが、どうしても
ジャッジをするように教育されているからなのだ。

一つの答えを与えておいた方が
管理が楽なので、
「いい・悪い」という短絡思考が
根付いている。

  余談だが
  会議などでも、一つの正しい答えを導こうと
  いう意識が働く人が多い。
  それ故、意見が正しいのかどうかを気にしている。
  様々な視点からの意見を出し合い
  それに触発されたり、気付き合う事が
  価値だと思える事は少ないようだ。

その短絡思考・2元思考の中で
幼い頃から心が悲鳴を上げていた私。

保育士になって子どもたちを見ていると
保育園時代は、まだ、天真爛漫な子どもたちだが
学童保育時代になると、
2元思考がしっかり身に付いている大勢の子と
感性がYesと言わず、
違和感に苦しんでいる少数の子がいた。

こうして、すこしずつ
短絡思考・2元思考が当たり前になっていく。

私自身も
20代、30代までは違和感と
自分の価値観の表現にチャレンジしていたが
その一方で、
枠の中で全うに生きようと
必死で頑張っていた。

そして、本当にそれがいいの?
と考えるキッカケになったのが、
37歳で生んだ、子どもの存在。

それから10年の月日をかけて
枠の外に出てみると
その枠がいかに強烈なものかを思い知る(爆)。

「全てOK」

を、謳っている人にも
強烈な枠があり、
枠の中で条件付きの「全てOK」だったりもする。

もっと高い視点から
枠全体を俯瞰して、この事を語れる友人は
本当に極少数。

それでも、40年程は
たった一人で持ち続けていた感性・感覚なので
少しずつでも出会えて幸せだ。

また、
言語化すると同じ言葉でも
根っ子が全く違う、だから目的が違う
という事も非常に多い。

たとえば、
根っ子が「支配」と同じものか
それとも「感性」かを見抜くのは簡単。

もっともらしい事、
耳障りのいい事を発信していても
それが
カリスマに代表される
ピラミッド形式だったり
ある特別感があれば、それは「支配」

そして、また。
自分の欠乏を埋めようとしての発信も非常に多い。

 (この発信は、本当に一般的に多い。
  もちろん、いい・悪いではない。
  欠乏感から来ている事に無意識だという
  その現象を言っているに過ぎない。
  また、その「Be」だと、
  結局、その現象を増やす事にもなる。
  この辺はまたの機会に。)

自分がこうされたから、子どもには・・・とか、
社会を変える、などに代表される「対立」などが
それに、当てはまる。

全くの対等感の中で、
もう既に満たされているという土台から
探究・創造をし続けていきたい。
その感覚が共有できる人と、つながっていきたい。
その為に、このメルマガを書いていく。
必要がなくなるまで。

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■今日のまとめ

・全くの対等感の中で、
 もう既に満たされているという土台から
 人間の役割(ここも言語化が難しいが)を
 探究・創造をし続けている。

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【最強ビジネスモデル】幼い頃からTVで教育。

【最強ビジネスモデル】  2013.04.12 No.0599
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男の子向けのヒーローものや
女の子向けのアニメ。

そのほとんどが、

「正義と悪」を戦わせている。
しかも、解決方法が「暴力」

ヒーロー・ヒロインものでなくても
戦い・対立は非常に多い。
ストーリーとして展開し易いし
夢中にさせ易いからだろうか。

  ちなみに、くまのプーさんなど
  戦い・対立ではないが、
  子どもが夢中になるものも、
  勿論ある。

幼い頃から
そういう構造のものを
さんざん見せて教育している(笑)。

  それで大人になって、
  「暴力は犯罪」なんて
  おかしな話だなーと私は感じる。

  そして、
  何をするにも「対立構造」が生まれるのは
  社会全体もそうだし、教育もそう。

  そして、幼い頃から夢中になる世界観そのものが
  対立構造なので、疑う余地すらなく
  日常的に対立しているのでは、と。

これでは「べき」がはびこっても不思議はない。

悪側からみれば
正義が自分たちを邪魔する悪だったりするし
そもそも、実は
そのどちらでもない価値観は
沢山あるのだが。

戦うのではなく
お互いのHappyをどうしたら創造していけるか
協力し合ったら、
どんなに面白い世界が生まれるだろう。

けれども、
正義が使う暴力は正当化され
悪が使う暴力は悪いものとされる。

 これが
 数ある中の一つであれば面白いのだが・・・。

大人になって
対立したり、正当化したりが
日常で行われてもなんら不思議はない。
社会のほとんどが
こうして「巻かれている」人で成り立っている。

いい・悪いではなく
ただ、一つの側面、現象として。

 こういう一つの現象を検証して
 すぐに「それはいけない」などとやるのが
 2元思考だ。念の為(笑)。

  ちなみに、だからすぐに
  「それは害だから禁止!」とか、
  「すべてOKなら、人を殺してもいいのか!」
  という短絡思考になる。

  どこかで歪まなければ、
  人間は誰もが
  人に喜んでもらえば嬉しいし
  人を悲しませたら苦しいように出来ている。
  そういうDNAを歪ませる教育や社会に
  たっぷり漬けておいて
  その歪んだ部分がおかしいみたい事を言う。

  私はのべ500人の子どもたちを見て来たが
  どんな子どもも愛情深く、大人が気付いたら
  びっくりするだろうな、という場面をいくつも
  見て来た。(しかし、大人は見えていない。)

  人間は人間同士、深く信じられる動物だと
  私は子どもたちから教わった。

  全てOKの世界は、
  今の社会では難しい事は多いが、
  この社会の仕組み(貨幣ルールをはじめとする
  特定の誰かが利益を得る仕組み)以前の
  『本来の人間』に戻れば簡単な事だと思うのだ。

  それは回帰なのだが
  このような経験を踏まえて、気付いて回帰する事を
  進化だと私は感じている。

  来週は、オリンピックや受験なども
  その仕組みのためにあるのでは
  と言う事を表現する事にチャレンジする。

  (もちろん、いい・悪いではない。念の為。
   いくら念の為を付けても、気分を害する人が
   いるので念の為(笑)。)

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■今日のまとめ

・「正義と悪」という対立構造。
 しかも、解決方法が「暴力」。
 この世界観を幼い頃からTVで教育している。

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【最強ビジネスモデル】2元思考について。

 【最強ビジネスモデル】  2013.04.11 No.0598
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「こうするべき」
この思考は非常に多い。

  学校に行くべき
  働くべき
  人には親切にするべき
  お年頃になれば結婚するべき
  お年寄りには席を譲るべき

日常会話の中に
いくらでも出て来る「べき」

この「べき」という正しいたったひとつの答え。
他の選択は許されないというくらいの「べき」

この「べき」の反対語もまた、たった一つなのだ。

学校に行かないのはダメ、学校にいくべき。
働かざるもの食うべからず。
人に親切にしないのはダメ、親切にすべき。

すごく短略思考で支配し易い。

そして本質は、もっと無限にいくらでも
気持ちいい答えがあるのだ。

たとえば・・・
「お年寄りに席を譲るべき」

もしかしたら
お年寄りの方が断然元気で、
しかも立っているのが好きかも知れない。
若者はもしかしたら、
家族の誰かの看病でヘトヘトだった
かも知れない。

勿論、譲られて嬉しいお年寄りや
元気な若者もいる。
もっと、色々な事が想定される。

  ちなみに私の母は
  もうすぐ80歳なので
  世間からみたら「おばあちゃん」
  身体も弱く病気勝ちで疲れ易い。
  けれど、席を譲られて
  「あぁ、やっぱり、おばあちゃんに見られるのね」
  とショックを感じたそう。
  見るからに疲れているおばあちゃんに
  席を譲ってもショックを与える場合もある(笑)。

だから、どうしたらいいのか?

「べき」など関係なく、
老若男女も関係なく、
疲れて座りたいんですが、とか
どうぞ座りませんか、など
本音でコミュニケートし合えばいい。

声をかけられて
有り難いと思えば喜んで受けたり、
大丈夫ですよ、ありがとう。
などと本音で返せば、何も問題ない。

実にシンプル!

「若者はお年寄りに席を譲るべき」
という、たった一つの視点だけが固定されると
多くの歪みが生まれるが
誰もが本音を伝え合えば、うまくいく。

勿論、
自尊心が低い場合は、難しい。

  自尊心が低いと
  受け取り方にもクセがあり
  複雑になる可能性大。

だから、教育の一番の目的は
何よりも「自尊心を育てること」だと思うが
自尊心を低めるように
教育がなされていると感じる事は多い。

「これが正しい、あれはダメ」

こうして文章に書くと
そんな事は少ないと思う人がいるかも知れないが
社会のほとんどは、これで成り立っていると言っても
過言ではないほど、浸透している。

たとえば

学校にいくべき。行かないとダメ。

理由は
学校に行かないと将来困るから。
みんな行っているから。
ルールだから。
行かないなんて選択がおかしい。

よく考えてみれば、
学校に行っても行かなくても
将来、困る時には困るし
困らない時には困らない。

みんな行ってるから安心で
みんなと違うと不安というのも
その、みんなが困った事になった時
同じだったら、自分も困る。
その困った時に
自分で選択した結果であれば
納得も出来るが
みんながそうしたから、では
どうしようもない。

だから
社会や時代や環境のせいにする人が多い。
実は、みんなと同じ事を「選択」したのは
自分なのだけれど、そこは無自覚。

正しい答えが一つしかなくて
考え方が「いいか、悪いか」の二つだけだと
人間を生きるのには、歪みが起こり過ぎて
生きづらい。

答えも道も無限に創造する余地があるからだ。

ただし、
支配され、レールに乗るだけの人生が好きなら
それは、非常に楽でやり易い。

その場合は、
それを自ら選んでいるのだから
愚痴も文句も言えないはず。

人間として自分を生きるか
支配されるか
誰もが選べるし、実際に選んでいるのだが
無意識で支配されている人の多くは
いつも誰かのせいにして
不満を溜め込んでいく。

それは元は自分の選択なのだけれど・・・。
無意識で支配されている人の
思考回路が2元思考なので
それ以外の話は、全く通じない。

上下左右、自在に視点を移動できれば
無限にある視点の中の
たった二つの現象しか見えていない事に
気付けるのだが、
2元思考は、それが全てと思い込んでいるので
なかなか抜けられない。

抜けられないように教育がしっかりされている。

たとえば、
フリースクールを主催していても
もし、学校と対立しているのなら
根っこは同じだ。

「べき」と「べき」が戦っているだけ。

同じフリースクールという名前でも
学校うんぬん関係なく
ただ、自分の思う教育を創造しているスクールと
今の教育を変えようなどと対立しているのでは
全く異なる「Be」だ。

だから社会のレールから外れているから
2元じゃない、という事も言えないのだ。

2元思考はなかなか手強く
日常にしみ込んでいる。

勿論、それは
いい・悪いではなく、それぞれの選択だ。
それ以上でも以下でもない。

その中で
答えは無限にあり
自分が創造して行けるし
すべて自分が選択している
という意識で生きている人は
今の社会ではマイノリティ。

そのマイノリティ同志
繋がって私にとって居心地のいい世界を
私は創造している。

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■今日のまとめ

・「いい悪い」という2元思考が
 日常に浸透しているが、
 それに気付いている人は少ない。
 そして、気付いても気付いてなくても
 全てを誰もが自分で選択している。

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【最強ビジネスモデル】塞翁が馬。あるがまま。

 【最強ビジネスモデル】  2013.04.10 No.0597
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最近、
「Be」が明確なら
失敗という感覚は「0」だな、と感じた。

なぜなら、
普通、失敗と感じるのは「Do」の部分だけで
それは、
Beを具現化する為の方法の一つでしかないから。

うまく行かなかったら
別の方法・別の道を試していけばいい。

よく、
「うまく行くまであきらめない」
などと言う言葉を聞く機会が多いが。

私も、周りの友人たちも、
「あきらめたり、
 手放したとたん、うまく行った」
という経験をしている。

この
「うまく行くまで絶対にあきらめない」
という言葉には少なくても二つ意味がある。

一つ目は、
Beが明確で、その為に
色々な方法を、
うまく行くまで試し続ける。
という意味。

二つ目は、
そもそも、
あきらめないという事にフォーカスしない。
うまく行った結果を振り返ったら、
うまく行くまであきらめなかった。
という意味。

私は、この二つの意味を
自分の人生を通じて深く感じているが、
この言葉を文字通りに捉えて

「絶対に絶対にあきらめない」

などと力が入っている人を
多く見かける。
その結果、一つのうまく行かない方法に
しがみついていたりもする。

本来の「Be」を生きていれば
そうそう熱く力む事もなく
ただ淡々と道を創っているだろうと思う。

その時に、うまく行かないとか
失敗したなどと感じても
月日が経てば、結果的にそれが
良かったりする事は非常に多い。

失敗した~。大変だ~。
などと右往左往するのではなく
「いつでも自分のBeで在る」生き方を
していれば、現象に左右される事は
かなり減るのではと、
だいぶ右往左往と揺れまくった時代を経て
深く感じている(笑)。

昨日、
「明日は2元思考について書く」と明言して
先にこちらを書いたのには訳がアリ
その2元思考を語る際の、今日は導入。

___________________________
■今日のまとめ

・塞翁が馬。

・あるがまま
 自分自身を生きる。

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【最強ビジネスモデル】正しさは2元思考。

【最強ビジネスモデル】  2013.04.09 No.0596
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私は、大前提の決め付けが苦手だ。

たとえば、
「あなたは親として他にやるべき事があるだろう」

などと言われると、
それは、その言葉を発した人から見れば
確かに、そう見えるし、言いたくなるだろうな
と理解は出来るが、
そもそも、そのフォーカスに私がいないので
コミュニケーションが成立しない。

大前提が違うのですよ。
という話が、伝わる友人は多いが
社会一般的には少ないと感じている。

その事そのものの話ではなく
それ以前の話に戻って考えるのが難しいのだろう。

それは、思い込んで、
決め付けているからという理由の他に、
表層の話をしているのか
もう一段深い話なのか
更に深い話なのか
どの「層」の話なのか認識しないで
話しているから。

何故そうなるのかと言うと。

ほとんどの人が「正悪」という
2元の世界に住んでいるから。

「あなたにはやるべき事がある。
 それをしないのは、なんたること!」

くらいの話でも
別の視点から見れば
「それの方が、おかしい」とか
「そんなん、どうーでもいい」などとなる事が、
見えていない。

また、
近寄ったり、俯瞰する事で
全く別の世界が見えることが
分かっていない。

だから、
自分の考えや価値観だけが
正しくて当たり前だと思い込み
正さと正しさがぶつかり合い、対立する。

そういう事が、沢山起こっている。

そして逆に、

  すべてOK!

この感覚が分かれば、なんて居心地がいいだろう
と思うが、こちらは、かなりマイノリティ。

それどころか

  すべてOKだったら
  人を殺してもいいのか!

などと言う人も多い。

この感覚が2元。
この2元思考は、まさに支配し易い。

そして支配し易いように、教育されていると、
私は感じるのだが、どうだろう。
明日は2元思考について書いてみる。

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■今日のまとめ

・社会の多くは
 正さと正しさがぶつかり合い、対立する。

・すべてOK!
 この感覚が分かる人が増えたら
 どんなに居心地がいいだろう。

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【最強ビジネスモデル】表面だけで判断すると・・・。

 【最強ビジネスモデル】  2013.04.08 No.0595
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ママ友達から聞いた話が
そのまま、いろいろな場面に当てはまる。

元の話は・・・。

「小学5年生のクラスで、
 どこのグループにも入れない子が
 優しい仲良し二人組のところに来た。

 ちびまる子ちゃんに出てくる
 まるちゃんと、たまちゃんといった風の
 優しい二人組の中に入ったその子は
 どちらかを独り占めしたくて
 ある事ない事言ったり、策を練る。

 しかし、仲良しの二人は
 なんかやりづらいなー、
 なんかぐちゃぐちゃになるなー、
 と思いながらも、なす術無く困っていた。

 ある日、担任から仲良し二人が呼び出され
 『可哀想でしょ!ちゃんと仲間にいれて上げなさい』
 と叱られてしまう。

 その子が泣いて訴えて、
 その親からも担任にクレームが入ったから。

 二人が事情を話しても、
 担任は泣いているという表面を重視し
 ちっとも話を聴いてくれない。

 それで、その二人は、
 何を言っても通じないその担任の話を
 ただ、ハイハイと上辺だけ聞くようにした。
 それが、一番被害が少なく済むから」

これは実話で、
そして、とてもよくある話。

  そもそも、
  どちらかが可哀想という発想自体、
  歪んでいる。

  どちらにも事情があり
  どちらも正しいという視点で
  よ~く話を聴いたりリサーチすると
  思いがけない「原因」にたどり着いたり
  思いがけない理解が生まれたりするのだが。

この担任のように、表面しか見ない大人を
子どもは冷静に観察している。
そしてこのような大人は子どもたちの信頼を失っている。

そして、怖い事に
このような事は至る所で起こっている。

担任と生徒という場面なら、
分かり易くても
日常の上下が分かりづらい場面などでは
埋もれている話は・・・。

多かれ少なかれ
この担任のように表面しか見ないで
判断している場面は、思いの外多いのだ。

たった一つの視点しか持たない怖さ。
(それは無意識だから、余計に怖い。)

たとえば・・・。

夫に先立たれ、
幼子抱え困って泣いている人には
同情したり、優しくしたりするが、
もっともっと悲惨な状況でも
それを一切表に出さず、
前向きに必死に頑張っている人に
「あの人、いつも付き合い悪いよね」
などと言ったりしているかもしれない。

表面だけを見て
判断基準もあやふやなまま
その場の雰囲気で判断している事が
実は思ったよりも多い事に
社会をじっくり観察していると
多い事に気付く。

そうとしか見えないが本当にそうなのか?
立場を変えて考えたり
高い視点から俯瞰してみたり
思いっ切り近付いてみたり
リサーチしたりして
観察してみると
色々な事が見えて来る。

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■今日のまとめ

・表面だけで、
 その場の雰囲気だけで、
 たった一つの視点から判断している場面は
 思いの外多い。

・そして、それを冷静に感じている
 身近な人たちがいる。

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【最強ビジネスモデル】ヒーローと悪役は同じ人。

 【最強ビジネスモデル】  2013.04.05 No.0594
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中学2年生のMちゃんは不登校。

そのMちゃんは、
とてもしっかりした考えを持っていて、
先日、新聞に投稿が載ったと
切り抜きを嬉しそうに見せてくれた。

「私が中学生の時に、こんな内容は書けないよー。
 すごいね!」

と言うと、近くにいた別の友人が

「あんたは今でも書けないよ」

と突っ込み、
みんなで笑い合った場面だった。

文章を書くのが大好きだと言うその笑顔が
とても可愛かった♪

そのMちゃんとの出会いは
まだ数ヶ月前なのだが
今では、すっかり仲良しになった。

仲良くなったきっかけは
Mちゃん曰く

「不登校なんです。
 って言ったら、

 おめでとう!

 って言ってくれて、すごく嬉しかった。

 学校なんて行かなくてもいいよ、
 と言ってくれる人はいたけれど
 おめでとうと言われたのは初めて」

と言う事らしい。

  私自身はすっかり、
  それを言ったのを忘れているが。

学校に行かないというと、
それはとても悪い事というレッテルを貼られる。

・行かないと将来困るわよ。
・親に問題があるのかしら?
・何が問題なのかしら?
・行けるようになるといいね。

などの反応が一般的。

そして、
経営者の友人に
「うちの子、学校に行かせてないんです」
というと、

「それはいいね。
 学校なんて行かせない方がいいよ。
 どうやって、それが問題なく実現できるの?
 参考までに教えて」

という反応が非常に多い。

一般的なグループの中にいると
悪者にされたり同情されるのと
全く同じ現象が
別のグループでは賞賛される。

全く真逆の反応だ。

どのグループにいるかで
英雄にも悪者にもなる。

しかし、
大抵は一つの似たようなグループしか知らないので
そのジャッジが正しいと思い、
悪いと判断を下されれば苦しいし
良いと判断されれば嬉しい。

だから、
周りからのジャッジ・判断で
苦しかったり嬉しかったりと揺れる事はない。

自分自身が、居心地のいいと感じる
グループを探したり、創ればいいのだ。

周りのジャッジ・判断に振り回されていたら
どんどん自分を見失ってしまう。

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■今日のまとめ

・ジャッジには何の意味もない。
 それに振り回されず
 自分の居心地の良さを探究してみよう。

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【最強ビジネスモデル】大前提が目的に?

 【最強ビジネスモデル】  2013.04.04 No.0593
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「やりたい事を明確にしたい」という数名の相談に、
成り行きで乗ったことがある。

振り返れば・・・10名以上。

その10名以上の皆さんに
共通することがある。

そもそも、
やりたい事という「Do」は「Be」あってこそ、
と私は思うので、
それを明確にしようという所からスタート。

 そのいい例が家の前の100円ショップ。

 おばあちゃん店長さんの「Do」は
 100円ショップの店長。

 「Be」は、駆け込み寺だと思っていること。

 近所のお母さんたちは、
 家の事や子育ての事など、
 おばあちゃん店長さんに相談する。

 雇われの身であろうが、何屋さんであろうが
 「Be」があれば自分が納得する生き方が出来る。

なので、まず
「何がしたいの」と訊く。(Beの質問)

・人に喜んでもらえる事が好き。
・人の役に立ちたい。
・人を笑顔にしたい。

などと言う。

「具体的に何を通じてそれを実現したいの」
(Doの質問)
を聴くと、皆さん
山のように出て来る(笑)。

「では全て出し尽くして、
 それをグルーピングして
 優先順位を付けましょう」と。

しかし要領を得ないので
再度「それは何の為にやりたいの」と訊く。

すると、また
人の役に立ちたい・・・などが始まる。
そして・・・大抵は、
「Beがそれじゃ、いけないの」と逆に訊かれる。

「それは、人間であれば誰もが持っている大前提だよ。
 誰でも、人が喜んでくれたら嬉しいし
 人の役に立ったら嬉しい。
 だから、それは人間である、というくらい大前提。

 その大前提の上に
 ユニークなBeを誰もが持っていると私は思う。

 意識してようがしていまいが、誰でも
 すでにやっているんだと思う。
 だから、私はそれを引き出したい。

 最近は、その大前提を言うと
 共感して感動するのが流行っていたりするけれど。

 共通項ではない、その人オリジナルのBe。
 そのBeから生まれるDoを腑に落とそうよ。
 言語化なんてしなくていいんだよ。
 自分が腑に落ちればいいんだから」

この話が通じる人は
どんどんと具現化していくが
通じない人は何年経っても
耳障りのいい事を言い続けて何もしない。

勿論、それでもいい。
言い続けるということをしていたい。
それが幸せという人もいるのだから。

いい悪いではなく、
誰もが、自分で選択して
自分が好きな事をしているのだ。

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■今日のまとめ

・本当に具現化したいのならば、
 大前提を目的にするのではなく
 その先にあるオリジナルBeを感じよう。

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【最強ビジネスモデル】いつでも自分の役割を生きている。

 【最強ビジネスモデル】  2013.04.03 No.0592
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先日フッと急に思い付き、自分へ訊いた。

「私は何をする人ぞ」

そして何も考えずぱっと答えたのが

「絶対的な安心感から生きる(創造・表現)
 世界を創る」

 言葉に変換すると
 受け取る人によって、様々な解釈になるが
 これを言葉として変換する前の
 「元の感覚」が深く腑に落ちている。

 そして、今現在やっている事は、どれもが、
 その事を具現化する為の仕事ばかりだ。

誰もがそうだと思うが
私自身も紆余曲折様々なプロセスを経て今がある。

子どもの頃からの様々なプロセス。

それらのプロセスが・・・
「自分の役割(使命)」が
腑に落ちると、
いつでも、どれも、
その役割を生きていたと思える。

端から見れば無関係な事も
自分の中では、
今、これをやるために不可欠な
練習や経験だったと思える事もある。

何があろうが、結局は
自分の役割(使命)を
全く無意識に歩んでいたのだと
しみじみ感じている。

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■今日のまとめ

・意識しようが、しまいが、
 いつでも自分の役割を生きている。

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