堤 佑介Ⅶ

 

                                    2018年10月14日(日)

 

 先週の日曜日、手はずが整ったので、渋々ながら西山の爺さんの要求に従って、広告を打った。裏面に前から売り出している戸建ての売却物件や、最近出た賃貸マンションを掲載して、抱き合わせの形を取った。

 ポスティング用チラシ12000枚。ウチとしては普通の賃貸物件よりはかなり多いほうだ。もちろんネットにも出した。1000枚撒いて1件問い合わせがあればいい方だから、12件の問い合わせで成約が四分の一として、3件は確保できる計算になる。あとはネット頼り。

 チラシの原稿は私自身が起草した。駅近で環境の素晴らしさと家賃の安さ、敷金、礼金なしを強調。

 しかしこれはしょせん捕らぬ狸の皮算用である。ところが、山下に聞くと、昨日までに20件を超える問い合わせがあったという。そのうち8人を案内。もちろんまだ内装のリニューアルはしていないが、だいたいがいい反応を見せたそうだ。

 成約には至っていないものの、まずは幸先良し、と思ったのだが……。

 今日、契約を結びたいという連絡が3件入った。

 私は別の売却物件の査定をしなければならなかったので、山下に任せて外出した。帰ってくると、山下は何となく浮かない顔をしている。

 「どうだった?」

 「それがですね。一人は普通の若夫婦で問題ないんですが、あとの二人がちょっと引っかかるんです。いえ、わたしは全然かまわないんですけど、一人が中国人、もう一人がゲイカップルなんですよ」

 「へえ。よりによって」

 私は、この前篠原と飲んだ時、中国人の不動産買い漁り面積が静岡県全県に相当しているという事実を聞かされ、何とはなしに嫌な予感がしたことを思い出した。それから最近、LGBTに関心を持っていることも。

 「つまり、それを西山さんに伝えるのは、気が重いと」

 「そうなんです。受け入れてもらえるかどうか心配で」

 「たしかに、あの爺さんにしてみれば、痛し痒しだろうな。さっそく店子が見つかったはいいが、ちょっと異種の人たちをそうすんなりと受け入れそうに思えない」

 「わたし、ゲイカップルのほうはまだいいかなと思ったんですけど、中国人だと、マナーの悪さが評判になってますし、家族と称して仲間をどんどん引き込んじゃうなんて話も聞いてますし」

 「うん。私たちが別に偏見もってなくても、オーナーがどう感じるかが問題だからね。契約申込書見せてくれる?」

 中国人のほうは、年齢35歳、職業は貿易関係で、聞いたことのない企業名が書いてあった。中国に本社がある日本支社か。年収は300万。同居人は妻と子ども一人、妻の収入は不安定だが、合算で420万くらいはいくという。現住所は東京都皆川区で、入居希望理由は、もっと安い家賃を求めて、とある。

 これだけの情報では本当かどうかはわからない。

 「この会社だけど、実在するの?」

 「ネットで調べたら、一応実在しました。関坂にあって、リサイクル原料の輸出入を扱っているそうです」

 「ああ、あの辺はいろんな外国人がいるね。日本語は流暢なの?」

 「流暢と言うほどではありませんけど、一応ふつうに話せます。3年前に本国から転勤になって、ビザはあと2年で更新すると言ってました。それで、所長に相談した方がいいと思って、証明書類の用紙はまだ渡さなかったんです。後でご連絡しますと言っておきました」

 なるほど。本当なら断る理由はないが、西山さんの反応次第である。山下のとっさの機転に感謝した。

 一方、ゲイカップルのほうは、同居人の欄に「友人」と書いてあったのと、なんとなくそれっぽい雰囲気なので、それと知れたという。年齢は31。職業はグッズ小売り。年収360万と書いてあった。

 グッズとは怪しげだな、と私は卑猥な連想に誘われた。そして自分で笑ってしまった。

 これも西山さん次第だが、身元さえしっかりしていれば、問題はない。しかし山下は、こちらも慎重を期して証明書類を渡さなかったという。

 「どうもご苦労様。西山さんには私が当たりましょう」

 「ありがとうございます」

 山下はほっとしたような表情を隠さなかった。

 

 中国人を入居させるかどうかは、周囲の環境への影響の問題だろう。もしこの当事者が、日本のマナーをよく理解して守る紳士的な人なら――そういう人が大部分なのだろうから――入居してもらって一向にかまわない。

 だが、一般に中国人はどの国へ進出しても、中国人としてだけまとまって、けっしてその国の文化に溶け込もうとしないと聞く。東南アジアからオーストラリアに至るまで、華僑の伝統を受け継いで、自国の文化を持ち込み、そこで一種の自治区を形成してしまう。

 「自由で寛容な国」オーストラリアでは、想像を絶するほどの広大な土地を買い取り、市民権をじわじわと勝ち取り、そうして気づいた時には、政治の中枢で発言権を持つに至った。いまようやく政府は危機を感じて、数多くの規制に乗り出しているそうだ。

 欧米でもその進出ぶりは半端ない。去年の12月に急死した中国系のサンフランシスコ市長は、「聖域都市」宣言をして、国の政策に従わずに、不法移民を囲い込んだという。

 一年くらい前だろうか。イタリアで日本語の先生をしている人のブログ記事を読んだことがある。イタリアは、北アフリカ系の不法移民・難民に悩まされているだけではないと知って、印象に残っていたのだ。

 その記事によると、フィレンツェの隣にある人口19万ほどのプラートという普通の地方都市が、人口の九割を中国人に占められてしまった。

 15年くらい前から中国人移住者が増え、標識も漢字、聞こえてくる言葉は中国語というわけで、完全に乗っ取られたのだ。

 この街は、繊維産業が盛んでイタリアの高級生地の産地だったため、裕福な家も多かった。ところがイタリアの業者が現ナマを突き付けられて中国人に工場を売ってしまってから、この街の繊維産業は中国の安い布地の勢いに勝てず、衰退していったという。

 他人事とは思えない。個人個人はいい人たちでも、文化の違いからくる摩擦だけはどうしようもない。

 けやきが丘は純然たるベッドタウンで、産業などは何もないが、都心に通うのはかなり便利だ。だからそう遠くない将来、中国人に占領される可能性があるというのは、あながち私だけの空想とは言えない。

 有名な埼玉県の芝山団地でも、人口5000人のうち半分近くが中国人で占められているという。

 ここでも分断が起きていて、中国人は自治会には加入しない。祭りの準備はすべて日本人、中国人は楽しむだけ楽しんでおきながら、後片付けも手伝わないという。日本人は高齢化していて、亡くなる人も多く、やぐらを組む力仕事に耐える人々も年々減っているそうだ。

 これは実態を確かめようとわざわざ芝山に移り住んだ某新聞記者が書いていた。ちなみにこの新聞は「リベラル」を気取ることで有名な毎朝新聞である。

 

 万一、西山ハウスに入居を申し出てきたこの中国人が、背後にそうした関係を背負っていたとすると、家賃の安さを聞いて、親族、知人友人が押し掛け、西山ハウスの残りの空室を満たしてしまわないとも限らない。

 篠原に示唆されていたにもかかわらず、これは想定外だった。

 さらに将来的には、それが蟻の一穴となって、近辺のアパートや比較的安価な賃貸マンションに殺到するかもしれない。

 そうすると、仮にトラブルを起こさないとしても、付近の住民たちは快く思わないだろう。けやきが丘は高級感が売りで、ほとんどの住民はそれを崩されたくないと思っている。なのに、この街のイメージが次第に壊れていく可能性だって皆無ではない。

 西山の爺さんにどう話せばいいか、悩ましい問題である。彼がいっそ拒否してくれればいいが、とまで思った。

 しかし逆に拒否された入居希望者のほうで、人権侵害だとか人種差別だとか騒ぎ立て、サヨク・マスコミがこれをかぎつけたら、彼らの恰好の餌食にされるだろう。

 そんな先のことまで考えなくてもいいのかもしれない。しかし、西山ハウスの空室率の高さがいい例だ。そのほかにも、戸建ての空き家がたくさんある。多少裕福な中国人に目をつけられれば、プラートと同じように、買い叩かれてしまうだろう。

 日本政府は不動産の外資規制をやっていない。一方中国は土地私有を認めていないので、当然日本人が中国の土地を買うことはできない。

 それで現在、北海道を初めとして、全国で中国人が土地の爆買いを進めているらしいが、こんなことを放置していると、そのうち領土の大半を乗っ取られてしまうかもしれない。

 こんな不公正はないと思うのだが、国交省は、一向にその是正に乗り出そうとはしない。それどころか、外国人向けの案内パンフレットまで作って、どうぞ買ってくださいといった体たらくである。

 政府が動くのを待っているわけにはいかないから、不動産業者としても、力の及ぶ範囲で、何らかの抵抗を示す必要があるのではないか。ただ売買や賃貸の媒介で儲かればいいというのでは、あまりに地域住民のことを考えなさすぎる。

 全国不動産協会にはウチも加入しているが、この種の問題が議論されたというのを聞いたことがない。いつか機会があれば、本部を通して提議してみてもよいかもしれない。

 ここまで考えてきて、そんな公共心みたいなものが俺にあったのかな、と思った。一方では、中国人というだけでカテゴリーに括って、一介の不動産業者がしゃしゃり出て何らかの抑止行動に出るのもためらわれた。正直なところ、頭が痛い。

 

 一方、ゲイカップルのほうは、格別問題ないと思う。それでも事実を知ったら西山の爺さんは拒否反応を示す可能性がある。だからこれは「友人」のままで通すことにすればいい。

 西山さんにしてみれば、一度に三室も埋まるのだから、経営面では喜ばしいことだ。でも、中国人のほうは、知らせないわけにはいかない。ディレンマに悩むのではないか。

 とにかく、早く知らせて、考える時間を確保してもらうのがいい。さっそく電話を入れた。

 「三人の方から申し込みがありまして……」

 「さよか。そりゃ嬉しいこってす。やっぱりあんたはんとこ頼んでよかった。おおきに」

 心から喜んでいるふうが電話の向こうから伝わってきた。話しづらくなった。

 「ところがですね。一つだけ問題があって……」

 「何ですねん、問題て」

 「申し込んだ方のひとりが中国人なんです」

 「あ、中国人。さよか」

 西山さんは、しばらく無言で、考えているふうだった。よきにつけ悪しきにつけ、関西人は、関東人よりも猥雑でたくましい世界を生きているので、外国人に対するイメージをはっきりと固めている可能性がある。

 「中国人と言っても、いろいろですからね。私が直接会わなかったので、何とも言えないんですが、一応勤務先はきちんとしていて、年収は高くはないですけど、そこそこという報告は受けています。」

 私は言葉をつないだ。

 「なんぼやねん」

 「申込書には、35歳で年収300万とありますが、まだ証明書類を渡していませんので、本当かどうかわかりません」

 「家族はいてはる?」

 「奥さんに子ども一人とあります」

 「証明書類かて、適当に作れるやろ」

 西山さんは、思いのほかしっかりしていて、鋭く突いてくる。このへんは長年の勘がはたらくのか。

 「それは疑えばきりがありませんが、当社としては、媒介が仕事ですから、書類がそろえばお話を続けさせていただくほかはありません」

 「いまこの電話で返事せんとあきまへんか」

 「いえ、まだ時間がありますから、お考えいただくのがいいかと思います。諾否はあくまでオーナーさんの決断ですから。ただし、私どもとしては迅速を心掛けていますので、オーナーさんのご承諾しだい、証明書類をすぐにでも送付する必要がありますし、書類がそろった段階では、拒否しにくくなるのはたしかですね。さき様も『せっかく苦労して揃えたのに、なんで』ってご不満をお持ちになるのは当然ですから」

 またしばらく間があった。

 「こういうこと、でけへんやろか。いまけっこう引きが多いようでんな。ほんで、書類は一応渡しておいてやな、さきさんが揃えてる間に、申し訳ないけど、もう一杯になってしまいましたて連絡入れる」

 私は、この狡猾な知恵に内心舌を巻いた。75になろうという爺さんである。でもさすが大阪で長年営業職に就いていただけのことはある。昔取った杵柄か。

 しかし自分自身としては、ウソをつくのは職業的良心が咎めるところがあった。西山さん自身の本当の気持ちを探ってみたくなった。

 「失礼ですが、これまで中国の方と接触なさったご経験はおありですか」

 「そりゃ大阪時代にぎょうさんありますがな。あの連中、とにかく利にさといちゅうんか、ずるいちゅうんか、こちとら顔負けやで。一度なんかわし騙されたさかい、会社にえろう迷惑かけてしもたこともありますねん」

 やっぱりそうか。中国人VS大阪人。熾烈な商取引の世界。誠実さなど効かない世界かもしれない。

 私が黙っていると、西山さんは畳みかけてきた。

 「ほんでどやねん。そうゆうことできます?」

 「それは……考えていなかったですけど、担当者が女性ですし、ウチは誠実さをモットーとしてますので、ちょっと難しいですかね。」

 「やっぱ関東人はぼんぼんやね。外国人お断りにしときゃよかったね」

 「それは、人権、人権で騒がしい当節、厳しいと思いますよ。内部事情申し上げて恐縮ですが、私どものほうにも火の粉が飛んできかねませんから」

 「さよか。ほな、女房とも相談して、も少し考えてみますよってに、明日こちから電話します」

 「よろしくお願いいたします」

 西山の爺さんの中で、少しでも空室を満たそうという気持ちと、中国人を入れたくないという気持ちとが戦っているようだった。

 最初会った時は弱々しい爺さんが泣きついてきただけかと感じたが、いざ取引となると意外と思慮深く、しぶといところを見せた。とすると、あの泣きつきも、半ばは私相手の演技だったのかもしれない。

 こうなってみると、これは契約を成立させた方が面白いという、野次馬的な好奇心さえ頭をもたげてきた。もちろんこれは、先刻考えたことと矛盾する、理に合わないヘンな好奇心だったけれど。

 とりあえず、書類送付に関しては、中国人は一日ペンディング、ゲイカップルは今日中に送るように、山下に指示した。

 不動産屋も営業が命だからなあ、と帰宅途中で考えた。あのくらいの商魂をもたないといけないのかもしれない。俺は仕事以外の時間には、余計なことばっかり考えていて、西山の爺さんの言う通り、「やっぱ関東人はぼんぼんやね」。

 

 その余計なことの一つに、「婚活」がある。またそのことが気になり出してきた。最近は、仕事を離れると、ついそっちのほうに気持ちが向く、

 帰宅途中の電車の中で運よくすぐ前の席が空いたので、タブレットを取り出して、いろいろ調べてみた。ゲーム感覚、ゲーム感覚と自分に言い聞かせながら。

 調べていくと、出会いがどれくらい成立するのかはともかくとして、婚活サイト自体がものすごくたくさんあり、相当な市場を形成しているのに驚いた。

 逆に言えばこれは、それだけ出会いや結婚が成立しにくくなっているという、篠原とも共有した認識を裏付けるものだった。

 だんだんとハマっていく。

 帰宅してからも着替えもせずに追及し続けた。

 まずは、亜弥が勧めてくれた例のCMのCouplesに行ってみた。なるほど、SNSのフェイスメイトを通して簡単に登録でき、しかも仲間にはけっして知られない仕組みになっている。

 ただし、もし異性の知人の誰彼が同じサイトに加入していれば、お互いにばれてしまう可能性がある。まあ、そうなったとしても、双方がとぼけていれば済む話ではあるが。

 また、婚活を続けるにあたってのコスト面では、女性がかなり優遇されていた。この市場では、男女平等ではないのだ。つまり「人権思想」など出る幕ではない。

 逆差別だなどと表立って文句をつける男性も皆無だろう。これはパーティやイベントの参加料金で、女性が安くなっているのと同じだ。稼ぎの実態からして、妥当なことだと思う。

 また女性をいたわる気持ちからいっても自然なことだし、男のほうからきれいな女性をゲットしようと求めていく伝統的な男女関係のあり方にもフィットしている。

 「男はつらいよ」でかまわないのだと思う。フェミニストたちは、慣習が許しているそういうことには頬かむりをしている。

 

 いくつかサイトを探ってみたが、まあ、だいたい似たようなものだった。けっこう高額の入会金や初期費用のかかるものもあったが、これは結婚相談所系のもので、ちょっと時代遅れかもしれない。

 初期費用が無料のサイトは、登録し、写真を掲載し、年齢認証を受け、自己アピールのためのプロフィールを送る。女性の年齢付き写真とプロフィールをいくつも見ることができるので、気に入ったら「いいね」を送る。

 しかし無料では限度があってすぐ尽きてしまうので、ポイントを増やすために課金に応じなくてはならない。この段階で男女差がはっきり出てくる。

 また、有力サイトには経験者のレビューがある。おおむね評判は悪くないが、「サクラが多い」「ぼったくりで出会いの確率ゼロ」「くそアプリ」などという悪評判もたくさんあって、これらを平気で載せているのは、鷹揚さをあえて見せるビジネス感覚か。

 ネット広告は何であっても、その企業に自信があれば、批判的レビューも載せるものだ。それは不動産でも同じである。ただ、わざわざレビューを書く人というのは、被害感覚が強い人が多い。辛口の点数をつけることには快感が伴うからだ。

 ともかく、「ゲーム感覚」で、Fureaiというサイトに登録してみた。Couplesよりはシェアは落ちるが、システムはしっかりしているし、何となく自分に合っているように思えたのだ。

 写真3枚。

 私はあまり自分の写真を撮ったり撮られたりしたことがない。ここ二、三年誰かと旅行に行ったこともないので、適当なのが見つからない。あまり古いのでは、若すぎて疑われてしまう。しかたなく、自撮りによる外ない。スーツ姿のままだったことをいいことに、2枚はそのまま撮った。

 正面向きと、ちょっと角度を変えてリラックスした笑顔。それぞれ何枚か撮る。

 後の1枚は、着替えをしてからにする。いつもの普段着ではちょっと、と思ったので、クローゼットからカジュアルなジャケットを選び出した。

 ファッションショーをしているみたいだ。こんなことにけっこう真剣になっている自分がおかしかった。女になったような気分だ。

 改めてアルバム欄で見ると、ずいぶん老けたなという印象がまずやってきて、こんなんで「いいね」が来るのか、と自信をなくした。

 でもまあいい、半分は遊びでやっているつもりだと言い聞かせて、さて次はプロフィール。

これを書こうとして、パソコンに向かうと、「おい、堤、遊び半分なんてダメだぞ」と言う篠原の声が聞こえるような気がした。

 たしかに、やる以上は、きちんとした自己紹介文を書く必要がある。もともと私は言葉にうるさいほうだ。仮にも相手を惹きつけようとしているのに、いいかげんでは済まされない。

 こういう時は、腰を据えて一杯やりながらに限る。

 スコッチを取りに立ち上がった。同時に無伴奏チェロ組曲のギター演奏版を、ボリュームを落としてかける。ああ、そういえば、しばらく音楽も聴いていなかった。瞑目し、思わず深呼吸した。

 少し間をおいてから、紹介文に取り掛かった。あまり凝るのもどうかと思い、ごく必要なことだけを、率直かつ慎重に記述した。それでも小一時間かかってしまった。

 あとは年齢認証の手続きと、どのランクのサービスを受けるかについて決めることが残されている。

 免許証の写真を取ってFureai当局に送る。サービスは、「半年分がオトク」というのを選ぶことにする。

 「物件」を探すためのポイントがぐんと増えるし、「いいね」を送った相手に自分のプロフィールを見てくれるようお願いできる。マッチングの機会をできるだけ多くするわけだ。もっとも、オトクといっても12000円。いいお値段だ。まあ、仕方がない。明日振り込むことにしよう。

 ひと仕事終えた気分になった。篠原に電話してみたくなった。

 「やあ、どうした」

 「どうもこうもないんだけどね、あれからいろいろあって、またおぬしと飲みたくなったってだけさ」

 「いろいろとは」

 「いや、大したことはない。仕事と恋愛と」

 「なに、恋愛だと。いよいよ堤もlove affairの始まりか」

 「冗談、冗談。でもたったいまさ、婚活サイトってやつに登録したのよ」

 「ほーお、堤が婚活にねえ。それも一手だな。何やら興奮が伝わってくる」

 「それで、どうかな、その興奮を分け与えることも含めて、近々会えないか」

 「俺は興奮しなくていいよ。今さら回春は無理だ。それはそうと、ここんとこちょっと忙しくてな。いや、この歳んなると、政府関係やら、外郭団体やらのお呼びが多いのよ。でも都合はつけるから、ちょっと待ってくれ。いまスケジュール調べる」

 ということで、次に篠原と会うのは、24日の水曜日ということになった。できれば休日の前がいいのだが、まあ仕方がない。

 

堤 佑介婚活サイトFureaiプロフィール】

 ニックネーム:ゆう

年齢:55歳(認証済み)

 身長:171㎝

 タバコ:吸わない

 趣味:音楽、美術、映画、落語鑑賞、読書、気の合った友人との会話

 

 《自己紹介文》

プロフィールを見ていただき、ありがとうございます。

仕事に追われる毎日です。

趣味欄にいろいろ書き並べましたが、どれも忙しくて思うに任せません。

離婚してから13年経ちます。

もう遅いかもしれませんが、連れ添う人を求める気持ちが募ってきたので、

無理とは思いながら登録してみました。

一人娘は成人して職を持ち、別れた妻と同居しています。

自分は昔から不思議がり屋のところがあり、

仕事に直接関係ないことでも、理屈っぽく考えるたちです。

いろいろな社会問題に関心があります。

いまの仕事は、さまざまなお客様とじかに接することが多いので、

人間好きの自分には適しているのかもしれません。

あまり自分から希望を語るべきではないとは思いますが、

もしお付き合いしていただけるなら、

世代が近く、共通の話題を持てる人がいいと考えています。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 《ディテール》

職業:中規模不動産会社営業所長

休日:水曜日、第三木曜日

体型:中肉

  居住地:東京

  出生地:横浜

家族:長女一人。両親は他界。

同居人:独り暮らし

年収:700万円以上

  婚姻歴:離婚

  好きな料理:和食、イタリアン、その他何でも

  お酒:飲む

  性格:真面目・明朗・好奇心旺盛

  学歴:四大卒

  休日の過ごし方:読書、散歩、覚書を書く、音楽鑑賞(主にクラシック)、時々落語

  転居の可能性:時と場合による

  望ましい交際:ゆっくりメール交換をし、機が熟してから会う

  初デートの料金:自分が全額負担

半澤玲子Ⅶの2 

 

 けっこう二人とも黙っていたのだろうか、エリが独り言のようにつぶやいた。

 「女房子ども持ちだったんだよね」

 「えっ、例の彼氏?」

 エリはただうなずいた。

 「でも、どうしてわかったの」

 「向こうも土日が休みなのに、いつも平日を指定してくるし」

 「でも初めのころ、日曜日に会ってたんじゃなかったっけ」

 「あれは無理してたんだろうね。それに会ってるとき携帯が入ると、必ず立ち上がってわたしから離れるんだよ」

 「それって、仕事の電話で、雰囲気壊さないようにしてたんじゃないの」

 「いや、顔つきからしてそうじゃないなと思った。しかもこっちから電話する場合には、必ず11時半以降にしてくれっていうのよ。それでね、おかしいと思って追及したわけ。そしたら、あっさり吐いた。本気で謝ってたけどね。」

 そんなに落ち込んでるふうでもない調子で一気に言った。もう気持ちのけじめがついたのだろうか。そうだとすれば、いかにもエリらしい。

 ふと「ヤリモクじゃないの」という言葉が口から出かかったが、この前聞いた話からして、それはたぶん違うだろう。

 「彼氏は、独身じゃないのになんで登録したの」

 「それも聞いたんだけど、ずっと奥さんとうまく行ってなくて、初めから別れる気だったって言ってた。まんざらウソとも思えないんだよね」

 「それで……聞いていい?……したの?」

 「した」

 乾いた調子だった。

 「それは、彼氏に吐かせるまえ? それともあと?」

 「あと」

 ということは、わかってて不倫したことになる。燃えちゃってブレーキが利かなくなったってことかな。

 「いまでも奥さんと別れたいって言い分、ウソとは思えないの?」

 「うん」

 「いまでも好き?」

 「そうね……そりゃ、許せねえって気持ちもあるよ……でも自分でもおかしいんだけど、心の整理がつかなくて、それでついレイに電話しちゃったんだ」

 なんと応じていいかわからなかった。気丈なエリがだんだん崩れていくようだ。顔が下に傾き、目線がわたしから離れてテーブルのほうに落ちている。

 心の整理がつかない――それはつまり、まだ好きだっていうことだろう。けじめはついていないのだ。そうだとすると、相手の出方次第では、さらにのめり込むことだってありうる。

 「ベッドではすごく優しかったし……」

 ふいに、蚊の鳴くような声でエリが言った。見るとテーブルの片隅に目を集中させながら、涙をいっぱいためている。

 「……いろんな話して気が合ってたしね。フェルメール展行こうって約束したんだ」

 すでに泣き声だった。

 彼女が自分のことで泣くのに初めて接した。わたしの離婚話の時、いっしょに泣いてくれたけれど。

 わたしは、これからどうするつもりなのか聞きたいのを抑えるのに苦労した。

 「まだ行ってないの」

 「まだ行ってない。でも約束断りたくないし……」

 しかし、彼女が気持ちを切り替えるのに長くはかからなかった。ハンカチでさっと両目を拭ってから、笑顔を作った。

 「もういいの。ごめん。話してすっきりした」

 そんなにすっきりしているはずがない、とわたしは思った。けれど、しばらくそっとしておいてあげよう。そう決めるとほとんど同時に、エリが笑顔を崩さずに元気な声に戻って言った。

 「それよりさ……あ、すみませーん。ビールお代わり。……レイのほうは進行状況、どうなの」

 わたしは、メール交換を通しての岩倉さんの印象、今度会う約束をしたことなどを話した。

 「順調じゃない。その人、いい人みたいね。うまくいくといいね」

 でもいまエリの話を聞いたばかりだ。同じような目に遭うかもしれない。

 わたしは不安になった。これまでのやり取りが単なる虚構なら、通い合っていると感じた心の履歴はパーになる。

 けれど、こういうことは十分考えられることだ。相手が妻子持ちでなくたって、他のいろいろな面で、全然期待していたのと違ってたなんていくらでもありうるだろう。

 しかし何しろ、年齢が年齢だ。若い人たちのように、いくつものサイトに登録して、何度も繰り返すなんてことはできない。やり直すチャンスは限りなく少ない。

 「でもレイも失敗だったら、勧めたわたし、責任感じちゃうな」

 わたしの不安に呼応するようにエリが言った。「失敗」という言葉を使ったということは、この関係はもう思い切るということか。そうでもなくて、不倫になってしまったことを単に「失敗」と表現しているだけなのかもしれない。

 それにしても、何でもてきぱきと決めていくエリでも、やっぱりこういうことには惑わずにはいられないんだろうな。

 「エリ、そんなこと考えなくていいわよ。あれはわたしが自分で決めたの。それに失敗したって思ったら早く手を引けばいいんだし」

 「そう言ってくれるとありがたいわ」

 これ以上は会話が続かなかった。エリが今後どうするつもりなのかについて突っ込んで聞いてみる勇気が出なかったのだ。だから、こちらからお座なりな慰めとか、具体的なアドバイスを投げかけることはできない。

 それに、そういうのは、いくら仲がいいといっても、あまりセンスのいい振舞いではない。エリの強さを信じて、ヘンな泥沼にハマらないように祈るしかない。

 

 帰宅してから、やっぱり今日は憂鬱な日曜日なのだと思った。わたし自身の心の屈託に、エリの一件が重なった。

 彼氏は、奥さんと別れる気だと告白したそうだ。それがウソとは思えない、とエリは言った。「ベッドではすごく優しかったし……」。

 はたから話だけ聞けば、「そんなのウソに決まってるじゃない」とか、「男ってずるいんだから」とか、「惚れた弱みってやつね」などと、無責任に突き放すことはできる。

 でもわたしには、世間一般で説かれている、その種の一方的な判断を彼女にかぶせる気にはなれなかった。それは、何というか、一つには物事の成り行きをわたしが詳しく知らないし、もう一つは、彼氏の誠実さの程度をこの目で見たわけではないからだ。

 わたしは不倫の経験がないけれど、二十年も前、親しくしていた沙織さんという人からこんな話を聞いたことがある。

 彼女は当時、妻子ある男性と不倫していて、その悩みをある女友だちに打ち明けた。すると女友だちは、その男性のことを指して、「まずてめえが身辺整理してから、することしろよって言ってやんな」と言い放ったというのである。

 わたしはこれを沙織さんから聞かされた時、ずいぶん単純にものごとを考える人だなあと思った。女友だちが若いせいもあったのだろうけれど、道ならぬ恋に落ち込んで苦しんでいる人に向かって、その言い方はあまりにデリケートさを欠いている。

 沙織さんもそんなこと言われてよけい困っただろう。だからわたしにも打ち明けたのかもしれない。わたしも黙って聞くだけで、何も答えてあげられなかったが。

 身辺整理が簡単にできれば、この世に不倫なんてなくなる。エリの彼氏の本気度は測ることができないけれど、成り行きでそういうことはありうる。

 たしかに、独身であることを条件にしている婚活サイトに、自分の意思で登録するというのは咎められるべきだろう。でも、もし仮にエリの言う通り、真剣に別れる気だったなら、いろいろなかたちで別の人を探そうとしてしまうのではないか。そのいろいろなかたちの中で、婚活サイトだけが例外とは言い切れない。

 別れようと思っている、あるいは奥さんとその話をもうしている、とする。でも子どももいるし、奥さんがその気になれないとする。

そんな場合、新しい彼女ができたということを利用、と言ったら語弊があるけど、そのことでひとつの強力なドライブがかかることはたしかだ。それを不純だと決めつけることができるんだろうか。そういう決めつけをする資格のある人がいるだろうか。

 おまえは見ず知らずの男にずいぶん同情的なんだな、ただの浮気性の可能性のほうが大きいじゃないか、という声が聞こえた。

 もちろん、そうだ。その可能性のほうが大きいだろう。でも、だとすると、なんでわたしは、その男をかばおうとしているのか。

 しばらくこの問いの周りをうろうろした。そして、かろうじて答えのようなものが見つかった気がした。

 それは……男をかばっているというより、エリの涙が信じられたからだ。クールで気丈なあのエリが、思い乱れてわたしの前で泣いている。一瞬ではあったけれど、その初めて見る姿が信じられたからだ。

 しかもエリは、告白されてから関係を深めた。ということは、エリの中にかなりのっぴきならない恋心がもう育っていたということだ。

 恋って、白紙の状態から始まるものじゃない。どんな恋だって、不自由な条件に拘束されたところから始まって、そして深まっていく。それは世間のルールをいつも越えようとする。

 これから二人がどうなるのか、相手の心、相手の出方を推し量ることができないのだから、わたしにはまったくわからない。おそらくエリ自身にもわからないのだろう。

 人の心って、状況次第でいくらでも変わる。不動心なんてない。それはお互いの心が、相手次第で不安定に揺れ動くようにできているからだ。

 そしてわたし自身。

 岩倉さんだってインチキかもしれないし、本物かもしれない。でも約束したからには、ともかく会ってみるしかない。

 というより、ここまで来た以上、本物かどうかを見極めるためにこそ、会わなくてはならない。いや、岩倉さんが本物かどうかではなく、彼とわたしの出会いが本物になるかどうかが問題なのだ。

 わたし自身だって、中田さんに対しては、気を持たせながら十分冷たく振舞ったのだ。だから、物事を慎重に見極めながら、しかしあまり重苦しくならないように進むことにしよう。それ以外に方法がない。

 

半澤玲子Ⅶの1

 

                                     2018年10月14日(日)

 

 だいぶ過ごしやすくなった。今日など肌寒いくらいだ。しかしここのところ曇り日か小雨の日が続いていて、秋晴れに出会わない。予報によると、まだこの天気はしばらく続くのだという。少し憂鬱。

というより、これは昨日のことからくるわたしの気の迷いが、天気とシンクロしているのかもしれなかった。

 昨日の午後、母から、買い物と食事をしないかとの誘いがあった。

 三谷三丁目の「きくの花器店」で、新しいお稽古用の水盤や剣山を買いたいという。きくの花器店にはわたしも何度か行ったことがある。品ぞろえが豊富だから、お花をやっている人が多く集まるのだ。

 また三谷三丁目には、おいしい店がいくつかある。ちょうど花器店のすぐ近くに山形料理を食べさせてくれる渋い店があるので、花器を買ってから、母をそこに連れていくことにした。五時に予約を入れた。

 母は、濃緑色のなみだ型をしたちょっと変わった水盤と、その大きさに合った小さな剣山を買った。消費税込みで約6000円。

 「あれ、そんなの使うの。新開拓?」

 「そうでもないんだけどね。若い生徒さんには、時にはこういうのを味わってもらうのもいいかなと思ってね」

 わたしもつられて3000円の白地の投入れを買った。白地といっても、練色というのかしら、わずかにピンクがかった柔らかいその色調が粗めの地肌によく合っていた。前から下駄箱の上が殺風景だなあと感じていたのだ。

 これからは少し、家の中に気を配ろう。昔の心得を思い出して、時々はお花を買ってきて、自分をいとおしむように、活けることにしよう。

 母にもらった小さな水盤も、部屋の隅の置台の上で、活けられる花もなく孤独をかこっている。1LDK のマンションには床の間も和室もないけれど、あの置台で間に合わせればじゅうぶんだ。

 なぜって、わたしは……わたしはもしかしたら恋をするかもしれないから。

 そんなことをひそかに考えて、少し顔がほてるのを意識した。

 

 母の買い物は、ちょっとかさばるけど、郵送してもらうほどではなかった。別れるまではわたしが自分のと一緒に持ってあげるよと言ったのだが、母は、「いいよ、いいよ。これくらいなんでもない」と言って持たせようとしなかった。

 石畳の狭い路地に入って、竹の枝折り垣の間を抜け、格子戸を引いた。

 「こんなお店があったのね」

 「ね、ちょっと小粋でしょう」

 いらっしゃい、と60代のマスターがカウンターの奥から元気に迎えた。他の客はいない。

 もともと土曜日は休みにしているらしいけれど、前に来たことがあるので、わざわざ受け入れてくれたのだ。

 「予約した半澤ですけど。ちょっと早かったかしら」

 「半澤さんね。かまいませんよ。テーブル? 座敷?」

 「お母さん、どっちにする?」

 「わたしはどっちでもいいけど」

 「じゃ、座敷にします」

 テーブルと言っても四人がけが二つ、その奥に、詰めても七、八人くらいがせいぜいの座敷があるだけの小さな割烹店だ。出てくる料理は決まっている。

だだちゃ豆、お刺身に、玉こんにゃく、最後の里芋と油揚げをメインにした芋鍋が、故郷の味というのにぴったりで、とてもおいしい。

 「お母さん、疲れたでしょう」

 「そうでもないわ。いい品が買えたもの。満足よ」

 「ビール、飲む?」

 「そうね、久しぶりに少しいただこうかしら」

 瓶ビールしかない。大びんを二人で、わたしが主に飲めばいい。酔っぱらっちゃうかな。

 「玲子も投入れが買えてよかったね」

 「うん。それでね、これは下駄箱に置いて、あと、お母さんにもらった水盤あったでしょう。あれここんとこずっと使ってなかったから、これからわたしもちゃんと時間見つけて活用しようかなって思ったの」

 「まあ、それはいいわね。でも時間あるの?」

 「何とか見つければ大丈夫。こうして休みだってあるんだし」

 「そりゃお母さんはうれしいし、いつでも相談に乗るけど、あんまり本気出しちゃだめよ。仕事に差し支えるから」

 「本気になってもいいかなって」

 なんでこんなことを口にしたのか、初めは自分でもわからなかった。

 「え?」と母は耳を疑うような顔をした。

 「半分冗談だけどさ、でも、もう仕事もいいかげん飽きてきたってのが本音。だからもし本気でのめり込んじゃったら、仕事そっちのけになっちゃうかも」

 母のおどろき顔はまだ消えない。

 「でもどうやって食べてくの」

 わたしは母を少しからかってやりたいような気持ちになってきた。玉こんにゃくをもぐもぐさせながら、とっさに思いついたアイデアを口にした。

 「つまりお母さんの跡を継ぐわけよ」

 「そんな。わたしの収入なんてたかが知れてるし、あのへんじゃ生徒集めるのはたいへんよ」

 「そうかしら。ちゃんとやり直して、免許取って、親子二人で看板出せば、けっこう評判になるんじゃない。わたしが大原流の新風を吹き込んでさ」

 言ってるうちになんだか、ほんとに実現しそうな気になってきた。ビールのせいかもしれない。瓢箪から駒ってやつだ。

 「わたしね。会社のエントランス・ロビーに何度か活けたことあるのよ。そしたらちょっとした評判になっちゃってさ」

 よせばいいのに、さくらちゃんに褒められたのを、大先生の母の前で、オーバーに吹聴してしまった。やっぱり酔っぱらってきたようだ。

 「あら、そうなの。すごいじゃない。玲子はたしかに筋がいいところはあったわね。ここだけの話、真奈美に比べれば、ずっと向いているなと思ってた。あの子は全然興味示さなかったものね」

 母までがだんだん乗ってきたような感じだ。お酒などめったに飲んだことのない彼女が、無意識にコップを差し出して二杯目を求めた。頬がすでに赤らんでいる。

 「ふふ……。この計画、意外と可能性あるかもよ」

 芋鍋がぐつぐつと煮立ってきた。油揚げが表面で盛り上がって、早く食べてちょうだいと言っているようだった。わたしは、母の小鉢に適量を取ってあげた。

 「ありがと。おいしいわねえ」

 わたしも、自分の小鉢に油揚げと里芋とキノコを取って、ふうふう吹きながら口に運んだ。

お料理のおいしさと、話の盛り上がりとのタイミングがよくあっている感じだった。

 しかし母はいつもの慎重さを示して言った。

 「そうねえ。でもせっかくの安定した職を振ってまでっていうのは不安だわねえ。景気もあまりよくないみたいだし」

 たしかにそうだ。私にその勇気があるかどうか、それはその時期が来なければわからない。

 でもそう言いながら、母は、じつは私に帰ってきてくれることを期待している。たしかに不景気が続いてはいるけれど、真面目な話、経営さえ回れば一石二鳥だ。余裕のある人たちを相手にすればいいのではないか。

 いずれにしても、いつかは老母の面倒を見なくてはならない身だ。

母はまだ十分元気だけれど、仕事の合間を見て、華道の修練に集中する。師範の免許を取り、最近の流行も勉強し、確信が持てたところで、「老親介護」を理由に退社。そして実家に帰って母と二人で教室を。

 武蔵野のあの家。公園から吹いてくる風がさわやかに通り過ぎ、梢をさらさらと鳴らし、鳥たちが可愛いさえずり声で遊び回る。春には桜が咲きはらはらと散り、秋には紅葉が青空を背景にあたりを鮮やかに彩る。そしてハナもいるし。

 華道教室って、あの環境にぴったりだし、わたしもそういう人生を求めていたのかもしれない……。

 けれど、その時、はっとわれに返った。

 わたし、恋活をしてるんじゃなかったっけ。

 岩倉さんと、それは始まったばかりだった。そして進んでいた。

 今週は2度、彼とのやり取りがあった。どちらもそんなに長いものではなかったけれど、すでにFureaiサイト内でのメッセージの送受信を中止して、メールに切り替えていた。

 とにかく会ってみないことには、いいお付き合いができるかどうかもわからないので、会ってもらえないかというのが彼の言い分だった。ダメとわかれば、その時はその時、とも。

 メールには、会う場所の指定と候補日まで書かれてあった。「よろしければ」という但し書き付きで。

 これはお互いのコミュニケーションがいい感じになってきているいまのステップから考えれば、もっともな言い分だった。でもわたしは、彼のその最後のメールにまだ返事を送っていない。

 鍋の中身も少なくなり、酔いも少しずつ醒めてきた。

 ちょっと盛り上がりすぎたかな、という反省の気持ちと同時に、わたしが退職して実家に帰るというアイデアを、冗談半分とはいえ、持ち出してきたのには、別の理由もあることに気づいた。

 それは、中田さんとの一件が、何となくくすぶっていたからだ。別に彼の態度が特によそよそしくなったわけでもなければ、何か陰湿な嫌がらせのような振る舞いに出たわけでもない。わたしの前では冷静なビジネスマンとしての姿勢を崩さなかった。いや、そう努力していたというのが正確かもしれない。

 わたしのほうも、平常心を保とうと努力していた。それで、表立っては何も問題はなかったのだが、仕事に傾けるわたし自身の熱意が、どうも少しだけ、殺がれてしまったような感じなのだ。

 理屈で考えれば、これは私の自分勝手というものだった。でも、そういう自分を正当化する気持ちはないけれど、仕事に対する倦怠感が長年続いてきていて、それを中田さんとの一件がもうひと押ししたような気がしてならないのだ。

 恋活をうまく続けるためには、そう簡単に退職しない方がいい――だろうな。結婚なんてすごく実現の確立が低い到達点だから、少しでもそれを目指すなら、安定した職を失わない方がいい。

 そうすると、お花の師匠の道を選んだ場合、母と二人で暮らすことになるわけだから、恋活はおあずけになる、かな。

 いや、そうでもないのかな。そういう条件で、新しく出発すればいいのか。でも師匠になるのに何年かかるかわからないし、お金も積まなきゃいけないだろうし。そっちに集中すれば、再婚の機会も遠のくかもしれない。そのうちもっと年を取ってしまう。

 しかも、いま現に、恋活をやっていて、具体的な相手が見え始めている。

 頭がこんがらがって、何が何だかわからなくなってしまった。

 わたしはこの複雑な屈託を母に悟られないようにしながら、ちょっと声を大きくしてマスターに言った。

 「ごちそうさま。とてもおいしかったわ。お愛想おねがいします」

 母も丁重にお礼を述べた。そして財布を取り出した。

 「お母さん、ここはわたしが」

 「何言ってるの。いいのよ。わたしが誘ったんじゃない」

 少し押し問答したが、結局母に甘えることにした。

 

 大通りに出ると、まだ車の流れや人通りが衰えていず、街は賑わいを見せていた。時計を見ると、7時ちょっと過ぎ。サラリーマンやOLたちの夜の楽しみはこれから始まるのだろう。

 今度はわたしが母の荷物を持つと言って聞かなかった。といっても、地下鉄の改札までのことだ。

 そのわずかな間に、母がわたしに寄り添うようにして、小声で話しかけてきた。

 「玲子、お店で話せばよかったんだけどさ、この前、再婚相手を探す気があるって言ってたわよね」

 「ああ、うん。あれいつだっけ」

 できればとぼけて済ませたい気分だった。

 「ちょうど一か月くらい前。その後どうなったか、やっぱり知りたくってね。ううん。言いたくなければ言わなくていいのよ」

 間をおいてから、答えた。

 「ちょっと進行中って言えばいいかしら。でもまだわからないわ」

 「そう。わかったわ。はっきりしたら教えてね」

 で、もう地下鉄の階段を降りるところまで来てしまった。

 「うん。教える。ごめんね、はっきりしなくて」

 母は微笑んで言った。

 「そういうことは、そうはっきりできるものじゃないわ」

 わたしの帰る方向は目の前に改札があるが、母の帰る方向は改札が反対側にあり、階段を昇ってぐるっと回らなくてはならない。母は、もうここでいいわよと、荷物を受け取ろうとしたが、わたしはそれでは気が済まず、いっしょに向こう側まで回ることにした。

 改札前で荷物を渡しながら、

 「重いから気をつけてね」

 「大丈夫。今日はつきあってくれてありがと。じゃあまたね。成功を祈るわ」

 「うふふ。どうもありがとう。じゃあね」

 成功を祈る――初めにわたしがエリに言い、次にエリからわたしが言われ、いままた母から同じ言葉を受け取った。

 気が若くて優しい、大好きなお母さん。

 さっき混乱した頭で考えたことを、もう一度整理しなくちゃならない。

 

 そして一夜明け、今日になった。

 頭は相変わらず整理できない。昨夜からぐずぐず考え続けているうち、時はたちまち過ぎて、午後になってしまった。

 たぶんこれは、頭で整理できる問題ではなく、大げさに言えば、人生の選択にあたって、きっぱりと決断する問題なんだ。とりあえず、目の前に迫っていることから決めていくしかないんだ。

 そう思って、とにかく岩倉さんに返信することにした。

 会うべきか、会わざるべきか。

 心のなかではもちろん答えは決まっている。でも何か決断する時には、いつも一抹の憂鬱感のようなものがわたしのなかで蠢く。

 それをねじ伏せてPCを開き、キーボードに指を置いた。

 

 《いつもお返事が遅くなり申し訳ありません。

 昨日、花瓶を買ってきました。少し自分の部屋に彩を添えようと思ってのことです。

 こんな小さなことが、自分を前向きにしてくれるような気がします。

 お会いする件、賛成いたします。

 場所も本宿三丁目のロートレックでけっこうです。

 わたしはできれば土曜日が都合がいいので、挙げてくださった日の中では、一番近いと ころで20日が最適でしょうか。

 でも21日の日曜日でもかまいません。時間は午後2時ごろでいかがでしょうか

 

 送信し終わったところで、携帯が鳴った。エリからだった。

 窓からは、秋の西日が差しこんでいる。もうずいぶん日が短くなったのだ。

 「今日、会えない? 無理?」

 レンチャンか、ちょっときついなと思ったけれど、何かありそうな雰囲気だ。これは受けないわけにいかない。

 「いいけど。どうかした?」

 「うん。ちょっとどうかしちゃったかな」

 声に元気がないというわけでもない。でもどことなくヤケ気味みたいな感じがある。

 「そう。じゃ、一杯やるか」

 「そうこなくちゃね。どこにしよ」

 「エリの家の近くまで行くよ」

 「悪いね。じゃ、6時に千野木の改札口で」

 「オーケー」

 6時に千野木ならまだ間がある。シャワーを浴びていこう。服は地味目に、濃紺のセーターに細かいチェックのロングスカート。夜になると少し寒くなりそうだから、薄いジャケットも羽織っていこう。口紅も控えめに。

 こんなふうに慎ましくするのが、たぶん落ち込んでるだろうエリに対するエチケットのような気がした。

 駅の近くのビールバーで、座席に向かい合って腰を下ろした。

 彼女も珍しくロングスカートなので、おや、やっぱり気持ちがシンクロしてしまうのかなと思った。でも違うのは、もともとショートの髪が前よりも短くカットされていたこと。わたしはここのところむしろ伸ばすつもりでいる。

 口火を切ったのはわたしのほうだった。少し気を紛らしてあげる方がいいかもしれない。例の中田課長との顛末を手短に話した。それ以降の社内での二人の微妙な雰囲気についても。

 エリの表情は快活だった。わたしの話をおもしろそうに聞き、そして笑い声を立てた。

 「そりゃ、おかしいね。でもその中田さんて、可哀相だね」

 「そうなんだけどね、わたしだってどうしていいかわかんないのよ。でもお互いじっと我慢してやり過ごしていれば、そのうちどうにかなるでしょう」

 「それって、<男の子>って感じね」

 そう、そういう感じ。ある思い出がよみがえった。

 高校一年のころ、わたしに思いを寄せてきた男の子がいた。そんなにイケメンでもなくブサイクでもなかった。成績も中くらい、何か部活には入っていたが、特にスポーツが得意というほうでもなかった。まじめな目立たない子で、席が私の斜め後ろ、授業中もわたしのことを意識しているのが、何となく背中で感じられた。

 下校時に男子と女子で連れだって帰る光景もよく見られるようになってきたころ。でもその子は、わたしを誘う勇気はなかったようだ。積極的に話しかけてくるのでもなく、何かちょっかいを出してくるというのでもない。

 わたしのほうも、別段その子のことが好きだったわけではないから、ほおっておいたが、気にはなっていた。

 ある時、その日の授業が終わって、みんなバタバタと教室を出て行った。わたしから遠い片隅のほうで、女の子が三人くらいおしゃべりをしていた。わたしは、やり残していた課題か何かを引き続いて処理してしまおうと思って、座ったままでいた。

 その男の子も他の子たちと一緒に立ち上がったのだが、わたしが立ち上がらないのをいぶかるように上半身をこちらに向けた。でもみんなに遅れるわけにいかないと思ったのか、急いで他の男の子たちの後を追った。

 女の子たちも出ていき、私ひとりが残った。

 しばらくして、その子が教室に戻ってきた。

 「あ、ちょっと忘れ物しちゃって」

 私はちょっと微笑んで、それに応えた。

 その子は、ぎこちない足取りでわたしの前を通って自分の席まで来ると、机の中を覗き込み、「あれ、ヘンだな、ここに入れといたはずなんだけど」と言った。

 わたしは、内心おかしくなってきた。くすりと小さく声に出したかもしれない。

 彼は立ち去りがてにぐずぐずしていたが、やがてためらいがちに、小さな声で言った。

 「まだ残ってるの」

 「うん。ちょっとこれ片付けちゃおうと思って」

 「そう……。あのさ……」

 「え?」

 わたしは向きなおって、まっすぐ彼の目を見た。

 「あ、何でもない。じゃね」

 そう言い捨てると、さっきとはえらく違ったいきおいで、足早に教室を出て行った。

 気の小さい男の子のヒソウな決意。そして挫折。

 なぜか私はこの時のことを切り取られた断片のようによく覚えていた。名前も忘れてしまったし、その後どうなったかも記憶していない。

 いまエリに指摘されて、そうだ、中田さんは、あの時の男の子とおんなじだと思った。乱暴だったり軽薄にふるまったりする人もたくさんいるけど、たいていの<男の子>って、確かにそういうところがあるんだよな。

 集団でいる時と、一人で女の子に向かう時と、すごく違う。いくつになっても、それは変わらないんだ。可愛いというか、なんというか……。

 

堤 佑介Ⅵの2

 

 昨日の休みに、例の『海風45』休刊騒ぎの下になった二つの論文を読んでみた。杉山未久のは、ネットで探し当てることができた。最終号は、かろうじて立野台の本屋に一冊だけ残っていた。

 この号では、「そんなに間違っているか『杉山未久』論文」という特集が組まれていて、六つの論文が掲載されていた。このうちサヨク系リベラル系からの猛反発を食らったのは、小沢宋二郎という人の「主観的な『生きづらさ』は政治では救えない」という論文だろう。

 ほかの五つには問題を感じなかった。

 外で食事を済ませて帰宅してから、昨日感じたことをきちんと整理しておこうと思い立った。

前のウイスキーは底を突いたので、新しくスコッチを買っておいた。いつものとおりオンザロックを作ってちびちびやりながらノートを取り始める。

 

 杉山論文には、大した違和感を覚えなかった。「LGBTには生産性がない」という部分だけが切り取られて、サヨク陣営から人権侵害だと大騒ぎされたようだが、子どもが作れないことを「生産性がない」と表現したまでである。

 杉山論文の要旨は、少子化の解決に貢献しない彼らに格別の政治的・法的な支援や税金の投入をする必要があるのかと問題提起しているだけだから、ごくまともだと思う。ただ、「税金の投入」というのが何を意味するのか、よくわからなかった。

 大学生のころ、サヨクのご本尊のマルクスをちょっとかじったが、彼の本では、たしか子どもを産むことを「再生産」と表現していた。だからこの言葉に目くじらを立てたサヨクは、天に唾したことになるのではないか。

 ただ、絶対平等主義や、篠原の言った「人権真理教」や、ポリコレが渦巻いているいまの世の空気の中では、誤解を受けやすい表現であることはたしかだ。

 また、彼女は、LGBとTとを分けていて、T(トランスジェンダー)は性的な指向というより、むしろ「障害」として位置づけられるので、そのつらさを救うための制度的支援(社会福祉)はありえてもよいという意味のことを述べている。これも妥当だと思った。

 さらに、日本はキリスト教やイスラム教の文化圏と違って、昔から同性愛に対して寛容だったとも述べていて、これも亜弥に話したことと同じだった。

 もう一つ、あの時考えたことと同じだと思ったのは、LGBT当事者にとってつらいのは社会的な差別よりも、親が理解してくれないことだと指摘している点だった。

 親が自分の子どもは普通に結婚して子どもを産んでくれると信じているのに、それができないことを知ったらすごくショックを感じるだろう。だからなかなか告白できずに悩み続けてしまう。

 これは、最近は当人が相談してくるよりも、親が知ってその悩みを訴えてくるケースが多いという、山名さんの人生相談の本にあったのと一致している。つまり、両方で悩みあっているわけだ。

 この切実さなら、私にもよくわかる。親としては、最終的には受け入れるしかないだろうが、しかし親の知性とか寛容さ、また都会に住んでいるか田舎に住んでいるかでも、その許容度はずいぶん違ってくるだろう。

 『海風』の最終号の中に、ゲイの松崎尚悟という人の論文があって、自分の愛する秋田県にはゲイバーが一つもなくてさみしいと書かれていたのが印象的だった。

 つまり杉山論文は、エロス問題を政治的・制度的に解決することの不可能さを示唆しているわけで、それがLGBTという性的マイノリティを政治課題として前面に押し出すサヨクに対する鋭い反論になっていた。

 そうして、このことは、別にLGBT問題でなくても、エロスの問題全般に当てはまることだ。私はブサイクなのでもてません、何とかしてくださいと政治家に縋る人はいない。

 だからこそ、サヨク人権主義者たちは、核心を突かれていきり立ったのだろう。

 いや、核心を突かれたという意識などなくて、ただ自分たちのイデオロギーに反する考えを頭から否定しようとしているだけなのかもしれない。否定しないと、同和問題と同じで、自分たちの反権力的な政治思想に利用できるネタがなくなってしまうからだろう。

 ただ、杉山論文には、荒っぽいところもある。

 たとえば、何でも多様性を認めて、結婚相手にだれを選んでもいいとなったら、近親婚も許されるし、ペットや機械と結婚させろなどという要求さえ出てくる。そうなると常識や社会秩序は崩壊してしまう。LGBTを取り上げる報道はそうした傾向を助長しかねないと述べているくだりだ。

 ペットや機械というところで笑ってしまった。実際にそういう要求をする人はいるかもしれないが、それはごく特異例で、あったとしても、そんな要求が認められるはずがない。

 法制度というのは、人間のさまざまな欲望をどこまで容認し、どこまで規制するかを決めるところに意義がある。

 そして、エロス欲望に関する限り、それはあくまで人間どうしの関係のあり方にかかわっている。自分はネコちゃんと夫婦ですと思うのは自由だけど、社会がそれを制度的に公認するかどうかとはまったく別問題だろう。

 近親婚の場合も、 現実に近親相姦がかなり頻繁にみられるという事実と、それを制度的に公認するかどうかとは、やはりまったく別の問題だろう。

 そして、これからも制度的公認の気配はまずありえないと言っていいんじゃないか。人間の社会的本能として、家族関係の相互認知のしくみが崩れると、社会秩序そのものが成り立たなくなることがわきまえられているからだ。

 それよりも私などにとって心配なのは、先進国では、少子化と晩婚化が今以上に進んで、家族自体が構成されなくなることだ。

 職業柄、そうなると流動性がなくなって困るということもあるが、多産系の移民がどっと入ってきて、彼らがこの国を人口の面で支配し、日本の統治も文化も滅んでしまうのではないかという懸念もある。

 杉山さんが、「何でも多様性がいい」「何でも自由がいい」というサヨクのイデオロギーを攻撃する気持ちの中には、「変えよう、壊そう」とする勢力に対する恐怖のような保守的感覚が読み取れる。それはそれなりに健全なものだと私も思う。

 でもそれなら、杉山さんの属する民自党の政府が、消費増税や移民受け入れ拡大や水道民営化のように、国民生活を壊すような政策方針ばかり取っていることにもっと自覚的であってほしい。真の敵は内部にいるんじゃないのかな。

 どうも政治家たちは、古典的な「みぎひだり」感覚の土俵で争っているだけのような、本当に争うべきことで争っていないような感じが残った。

 

 次に問題の小沢宋次郎の「主観的な『生きづらさ』は政治では救えない」を読んでみた。

 こちらは、タイトルはその通りだと思ったが、中身にはすごく違和感が残った。

 チェスタトン(この人を私は知らない)、マルクス、ゾラ、オスカー・ワイルド、アンドレ・ジイド、トーマス・マン、三島由紀夫、ウラジミール・ホロヴィッツ、カラヤン、レナード・バーンステイン、コープランド、ミトロプーロス(この人も知らない)、レーニンと、わずか6ページほどの誌面に何と12人もの「権威筋」を並べて、妙に居丈高にLGBT擁護陣営を頭から切り捨てている。

 まずその高踏インテリぶって得意になった文体が鼻についた。

 しかも「LGBTという概念について私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりもない」と偉そうに書いている。ところがその興奮した調子からは、気になって仕方がない様子が伝わってくる。知るつもりもないなら黙っていればよさそうなものを。

 要するに、この人は、LGBTなる新しいカテゴリー化そのものが、自分の「ノーマル」で伝統的な性意識の癇に障るので、ただ嫌いだと言っているにすぎない。

 それでは単純化しすぎだと言うなら、LGBT擁護勢力がサヨク人権主義者なので、自分の保守思想に合わないという「感覚」を述べ立てているにすぎない。

しかしそれだけでは、言論としての体裁が保てないので、いろいろと「偉い人」を持ち出したり、もっともらしいレトリックを使ってその感情を粉飾しているのではないか。

 最も変だと感じたのは、LGBTと痴漢を同じ性的嗜好(嗜癖?)のたぐいと見て、前者の権利が守られるべきなら、後者の触る権利も保証されるべきだと述べているくだりである。半分冗談のつもりだろうが、悪い冗談だ。

 まずいと自分でも気づいたか、すぐ続いて「触られる女のショックを思えというか。それならLGBT様が論壇の大通りを歩いている風景は私には死ぬほどショックだ、精神的苦痛の巨額の賠償金を払ってから口を利いてくれと言っておく」と大げさなことを吹いて、悪い冗談の上塗りをしている。

 この言い分を本気で受け取るなら、彼はLGBT擁護勢力を殺したいほど気にしていることになる。それなら「知るつもりもない」というのは、言論人として失格じゃないのか。

 この人は、根本的な勘違いをしている。ゲイやレズやトランスジェンダーは、選び取った性的な嗜癖ではないし、もちろん犯罪者でもない。逃れられずにそうあってしまう、普通とは違った性的「指向」の持ち主なのだ。

 痴漢はそうではない。もちろん万引きと同じで、やっているうちに癖になり、逃れられなくなった自分の嗜癖に悩むこともあるだろう。 しかしそれは、もとはといえば、男性の普通の性的欲望が高じて理性を上回ってしまったもので、窃視癖や風俗通いに病みつきになるのやレイプ犯になってしまうのと同じである。

 でも痴漢行為は、少なくともその発端では、明らかに自覚的、意志的に選んだものだ。彼はいつも違法と知ってそれをやっている。しかも女性に大きな迷惑をかけている。

 他方、LGBTは、それ自体としては、なんら違法行為ではない。

 また小沢さんは、いわゆる「カミングアウト」について、「性行為を見せないのが法律の有無以前の社会常識、社会的合意であるように、性的嗜好についてあからさまに語るのは、端的に言って人迷惑である」と述べている。

 これも単なる反感にもとづいた事態の歪曲である。

 カミングアウトとは、周囲の差別や偏見の視線の重圧から自由になりたいと思って、勇気を出して表明することである。それも当事者の性格や時代の情勢、だれにどの範囲で告白するのかなど、状況によるので、踏み切ることがいいことか悪いことかは一概に言えない。

 それに対して、性行為を見せるなどというのは、ビジネスか露出狂ででもなければ、だれもしようとはしないし、する必然性もない。しかもこれは行動であって、カミングアウトのように言葉で表すこととは根本的に違う。

  性的「指向」と性的「嗜好(嗜癖)」。発音が同じだからといって、両者を混同してはいけない。それは、ゲイやペドフィリア(小児愛)の中にも痴漢やレイプや誘拐を犯す者があることによってもわかるだろう。

 さらに言うと、杉山論文が、LGBとTとを分けたことに対して、小沢論文は異を唱えている。

そのくだりで、トランスジェンダーを曖昧な概念としたうえで、「性意識と肉体の乖離という心理的事実が実在するからと言って安直に社会が性の概念を曖昧にすれば、必ず被害者を激増させる」と何の証拠もないことを吹いている。

 被害者の激増? いったい誰がどんな被害を受けるというのか。

 だいいち、この文は論理的に筋が通っていない。仮にトランスジェンダーという概念があいまいだとしても、それは「性の概念を曖昧にする」ことをまったく意味しない。

 むしろ逆である。性的な体と心の不一致に悩む少数者が存在する事実を見出すことは、かえって人間にとって性の区別が重大なテーマであることをあぶりだすのだ。

 LGBTを被差別者として高らかに言挙げする政治勢力に対抗しようと思うなら、少なくともこれだけのことを踏まえた上でそうするのでなくてはならない。「知るつもりもない」では済まされないのである。

 もっとも小沢論文にも賛成できるところはある。次のような部分。

 《結婚の仕組みは、暴力と隠匿に付き纏われる性という暗い欲望を、逆に社会の最も明るい祝福の灯のもとに照らし出し、秩序化による安定と幸福の基盤となす、人類の生み出した最も偉大な逆説的叡智である。「結婚」は、性の対象どうしが、「夫婦」という単位の諸々の「権利」を受ける現代国家の人権保障システムでは、根本的にないのである。「人権」ではなく、伝統社会が共通して編み出した「叡智」である。

 《困難を真に感じている主体はどこまで行っても集団ではなく個体だからだ。となれば、こうして「困難」をリスト化して社会に同調を強要し、法整備を求める思想は、最後は「わたし」が直面する困難からの保護を、全構成員が行政や法に求めることに、理論上繋がる。狂気である。

 初めの方は、結婚制度の意義をなかなか見事に言い当てている。ただそれが、LGBTの権利云々ではなく、普通の男女の間で揺らいできている状況をどうしたらよいかという問題がどうしても残るけれど。

 またあとのほうは、LGBT差別撤廃法などの成立を目指すサヨク勢力に対する痛烈な批判になっている。「狂気」は言い過ぎだと思うが、ともかく、私が前に考えたように、反権力イデオロギーの延命のために、その材料を無理にでも探し出そうとする彼らの悪癖が暴露されていると言ってよい。

亜弥も賛成してくれたように、また杉山論文でも触れられているように、生きづらさは誰もが抱え、しかも人によって千差万別で、政治で解決できる部分はごく限られている。

 「自由」などと理想を掲げてみても、実際にはこの世は困難と制約だらけだ。そのただ中をかいくぐることによってしか、自由は実感できない。そしてそれはこれからも変わらないだろう。

 

 ずいぶん批評家気取りのことを長々と書いてしまった。肩が凝った。オンザロックの二杯目。

 マッターホルンによく似たぶっかき氷の大きいやつを入れて、スコッチをゆっくり注ぐと、透明な氷上を琥珀色の液体が滑り落ちてゆく。少しばかり自分自身の頭が冷やされていくようだった。

 もう夜更けに近いが、昨日たまたまネット記事で、東都医科大学の入学試験点数操作問題に触れて、考えさせることが書かれてあったのを見つけた。この際もうひと頑張りして、それについても頭を整理しておこうと思う。杉山、小沢両論文のテーマに関係なくもない。

 

 東都医科大学では、7月に、文部官僚の息子を不正入学させたことや、女性の合格を抑制するための点数操作を行っていたことが発覚して大問題となり、10月1日付で初めての女性学長が誕生した。

 これは、学長職に女性を据えておけば、「女性差別などしていません」というアピールになり、評判を回復できるだろうという意図があることがすぐ推定できる。それ自体に欺瞞のにおいが漂う。記事にも同じようなことが書かれていた。

 ところが記事によれば、この女性学長は2014年にマタハラをはたらいたとして民事裁判で訴えられているそうだ。昨日発売の『週刊海風』が暴いたという。

 事実とすれば、そういう人を学長に据えるのは拙いやり方だ。彼女の周辺で知られていなかったはずはないから、それを隠しても「ともかく女性学長を」という声が勝ったのだろう。欺瞞の上塗りということになる。

 ところで、点数操作が発覚した時にも感じたのだが、これを女性差別として無条件に告発する空気に私は違和感を持った。なぜそうせざるを得ないかという背景が、医師の世界にはあるに違いないのに、そのことが語られていなかったからだ。

 篠原が言っていたように、試験の成績という点では、女子のほうが優秀である。だから点数だけで合否を決めると、医療界は女性医が多数を占めることになってしまう。

 ところが医師は責任が重く、気の抜けない重労働だ。必ずしも「入学試験」の成績優秀者が、この任に適しているわけではない。

 一方で女性は、妊娠出産というもう一つの重労働を抱え、また子どもが小さいうちは、できれば育児に専念したいという気持ちを抱いている人がほとんどだ。そうすると、医師の世界では、大事な時に一時離脱せざるを得なくなる。

 記事では、そのことを裏付けるような数字が掲げられていた。

 男女の医師を対象に行ったある調査によると、東都医大が女性受験者を一律減点したことについて、「理解できる」「ある程度は理解できる」の合計が65%に達したという。

 また別の調査では、「医療現場で男性と女性の医師とで業務内容などに差があるか」という質問をしたところ、73.2%が「ある」と答えたという。

 しかし、この記事を書いているライターは、こうした事実を踏まえながら、「それは、『差別ではなく、事実として女性は厄介な存在だ』と正当化したくなるほど、そもそも医療現場の労働者に重い負担がかかっているということを意味する」と書いて、最後は、「医療現場を性別にかかわらず風通しよく働ける職場環境にしていく」ために「社会全体の意識改革が求められる」とあいまいに結論づけている。

 この記事は、医療現場での男女の戦力の質の違いが問題なのに、労働環境一般のあり方の問題に逃げている。

 そして、「性別にかかわらず」「社会全体の意識改革」という言い方の中に、男女絶対平等イデオロギーへの媚が感じられる。

 このライターを批判しても仕方ないだろうが、ここでも、性差がもつ深い意味に切り込むことを避けているのだ。

 「意識改革」とは、明らかに男女がすべて平等に働ける環境を理想の方向としているということだろう。思わずそのように書いてしまうのは、いかにほとんどの人が「差別」と非難されることを恐れて、男女の区別について語ることをタブー視しているかを示している。

 医療現場での業務内容が男女で異なるのは当然のことであり、一律減点に理解を示す医師が多いのも、男女の区別を考慮すれば十分納得できることである。ライターは、それを修正すべき事態だと無意識に考えている。

 医療現場という、時間制限のない厳しい戦場で、時には夜を徹して手術などに臨まなくてはならない業務に、女性を男性と平等に従事させなくてはならないとしたら、それは女性にとってあまりにも可哀相だ。

 たとえば、ゼロ歳児や1歳児を抱えた女医さんが、わが子の側にいてあげたいと思いながら、乳の張る自分を抑えて、無理に頑張る。こんなのはどう考えてもおかしい。

 仕事に就くことをあくまでよしとするような平等主義イデオロギーは、女性にとってかえって残酷なのである。

 これは何も医療現場に限ったことではない。きつい労働現場に男性並みに女性を駆り立てることをよしとするような思想が、どこか間違っているのだ。

 とはいえ、もちろん、女性が家庭に引きこもるのもあまりいいことではないと私は思う。

無理がかからない程度に働くのは、それだけ家計を潤すことになる。また未婚時代に仕事を持つことは、本人の自立と成熟を促すし、子育て期を卒業したら、いろいろなかたちで社会との接触を回復する方が、充実した人生を送れるだろう。

 共働きが当たり前の世の中になっているが、それは、大部分がそうしなければ食っていけないからで、何も平等原理を貫くべきだからではないし、みんなが働きたがっているからでもない。

 大部分の人は、安月給でつらい思いをしているのだ。豊かささえあれば、だれでも、なるべく時間的なゆとりを持った生活を送りたいに決まっている。

 政府は、「すべての女性が輝く社会」などという空虚なスローガンを打ち上げているが、 レジ打ちや介護士や看護師や小学校教師のきつい労働に従事して、くたくたに疲れて、女性は輝くのか。アホらしい。

 もともとあれは、財界が、低賃金でも文句を言わない女性労働者を、労働市場に駆り立てるための騙しのテクニックだったのだろう。

 そうすると、結局は、まず経済が繁栄しなくては話にならないという結論に落ち着く。それを阻んでいるのは何なのだろう。日本のデフレ不況の原因は?

 篠原が言うには、財務省の緊縮路線が諸悪の根源ということだった。しかしなぜ財務省は、このままだと国の借金で日本の財政は破綻するとばかり言うんだろう。

 金融緩和は続けてきたし、金利は最低だし、アガノミクスでは、たしか積極的な財政出動を謳っていたはずだし……。

 

 ここまで書いてきて、力が尽きた。経済問題になるとどうも弱い。今度篠原に会った時、聞いてみることにしよう。

 時計を見ると12時を回っていた。明日は金曜。忙しくなりそうだ。氷が解けてほとんど水みたいに薄くなってしまったオンザロックを飲み干して、寝室に向かった。

 また今朝みたいなほんわかした夢が見れるといいのだが。

 そう、それより現実にいい女性に巡り合えることでも想像しながら寝ることにしようか。

 

堤 佑介Ⅵの1

 

                                   2018年10月4日(木)

 

 私はよく夢を見るたちである。

 たいてい、いろんな手を使って目的地にたどり着こうとするのだが、いくつも電車を乗り継いでいくうち、ヘンなところに来てしまったり、知らない路地に迷い込んで途方に暮れてしまったりといった悪夢が多い。

 試験の夢もよく見る。他の受験生がどんどん答案を書いているのに、私だけ白紙状態である。すごく焦っている。でもそのうち、あ、そういえば自分はもう社会人なのだから、こんな大学なんて受けなくたっていいんだという自己慰安の気持ちがやってきて目が覚める。

 塾をやっていた時代の夢もある。生徒が私の講義を聞かずにめちゃくちゃに騒ぎ立てる。いっこうに収まらないので、堪忍袋の緒が切れて、怒鳴りつけたところで目が覚める。

 実際にはこんなことはほとんどなかったのだが。

 しかし今朝見た夢は、このたぐいの悪夢とはちょっと違っていた。

 何人かの仲の良い友人たちと語らっていた。そのなかに若い女性が混じっているのだが、そのうちその女性が裸になっていることに気づいた。

 私を慕っているふうに思えたので、ごく自然な気持ちで近づいて、うしろからそっと抱きしめた。女性も私のされるがままになっていた。

 ほどよい大きさの乳房を揉むと、ふわふわとしてとても柔らかい。まるで空気を揉んでいるようだなと思っていると、そうだ、これはただ空気を揉んでいるだけなのだという確信がやってきて、そこで目が覚めた。

 はかなさを地で行くような夢だったが、悪い感じはしなかった。股間が固くなっていた。久しぶりのことだ。

 何かいいことがある前兆かな。そう無理にでも思うことにして、いつものように軽い朝食を急いで済ませ、出勤の支度をした。

 

 だが仕事の上では、あまりいいことはなかった。

 8室の部屋をもつ木造アパートのオーナーが相談に来て、空室が多くなって困っている、何とかならないかというのだ。70半ばくらいの男性で、西山と名乗った。

 2階建てで、居室は10畳ほどのLDKに6畳という造りで、若いカップル向きと言えるだろう。

聞けば、初めのうちは1室、2室が空くだけで、じきにそれも埋まったのだが、5年ほど前から空室が増え、なかなか埋まらなくなった。いまは6室が空いたままもう2年も経っているという。1階が3室、2階も3室。

 築18年というから、日本がデフレに突っ込んで少し経ってからということになる。まさにデフレが続いている現状のあおりをもろに食らった結果と言えるだろう。

 けやきが丘の駅から徒歩圏に立地しているのだから、そんなにニーズがないとも思えない。外観と内部の写真を見せてもらったが、内部はなかなかしゃれたイメージで、さほど古びてはいないし、設備のメンテナンスもそれなりに行なってきたという。

 そういえば、このアパートは外観に見覚えがあった。シャッターが軒並み閉まっていた。ああ、あそこだな、と思った。

 家賃、固定資産税、経営管理の方法などについて情報を提供してもらった。

 家賃は、初めはけっこう高く取っていて、それでも客がついたのに、空室が増え始めてからこれまで何度か少しずつ下げてきた。現在1階が9万円、2階が9万2千円。この地区が他に比べて高いのは当然だから、いまの相場からしてリーズナブルに思われた。

 「営々と会社勤めしてきたんやけど、ええ、営業畑です。ほんで50半ば過ぎたころからもう会社人生やんなってしもてね。ほれ、依願退職てありますやろ。小さな会社やったけど、一応役員待遇ってことで、退職金はそこそこ出ました。ほんで老後に備えよう思うて貯金と退職金はたいて始めたんですわ。ええ、借金も少ししました。最初は順調やったけど、ここへきてこんなんなってしもて、何のための老後の備えかわからへん。女房にゃせっつかれるし、どないしょ思うて、ご相談に伺いました」

 「これまで、管理のほうはご自分で?」

 「いやあ、とても素人じゃ手ぇまわりませんわ。委託しよりましたけど、先月、これからの処置考えなおす言うて、解約しました。ほんで、こちらさんではコンサルもやっとる言うんで、相談に伺ったわけです。こちらさんはアパートの管理も手掛けとりまっか」

 「はい、やっております」

 本音を言えば、これは厄介な物件の部類に入る。仲介だけでも忙しいので、安請け合いしない方がいいのだが、「やってない」と答えるわけにはいかない。

 「ご自宅は持ち家でいらっしゃいますか」

 「はあ、柏台です。会社辞めてから、子どもも独立したよってに、女房と二人だけじゃ家広いし、大阪ぁ景気悪いし、アパート経営なら東京のがええやろ勧めてくれる友達がおってな、息子も東京の会社勤めてますし、思い切って家売ってこっち来ました。んでも東京は物価高うおますな。あれこれ探してようやくここぉ落ち着きました。ほんま東京は物価高うおますな。え、いまの家は中古です。あれもう30年以上経っとるとちゃうかな。それにしてもこんななってしもたら、何のためにこっち出てきたかわからへん。まあ、ほんでも息子に時々会えるちゅうのはせめても御の字や思うとりますがな」

 よくしゃべる爺さんだ。そこに恨めしい気持ちが相当込められているように思えた。

 彼が住んでいるという柏台は、ここからは同じ沿線の2つ東京寄りだが、急行は止まらない。小さな町で、不動産価値はけやきが丘よりはかなり落ちる。きっと資金繰りで苦労してこういうことになったのだろう。

 「ローンはまだ残ってるんですか」

 「こちらはおかげさんで、家もアパートも終わっとります。最初は調子よかったもんで、何とか回収できました」

 「奥様は、お仕事はしてらっしゃらない?」

 「はあ、前にパート出たことありますが、いまはやめてます」

 奥さんがいくつだか知らないが、これから奥さんに働いてもらうのはちょっと無理かな、と思った。

 この人のこれからの人生について親身になって相談に乗るには、子どもたちはどうしているのかとか、貯金や年金はどれくらいかとか、いろいろと聞いておいた方がいいのだが、あまり立ち入るのは自分の職分からしてよくない。

 私に与えられた役割は、この物件をどうすれば活かせるかに答えることだ。

 しばらく考えた。

 うーん、情勢が情勢だけに、適切なアドバイスをいまここでするのは困難だ。西山さんがじりじりしているのがわかった。

 「そうですねえ。率直に申し上げて、いま景気回復の見込みがなかなか見えてこないんで、西山さんの場合、以前と同じような状態まで復活させるのは、かなり難しいんじゃないかと思います」

 「そうでっか」

 西山さんは肩を落とした。

 「それと立地なんですが、周りがけっこう高級住宅街ですよね。富裕な層が多い地区ですから、かえって低所得の人たちが集まりにくいってことも、この業界では言えるんですね。

いまデフレで、すごくせちがらい世の中になってますから、切り詰められるところはできるだけ切り詰めようって心理がすごくはたらいてます。ネットの発達のおかげで、みんな情報通になってて、安い地区、安い地区を狙おうとするんですよ」

 「なるほどね。ほんなら、家賃もっと下げたらどうですねん。礼金はもう前から取っとらんですけど、敷金もいらんちゅうことにして」

 「それは一つの有力な手だと思います。そういうところ、けっこう増えてますからね。思い切って家賃下げて、けやきが丘駅から徒歩8分とか宣伝すれば、人気エリアでこんなに安いのかってことで目を引くかもしれませんね」

 今度は西山さんのほうが、腕組みして考え始めた。

 頃合いを見て私のほうから言った。

「もしご決断なさったら、私どものほうにもう一度ご相談くださってもけっこうですよ。価格によりますが、折り合いがつけばウチと専属選任媒介契約を結んでいただいて、広く広告を打つことはできます。ただし、お客さんが増えるかどうか、それは残念ながら保証しかねますけれど」

 西山さんは、黙ったままだった。その間が長いので、今度は私のほうがちょっとじりじりしてきた。言った方がいいかどうか迷ったが、思い切って切り出した。

 「もう一つの選択肢としては、ちょっと申し上げにくいんですが、この際、いっそお売りになるというのはいかがですか。まとまったお金を確実に手にして、これからの人生に備えるというのも一つの考え方ですよね」

 「それは考えとったんですわ。しかし高くは売れんでしょ?」

 「買値からはかなり下げざるを得ないと思いますが、土地がありますから。10年近く前に駅が新しくなりましたよね。あれからけっこう値上がりしたんですよ。その点ではこの地域だってことが有利にはたらきますよね。」

 私は、内心そのほうがいいと思っていた。

 築18年では、上物の価値は20%以下に下がる。業界の査定では、ほとんどゼロである。しかし土地のほうは、あの駅舎新築以来一気に人気が出て、18年前に比べれば、ずいぶん値上がりしている。

 この先アパート経営のあがりで生活を支えていこうとしても、いつも埋まるとは限らないから、その不安を絶えず抱えなくてはならない。しかも高齢になれば、自分で管理業務までやるのはたいへんになる。まあそれはこちらに任せてもらえば済む話だが、それだけ手数料を引かれることになるわけだ。それに、築18年というと、これから急にいろいろなところが痛んできて、修繕代も覚悟しなくてはならない。

 また、こちらの立場から言えば、この前の会議で出ていた「下町コンセプト」の対象に当てはまる。ウチで買い叩いて、というと言葉は悪いが、なるべく安く買い上げて少しリフォームすれば、こちらの管理物件として好きなように処理できる。

 「下町」とは言えない立地だが、ちょっと歩けば大きな公園や店舗やクリニックがたくさんある。安い家賃で高齢者向き住宅として宣伝するのだ。

 「あんたはんは、どっちがいいと思いますねん」

 端的に問われたが、顧客の今後の人生を決定するようなことまでは言えない。後で恨まれないとも限らないし。

 「難しいところですね。私どもでできることは、この物件に関してなるべく確かな情報を提供して、こちらの方が有利だろうというお勧めを示すことです。でも最終的なご判断は、西山さんご自身でなさっていただく方がいいと思いますよ。これからの人生がかかっているわけですから」

 西山さんはちょっとむっとしたような表情を浮かべた。

 「だから、そのお勧めでいいですから、言うてみておくんなはれ」

 「申し訳ありません。今日の段階では、まだどちらとも申し上げかねます。もしアパートの経営を続けるとした場合、西山さんのほうで家賃、敷金などをどうするかお決めいただいて、私どものほうにもう一度ご連絡いただけますか。そうすると今後の予想も立てやすくなりますね。また、もしお売りになる場合には、よろしければ私どものほうで直接現地にお伺いして、金額の査定をさせていただきます。そのうえで、両方を突き合わせて、またご相談するということでいかがでしょうか」

 西山さんは面倒くさそうに顔をゆがめた。専門家の判断を仰ぎに来たのに、スパッと言ってくれないのが不満のようだ。気持ちはわかるが、そう簡単にはいかない。

 「そうでっか。んじゃ、家賃やなんかはまた女房とも相談して考えてみますわ。連絡は電話でもよろし?」

 「けっこうですよ。水曜はお休みですが、そのほかは10時から6時まで営業しております。私の携帯にお電話くださってもかまいません。あ、先ほど差し上げた名刺に書いてありますので」

 「ふむ。んじゃ、また」

 そっけなく帰ろうとするので、もう一言。

 「すみません。もしお売りになる方向で考えられた場合には、お手伝いさせていただきます。その節にはご足労ですが、こちらにもう一度お越しいただけますか。申し訳ありません、すぐにお答えできなくて。今日はどうもありがとうございました」

 西山さんは無言で、わかった、わかったというように手を振って出て行った。八木沢と川越が立ち上がって「どうもありがとうございました」と唱和した。

 この爺さん、なんだかいまの日本の暗い気分を象徴している――そんなふうに感じたのは、私の思い過ごしか。大阪の景気の悪さもしゃべっていたので、大阪の沈滞というあらぬ連想にまで及んでしまった。

 こういう傾向は、今後も続くのだろうか。だとすると、不動産業界もうかうかしていられない。

 

 午後、少しいまの国民の生活状態について、統計資料に当たってみた。

 厚労省が出している平成29年版の少子化社会対策白書によると、1997年には日本人の給与所得者の年収が一番多く集まってる階層、つまり最頻値が、500万から699万だったのに対し、2012年には、300万から499万に下がってしまった。15年で最頻値が200万も落ちたことになる。

 また、国税庁の民間給与実態統計調査によると、年収200万円以下のワーキングプアの人数が、2013年以降ずっと1100万人を超えていて、これは1996年の1.4倍に相当する。

さらに厚労省の福祉行政報告例によると、生活保護世帯総数は1993年から2015年までで、2.7倍に増えている。

 

 

 

 さらに別の情報にリンクしてみた。まず実質賃金がどれくらい低下しているか。

 

 

 このグラフは、大企業が内部留保をため込んでいるのと対照的に、この20年間で実質賃金(平均年収)がどんどん下がっていることを示している。つまりデフレのために大企業は投資に手を出さず、労働分配率も下げているので、勤労所得は減るばかり。これでは貧困層が増えるのも当然だ。

 またワーキングプアの多くは、ひとり親世帯、それも多くは母子家庭だろう。それで、ひとり親世帯の子どもの貧困率も気になった。

 

 

 こんなひどい状態なのに、政府は「景気は緩やかな回復基調にある」などとデタラメを吹き回って、しかも消費税を増税しようとしている。いったい、この国の政治はどうなっているのか。義憤が吹き上げてくるのを抑えることができなかった。

 このエリアでアパートを借りていた人が引っ越した後、補填が効かなくなったということは、単に供給過剰だけが原因なのではなくて、年収のモードが大きく下がってしまったことや、ワーキングプア層、生活保護世帯が増えていることと符合しているに違いない。

 他よりも家賃が高い賃貸住宅など、借りられないのだ。家賃を払ったら家計収入がほとんど残らず、生活できない人がどんどん増えている。その人たちはもっと劣悪な居住環境へと落ちて行ったのだろう。

 この地区で仕事をしていると、そうした劣悪な住環境で暮らしている人たちの生活ぶりについ想像力が及ばなくなる。でも実態は相当悲惨なものなのだろう。

 その事実を、あの西山の爺さんは間接的に教えてくれた。また同時に、西山の爺さんの今後も思いやられるのだった。

 

 夕方近くになって、西山の爺さんから電話がかかってきた。当分売るのは止めにして、敷金ゼロ、家賃を9.2万円から8.4万円に、9万円を8.2万円に思い切って下げる。これで広告を打ってくれないかというのだった。

 ちょっと鼻白む思いだったが、価格の決断自体は悪くない。これなら客をつかめるかもしれない。わかりました、詳細を決めるために後日所員をお宅に伺わせますと答えて、日程の約束を取り付けた。

 とはいえ、6室すべてを埋めるのは難しい。あと1年以内に仮に半分埋まったとして、5室だから売上約40万。

 固定資産税や管理業務の手数料、これからかかってくる修繕費に要する費用などを考えると、実収入はかなり減額されることを覚悟しなければならない。

 それに若いカップルは、結婚しているとは限らないので、じきに別れちゃったりして、流動が激しい。結婚していればいるで、子どもが少し大きくなるともっと広いところに引っ越してしまうかもしれない。あの間取りは、そういう中途半端さも抱えているのだ。

 また、最近の借主は強気になっていて、何かとクレームをつけてくることが多い。借主どうしのトラブルも起きるし、家賃の踏み倒しも多くなっている。複数の借主を抱えたオーナーが、こうした問題による心労に耐えられるかどうか。

 まして西山さんは高齢者だから、それがますます心配である。結局、こちらに尻を持ち込むことになるだろう。

 営業成績を少しでもアップさせるために管理業務委託を引き受けるか、人手不足を理由に他を紹介するか、悩ましいところだ。

 でもたしか今年の5月ごろ、「ジョブトーン」というテレビ番組で家賃Gメンの活躍を取り上げていた。いざとなったらそういうところに託す手もある。しかしそれだってオーナーの経済的負担が増えるわけだ。

 とにかくアパート経営は、最近は不安定で、ひところのようにあまり手を出す人がいなくなっているのが現実だ。このままデフレが続くとすると、高齢者はむしろ現金を持っている方が生活費が安くなって安心なのだが。

 でもまあ、ご本人が決めたのだから、どうこういう筋合いではない。おそらく、一度手にした資産と事業経験の感覚が染みついていて、手放す気になれないのだろう。持ち家に対する執着が強い世代だから、それはそれでわからないわけではなかった。

 しかし世の中は急速に変わりつつある。古い規範やモデルは崩れていく。居住スタイル、恋愛、結婚、家族、高齢者、そしてマイノリティ問題……。

何となく暗い気分にさせる一日だった。

 

半澤玲子Ⅵ

                                      2018年10月4日(木)

 

 やっと秋らしい空気になった。

 台風25号は沖縄、九州に大雨を降らせているようだが、どうやらこちらには近づかず、東シナ海から日本海へ迂回していくようだ。

 こちらは雲がかかっているけれど、今日一日雨にはならないらしい。

 ポインセチアとポトスに軽く水をやってからマンションを出た。駅までの道を歩いていくと、微風が頬を撫でる。通学の小学生たちが五、六人、縦一列に歩いている。平凡な朝の風景に心が和む。

 社に着いてから聞くと、キーピィ騒動は、どうやら事なきを得たようだ。役員クラスがじきじきにクレーマー宅を回って説明と謝罪にこれ努めたらしい。

 だけど考えてみると、マスコミが取り上げるのはごく一部だろうから、こういうトラブルは実際にはごまんとあるに違いない。そしてこれからも増えるだろう。

 さて、デスクに就いた。

 昨日遅くに届いた報告書群に目を通す。

 ふとある取引先の書類に不備を感じたので、直接担当者に会って確認した方がいいと思った。取引先まで30分もかからない。先方にアポを取ってから、本宿の近くにあるビルまで出かけた。久しぶりの外出だった。

 駅構内を通る時、フェルメール展の広告が目に入った。「牛乳を注ぐ女」の大きな画像だった。ちょうど今日が開催日。

 フェルメールは大好きな画家のひとりだ。あ、すぐにでも行きたいな、と思った。でも考えてみると、初めのうちはすごい混雑だろう。ほとぼりが冷めてからにしよう。

 一瞬、エリと一緒に、と思ったが、そうだ、彼女はあの彼氏と行くことをもう考えているに違いない。ここは誘うのを遠慮すべきだ。そう気づくと、ふっとさみしさに襲われた。

 でも考えてみれば、わたしだって、一緒に行ける相手がもうすぐできるかもしれない。テッチャンさん……。

 

 先方との確認作業は、わりにあっさりと片付いた。担当者がいい人でよかった。

 帰りの電車の中で、スマホのFureaiアプリを覗いてみる。

 あれから、いくつかマッチングが入った。でもそれらにはもう取り合わなかった。一応はみんな見たけれど、気持ちがそれほど動かなかった。あまり惹きつけられる人がいなかったし、最初の新鮮さが失われたせいもあるかもしれない。あれこれ目移りするのもよくない。

 トニーくんからもすぐに返事が来た。こちらのやんわりとした距離の取り方にあまり気づいていないらしく、『広い世界の端っこで』に反応してくれたことをひたすら喜んでいた。わたしのコメントに感心もしてくれた。尊敬するという言葉もあった。

 でも、この人は、ああいう作品が秘めている生活情緒的トーンに心から感銘を受けているのかしら、とわたしは疑った。やっぱり『剛郭機動隊』のほうがホントは好きなんじゃないのかな。わたしの心をつかむために無理をしているような気がする。

 そう思うと、もう返信する気持ちが萎えてしまった。それで、「プロフィールにはああ書いたけれども、やはり年齢差が気になるので、申し訳ないけれど、やり取りを打ち切らせていただきます」と書いて、切ってしまった。

 テッチャンさんからも来ていた。5日前の28日だ。

 

 《お返事、ありがとうございます。

 本名を岩倉 哲と申します。

 大原流ですか。華道は詳しくありませんが、たしか水盤を使って低く活けたのをもとに、その上にすっと立ち姿をあしらったりするんですよね。間違っていたらごめんなさい。

 全体のバランスを重んじているようで、他の流派ほど派手ではないけれど、それがかえって好きです。

 ワレモコウさんというちょっと変わったニックネームも、そこから選ばれたのでしょうか。私は山歩きするときに、時折、群生しているのに出会うことがありますが、一、二本取ってきて活けた方が、すっくとしている風情があっていいですね。

 お人柄が偲ばれるような気がいたします。

 またよろしくお願いいたします。

 

 やはり他の人とはちょっと違う。ヘンにお世辞を言ったり、蘊蓄を傾けたりせずに抑制しているところがいい。

 この人だったら会ってみてもいいと思った。今夜、お返事を書くことにする。

 

 午後になって、いつものように計算に追われていると、中田課長がわたしの傍らに近づいてきて、小声で言った。

 「今日、よかったら、仕事が終わってから、一杯いかがですか」

 やっぱりきたか。

 予定があるから、と断ってもよかった。しかし必ずまた誘ってくるに違いない。二度、三度と断ると、パワハラを覚悟しなくてはならないかもしれない。ここは受けるのが無難だ。

 わたしもできるだけ小さな声で答える。

 「わかりました。周りがうるさいから、待ち合わせ場所を決めていただけますか」

 「この間の喫茶店で待っててくれる? 僕のほうは6時くらいには行けると思うから」

 会社に近いので、それもあまりいい方法とは思えなかったが、長話は無用。黙ってうなずいた。

 中田さんがデスクに戻る後姿は、ステップが妙に軽く見えた。わたしはもともとちょっとかすれ声なので、小声がよけい秘密めいて聞こえたかもしれなかった。

 

 窓際に席を取ってからしばらくして、中田さんがいそいそとやってきた。6時よりはだいぶ早い。急いで処理したのだろうと思うと、少しおかしくなった。

 さいわい、同じ社の人はいないようだ。

 「待たせてごめんなさい」

 やはりいつもの仕事モードとは調子が違って、優しい声になっている。

 「いえ。私もさっき来たばかりです。お先にいただいてます」

 「カフェオレか。僕はブレンドにしよう。……すみません、コーヒー!」

 ウェイトレスが来る前に、ぶっきらぼうに注文した。その大きな声が、わたしにかけたのとはずいぶん違っていた。この前は、この落差には気づかなかったけれど。

 ウェイトレスは「かしこまりました」と無表情に受けた。

 「キーピィ問題、何とか大事にならないでよかったね」

 「ほんとにそうですね」

 「ああいう処理の仕方には、不満が残るけどね。僕だったらああはしないな。まず隠蔽しないで、どういうふうに告知するかを考える。それから……」

 この前わたしに褒められた余韻を引きずっているようだ。正論だと思ったけれど、その先はわたしのほうであまり聞く気がなかった。いつの間にか、これから行く店の話に移っていた。

 「何度か行ったことがある居酒屋というか、もともとそば屋なんだけどね。そばは好き?」

 「ええ、好きです」

 「よかった。6時半に予約入れといたんですよ。静かなところだから、ゆっくり話ができると思うんだ」

 ゆっくり話ができる。何を話すのか。中田さん、キーピィ話題はもう終わってますよ。

 タクシーで10分ほど、かつて色町として名高かった神輿坂にやってきた。降りてから細い路地に入り、間口の狭い古びた格子戸をくぐった。

 なるほど、ちょっとこじゃれた造りで、座席の奥に客が一組いるだけだった。渋くて趣味のいい店だ。中田さん、それなりに苦慮したようね。

 「なかなかいい雰囲気のお店ね」

 「そう、気に入ってもらってよかった。半澤さん、けっこういける方なんでしょう」

と、中田さんは杯を傾ける手つきをしながら、嬉しそうに言った。

 「いえ、弱いんですよ」

 中田さんは中ジョッキ、わたしはグラスビールで乾杯した。

 「いや、こないだ半澤さんに褒められてじつはすごく嬉しかったんですよ。反面、もっと若い時期から積極的に会社に貢献しときゃよかったかなって反省もしたね。たぶんこれからじゃもう手遅れだけど」

 「そんなことないと思いますよ。本社の人事異動もあと半年でしょう。業績買われて……」

 「いや、そりゃもうないよ。経理も長いし、役員連中も、あいつに任せときゃって雰囲気だしね。」

 「失礼ですけど、課長、おいくつですか」

 「来年大台ですよ」

 「じゃ、まだわかりませんよ」

 「いやいや、ウチは人事、あんまり動かさない伝統があるじゃない。あれもまた、問題っちゃあ問題なんだけれどね。それはそうと、はんざ……おっと、レディに年聞いちゃいかんな」

 「そんなことないですよ。47です。ほとんど同世代」

 「え、驚いた。キャリアがそこそこ長いことは知ってたけど、それにしても若く見えますねえ。それにきれいだし」

 「ありがとうございます」

 運ばれてきたお料理に箸をつけ、目を落としながらできるだけ無機的な調子を作って答えた。

 ビールを飲み干した中田さんは、お銚子とお猪口を二つ注文した。それからややためらうような風を見せて言った。

 「いままで、プライベート、全然聞いたことなかったんだけど、ちょっとだけ聞いてもいいですか」

 わたしは日本酒を一杯だけお相伴にあずかった。彼がしきりに勧めるのを丁重に断って、あとは梅酒サワーにした。ペースに巻き込まれないようにしなければ。

 何を聞かれるか、だいたいお見通しだ。

 「シングルだってのは知ってるんですけど、ずっと独身通してきたの」

 「いえ、バツイチです。三年間で別れました。」

 今度は相手の目をはっきり見ながら答えた。しばらくそのまま中田さんの目を見つめていた。どんな表情をするか興味があったのだ。

 考えてみると、何年も同じ職場にいながら、この人の顔を真正面からこれほどまじまじと見たのは初めてだった。造作だけで言えば、そこそこ整った顔をしている。

 中田さんは、目を丸め、ちょっと口をすぼめるようにしてそのまま表情を動かさずにいた。それから、

 「なんで別れたのか、聞いてもいい?」

 それを聞いてどうすんの? あなたのいまの関心事と違うんじゃない?

 「相手が酒乱で病的に嫉妬深かったんですよ」

 彼はまた同じように目を丸めて口をすぼめた。それから常識的な言葉を探すのに少し苦労しているようだった。

 「そう。それは大変だったね。どうも失礼、失礼」

 そういって、その場の気まずさを解消するように、お酒を独酌でつぎ、ぐっと飲みほした。

 「いいんですよ。もう遠い昔の話だし。課長は?」

 「え?」

 「課長はどうしてシングルを通してこられたんですか」

 「それは……いい出会いがなかったというか、だいたい俺は若い時からモテなかったからね」

 「そんなことないと思いますよ。課長、ハンサムだし」

 「いや、照れるな。そんなこと言われると。でもほんとにいい出会いがなかったんですよ。全然てわけじゃないけどね」

 最後のセリフにちょっと見栄を感じた。

 「じゃあ、これからですね。だって、いますごく晩婚化しているでしょう。いいご縁がきっとあると思いますよ」

 さっき、仕事の話をしていた時と同じ展開になってるなあ、と気づき、おかしさがこみ上げてくるのをこらえなくてはならなかった。

 わざと他人事のように言ったつもりだった。ところが、相手は、これをチャンスと思ったらしい。テーブルに両肘を載せたまま、上半身をぐっとこちらに近づけてきた。丸い提灯型のランプが彼の頭に触れて、ゆらりと揺れた。

 「半澤さんは、再婚とか……考えてないんですか」

 声がやや上ずっている。

 言ったあとで、右手をわたしの左手のほうに少しだけすうと伸ばしてくる。握ろうと思えば握れる距離だ。でもわたしはそのことを大して気にしているわけではなかった。

 しかしいきなり再婚という言葉を持ち出してくるのは想定外だった。とっさに答えた。

 「わたしですか。わたしはあきらめてます」

 中田さんは、一瞬、狼狽したような表情を浮かべて、右手を引っ込めた。

 「あきらめてる? どうして」

 「だって……もうおばあさんだし、バツイチなんて相手にされないと思うし」

 「そんなこと……あきらめてるなんて言わないでください。半澤さんは若いし、きれいだし……今さっき、僕に、まだこれからだって言ってくれたばかりじゃないですか」

 言い方に、何やら悲壮感が漂っていた。

 中田さんから、「あきらめてるなんていわないで」とお願いされるような局面じゃないと思うんだけどな。

 これってプロポーズのつもりかしら。それだったら、気持ちはわかるけど、やっぱり、すごく不器用で、しかも性急すぎる。どうせなら、もっといろんな話するとか、どこか楽しいところに一緒に行くとか、そういう共通体験を積み重ねてからにしてくださいね。もっとも、中田さんとそうする気は、わたしにはないけれど。

 「課長。わかりました。わたしにもご縁が訪れてきたら、考えてみます。でも、いまはそういう気にまったくなれないんです」

 中田さんは急に力が抜けたように体まで引いた。二本目(三本目だったかしら)のお銚子から弱々しそうにお酒を注いだ。そのしぐさがちょっとかわいそうだった。

 仕事の話とか、知識を披露する時とかは、あんなに雄弁なのに、まるで人が変わったようだ。

 しばらく沈黙が続いた。お酒を注ぐ間がだんだんと短くなっていくのがわかった。二人とも料理にはほとんど箸をつけない。

それから中田さんは、あのぶっきらぼうな口調にちょっと戻って言った。

 「誰かつきあってる人はいないの」

 これは予想された質問だ。

 「それは……いないわけではないです」

 ヘンな答え方になってしまった。初めからこの質問をしてくれれば、「います」と答えて話は簡単だったのに、なかなか思った通りにはいかないものだ。

 しかし中田さんは、それ以上追及しようとはしなかった。

 やがて彼は、落ち着きを取り戻したのか、できるだけ抑えた口調で、うつむきながら、ゆっくりと語り出した。つむじを中心に白髪が何本も放射状に広がっているのが見えた。

 「ごめん。つい動揺してしまって。ちゃんと話すよ。……話しても仕方がないってことはもうわかったんだけど……でも、つまり……何ていうか、やっぱり自分の気持ちを伝えるだけのことはしておいたほうがいいかな、と」

 そこでいったん間をおいて、精進揚げに手を付けた。それからゆっくりと盃を飲み干した。

 「……あの……前から半澤さんのこと好きだった。……でも、仕事場で一緒にいると、いるっていうだけで、なんだか、慰められてるっていうのか、癒やされてるっていうのか……いや、これは僕が勝手に感じてただけのことなんだけど……それで、そんなに激しい気持ちになんかならなくて、これでいいんだよなって、自分で言い聞かせてたんだ。……でも、こないだ、あんなふうに褒められたでしょ……あれ、何ていうか、たとえ悪いんだけど、結婚してたら、きっと奥さんにこんなふうに励ましてもらえるんだろうななんて思っちゃって……」

 そこで間をおいて、わたしの反応を見るように顔をこちらに向けた。わたしは、ただ黙って聞く姿勢を崩さなかった。中田さんは、再びうつむいた。

「そしたら、なんだか、胸の奥のほうから、『はっきりさせろよ、男だろ』って声がせりあがってきたような気がしたんだ。……それで、こんなバカなことしてしまった。許してほしい」

 わたしは思わず、白髪交じりのつむじを、ちっちゃな子にしてあげるように、撫でてやろうかと、手を伸ばしかけた。でも、そんなことしちゃいけない、自分の気持ちを偽っちゃいけない。

 「課長。謝ったりしなくていいです。それに、バカなことなんて何もしてませんよ」

 「ありがとう。なんだか恥ずかしい。明日も顔を合わせるんだよね」

 「そうですね。これからもずっと」

 「うん。これからもずっと。それで、何もなかったことにしてくれないか」

 「もちろんです。誰かに見られたわけじゃないし、実際何もなかったし、誰にも言いませんし」

 じつはわたしも、そのことが気にかかっていた。何もなかったとはいっても、心の問題として何かがあったのだ。

 誘われたときは、ただの不器用なスケベって思った。でも、振ってみると相手から男の純情みたいなものがにじみ出てくるのがわかった。それがわたしの中に刻みつけられてしまった。だからこれからは、そういう人として接する新しい心構えを身につけなくてはならない。

 

 長く顔を突き合わせていても、気まずさが募るばかりだ。早々に退出しようと思った。

 「すみません、今日ちょっとやらなきゃならないことがあって」と言い訳して(事実、あった)、お店を出たのが8時ちょっと前だったかしら。

 中田さんは、僕はもう少しここに残ると言った。別れ際に握手を求めてきたので、握り返すと、掌に彼の分厚い手の汗ばんだ感触が残った。

 もしかして、これからやけ酒?

 「あまり飲みすぎませんようにね」

 中田さんは、営業的な笑いを浮かべて「ありがとう。また明日」と言った。

 目が駄々っ子のそれのようだった。

 

 あのお店ではほとんど食べなかったので、自宅の最寄り駅についてから、よく入るラーメン屋に立ち寄った。立ち昇る湯気と懐かしいにおいを浴びて、だんだんといつもの自分に戻ってきたのを感じた。お腹がグウと鳴った。

 ちょっと明日以降が気になる別れ方になってしまったけれど、まあ、何とかなるでしょう。お互い大人だ。

 9時近くに帰宅してから、洗面台の下の棚を開けて、わが社の入浴剤を物色した。こんな時はやっぱりクール系がいい。そこでミントオイルを含んだマイバス6を選んだ。

 湯上りに体重測定。47㎏ぴったり。まあ、年齢と同じだわ。この前より1キロ近く痩せた。けっこう仕事のストレスが溜まっているのかしら。

 いや、そうじゃないかもしれない。もしかして婚活で緊張したせい? 書き慣れない文章なんか、苦労して書いてるものね。

 でも太るよりマシだ。わたしは自分にとっていま、いいことをしてるのよ、と言い聞かせた。そして、今日もテッチャンさんこと、岩倉さんに頑張ってお返事しようと決めた。

 

 《何日もお返事をせず、申し訳ございませんでした。

  ご本名を教えていただいて、ありがとうございます。

  哲って男らしくて、思慮深そうで、素敵なお名前ですね。

 

 と、ここまで書いて、こんなこと書くのはまだ早いんじゃないか、と反省した。会うことになったら、それからでも遅くない。もう少し他人行儀を守った方がいい。好意をあからさまに示さず、それとなく示す。その微妙な呼吸が大切。

 そこで、最後の行を消して、続ける。

 

 《何日もお返事をせず、申し訳ございませんでした。

  ご本名を教えていただいて、ありがとうございます。

  わたくしは、半澤玲子と申します。

  大原流についてのご理解は、とても正確だと愚考いたします。

  また、わたくしも他の流派のものは、あまりなじめません。特に蒼華流は奇をてらい過  ぎ ているような気がして。

  ワレモコウというニックネームは、お察しのとおり、活け花でよく用いますので、そこから 思いつきました。

  じつはわたくしの母が、活け花を教えていて、この前実家に……

 

 いやいや、こんなに饒舌になってはいけないわ。母がお花の師匠をしていることは黙っていよう。もう少し自己抑制をはたらかせなければ。

それに、「わたくし」というのはちょっと気取り過ぎていて、よくないな。実態を知ったら幻滅してしまうかもしれない。

またやり直し。

 

 《何日もお返事をせず、申し訳ございませんでした。

  ご本名を教えていただいて、ありがとうございます。

  わたしは、半澤玲子と申します。

  大原流についてのご理解は、とても正確だと愚考いたします。

  また、わたしも他の流派のものは、あまりなじめません。

  ワレモコウというニックネームは、お察しのとおり、活け花でよく用いますので、そこから思いつきました。

  野山に群生しているのは、お恥ずかしいことに、まだ見たことがありません。機会がありましたら、一度見てみたいと思います。

  すっくと立っている風情がお好きとのこと、わたしも活けられたのを見ると、ああ、あんなふうに生きられたらなあと思うことがあります。

わたし自身はとてもそんなにすっくと立っているわけではなく、ごく普通の会社員として、あれこれ迷いながら毎日を送っております。

でも、そんなふうに例えていただいて、とてもうれしく思いました。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

 これでも字数が多すぎやしないだろうか、削れるところはないか、と読み直したが、えい、これくらい書いておいた方が、次のステップに進むのに相手もやりやすいだろう、と心を決めた。

 文章に変なところはないか。誤字脱字はないかなどを慎重にチェックした。「例える」っていう字は、ほんとは「譬える」が正しいのよね。どっちにしようか迷ったけれど、でもやっぱり、簡便なほうにしておこう、と、送信ボタンを押した。

 われながらずいぶん入れあげている、と思った。

 人を一人振ったそのすぐ後なので、何かに縋りたい気持ちがいっそうはたらいたのかもしれない。こちらに関心を集中させれば、後味の悪さを埋め合わせることができる、と。

 とにかく、明日、中田課長と顔を合わせる。

 わたしに好意を寄せてくれたこと、思わぬ純情を示したこと、彼についてのそれらの印象をちゃんと織り込みながら、しかしほだされたふうはけっして見せずに接しなくてはならない。

ふう。人間関係は難しい、と改めて思った。

 カーテンの隙間から深草の街の灯がちらちらと煌めいている。あそこでも、きっとこんな面倒な人間関係が盛んに繰り広げられているんだわ、だからわたしも、これしきのことにめげてはいけない。先を見なければ。

 岩倉さんに会ってみたい、と思った。

 

堤 佑介Ⅴの2

 

 「全然関係ない話なんだけど、いま差別撤廃のためのLGBT教育ってのが高校で課されてるそうだね。でも生徒の反応がいまいちらしい。たとえば亜弥が親しい友達から、自分はトランスジェンダーなんだってカミングアウトされたら、どうする」

 「つまり体は女、心は男ってやつ?」

 「うん」

 「別に。いままでどおりつきあってくと思うけど。だいたいカミングアウトとかって、受ける方もうざいんだよね。わざわざしなくていいよ」

 「やっぱり、そうか」

 「でもなんでそんなこと聞くの」

 「いや、ただ、最近問題にされてるから、若い人がどう感じてるか知りたくてさ」

 「パパ、わたし、もうそんなに若くないよ。もしその人がわたしの古くからの親しい友達だったら、そんなのとっくにわかり合ってると思う。悩んでるんならすぐにでも相談に乗るよ」

 「なるほど。それは考えなかった。俺には17も26も同じような若者に見えちゃうんだ」

 「んもう、パパったら。好奇心旺盛なのはいいけど、どうせ若者のこと考えるなら、もうちょっと年齢層で微妙に違うってこと考えた方がいいよ」

 亜弥の言うことはもっともだった。その8年間で若者は飛躍的に成長するんだろう。特に女は精神的な成熟が早い。

 だが、「別に」という答えは、ネット情報にあった高校生と同じだ。カミングアウトされて「それがどうしたの」という対応で返せば、悩んでいた当事者の自意識はずいぶん軽くなるだろう。

 「たしかにそうだな。それでLGBT教育のことはどう思う?」

 「あんまりよく知らないけど、あれって一種のサヨク運動でしょう? 性教育とおんなじでなんか白けるよね」

 「だけどLGBT自体は世界的に騒がれてるぞ。つまりさ、Me Tooにしろ、ポリコレにしろ、アファーマティブ・アクションにしろ、弱者、少数者の人権、人権と、まるでそれしか正義の問題はないかのようにうるさいじゃないか」

 「アファーマティブ・アクションって何だっけ」

 「不平等が社会的な理由で是正されないなら、政治的な措置を施すことで不平等をただそうって考え方。たとえば、アメリカで黒人の大学入学者が貧困や家庭環境のために阻まれてるなら、一定の枠組みで黒人を優先的に入れようとか。北欧なんかでは普通だよ」

 「ああ、日本で言われてる女性のポジティブ・アクションのことね。でもそれっておかしくない? どれも実力勝負の領域でしょ。機会均等が保証されてるんだから、最初から枠を決める方がかえって不平等じゃないのかな。まかり間違えば逆差別になりかねない。わたしだって大学受験や就活で男と対等に闘ってきたよ」

 「もちろんそういう批判もある。でも、いま世界、といっても欧米先進国の話だけど、世界の潮流は、社会的弱者やマイノリティのカテゴリーに収まる人たちを、人権や平等の建前の下に優遇しようという流れがすごく強まってるよ」

「でも日本でそんな動きって強まってるかなあ。わたしのまわりじゃあんまり聞かないよ」

 デカンタの残りをグラスに移して、お代わりを頼んだ。ここが親爺としての蘊蓄の見せ所、と改めて衿を糺す恰好をして、

 「いや、公務員なんかだと、けっこう推進されてるんだよ。騒いでいる人たちは、例によって欧米の動向をそのまま持ち込んでるところがたしかにある。たとえば同性愛だって、日本は昔からキリスト教文化圏と違って寛容だからな。江戸時代でも衆道とか陰間とか呼んで棲み分けてた感じがあるね。多少は取り締まったらしいけど、あんまり苛酷な締め付けはなかったようだ。いまだったら本宿二丁目が有名だろ。あそこに出入りしている人たち、ゲイ差別のために戦うぞーなんてこぶし上げてないと思うんだよ。欧米とはそのへんの緊張感がたぶん違う。イスラム教文化圏に至っては発覚したら何と死刑。」

 「いまでもそうなの」

 「いや、イスラムでは今世紀に入ってからかえって厳しくなってるんだよ。だけど日本では、反対に、すごく平等主義が好きで、一部の人の声が大きいと、官公庁なんかじゃあわてて人権教育が必要とかいってやり出すんだ。これまでもジェンダー・フリー教育とか、普通の常識感覚で考えておかしなのがあったね」

 「ああ、男女混合名簿とか、更衣室一緒とかでしょ。小学校時代、性教育について読んだことがあったの思い出した。ずいぶん騒いでたみたいね。ウチの学校じゃいいかげんにやり過ごしてたけどね」

 「そうそう。いまのLGBT教育もそれと似ていると思うよ」

 「でもそれって、当事者たちが実際にどのくらい差別を受けてるかによるんじゃないの。それちゃんと調べないで理想だけで押しても、みんなあんまり関心示さないんじゃないかな」

 わが子ながら、こいつ、なかなかいいこと言うな、と心のなかで親バカになる。離れて暮らしていても考え方が似ている、と、酔いも手伝ってだんだん調子に乗ってくる。

 新しいデカンタを亜弥のグラスに注ぎながら、

 「うん。誰にだって生きにくさや辛さはあるからね。あるところだけカテゴリーで括ってマイノリティだっていう理由一つで政治問題化するのはおかしいよね。サヨクって、差別の実態がそんなになくなってるのに、自分たちの反権力活動を維持するために、わざと課題をほじくり出してくるところが昔からあるからね。ある時期からの部落解放運動がそうだった。ずっと前、小山悦郎という評論家の『弱者とは何か』という本を読んだことがあるんだけど、たしかそこで、部落差別がなくなりつつあるにもかかわらず、部落解放団体が自分たちの運動の延命のために、差別の事例を無理にでも探し出そうとしてる、これは退廃だって批判してたな。なるほど、と感心したのを覚えてるよ」

 「どんなにつらい問題抱えてたって、政治で解決できることとできないこととあるもんね」

 「そう、そこだよ。恋愛したいのにモテないとか、結婚したいのに金がないとか、引きこもり20年とかな」

 「性格が暗いために学校や職場でいじめられるとか、ブラックでこき使われてるとかね」

 「孤独で貧乏な老人とか、親の介護で離職を強いられている人とかな。そういう生きづらさを抱えた人たちって、いまあふれてるだろ。そっちの方が、当人にとってみれば切実だよね。しかもその人たちは『普通の人』っていうカテゴリーに放り込まれるから、政治的な注目を浴びない。LGBTと比べてどっちを優先的に取り上げたらよいかなんて問いには正解はないと思うけど、でも、サヨクはそういう人にこそ焦点を当てるべきだと思うんだ。それだって政治で解決できることは極めて限られてるけどな」

 「LGBTってどれくらいいるの」

 「さあ、専門家じゃないからよくわからないけど、知人に聞いたら、議論が高まってきたのをビジネスチャンスと見て博通が調査したんだそうだ。そうしたら7.6%って数字が出てきたんだって。でもこれはいくらなんでも水増しだろう。40人のクラスに3人もいることになるもんな。たぶん2~3%じゃないの。要するに、LGBTって、誰がつけたのか知らないけど、名前つけて、クローズアップして、性的マイノリティでございってカテゴライズしたら、政治とうまく結びついちゃったんだろうね」

 すでにステーキを平らげた亜弥は、そろそろこの話題に飽きてきたようだ。わたしに合わせてくれているだけかもしれない。何かびしっと結論を、と思うが、なかなかいい文句が出てこない。

 「結局、表通りで騒がれていることって、普通に生きてる人々の生活感覚に触れてこないんだよね。プライベートな問題って人によってものすごく違うから、政治や法の問題と安易に混同しちゃいけない」

 まだあまり自分の中で煮詰めてない曖昧な言い方をしてしまったかな、と思う。

 

 「もう少し何か食べないか。時間はいいんだろ」

 「うん。時間は大丈夫。食べ物はもういいや。デザートが欲しい」

 「あ、好きなの選んで」

 注文を終えてから、亜弥は私に、真剣なまなざしを注いできた。でもその真剣さには、どこかこちらを試すようなものが含まれていた。涙袋の部分にはかすかな笑みさえたたえられている。

 「パパ、仕事と関係ない議論にふけるのもいいけどさ」

 「うん?」

 「誰かいい人見つけたら?」

 そう言ってから、余計からかうような目つきになった。

 不意を突かれた。

 そうだよな、何しろ寂しいから呼んだというのを見抜かれているんだものな。娘に本来のテーマに引き戻してもらったわけだ。

 「うん。見つけるよ。ありがとう。こないだも篠原のおじさん、覚えてるよね」

 「篠原のおじさん……ああ、あの猫背の学者の人ね。時々うちに来てたね」

 「うん。彼と飲んだら、同じようなこと言われたよ。再婚考えたらどうだってな」

 「ネット、よく見る?」

 「そりゃ、仕事がらしょっちゅうだよ」

 「ネットニュースの広告によく出てるでしょ。『仕事だけじゃなく、恋愛もしようよ』って」

 「え? どんな」

 「グラマーな女性が自転車うしろにして、こっち見てるやつ」

 「ああ、あれか。よく見る、よく見る。あれがどうかしたか」

 「じゃ、何の広告か知らないの」

 「知らない」

 「あれ、Couplesっていう婚活サイトの広告。あれは圧倒的なシェアを誇るサイトなのよ」

 「へえ、それで」

 「一度クリックしてみたら」

 そう言って亜弥は、来た時と同じようにクスクス笑い出した。

 こいつ、父親をおちょくってるな、と一瞬思った。しかし、好意で言ってくれていることは疑いようもない。

 ティラミスに匙をつけながら、亜弥はまだにやにやしながら私を見ている。私はさっき頼んだハイボールを口に持って行きながら、思わず沈黙した。

 心の中では、亜弥の成熟ぶりに少なからず驚くと同時に、やや狼狽もしていた。自分を捨てた不埒な父親に、婚活を勧めるとは。

 亜弥がしばらく他人の女のように思えた。酔眼を通してよけいにそう見えるのかもしれない。

 だがこれは、と、私は反省した――とても恵まれたことなのだ。こんなことはそうそうあるものではない。もう一度、亜弥の心遣いに黙って感謝した。

 それにしても、母子家庭でよくここまで成長したものだ。思春期にだっていろいろあったろうに。ここは、依子にも深く頭を下げるべきところだ。ともかく、自分の人生と婚活サイトを結び付けることなど、娘に言われなければ考えてもみなかった。

 やや余裕を取り戻してから、落ち着いた素振りで答えた。

 「気持ちはわかった。しかし俺はああいうのはちょっとNGだな。年も年だし」

 「でも見たことないんでしょう。ダメ元ってことあるじゃない」

 「うーん。なんでもそうだけど、この年だと、だいたい入り口で見当がつくよ。見ず知らずじゃあな。下手な鉄砲は打ちたくない」

 「見ず知らずっていうけど、誰でも初めは見ず知らずよ。出会いのための一つのツールと考えればいいのよ」

 それはそうかもしれない。こう理詰めで来られると、うまく抵抗できなかった。

 「いやはや。捨てた娘からそんなことを勧められるとは思ってもみなかった。そんなことまで言われると、申し訳なくて、なんだか胸が痛むところもある」

 「そんなこと思わなくていいよ。わたしも無理にとは言ってないわ。ゲーム感覚でちょっとボタン押すだけだからって言ってるだけよ」

 子どもの時の強い調子が顔を出し始めた。少し逆襲してやろうと思った。

 「それより亜弥。お前は試してみたのか。それともそんな必要はないのか」

 「フフ、ゲーム感覚で試してみた。おもしろいよ。欲張らなきゃ女はただですむし」

 焦るふうもなく答えた。

 「それとね、パパ。わたしはまだいいの。ちゃんと年齢と相談してるの。アラサーくらいからマジに考えるよ」

 「そりゃそうだな。まだ早い。きょろきょろしない方がいいだろう。でもああいうのはALADDINでモノ買うのと同じで、登録しないとダメなんだろ」

 「そうよ」

 「亜弥は登録したのか」

 「うん」

 「じゃ、少しはそういう気があったってことか」

 「だから言ってるじゃん。ゲーム感覚なんだって」

 ふーむ。これ以上踏み込むのは、たとえ娘といえども控えておこう。成人しているんだし、養育責任を途中から放棄したんだし。彼氏がいようがいまいが、やるんだろうな。私にそれをとがめる資格はない。

 自分も娘くらいの年には、けっこういろんなことに手を出した。ちょっと気に入った女がいればすぐに声をかけた。うまく行くこともあれば恥ずかしい失敗もした。まして、ボタン一つで相手を探せる時代なのだ。おそらく男も女も、二股、三股もかけてるのだろう。

 しかも篠原や山名さんが言うように、自由恋愛の時代になればなるほど、資本主義みたいに格差が開いてミスマッチが多くなっているのだ。『電子マン』もその底辺事情を、悲哀すら込めて描き切っていたのだった。

 「そろそろ行こうか」

 「ごちそうさま」

 マロリーを出て、亜弥は千葉と東京の境まで行く地下鉄、私は南東京に向かう私鉄と、お互い反対方向なので、路上で別れることにした。

 別れ際に、亜弥はまたあのいたずらっぽい笑みを浮かべて、背伸びしながら私の頬にチュッと軽くキス。

 「パパ、まだまだモテると思うよ。がんばって」

 「亜弥もな」

 私は照れながら返すのが精いっぱいだった。

 背中を向けながら手を振り、軽快な足取りで地下鉄への階段を降りていく亜弥をしばらく上から見送っていた。ちょっと複雑な気持ちだった。あれはファザコンとは違うな。

 

 亜弥は倉安のマンションに依子と一緒に住んでいる。山木柳五郎の『黒べか物語』の舞台になったあたりだ。あの小説は名作だったが、それよりも数十年の間の変化に驚かされる。『黒べか』が書かれたころは遠浅の湿地帯だったのが、60年代に埋め立てられてから急速に発展し、レスリーランドができ、高級住宅街に変貌し、そして震災で液状化現象が起きた。

 依子は震災後に値が下がったのを見計らって中古を買ったそうだ。亜弥からそれを聞いたときは、なかなかやるな、と思った。

 だが油断はできない。

 倉安の歴史を見ていると、まるで東京の戦後史の縮小コピーみたいに思えるのだ。

 焼け跡から奇跡的に復興し、10年後に高度成長が始まった。瞬く間にこの発展は東京中心に広がり、メガロポリスが形成され、関西圏はそのぶん落ち込み、首都圏一極集中が進むことになった。地方は疲弊してシャッター街が至る所に。

 そこに、首都直下地震や南海トラフ地震発生の危険が高まっている。東京全体が大被害という「液状化」に遭った時に、疲弊した地方の助けに期待することはできない。

 東京という首都の社会資本の極端な集中は、埋め立て→急速な発展→テーマパークの参入→高級住宅街の出現→地震による液状化という倉安のプロセスにどこか似ている。

 液状化はまだ起きていないにしても、これは歪んだ、不気味なものを予感させずにはおかない。この異常に肥大化したメガロポリスでせっせと不動産業を営んでいる自分が、どことなく空しくも感じられた。

 

 帰宅してテレビをつけると、民放ニュース番組の一コマで、『海風45』の休刊を伝えていた。

報道によると、「部数が低迷したため、編集上の無理から原稿チェックがおろそかになり、偏見と認識不足に満ちた表現を掲載してしまった」という趣旨の海風社の発表があったというのだ。10月号発売からわずか1週間である。

 その「偏見と認識不足に満ちた表現」というのが、何とLGBTにかかわるある論文を指しているらしい。さっき亜弥と話してきた話題と偶然一致していたのでびっくりしてしまった。

 しかし問題の論文は、部数減のための休刊(事実上の廃刊)の口実に使われた疑いがある。どんな「偏見と認識不足に満ちた表現」なのか、確かめてみないとわからない。

 私は少なからず興味を掻き立てられた。休刊になったからといって、最終号がすぐに書店から消えることはないだろう。明日は休日だから、さっそく買ってこよう。大型書店でないと置いてないだろうから、立野台まで出る必要がある。ついでに一週間の買いだめもしてこよう。

 雑誌を買うことはめったになかったが、『海風45』のバックナンバーに掲載された杉山未久という国会議員の論文が批判にさらされて炎上していたことは知っていた。「LGBTには生産性がない」と書いたことが人権主義者から槍玉に挙げられていたのだ。

しかし、彼女の論文を読んだわけではない。できればそれも入手したい。ネットで探せば見つかるだろう。

 

 床に入る段になって、やはり今日の亜弥との婚活をめぐるやり取りのことが思い出された。

 それにしてもあいつめ。いつの間にあんなしたたかさを身につけたんだろう。依子にはああいうところはなかった。俺の血にもない。はてさて。やっぱりかなり経験を積んできたのかな。

そう思うと、ほとんど知らない亜弥の生活史の部分に対して、嫉妬のようなものを覚えた。父親として何も関与できなかった悔しさと言ってもいい。

 でもああ言われて悪い気はしなかった。それどころか、けっこうやに下がっている自分がいたことに気づく。

 婚活サイトか。

 いままで考えてみたこともなかった。自分の気持ちを整理してみる必要がありそうだ。

 俺はどうしたいのか。いまの自分にはどういう関わり方が向いているのか。

 結婚してもう一度家庭を築きたいのか。気の合った女を見つけて、お互い自由な立場で付き合いを重ねたいのか。それは一人の女と? それとも複数? あるいはいい女とセックスしたいだけなのか。

 あるいはこんなことに思いをはせること自体が、もう手遅れなのか。

 しばらく考えたが、頭がまとまらなかった。これらのどれでもあり、どれでもないような気がした。区別してみても始まらない。ただ、素敵な女と出会いたいというのだけは確かだ。

 私は風俗に行ったことがない。青春時代は金もなかったし魔界に入る勇気もなかった。不倫相手と切れてからは、ますますそんな気はなくなった。別に聖人君子を気取っていたわけではない。金を払ったぶんだけの満足が得られると思えなかったのだ。

 やはり自分は、女性とつきあうなら、単なる性欲の処理というようなことよりも、会話をしたり食事を楽しんだり、一緒にどこかに出かけたり、そうしてかかわりを深めて行くことを求めるタイプらしい。その過程でセックスに及ぶこともあるだろうし、そうせずに別れてしまうかもしれない。あるいは双方がその気になれば結婚にたどり着くかもしれない。

 とすると、いままで意識の上でも行動の上でも避けてきた「恋愛がしたい」というのが一番当てはまっているようだった。

 恋愛の面倒くささについては、十分味わったつもりだった。でもここにきて、どうやらまたその面倒くさいことを懲りずにやってみたくなったようだ。

 自分の周りにいる女性たちを、相手として想像してみる。

 部下の社員たち。

 山下は人妻だしあまり美人ではない。

 八木沢はまあきれいだけれど、ちょっときつくて自分の好みとは言えない。

 渡辺は堅実な女性だが、その堅実さが固さにつながっているような気がする。

 川越は――若くて可愛いし、賢そうだからそそられるのは確かだが、年齢が違い過ぎると話が合わないだろう。

 パートにも女性はいるが、特に魅力を感じることはなかった。

 これまで接した顧客の中にも、魅かれる女性は何人かいた。

 しかし夫婦だったり、そうでなければほんの短期間の接触である。性格まではわからないし、よほどのことがなければ、ずっと記憶に残るということはまずない。そして「よほどのこと」というのはこれまで起こらなかった。

 今日の本部の会議でも、女性が三人いた。うち二人は前から知っていた。

 一方は頭の切れる人で容貌もまあまあ。でもたしか結婚していたと思う。

 もう一人もやはり優秀だが、お顔のほうはちょっと。これまで仕事上で話したことは何度かあったが、そういう対象として考えたことはなかった。

 残りのひとりはおとなしそうな若い女性だったが、どういう人だかまったくわからない。

 いずれにしても、出会っている時のモードがいけない。誘おうと思えばできないことはないが、会議の余韻が残る中で、なかなか気安くはできないものだ。

 また、歌や映画や三文小説のように、突然見つめ合って、電気が走るように双方が燃え上がるなんてことはあるもんじゃない。ああいう恋愛幻想はいいかげんにやめてもらいたい。

 考えてみると、村落や小さな町で暮らしていた昔と違って、この大都会では、たくさんの異性と出会っているのだ。極端な例かもしれないが、満員電車の中で痴漢が多く発生するのも、その一つの証拠だ。

 人類史を振り返ってみれば、こんなことはほんの短い期間に発生した一種の異常事態と言っていい。都市で社会生活をする男たちは、よほど性欲を理性で抑えるように馴致されてしまっているのだろう。

 互いに見知ったり会話を交わしたりする機会だって、じつは昔よりずっと増えている。

 女性も、ひそかに慕っていながら男性からの呼びかけを待っているというようなことはなくなって、その気があれば自分からどんどん積極的にアプローチできる。実際そうやって早くからいい男をゲットしてしまうケースは多いんだろう。

 それなのに、恋愛関係が成立しにくくなっているのはなぜなんだっけ。

 ああそうだ。恋愛が自由市場化したからこそ、男に対する女の理想水準が上がって、モテるやつとモテないやつとの二極分解が起きたんだった。「イケメン」にはすぐ女がつくが、「キモメン」にはずっとつかない。それにセクハラ告発を恐れる男の遠慮。恋愛を面倒くさがる心理。あとは経済問題。

 おそらく恋愛というのは、壁があればあるほど盛り上がるんだろうな。身分制社会とか、親の不許可とか。

 いまの時代はどちらもない。恋愛が許されないので心中したなんて話は聞いたことがない。性関係に寛容になった社会は、そのぶんだけ、「この人、命」みたいな濃密さは失われてしまったと言えるだろう。

 そこで婚活か。

 お見合いのビジネス版だな。

 篠原の言う「紹介」より確率的には高いかもしれない。紹介だと、ごく人数が限られる。「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」のほうがいいのかも。

 べつに再婚すると決める必要はない。でも俺もそろそろ恋愛アレルギーから脱却して、積極的に探すことにしよう。そうしないともう後がない。ダメ元のつもりでやってみるか……。亜弥の言った「ゲーム感覚」というやつだ。

 こうして私はいつの間にか、篠原と亜弥のけしかけに乗せられているのだった。

 

堤 佑介Ⅴの1

 

                                      2018年9月25日(火)

 

 またまた大型台風が発生した。昨夜半から猛烈な勢いになり、ゆっくりと南西諸島に近づいているという。5日の台風被害や6日の地震被害がまだ修復されていないのに、被災地が追撃されたらどうなるのだろう。

 しかし、この一週間ばかり穏やかな天気で、昨日までの三連休は秋らしい陽気だったので、客の入りもかなり良かった。賃貸の成約がいくつか成立した。

 また1か月前に岡田が言っていた例の中古物件は、あれからオーナーとの相談で、価格を下げたので、少しずつ問い合わせが来ているという。

 大災害が来ようと何だろうと、私たちが直接被害に遭ったのでない限り、平時には、これまで続けてきた仕事を淡々と、粛々と進めていくほかはないのだ。

 三日間の忙しさに比べると、今日は比較的暇だった。午後からは静谷の本部に出向き、事業開発部や各営業所と合同の会議に出席した。

 議題はいくつかあったが、私が一番重要だと思ったのは、やはり単身高齢者の激増にともなう、居住形態の変更可能性についてだった。

 

 

 提出された資料によると、2000年の国勢調査時から15年で、単身高齢者が約2倍に増えている。

 国は介護や医療など、社会福祉の問題としてこれを取り上げるが、不動産業界としては、どういう形の居住形態を供給すべきかという課題となって表れる。

 高齢者はもともと流動性が低いので、これまで住んでいた地域内での住み替えを促すような開発スタイルが望ましい。しかしまた、単身高齢者は低所得者層に多いので、移動のモチベーションもそれだけ低い。

 けれども層は分厚いので、市場として魅力がないわけではない。医療ケア付きマンションのニーズは高いし、健康な高齢者も多いからだ。

 開発部から出された提案は、よく宣伝されているような、いわゆる自然環境に恵まれた高額医療ケア付きマンションなどよりも、これからはむしろ高齢者が住み慣れている地域に焦点を当てるべきだというものだった。

 特に日常生活用品が手近なところで手に入る下町的な物件の開拓に力を入れることが望まれると書かれていた。提案資料には、「下町コンセプト」と銘打ってあった。賛成だった。

 デフレが続いているので、私たちのような中堅どころは、大手のように富裕層を狙うのは望ましくない。中流以下、できれば低所得者層をターゲットとすべきだろう。第一、供給するこちら側の資金力に限界がある。

 売買や賃貸取引に直接かかわっている者として意見を求められた。

 私は、提案に賛意を表したうえで、次のようなことを述べた。

 最近は戸建てよりも集合住宅にシフトしていること、医療機関なども、たまり場的な要素を持った昔からの町医者的な存在がいるのが望ましいこと、普段の生活に連続したコミュニティ的な条件を備えた地域をターゲットにすべきこと、そうした要素が不足している地域ならば、「下町コンセプト」に当てはまる物件を積極的に探し求めるのが得策と考えられること。

 さらに、特に低層で低価格の賃貸物件に目星をつける必要があるのではないか、たとえば街なかの空き家を安く買い取り、リフォームしてアパートを直営するのなども一つのアイデアだと付け加えた。

 おおむね同意を得られたが、まだ混沌とした雰囲気のまま、会議は終わった。

 

 近くの杉乃家で、ビールを頼んで、少し早い夕飯を食べながら、さっきの会議の中身について考えた。

 自分が担当しているけやきが丘は比較的富裕層が多いので、今日の話に当てはまるような対象地域として想定してはいなかったが、案外そうではないかもしれないとも思った。

 駅前にはULが50年前に開発した大きな団地があるし、昔からの商店街の広がりもある。庶民的な飲食店も多いし、クリニックもたくさんあった。

 町全体は、若い層の転入が多く、鉄道会社を基幹としたデベロッパーが、イメージアップに力を注いでいる。半世紀の歴史があるとそれなりに成熟していて、高齢者のコミュニティ形成も進んでいるように思われた。

 また高齢者の貧困家庭だってけっこうあるかもしれない。安価で新しくて老人が住みやすい集合住宅を提供すれば、団地から移ってくる人々もけっこういるかもしれない。

 そのあたり、次の会議の時までに調べておこう。意外と地元のことをわかっていないものだ。しかしこういう企画は、成就するまでに5年、10年と時間がかかる……と、そこまで考えた時、10年後は自分が高齢者の仲間入りをしていることに気づいた。

 にわかに目の前の10年という時間が、リアルなかたちで意識に迫ってきた。

 俺はこれからどう過ごしたらよいのだろう――それはまるで青春期の悩みのようだった。

私の隣の席では、杖を傍らに置いた80近い男が一人でしょぼしょぼと鯖をつつき、味噌汁をすすっていた。俺の未来の姿――侘しい連想に誘われた。

 この前、篠原と会った時の再婚話を思い出した。あの時は酔った勢いで、少し浮き浮きして、年甲斐もなく夢を膨らませたが、その後仕事に追われてそんな気分を忘れていた。

 紹介話があれば受けてもいいし、いい人がいればつきあってもいい。でもそんなに簡単に見つかるもんじゃないからな。結婚にまでこぎつけるとしたら、さらにたいへんだ。

 

 ふと亜弥に会ってみたくなった。彼女が勤める事務所はここからほど近い中宿にあって、会う時はいつも静谷近辺にしている。

 これまではいつも向こうから連絡してきた。いまでもこちらから連絡するのは気が引けるところがある。ちょっと迷ったが、でも、そうしてもいいじゃないか、自分の気持ちに素直になろう。そう思ってスマホを取り出した。

 「あら、どうしたの」

 「いや、ちょっと会いたくなった。今日は忙しいか」

 「うーんと、ちょっと仕事残ってるけど、静谷だと、8時くらいなら大丈夫かな」

 「何が食いたい」

 「そうね。ステーキ!」

 「ステーキか。若いな。じゃ、マロリーの7階に、何とかいう肉バルがあったろう」

 「ああ、マツムラね。そこでいいわ」

 「じゃ、先に行って席とっとくから8時に」

 「オーケー」

 

 店内は早くも混み始めていた。やはり若い人たちが多い。早めに来ておいてよかったと思った。ちょっとキラキラした雰囲気で、正直なところ、あまり私の趣味ではない。

 まだ8時にはだいぶ間がある。奥のテーブル席についてから、私一人、アルコールを飲み継いで粘ることにした。

 この前、篠原が同業者として挙げていた社会学者・山名昌彦の『日本人の悩み』という本を買ったので、それを取り出してパラパラめくってみた。

 大新聞の「人生相談」の回答者を何年か務めた経験から、家族や男女関係をめぐるいまの人たちの「悩み」が昔とどう変わってきたかを分析した本だ。

 すると次のような面白いことが書いてあった。

 《重要なのは、どうやら性的マイノリティであること自体への悩みは、少なくなってきているのではということです。かつては多かった、同性を好きな自分は変なのかとか、私が女装したいというのは異常でしょうかといった本人の悩みは、かなり減ってきました。

 また、後ろのほうを見ると、こんなくだりもあった。

 《今後はモデルからこぼれる人のほうが多数派になると断言してもいいでしょう。ここで留意しなくてはならないのが、多数派ではあるものの、その「こぼれ方」が、非常に多様化しているという点です。

 なるほど、私のような年代の者にはよく納得できる話だ。若い頃には、好きになった異性と結婚して、お互い妥協を重ねながら家庭を築き、子どもの成長に夢を託していくという「モデル」がまだ生きていた。

 だが山名さんは、そうしたモデルはもう解体しているという。同性愛や女装趣味でさえ、そのアブノーマルさに悩むというよりは、多様性の中の一つとして位置づけられ、本人たちもそんなにそのこと自体に悩んでいないのではないかというのだ。

 そういえば、ネットで、次のような記事を読んだことがあった。

 高校生相手に差別をなくすためのLGBT教育というのをやっても、聞いている子どもたちの反応はいまいちで、「あなたの友だちが、自分はゲイだと告白してきたら、あなたはどう感じますか」という質問を出しても、子どもたちは「別に」と答えるだけだというのである。

 亜弥が来たら、同じ質問をしてみようと思った。

 山名さんの本には、最近は性的マイノリティの人自身が悩みを訴えてくるより、むしろ親がそれを知って相談してくる例が多いとも書かれてあった。

 旧世代としては、それは当然だろうな。

 私だったら、と考えてみる。

 一般の母親よりは寛容になれるかもしれない。けれど、やはり多少は悩み、受け入れるのに時間がかかるだろう。ほかの特異性を抱えた子と同じように、就職や恋愛や友人関係などで、その子の人生の幅を狭くしてしまうのではないかと危惧するからだ。

 しかしたしかに昔に比べれば、ゲイ・コミュニティなども堂々と成立しているし、あからさまな差別も少なくなっていることはたしかだろうな。

 とはいえ、本人がまったく悩まないということはないだろう。

 ことに思春期のような多感な時期に、周りと自分とは違うと気づくと、それをことさら意識するというのは誰にもあることだ。性や身体にかかわることは特にそうだ。

 私にも身に覚えがある。性的な発育が遅く、陰毛がなかなか生えなかったのだ。いまとなってはお笑い草だが、これは当時は相当深刻な悩みで、自分だけが異常なのではないかとひそかに苦しんだものだ。毛生え薬を買ってつけてみたが効果がなかった。

 

 男女関係の規範やモデルが壊れたいまの社会では、性的マイノリティという問題は、たぶん社会的差別の領域によりも、個別の自意識の領域に、より集中して現れるだろう。

 その自意識も直接の対人関係と深くかかわっている。だから、自分の中にある対人意識の問題となって現れるのではないか。

 つまり、いまの時代は、性的マイノリティであることで受ける被差別感よりも、親に告白するかしないかとか、異性の話題で花が咲く友人たちについていけないのをどうするかとかいったことのほうが、悩みの中心をなすのだろう。

 ことに親に対しては抵抗が大きいだろうな。若者たちは、私の世代に比べてずいぶん優しくなっているから、親が嘆き悲しむのを見たくないという理由で、告白をためらってしまうのではないか。世はコミュニケーション・スキルの受難時代。

 

 本に目を落としながら二杯目のビールに口をつけたところで、テーブルの傍らに亜弥がぽつんと立っているのに気づいた。

 「おや、割と早かったな」

 「やだパパ、さっきからいるのに全然気づかないの」

 クスクス笑っている。

 「そうか。まあ座りなよ。仕事は片付いたのか」

 「意外と早くね」

 メニューに見入っている亜弥の顔を盗むように見る。またちょっときれいになったかな、母親にも似てきた、と思った。少しぽっちゃりしてきたかな。仕事やつれは見えない。

 「わたし、これにする。プライムステーキの150g。パパは」

 「じつは、さっき夕飯食ったんで、つまみ程度でいいよ」

 「なんだ、そうなの。じゃ、これは。テイスティングセット4種盛り合わせ」

 「ああ、それでいい」

 亜弥は白ワインが好きなので、デカンタでとって二人で分けることにした。

 「この間の住宅の仕事はまだ続いてるのか」

 「うん。ちょっと手間取ってるわね。キャドの調子がいまいちでさ。わたしが入所するずと前からの使ってるんだものね。所長に買い替えてくれませんかって文句言ったのよ。そしたら苦虫噛み潰して、もう少し待ってくれだとさ」

 昔から誰に対してもはっきりものを言うたちである。小学校時代にも口の利き方をたしなめたことが何度かあった。でも言うことを聞かない強情っぱりだった。

 「あんまりズバズバ言わない方がいいぞ」

 「言い方くらい心得てるわよ。あの、僭越なんですけどぉ、そろそろ買い替えの時期が来てるかもしれないと思うんですぅってね」

 後半、猫なで声になった。まあうまくやってるようだ。

 「景気はどうかね」

 「相変わらずね。よくないわ。給料安いし」

 「だけど設計事務所は、いまどこも厳しいだろう」

 「厳しい、厳しい。ゼネコンの下請け仕事受注しなかったら危ないかもね。だから所長の苦虫もわかるんだけどね」

 「オーナーの要求は」

 「うるさくなってるみたいね。最近災害情報が多いでしょう。ウチはデザインのほうだし、私自身まだ3年目だから上の言うこと、ハイハイって従ってるだけだけど、構造屋さんのほうはたいへんみたいよ」

 「こっちも客がそのへんに対して相当突っ込んでくるよ。こないだもな、新築物件で……」

 注文品が来た。店内は笑声や嬌声でにぎわっている。少々会話が聞き取りにくい。

 「ところで、なんかあったの? パパからってたぶん初めてだよね」

 さっそくステーキで口をもぐもぐさせながら、亜弥が大して関心もなさそうに訊いた。

 「いや別に。何となくきみに会いたくなっただけさ」

 「でも、なんかありそう」

 探るような目線をこちらに送ってくる。

 私は苦笑しながら答えた。

 「亜弥のことで、とかいうんじゃないよ。強いて言えばパパ自身の心の風景の問題かな」

 「ママとも関係ないの」

 「ああ、それは関係ない。でもママは元気か」

 「うん。最近予備校生教えるのも疲れてきたなんて愚痴こぼすようになったけどね」

 「この前亜弥と会った時、小論文問題の作成に主力を注ぐようになったとか言ってなかったっけ」

 「まだ両方やってるのよ。受験生の国語力が最近とみに落ちてきたってさ。全然本なんか読まないんだって。IT社会だとどうしてもそうなるよって慰めてるんだけどね。わたしだって必要以上は読まなかったから」

 「それはパパが塾やってるときからそうだったなあ。ふん、ママもたいへんだな」

 一応同情を示しながら、どんな生活を送っているかには深入りしないようにする。

 養育費の振り込みとその受領の知らせ以外、いっさいやり取りをして来なかった。だから、私が家族を捨てた後、失敗したことを知っているのかどうかもわからない。

 知ったらざまあみろと思うかもしれない。あるいはきれいさっぱり気にもしないかもしれない。

 12年連れ添っても、もうそれ以上離れたきりなので、そのあたりの依子の心模様はなかなかうかがい知れないものがある。しかし亜弥には、その後の私の生活については概略話してある。

 「パパとこうして時々会っていることは知ってるのかい」

 「うーん。わたしも面倒なこと嫌いだから黙ってきたんで、気づいてないと思うよ。何かあったら言っちゃうかもしれないけどね。」

 亜弥が依子のことを話し続ければ応じるつもりだが、私のほうからはあまり話題にしたくない。亜弥も心得ているようで、それ以上言葉を継ごうとはしなかった。

 ふいに亜弥が言った。なんだかうれしそうな表情を浮かべている。

 「あ、わかった。年取ってきて寂しくなってきたんでしょう」

 言い当てられた。言い当てられてむしろいい気持だった。

 「ハハ、まあ、そんなところかな」

 「つきあってる人とかいないの」

 ずけずけ聞いてくるこの調子に、ときには閉口することもあるが、私が依子や亜弥に対してした仕打ちをまるでなかったことのようにして、いまのこと、これからのことだけを突っ込んでくるこの明るさに、感謝しなくてはならないと思った。

 私は、そんな気持ちを胸に畳みながら、とにかく率直に答えを返すしかなかった。

 「それがいないんだよ」

 「わたしとつきあったってしょうがないじゃん」

 「そりゃそうだ。でもパパは、亜弥がそうやっておいしそうに食べてるのを見るのがすごく嬉しいんだよ」

 「いつもの決めゼリね」

 そう言って亜弥は、次の一切れにパクついた。

 大学を卒業して就職するまでは養育費を払うというのが約束だった。支払いからもう3年間解放されているので、経済的にも心理的にも楽になった。

 亜弥のほうからすれば、父親離れをしてもおかしくないはずだが、こちらから声をかけたら躊躇なく応じてきたところを見ると、私に対してまんざらでもない気持ちを残しているらしい。一種のファザコンとも言えたが、そんなことを気にしているふうもない。

 「亜弥はいま彼氏とかいないのか」

 「ヒー・ミー・ツ」

 いきなり聞かれて慌てる様子はなく、表情からして、いるようないないような印象だった。というよりも、プライドが高いから、いない場合でも「いない」とは答えないだろう。

 「まあいい。適当にやれ」

 「言われなくたって適当にやるよーん」

 こちらもそれ以上突っ込まない。仮にいたとしても、この年齢ではいつまで続くかわからない。「彼氏」の段階で紹介しろなどと迫る趣味は私にはない。結婚するとでも言いだしたら話は別だが。

 東京の女性の平均初婚年齢30.5歳。まだだいぶ間がある。話題を変えよう。

 

【前回までのあらすじ】

 半澤玲子は、トイレタリー系企業レオン本社で経理を担当する47歳のOL。過去に離婚歴がある。親友の韮崎絵理が恋活サイトでいい男性に巡り合えたことが刺激となり、また彼女からも勧められて、登録を決意する。玲子の母は武蔵野の実家で、活け花の師匠をしながらひっそりと暮らしている。玲子は、部下のさくらちゃんが、アラサーで彼氏もいないのを親身に心配し、自分にまだ登録する気がない頃から婚活サイトを勧めている。

 一方、中規模不動産会社の営業所長を務める55歳の堤佑介は、やはり離婚経験がある独身男。別れた妻・依子との間に一人娘・亜弥がいるが、亜弥は12歳の時、両親の離婚が成立してから依子のもとで育っている。大学生になってから亜弥は父の佑介と再会する。母親に内緒で時々二人は会っている。佑介は仕事をまじめにこなすが、仕事以外の社会問題に大きな関心を持ち、友人の大学教授・篠原と、景気問題、男性の結婚難問題、少子化問題、中国人の土地爆買い問題などについて、議論を交わす。篠原は堤に再婚を促す。 

 

半澤玲子Ⅴ

                                        9月25日(火)

 

 例の子ども用日焼け止めジェル、キーピィについてのクレーム問題は、該当地区の営業社員をほぼ総動員したおかげで、いまのところ対外的には大事にならずに済んでいる。マスコミにも知られていない。

 しかしもちろん、社内的にはそれで片付いたわけではない。この商品を今後も販売し続けてよいのか。販売方法に抜かりはなかったか。本当にあの商品に問題があるのかどうか、等々。

 この最後の課題は、研究開発部にフィードバックして検証しなくてはならないし、問題があったとしてもなかったとしても、広報をどのように行うのか。コンプライアンスのあり方にも反省点が必要だろうし、クレイマーに対する対処法も、これまで通りでいいのかどうか、検討を重ねなくてはならない。

 何しろいまの情報過多の社会では、蟻の一穴でイメージダウンが起きたら、全社にとって致命的だもの。わたしは東日本大震災のときの原発事故にかかわる風評被害の恐ろしさを思い出した。

 あの時は、横に広い福島県の西の方まで、農家が大きな風評被害に遭った。事故そのものはたいへんなことだったには違いないが、わたしはあれはどうかと思ったものだ。

 総務部には、会津若松出身の男性ベテラン社員がいて、当時、「あんなの、全然関係ないよ」と少し憤慨気味に漏らしていたっけ。「俺は、産地直送で故郷から送られてくるほうれん草を毎日食ってるよ」

 でもなかなかそういう勇気ある発言て、公式的にはできないんだよなあ。

 というわけで、このところ、社内がけっこう騒然としていた。

 お昼休みに中田課長と近所のステラマックスで少し話をした。

 いつもよりコーヒーが苦い。

 「先週の木曜だったかな、研究開発部から報告が上がってきて、成分的には全く問題ないそうだ」

 「そうなんですか。でも、頬かむりするわけにはいかないから、消費者向けにどういう対応をとるか難しいですよね」

 「そうなんだよね。イメージにかかわるからね。それにしても、ちょっと、上の連中はもたもたしすぎている。マスコミがかぎつける前に機先を制さなくちゃならない。まったくマスコミは、自分たちのこと棚に上げて、なんか探り出すと、鬼の首でも取ったように煽り立てるからね。それに最近はSNSでの炎上も覚悟しとかないと」

 「私も気が弱い方で、大きなことは言えないんですけど、問題がないんだったら、そうはっきりと発表すればいいと思いますけどね。」

 「そう。どういう言葉を使うかにはデリケートな配慮が必要だけどね。とにかく『今回の場合は、厳重に検査を重ねた結果、普通に使用して問題はないことがわかりました』って言うべきだね。そのうえで、『でもお肌に合わない場合もあるので、そういうクレームのあった方については、弁償も治療代もお支払いいたします』ときちんと発表すればいい。ところが、そこが日本人の毅然とできないところなんだね。ずるずる先延ばしして、そのうちマスコミやクレーマーの圧力に負けて、ことを大きくしてしまう」

 「そして幹部が謝罪」

 「そう。『世間をお騒がせしてまことに申し訳ありませんでした』なんてね。謝罪する理由がいつの間にかすり替わってしまう。あの光景は見たくないね。慰安婦問題なんかでも、強制連行の証拠なんてどこにもないのに、『人間としての尊厳を計り知れないほど傷つけた』とかなんとか言って、とにかく謝っちまえで、結局相手にますますつけ込まれる」

 中田さんとこんな話をしたのは初めてだ。ちょっとうれしくなった。同じ会社に勤める人間として、代表者の人たちにはぜひしっかりしてもらいたいと思った。

 「でも、どうなるんでしょうね。キーピィについては」

 「うーん、全品回収なんてする必要がないと思うけどね。製造年月日と販売地域の記録はあるんだから、それに該当する部分だけ回収すればいい。もちろん、きちんと説明責任を果たしたうえでね。しかしウチの幹部連中はそこまでやり切れるかどうか。どうも怪しいもんだ」

 聞いていて、中田さんて、けっこう骨のある人なんだな、と思った。こういう人が出世すればいいのに、なかなか世の中そうはいかないみたい。

 「課長、生意気なこと言いますけど、経理にいらっしゃるの、なんかもったいないですね。もっと活躍できる部署があるんじゃないんですか」

 中田さんは、かすかに頬を紅潮させた。

 「いやいや、私なんぞ、傍観者の立場だから、無責任にこんなこと言ってられるんですよ」

 謙遜してそう応じたものの、褒められてうれしそうな表情が顔にはっきりと出ていた。

 すると次に、少し顔をこちらに近づけて、いきなりこんなことを囁いた。

 「半澤さん、今度飲みに行きませんか。二人で」

 「あ、はい」

 唐突だったので、思わずそう答えてしまったが、約束するつもりはない。

 彼は物知りだし、考えもしっかりしているから、ある程度好感は持っているけれど、一緒に飲みに行くというところまでは、ちょっと勘弁だ。

 第一、「二人で」って付け加えるところに下心が透けて見える。男っておだてに乗りやすくて、すぐ勘違いするのね。中田課長の顔が、さっきの凛々しい表情から、急にスケベオヤジに見えてきた。

 まあ、不器用なところが可愛いとも言えるんだけど。

 とはいえ、わたし自身だって、誘われて悪い気はしなかったのが正直なところだ。何しろ年ですからね。状況次第で受けてもいいかな、と揺れ動く自分がいたのは事実です。

 

 あれから例の恋活サイトでは、「いいね」がけっこう入った。もちろん、わたしのほうからも「いいね」をいくつか入れた。結果、マッチングが三つ。やっぱり素直にうれしい。来た、というだけでちょっとわくわくする。

 若い順にいきましょう。

 

 一人は39。未婚。ニックネームは「トニー」。身長170。目が大きくてきれい。丸顔で年よりも若く見える。アニメ制作会社に勤務。

 「国内旅行をよくする」と書いてあり、東京在住、どちらかといえばインドア系で、好きな料理も和食とイタリア料理。わたしと一致している。年収は300万以上。

 悪くない、と思ったし、アニメ制作という仕事に興味がわいた。

 しかし、プロフィールに年齢差はそれほど気にしないと書いたくせに、じつは、気になる。大学生といってもおかしくないほどの若作りで、頼りがいがあまりなさそうに見える。

 8つ違うと、わたしのほうが早く老けてしまうので、そうなったとき、相手が気を移すのではないかという不安がぬぐえない。

 自己紹介文もちょっとつたない感じだ。「望ましい交際」の項目も、「マッチングしたらすぐに会いたい」を選んでいて、わたしと食い違ってる。

 でも、8歳も年上のわたしに的を当ててくれたことには、素直に感謝したい。

 

 二人目。49。バツイチ。ニックネームは「ひろくん」。身長168。子ども無し。生命保険会社に勤務。年齢的にはちょうどいいけれど、顔が何となく貧相で、疲れた感じ。奥さんに逃げられたんじゃないかしらと、余計なことを考えてしまう。

 趣味は音楽鑑賞、美術鑑賞、読書、散歩。年収300万以上。

 普通に正社員として働いてきたなら、男性としては、この年齢で300万以上はどう見ても少ないんじゃないかな。少なくてもかまわないんだけど、もしかして転職を繰り返していたり、派遣社員だったりして、不安定そうに見えるのが気にかかる。

 最近は非正規社員が4割を超えているっていうから、その部類なんじゃないかしら。それに生保系っていってもピンキリだろうし、キリのほうだとしたら先行きが危ぶまれるなあ。

 年齢、趣味、バツイチなどでマッチングしたんだろうけれど、やっぱり甲斐性の点で落ちるかな。

 

 三人目。58。未婚。ニックネームは「テッチャン」。私立高校国語教師。趣味は山歩き、読書。日本の古典や歴史に興味があるので、歴史遺産のある地方をよく旅行するという。歳にしては若く見えるが、ちょっといかつい感じ。身長が163とかなり低い。

 でもさすがに文章がしっかりしていて、知性が感じられる。高校教師だからそれは当然か。学校名は書いてないけど、かなりレベルの高い学校じゃないのかしら。年収は900万以上。

 「こんなことを言う資格はないのですが、優しく落ち着いた感じの女性がいいなと思っています」とある。繊細さを感じる。

 知性派、そこそこ高収入。こういうデータって、やっぱり女心をくすぐる。だけど、わたしのほうが付いていけないかもしれない。古典や歴史なんて、てんで教養がないもの。

 でもどうしていままで結婚しなかったのかしら。

 そうだ、例の四分の一が未婚ってやつか。珍しくないんだったわ。意外と、こういうハイレベルの人のほうが出会いの機会が少ないのかも。

 いやいや、キャラが問題だから、それは会ってみないとわからないな。

 年齢が11違う。万一結婚とかなったら、わたしが60になった時、この人は71。母と同じ75になった時86。平均年齢からすると死んじゃってるかもね。でも、そんな先のことはわからない。

 なんだかんだ言っても、この三人の中では、やはり最後の人が一番自分にしっくりくるかな――そう思った。

 さてどうするか。こちらからメッセージサイトに書き込むか。

 女性が積極的にならないと出会いが成立しない時代だというのは、エリにもさんざん聞かされたので、そのことはじゅうぶんわかっていた。わかってはいるけれど、しばらく「惑いの時」を過ごした。

 結局、向こうからの反応を待つことにした。期限は五日間。すると、マッチングの翌日にメッセージが来た。一昨日の日曜日。

 他の二人からも来たけれど、応じないと悪いとは思いながら、こちらにあまりその気がないのに、ヘンに気を持たせてしまってはかえって申し訳ない。

 というわけで、無視を決め込むことにした。とはいえ、トニーくんにはちょっと未練が残った。

 

 エリに見せてもらったけれど、マッチングすると、たいていの人は「マッチングありがとうございます」と書き出す。前の二人もそうだった。男女ともに常套句になっているらしい。

 でもテッチャンさんは違った。「マッチングして、とてもうれしく思いました」というのだ。考えてみれば、このほうが正しい日本語だ。

 だって、マッチングというのは、何かの基準がコンピュータにインプットされてて、それぞれのプロフィールを自動的に判断して、互いの合致点が高ければ機械的に成立するシステムでしょう。相手に「ありがとうございます」とお礼を言うのは変だ。

 このあたりにもわたしは好感を持った。同時に、わたしってけっこう言葉にうるさくて理屈っぽいんだなと改めて気づいた。

 この理屈っぽさは人から指摘されたことはないけれど、これから新たに「男への旅路」に発つ身としては、気をつけておくべき点の一つだ。

 さてテッチャンさんの最初のメッセージ。

 

マッチングして、とてもうれしく思いました。高齢者までもういくらもないので、半分あきらめていたのですが。

可愛らしいお写真を拝見して、優しい方にちがいないと感じました。また静かな暮らしをお望みで、お花を趣味にしていらっしゃるとのこと、とても好ましく思います。

お花は何流でしょうか。

プロフィールにも書きましたが、私は職業柄、歴史や古典に少しばかり詳しいので、もしお付き合いしていただけるなら、そちらの方面にも興味を持っていただけると、うれしく存じます。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 少し時間をおいて返事した方がいい。それだけ向こうの期待感が高まるから。でもあんまり待たせないように。と、これはエリの入れ知恵。

 そこで翌々日の夜、つまり今夜、仕事から帰って夕食を済ませ、落ち着いたところで次のようにメッセージを返した。

 

メッセージ、ありがとうございます。お返事が遅くなり申し訳ありません。ちょっと仕事が立て込んでいて余裕が持てなかったものですから。

お花といっても、最近はあまり打ち込む暇がなく、ほんの時たましか手をつけません。流儀は大原流です。

歴史や古典のことにはとんと暗い方ですので、ご期待に応えられるかおぼつかないところがございますが、いろいろとご教示いただければ幸いです。

こちらこそ、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 まだあなたのことをよく知りません、ということをきつく念頭に置きながら、けっして尻軽女と思われないように、慎重に言葉を選んだつもりだった。たったこれだけなのに、なかなか疲れるものだ。ふう。

 

 気分を変えようとテレビをつけてみたら、『海風45』という雑誌が突然休刊になったことを伝えていた。知らない雑誌だ。たぶんオジサン向けなのだろう。

 なぜこんなことをニュースにするのかと思っていたら、何でも少し前に杉山未久という国会議員がLGBTを取り上げて、彼らには「生産性がない」と書き、人権派の人たちからバッシングを食らったのだそうだ。で、今度は同じ雑誌で彼女を擁護する特集を組み、その中の一つの論文が前にも増してバッシングを食らったのだという。

 出版社の休刊宣言には、そのことを反省する文言が盛られていた。でも出版不況で発行部数が激減したのが本当の理由なんじゃないかと、わたしは疑った。わたしの会社でも、製造打ち切りの言い訳には、何かとそれらしい理屈をつけるのだ。

 LGBTと聞いて、エリとのいつかの夜のことを思い出した。

 あのときエリがわたしの首筋に寄せてきた唇の感触がほのかに甦る。わたしたちはもしかしたらLかもしれない、それも悪くないなと、あの時かすかに思ったのだった。

 でも本気でそうなったら、性的マイノリティということになり、いろいろ面倒になりそうだ。カミングアウトという言葉を昔からよく聞くけれど、あれは、本当に必要なんだろうか。ケースバイケースじゃないのかしら。

 それにしても人間て、不思議な動物だ。セックスは子どもを産むためじゃなくて快楽のために行われるし、相手も方法もいろいろなかたちが選ばれる。わたしだって、子ども産めない年齢なのに、男性を求めて恋活までやってる。老人ホームでも恋愛関係が生まれたり、結婚したりするって話も聞いたことがある。

 老人ホームで結婚した人もセックスするのかしら。

 する場合もあればしない場合もあるんだろうな。裸で抱き合って、キスして、したつもりとか。

 でも、と、その先を考えた。してもしなくても、カップルとして残りの人生を生きていくこと、そのことをまわりが認めて、祝福してくれること、そのことに意義がある……。

 人間て、きっとずいぶんさびしがりやなんだ。ていうか、きっと心が身体からすごく浮き上がって独り歩きするところがあるのね。

 いい年になってるんだから、こういうこともこれから少しずつ考えていこうかしら。うん。玲子の人間研究。ちょっと哲学者っぽいな、などと一人で悦に入っているわたしでした。

 

 テレビを消してスマホを取り、もう一度Fureai画面を出してみると、なんとトニーくんから二通目のメッセージが届いていた。胸キュン、なんて言ったら中学生みたいでおおげさだけど、正直、少し心が騒いだことはたしかだ。

 

僕のメッセージ、読んでいただけましたか。お返事がなかなかないので、しつこいと思われるのを覚悟でまた書きました。これでお返事もらえなければ、ご縁が無いものと、あきらめようかと思っています。この前もちょっと自分の仕事のこと書きましたが、アニメはお好きですか。僕は仕事としては剛郭機動隊みたいなSF系だろうと、サラ雪みたいな子供向けのものだろうと何でもやりますが、個人的には『となりのポポロ』とか『広い世界の端っこで』みたいなハートウォーミングなのが好きです。ワレモコウさんは、生け花をやっているそうで、プロフィールの雰囲気からも、たぶん温かい心を持っていらっしゃるに違いないと信じています。その点で、きっと打ち解けてお話しできると思っています。この前も書きましたが、ワレモコウさんは、きれいな人です。僕にとってはとても魅力的です。どうか一度だけでも結構ですから、お返事してくれるとうれしいです。

 

 うーん。日常生活が壊されていくあの『広い世界の端っこで』がそんなにハートウォーミングかなあ。もう少しうまい言い方ができないのかしら。改行が全然ないのも気にかかる。

 ま、それはいいとして、こう攻めてこられると、応えないわけにはいかなくなる。容貌と同じように、可愛いところがある人みたいだ。子どもを持ったこともないのに、何となく母性本能をくすぐられた。

 わたしは自分が可愛がってもらいたいほうなんだけど、歳の差から言えば、逆の組み合わせパターンも当然ありだ。

 でもこの人、「下手な鉄砲」いっぱい打ってるかもしれない。そのことをしっかり想定した上で、返事を書いてあげよう。明日早いので、もう寝なくちゃいけないんだけど、せっかくの好意に報いる気持ちで頑張ってみた。

 

お返事しなくてすみませんでした。ちょっと立て込んでいたものですから。

アニメはあまり見ないほうですが、『広い世界の端っこで』は見ました。ゆきさんが時限爆弾を踏んでしまって直美ちゃんを失い、大切な右手を失ったシーンには驚くと同時に、泣けました。ああいうふうな描き方は、きっとアニメでしかできないんでしょうね。

戦争というきびしい時代を生きる運命を背負ってしまった人たち。それでもふだんの生活は続いていくのですね。そのことの強さを感じさせるとても良いアニメだと思いました。

それから、わたしはきれいではありませんし、トニーさんが思っていらっしゃるほど温かい心の持ち主でもありません。ただの中年おばさんです。じつは最近は、暇がなくてお花のほうもさっぱりなんです。

これからも仕事の関係で、あまり几帳面にお返事できないかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

 

堤 佑介Ⅳの2

 

 私は篠原に向きなおって、

 「それにしても『生涯未婚率』ってのはふざけた言葉だな。人生100年時代とまで言われているんだから、50代で未婚だからといったって、これからいくらでも結婚機会はあるはずじゃないか」

 「それってもしかして堤自身のこと言ってる?」

 「あ、それは意識していなかったけど、もしかしたらそうかもしれない。今のところ再婚する気はないけど、このまま一人で年取っていくのが寂しいという感じは正直あるな」

 「堤君。なかなか率直でよろしい。たしかにこれからは子どもが自立した後の人生をどうするかが大きな課題だな」

 「再婚率は増えてるの」

 「増えてる。高度成長期には下がってたんだけど、いまは当時の2倍を超えてるね」

 「それだけ、一生この人と、みたいな結婚規範に縛られなくなったってことだな。とにかく個人化が進んでいるから、俺の仕事でも、もう昔の家族イメージで考えてると、思わぬ計算違いをすることがあるね」

 「不動産業界でも、独り暮らしとか、子どものない夫婦とかのニーズが多いんだろうね」

 「多い、多い。若者の独り暮らしよりもむしろ独居老人、それに子どもが自立しちゃった老夫婦、初めから子どものいない中年夫婦。話はそれるけど、あと問題なのは、木造アパートの空室率がここ3年ほどで激増しているんだ」

 「それは何が原因なの」

 「いろいろあるけど、相続税対策でアパート経営に乗り出した人が急に増えたんで、供給過剰になってるのが一番大きな原因だな」

 「そりや、ケインズの言う『合成の誤謬』じゃないか」

 「なんだっけ、『合成の誤謬』って。大学で習った覚えがあるけど忘れちゃったよ」

 「要するに、ある人が家計支出を減らして貯金するだろ。でも考えてることはみんな同じで、みんなが貯金するから、みんなの支出が減る。だれかの支出は必ず他のだれかの所得だよな。だから支出が減れば全体の所得も減る。結果、家計の収入が減ってしまって、支出を減らそうとした意味がなくなるわけだ。マクロでみれば不景気になってしまう」

 「なるほど。みんなが消費すればいいのにな。アパート経営者が金をため込もうとしてみんながそれをやると、供給過剰が起きて空室が増えちゃうから、結果的に収入が減る、と」

 「そう。それにしても空き家問題は深刻だな。政府は手を打ってるのか」

 「アパートの新築を抑制しようとしてるけど、効果薄だな。あと古い戸建ての空き家もすごく増えてるな。老夫婦の一方が亡くなって、一人で戸建てに住むわけにいかないから、駅近のワンルームマンションに住みかえたり、ホームに入ったり、子どもの家にご厄介になったりして売りに出すんだけど、それが売れないまま残ってる」

 「すると、トレンドとしては、これからは戸建てよりも比較的狭いマンションにシフトしていくと考えていいのかしら」

 「うーん。売買の場合はそうだな。たとえば中古マンションの成約件数は去年の7月には前年比9期連続増だったけど、戸建ては2期連続減だった。でも、今年に入ってからは、全体として減少気味だな」

 「なんだか、日本はだんだんお寒くなってくるな」

そう言って篠原はナプキンをとり、猫背をさらに丸めてくしゃみをした。

 

 「話を戻すけどさ、堤は独り暮らし何年になるんだっけ」

 そう言って、篠原はこちらに柔らかい視線を送ってよこした。

 「ええっと、もう12年近くかな」

 「ほんとに再婚する気はないのか」

 単刀直入な質問に私はやや戸惑った。

 「うーん、そう面と向かって聞かれると、迷うところだな」

 「たとえばもし俺が、いい人がいるから会ってみないか、とか言ったら?」

 「うーん……応じるかもしれない。会うくらいならいいよ。でもあんまり積極的になれないな。さっきの篠原の話みたいに、女性に三度も拒絶されたりしたら、ちょっとめげるからな」

 「そういうためらいはよくわかるよ。でも、ご両親は亡くなってるし、えっと、別居してるお嬢さん、名前なんだっけ」

 「亜弥」

 「その亜弥ちゃんはいくつになったの」

 「25、もうすぐ6だ」

 「ちっちゃかったのにそんなになったか。もういい大人だ。堤は羨ましいほど身軽な境遇じゃないか。先はまだ長いんだぜ。一生独りでいいと覚悟を決めるか、そうでないなら、積極的にならないと、運命が向こうからやってくるなんてことはないよ」

 「ありがとう。その通りだな。まあ、考えとくよ」

 ここでしつこく追及されるても困るし、気恥ずかしくもある。子どもの話が出たのをいいことに、矛先を篠原のほうに向け変えた。

 「そういえば、哲史君や卓也君はいくつになったんだっけ」

 「哲史は、ええと27かな。卓也はまだ大学二年」

 「彼女とかいるのか」

 「どっちもいなさそうだな。いや、よくわからないけど、女房に言わせるといないらしい。いまは、恋愛や結婚に対する若い男のためらいがすごく大きいんだよ。ちなみにこれは、仮に経済力があってもの話だよ。というか、男が女にひどく遠慮せざるを得ないような状況になってる」

 そう、それがまさに聞いてみたかったことの一つだ、と、私は心の中で膝を打った。酒のお代わりを頼みながら、思わず肘に力が入るのが自分でわかった。

 「俺もそう思うんだよ。世間じゃ草食系が増えたとか精子が減ってるとかなんとか言ってるが、これって、男の生理的な問題じゃなくて、男女関係に関する社会的な風潮が変わってきた問題じゃないかと思ってるんだけど、違うかね」

 「うん。たぶんそうだろうな。そりゃあ、もう俺のところなんかたいへんだよ。女子学生が研究室に質問に来るだろ。ドアは絶対開けとかなきゃいけないんだ。通路でも建物の外でも、特定の女子学生と親密にしているように見えちゃいけないな、っていつの間にか絶えず気にしてる。俺みたいなモテないに決まってる男でもな」

 「篠原教授は、可愛い女子学生がいたらムラムラとか来ないのか」

 「そりゃ、来るよ。堤だってそれは同じだろ。若い女子社員にはムラムラ来るだろ。おまけに堤は独身じゃないか」

 酔いが回って話がだんだん下世話になってきた。

 私はふと川越嬢のつぶらな瞳とはつらつとした身体を思い浮かべた。たしかにムラムラ来ないわけではない。しかし所長としてはそんなスケベ心をおくびにも出すわけにはいかない。オヤジと思われたくないというプライドもある。

 それから高校生みたいな本田の丸顔が思い浮かんだ。彼が川越に言い寄るところはとても想像できない。

 「まあな。いま世代って言ったけど、いまの若い連中は、恋愛するのをひどくめんどくさがってるみたいだな。実際、恋愛は真剣にやればやるほどめんどくさいからな。みんな三次元から逃げて、二次元で済ませてる。こないだ『電子マン』って10年以上前に出た本を読んだけど、時代を映してておもしろかったよ」

 「ああ、あれはおれも読んだ。詳しいことは忘れちゃったけど、若者がアニメオタクになだれ込む状況を自己批評的に書いていたな。しかしどうなるのかな、日本の男と女は」

 「そこを分析するのが、篠原教授、あなたのお役目でしょう」

 答えを期待していなかったが、篠原は、急に饒舌になった。

 「うーん、正直、俺にもよく読めない。ただ、これまでこうだったと言えるだけさ。同業の山名昌彦が見事に分析しているけど、大ざっぱに言って、七十年代までは男女は恋愛したらその相手と結婚するものだっていう規範があった。八十年代になると、それが崩れて、恋愛の自由競争市場が成立した。出会いの機会は昔よりも増えたんだけど、そうなるとモテるやつ、モテないやつの格差がかえってはっきりしてきた。九十年代になると、バブルがはじけて、そこに経済格差が加わった。それまではパラサイトシングルはそれなりにリッチな独身生活を楽しんでいたのが、今度は、パラサイトしなくちゃ経済的に持たなくなってきた。そこへもってきて今世紀に入ってデフレが続いて非正規社員の増大だ。少数のモテるやつはますますモテ、大多数の貧困男性はますますモテなくなった。恋愛プロレタリアートの出現だ。さっきの『電子マン』は、そういう時代の産物なんだ。恋愛プロ、レ、タリアート、わかりますか」

 プロレタリアートというところで、篠原の舌はいささかもつれた。。

 「よくわかるよ」私は笑って答えた。

 「それに加えて、男女共同参画社会とやらで、女が経済力をつけて大きな顔をするようになった。恋愛市場は女の独壇場だ。しかも女は理想の男性像を捨てない。そうなると、ますますミスマッチが拡大する。男はなかなか女に触れることがかなわない。半ばあきらめの心境だ。ある調査によれば、恋人はおろか、異性の友人すらいない若者の割合がここ二十年で増大してるんだ。俺の知人でさ、有力企業に勤めてる三十代半ばの男がいるんだけど、彼も言ってたよ。職場では『女は腫物』だってね」

 声が大きくなった。隣の客がちらりとこっちを見た。アキちゃんにもマスターにも聞こえたらしく、二人ともまたにやっとした。

 「女は腫物か。名言だな。名言が出たところでもう一杯行くか」

 「よかろう」

 篠原の目はすでに半ば座っているが、まだ聞きたいことがある。こういう気取らない話を学者から聞くのは飲み屋でしかできない。

 

 「アキちゃん、出羽菊ある?」

 「はい、ございます」

 篠原はメニューをしばらくにらんでから、

 「俺はと。千代鶴にしよう。ええっと、千代鶴、ありますか」

 「はい、ございます」

 「なんでもあるね。いいね。それと、おしんこ」

 「おしっこはないぞ」

 「おしっこじゃなくて、お・し・ん・こ」

 アキちゃんが笑いながら、「ハイ、わかりました」と言った。

 客はそろそろ入れ替わりつつある。いまごろ山下たちはまだ頑張ってるのかな、とふと思ったが、いまさらどうしようもない。

 「その、男どもが感じてる不自由感というか、窮屈さというか、自分から引いてしまう感じ、これはさ、いま篠原が分析してくれた恋愛事情だけじゃなくて、そこに政治的な正義、つまり人権とか平等とかを無条件に押し立てる風潮が絡んでやしないか」

 「ポリコレってやつだな。あれは一種の言論統制だな。それはたしかにある。だれにとっても生きにくさを感じさせる社会があるなら、その生きにくさを取り除くのが政治の役割だ。だけど、『人権』とか『平等』とかはそのためのツールに過ぎない。ところが、その単なるツールが硬直した原理主義になってしまうと、それが押し通されるために必ず別の生きにくさが生じる。少数者とか弱者とかカテゴライズされてきた人たちが特権者に転化するんだ」

 ふむふむ、と私は自分が考えていたことを代弁してくれているような気持でうなずいた。

 「この問題の厄介さがどこにあるかっていうと、誰も異議を唱えられないような『正義』を振りかざされると、それに違和感を感じたとしても、対抗論理をうまく対置できないところにある。フツーの人の感覚が黙らされてしまう。ただ、なんか変だなって感覚だけは残る。でもうまい言葉がみつからない。何か言えば「サベツ、サベツ」だ。逆に日本の学者はたいていリベラルだから、その社会的発言力に物を言わせて、そういう人権主義や平等原理主義のお先棒担ぎをやってるわけだ。評論家の唐理英が昔、そういうのを人権真理教って呼んでたな」

 人権真理教とは傑作だ。私はおもわず吹き出した。

 篠原は、大学では保守派教授として通っているらしい。社会学者のなかでは珍しいそうだ。 「俺の周りはサヨクばっかりだよ」といつもぼやいている。少々被害妄想的な感じもするが、いまのセリフには、持論が飾り気なく出ているとも言えた。

 「俺が感じてたこととだいたい同じだな。だけど、女性は少数者でも弱者でもないんじゃないか」

 「ふむ。少数者じゃないかもしれんが、社会的法的な意味では、かつては弱者だったことは確かだろう。参政権もなかったんだから」

 「いや、最近はどうかって話だよ。俺のオフィスの部下が、酒の席だけど、ちょっとしたジョークを飛ばしたら、女性社員が、まあこれもジョークの範囲内だけど、その発言は限りなくセクハラに近いって言うんだ。俺の感覚ではとてもセクハラとは思えない」

 「その種のことはしょっちゅうあるな。一人一人の女はそんなことないんだけど、なんか、空気ができちゃってるんだよな。一種のファッションみたいなもんだ」

 「ファッションというファッショ」

 「そう! 女ってのはけっこう空気を読むのがうまいだろ。これは使えるってどっかで感づいてて、機会あるごとに『ワタシは人格を持った一人前の女よ! お安く見ないでちょうだい』ってアピールしてるんじゃないかね」

 「でもさ、そのアピールが強すぎるから、かえって男が委縮しちゃうんじゃないか。そうなると逆効果じゃないか」

 「それはそうだ、それはそうだ」と篠原はうなずきながら、キュウリを口に含み、音を立てて噛んだ。

 「そこが問題だ。さっきのテーマに帰るわけだ。人権真理教や平等原理主義やポリコレがはびこると、晩婚化がますます進む、と。これは今度の論文のテーマにしてもいい」

 「ほんとにやる気か。サヨク・リベラルに叩かれる覚悟はあるのか」

 「今どきサヨクなんぞを恐れていて、何ができる」

 篠原が大見えを切ったのに煽られたのか、こっちもだいぶ酔いが回ってきた。

 「その頼もしさを買って、ついでにもう一つ、セクハラ、セクハラって騒ぎ立てる女は、美人よりもブスが多いんじゃないかと俺は疑ってる。そこらあたりを統計学的に証明してもらえないか」

 「それは、ハハハ……俺も成り立ちそうな気がするけど、証明は難しいよ」

 篠原は酔っている割には、意外にも冷静さを示して言った。

 「だろうな。だけど、自分の色気に自信がある女は、何言われたってうまくかわすんじゃないか。反対にコンプレックス持ってる女ほど、過剰に被害感覚もってアピールしたがる。こういう論理は成り立つと思う」

 「ハハ……それはお前がやれよ。エビデンスがないと学者の世界では通らない」

 

 「すみません。ラスト・オーダーになりますが」

 見渡すと、もう他の客は一組しかいない。

 「そろそろ終わりにするか」

 「そうしよう」

 「あ、けっこうです。どうもごちそうさま。おあいそ」

 「どうもありがとうございます」

 「アキちゃん、セクハラに遭わないように」

 アキちゃんは、マスターとまた目配せして、ほほえみながら、

 「ウチのが守ってくれますので」

 「二重にごちそうさま、それじゃ、また」

 外に出ると、ついこの前とは打って変わって、ひやりとした空気が頬を撫でた。篠原の足は少しふらついている。

 「おい、大丈夫か」

 「大丈夫、大丈夫。いや、しかし今日は久しぶりに楽しかったな。言いたいことが言えた気がする。またやろう」

 「大学ってところもけっこう抑圧的空間だな」

 「けっこうなんてもんじゃないさ。俺みたいな異端児にとってはな」

 どちらからともなく握手をして、駅に向かった。

 たしかに楽しくはあったが、まだ聞き足りない思いがかすかに残った。それは、男女関係というのは、政治的な、また社会的な強さ、弱さといった切り口では語れない部分があるのではないかという疑問だった。

 表通りをまかり通っている「正義」のあれこれでプライベートな問題を測り取るのには、どこか無理がある。これは社会学とか、倫理学とか、政治の声といった枠組みではうまくとらえられないんじゃないか。

 つまり篠原と本当に議論してみたかったのは、社会正義の以前にある男女の性差についてどう考えるのかという問題だった。というのも、最近の「どっちが正義か」という表通りの議論は、いつも、具体的な性差の問題を無視しているように私には思えて仕方ないからだ。

 人権、平等、自由、格差、合法性、多様性、多文化共生、責任、どの語彙も抽象的で、普通の生活感覚から乖離している――しかしこれは、結局自分だけで感覚を研ぎ澄ませて考えるしかないのかもしれなかった。それに、次の機会もある。

 

 改札の手前でふいに篠原が言った。

 「それにしても堤。さっき俺が言ったこと、もう少し真剣に考えてみろよ」

 「さっき言ったことって?」

 「サイコンだよ、サイコン」

 「ああ、その話か、考えとくよ」と受け流してはみたものの、人から言われると、たしかに自分の内面でリアリティが増してくるのを否定できなかった。

 改札をくぐってから、逆方向なので、「じゃ、またな」と言いながら篠原と別れた。

 トイレに立ち寄った。

 再婚か、いい女がいればな。

 放尿しながら、そういう個人的な身の振り方のほうもおろそかにするわけにはいかないな、とだんだん本気になっているのを感じた。

 そうすると、好奇心でこだわっていたさっきのテーマとは、まったく別の形でそのことが自分の心を占領してくる。しかし、こちらの方は、「どう考えるか」というよりは、「どう行動するか」という問題だろう。

 いや、そうでもないのかな。結婚経験や不倫経験はあっても、自分だって「生涯未婚率」のお仲間と大して変わらない境遇にいるといってもおかしくない。行動する前に「考える」ことも必要だろう。

 女性と深い接触をしなくなってから長い時間がたつ。それを自分の意思の問題のように思っていたけれど、知らず知らずのうちに、いまの時代風潮に影響されていたのかもしれない。つまり、男性が女性に遠慮して近づかなくなっている風潮に。

 酔いも手伝ってか、これからのことを考えてちょっと篠原のアドバイスに乗り気になってきた。年甲斐もなく、はずむようにホームへの階段を降りた。

 明日予想される忙しさのことなどはどこかに吹き飛んでいた。もちろん、自分から積極的にならずに、うまい話が向こうからくるはずがないと一方ではみずからを戒めてもいたけれど。