半澤玲子

 

薄暗がりのなかに、大きな本棚と遮光カーテンだけのシンプルな室内がぼんやりと浮かび上がる。タイマーをかけてつけっ放しにしたエアコンの音が静かに流れている。

なかなか寝付かれなかった。

 

さまざまな想念が浮かんでくる。

 

こうしていま、かたわらに好きになった男の人がいる。腕と腕とが触れあってお互いの体温を伝え合っている。

去年の今頃、わたしは年末の忙しさに疲れたからだをひとり、狭いベッドに横たえていた。おととしも、さきおととしも、その前の年も。

わたしは、それぞれの年に何を考えていたのか。

何にも考えていなかったのかもしれない。変わることのない時の流れに倦んで、ため息ばかりついていたのかもしれない。

慣れ切った仕事を毎日こなし、こんなふうに年老いていくのだなと、あきらめの気持ちがしだいに深まっていった。おそらく、そのあきらめの気持ちそのものにも慣れていったのだろう。

いろいろな人々のことが頭をよぎる。

 

そう、さきおととしの秋には父が亡くなったのだった。肝臓がんで入院した時、母がほとんどつききりで看病していた。手術を含めていろいろな治療を試みたが、やがて治療はもう無理だと言われた。わたしも妹も何回か見舞ったが、行くたびに衰えていく様子がわかった。

余命いくばくもなくなったころ、個室のドアを開けると、父は「玲子か」と意外にはっきりした声で言った。母はその時、どこかに外出していた。

「お前はお母さん思いのいい子だ。これからもお母さんを大切にしてやってくれ」

わたしが涙ぐんでいると、目ざとくそれを見つけた。

「人にはそれぞれの寿命というものがある。玲子、これでいいんだよ。だからこそ人生には輝きもあるのさ。お父さんは少しも後悔してない」

それが最後に聞いた言葉だった。

いい言葉を残してくれたと思ったが、それでも、その同じ年の暮れ、私の人生はまだ輝きの片鱗も見えなかった。それなりに明るい毎日を過ごしてはいたけれど。

 

エリ――何度も援けてもらったのに、いま彼女は苦境の中にいて、わたしは何の力にもなってあげられない。あれからどうしたろう。彼女のことだから、きっと闘いに挑戦しているに違いない。これからどういうふうに荒浪を乗りきっていくのだろう。

強くて颯爽としたエリ、そのエリがこの秋には、二回、自分からわたしに援けを求めてきた。そうはっきり助けてくれと言ったわけではないけれど、いまから思うと、やはりあれは参っていたのだ。もう少し何かしてあげられなかっただろうか。してあげることはできなくても、せめてもう少し何か言ってあげられなかっただろうか。

年が明けたら、一度こちらから連絡を取ってみよう。たとえば、わたしが彼女の了解を得て、彼氏に会ってみる。三人でか、一対一でか。そうすれば、何かがつかめるかもしれない。何か具体的で適切なアドバイスをしてあげられるかもしれない。そういうアクティヴな踏み込みが必要だ。

 

さくらちゃん――あんなに甲斐甲斐しくて、真面目で、可愛いさくらちゃんが、短い間に三回も機会を逸してしまった。今の時代、いや、いつの時代でも、結婚することが必ずしも女性の仕合せに結びつくわけではないけれど、でも彼女は明らかにそれを求めていた。

佑介さんが言っていたように、結婚したくても、いろいろな理由で結婚できない人たちが、いま日本中に溢れている。みんな一生懸命工夫しているのに。

私のようなちっぽけな個人が接することのできる人なんて、ごく限られてる。その限られた人のことをいくら心配してあげても、それでもその人の運命をいい方に変えることができなかった。まして多くの知らない人々の人生に影響を与えるなんて、できるわけがない。

せめてさくらちゃんのような素敵な子が仕合せをつかむことができるように、祈り続けるしかない。

 

中田さん――あわてて去って行ったあの後姿が忘れられない。「じゃ、これで」が最後の言葉だった。不器用で朴訥で、でも仕事熱心だった。

わたしに気があるなと思い始めたのは、彼が誘いをかけてくるよりずいぶん前だったのだが、そのころわたしは彼の人格を見誤っていた。LGBTなんかに関して饒舌に蘊蓄を傾けていたのは、一種の照れだったんだなあと、いまにして思う。

彼と最後に話したとき、これでしこりが取れたと思ったけれど、完全には取れていなかったことが後でわかった。だって佑介さんとのデートのとき、わざわざ早く駅に着いて、中田さんに誘われた神楽坂の店に出かけていったんだもの。でもその店はもう閉まっていた。

その日わたしは佑介さんと初キスして、それで止まらなくなってしまった。それは必然の成り行きだったし、中田さんを振ったことはみじんも後悔していない。それにしても、あんないい人を振るというのは、あとあとまでどことなくしこりを残すものだ。

 こんなふうに思い起こしていること自体が、まだしこりが完全には取れていない証拠だろう。いや、一度心に残ったしこりは、一生取れないに違いない。それはちょうど返すことのできなくなってしまった借金のようなものだ。

 

 人は人と出会い、そして別れていく。ある人々のことは永久に忘れてしまう。でも別の人々のことはいつまでも覚えている。いい付き合いができた人のことは、そういうものとして記憶に宿る。でも覚えているのは、そういう人ばかりではない。

 かえって、もう一度会おうと思っていたのに亡くなってしまった人、立ち去ったので、心の借金を返せなくなってしまった人、しこりが残っていてももう取り返しがつかなくなってしまった人、そういう人々のこともわたしたちは記憶に宿す。

 たぶん私たちの生活には、そういうことがよく見えないままに絶えずあるので、人は人を求めることをやめないのだと思う。そこにあるのは、ただ懐かしさとか恋しさとかいうような感情だけではない。むしろ人と人とを新しく結び直す道を差し出してくれるきっかけみたいなものだろう……。

 

 

堤 佑介

 

なかなか寝付かれなかった。

 

昨日、本部の説明会が終わった後、ビルの外に出ると、島村が追いかけてきた。

「すまん。こんなことになって。せっかく東海不動産作戦を頼んだのにな」

「いや、しかたないさ。負担が軽くなるという面もあるからな。それよりおぬしのほうががっくり来たろう」

「まあな。でもこういうのは宮仕えの宿命みたいなもんだからな。首切られるよりはましだと思うほかないさ」

彼の嘆息交じりの言葉が、妙にリアリティをもってこちらにも響いた。官僚的だと感じた尊大さはすっかり消えて、昔の島村に戻っていた。

「ちょっと不吉なことを言って申し訳ないが、社運が傾いてるなんてことはないのか」

「それは、俺にもわからない。仮にわかったとしても、堤にさえ漏らすわけにはいかないよ」

そうだろうな、と思った。しかしこれだけデフレが続くと、いつ何があるかわからない。私も身の振り方を考えておいた方がいいと思った。

彼が気を取り直すように言った。

「堤、年が明けたら一杯やらないか」

その調子には、何といったらいいか、いじましい日常に耐えている弱者の連帯意識のようなものがこもっていた。

「いいとも。おぬしとはずいぶんやってないな」

「うん。こっちから連絡するから。あ、じゃ、俺はこっちなんで。よいお年を」

島村は速足で私から去って行った。

「よいお年を」

私はあわてて彼のうしろ姿に声をかけたが、聞こえただろうか。

年が明けたら一杯やらないか――今年最後の忘れられないひとこととなった。

 

仕事の面では倦怠と疲れが忍び寄ってきているが、私の心はいま豊かに満たされている。隣にれいちゃんがいる。それは自分の仕事がこれからどうなるかということとは、あまりかかわらない。ふたりが強く生きていくことができれば、それでいい。

れいちゃんと私――残された人生の途上で、これからどんな運命が待ち受けているのか。

もちろんそれはわからない。ふたりで確認しあったように、恋愛感情が低減するのはしかたないとしても、どこまで長続きさせられるかの工夫が大切だ。

その工夫はたぶん、相手のことを好きか嫌いか、一緒にいて楽しいか飽きてしまうかといった、感情の行方を追いかけることによっては果たされない。それは不毛だ。

むしろ、ふたりで共同にかかわる具体的な《仕事》のようなものを絶えず作り出していくことで果たされるだろう。「八百屋さんや魚屋さんは二人でやってて仲がいいわね」と、おふくろが羨ましそうに言ったことがある。

そう、運命はやはり、やってくるものではない。与えられた条件を引き受けながら、自分たちで日々、切り拓いてゆくものだ。

明日になったら、このことを話し合うことにしよう。

私たちの新しい《仕事》――それは、必ずしも、前に考えたような、新しい活け花教室の設立のような大きな話ではなくともよい。もっと小さな、暮らしの中でのフィクションの積み上げのようなもの。

たとえばペットを子どもと見なして飼うのでもいい。れいちゃんに活け花を教えてもらうのでもいい。音楽や美術や映画の鑑賞を追究するのでもいい。一年に何回か、必ず旅行することに決めるのでもいい。とにかく二人で何か楽しい「型」を考えて、その型の中で、毎日そうせざるを得ないという習慣を作り上げることだ。

 

オフィスのスタッフたち――能力や適性にいろいろ差はあっても、けやきが丘営業所がうまく運営されていくように、懸命に働いてくれる。

もちろん、働くのは、自分たちが食べていくためだ。しかし人はただ欲得のために働くわけではない。彼らが働いている姿をこの目でじかに見ていると、それは欲得ずくを超えた何かのためであることがよく実感できる。

その何かとはなんだろうか。社会奉仕でもなく、かといって枠組みに仕方なく服従する気持ちでもない。そこには、もっと根源的な欲求のようなものがある。それはおそらく、人と人とが、直接につながり合い、認め合いたいという欲求だろう。

しかし、そういう一番大切なものによってこそ社会が支えられるはずなのに、その当の社会のからくりが、直接的なつながりや認め合いの欲求を、しばしば理不尽に断ち切ろうとする。そこには、そうさせてしまう構造のようなものが必ずあるはずだ。

それを《敵》と呼んでもいいと思う。

 

篠原は、2018年12月10日を「国恥記念日」と呼んだ。このままでは日本は確実に滅ぶ、とも言った。私もほぼ同感だった。

無道に対する憤りは大切だ。しかし憤りを有効なものに変えるには、もう一つ何かが必要だ。

この秋、政治や経済、公式的に正しいとされることや男女のあるべき姿などについて、篠原の知恵を借りながらいろいろと考えてきた。でもこの複雑化して機能が膨大に分化した社会では、一定の《敵》を特定することはできても、そこに切り込む効果的な武器をなかなか用意できない。

みんながそれぞれ忙しく毎日を送っていて、自分たちがその《敵》に囲まれていることを意識できないからだ。誰がそれを意識させられるのだろう。政治家? 学者? マスコミ? どれも違うような気がする。こうした権威筋には失望させられることがあまりに多かった。

 

来年は御代代わりの年だ。平成最後の一年が暮れてゆく。思えば平成の三十年というのは、私が社会人としての人生を歩み出してからのほとんどの期間に相当している。

私生活では、いいこともあったけれど、つらい記憶のほうがどうしても意識の表舞台に出てしまう。ほの暗い虚空を見つめていると、それらが走馬灯のように現れては消えていく。

塾は畳んでしまったし、不動産屋も、これが本来の自分の仕事とは思えないことがたびたびあった。そして不倫と離婚。亜弥に取り返しのつかないかわいそうな思いをさせてしまった。その後の芙由美との生活の挫折……。

 

そして、日本の社会は――何もいいところがなかった。それは幼女連続殺人の発覚で始まった。バブルがはじけていくつかの金融機関がピンチに陥った。阪神淡路大震災。カルト宗教の反社会的行動。14歳の少年の小学生殺し。消費増税とデフレへの突入。

世界的にもアメリカ一極支配が不安定をさらした。9・11。イラク戦争。リーマンショック。そしてアメリカの覇権後退と、中東の混乱。中国の異様な、歪んだ台頭……。これらが日本にも大きな悪影響を及ぼした。

日本では、民政党の政権運営の失敗と東日本大震災。期待を持たせて代わった阿川政権のグローバル政策と緊縮財政によるデフレの継続と国民の貧困化――そしてこれはいまも続いている。

 

新しい年はどんな年になるのだろうか。どうもそんなに好転するとは思えない。《敵》がそうやすやすと身を引くはずがない。

《敵》をだれにとってもきちんと意識させられるもの、それはおそらく、《思想》とでも呼ぶしかないものだろう。私たち一人一人が日々の暮らしを生きる中で、そこで感じ取られた実感を基盤にたしかな言葉へと統合していく。その果てに現れる優れた《思想》。

それが編まれるためには、まだまだ一定の過酷さが私たちにのしかかることが必要とされるのかもしれない。

でも、よく見れば、その過酷さはもうのしかかってきているのだ。そのことをみんなにはっきりと気づかせるために、すでに何人かの人たちが登場している気配もある。この人たちが、小異を捨てて結集することを願わずにはいられない……。

 

れいちゃんも、寝付かれないようだった。

私はそれを知っていた。何かもの思いに耽っていたのだろう。話しかけようかと思った。しばらくためらっていたけれど、ふと気づくと、静かな寝息を立てていた。

明日になってもあさってになっても、たとえ「日本」がどんなにダメになっても、この可愛い安らかな寝息を長く聞き続けられるようにすること、いまの私にとって、精一杯できるのはそのことかもしれない。さしあたりそれが一番大切なことだ、と思った。

堤 佑介ⅩⅤの4

 

ドアを開いた。れいちゃんがキッチンから飛び出してきた。ワインの袋を彼女のお尻に回しながら、ぐっと抱きしめ長い長いキスをした。

夕刻になって、「幻のポトフ」が出た。キャベツ、ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎなど、いろいろな野菜の味が溶け合って、すごくうまかった。

「幻のポトフが現実になったね。最初、宮益坂のレストランでひとりで食べてたんだよね。あの時もらったメール、たしかFureaiのメッセージから切り替えて、れいちゃんが返事してくれた初めてのメールじゃなかったっけ」

「うん。あのとき、寂しくなっちゃったの。渋谷にハローウィンのあとの空虚感が漂っててね」

彼女はそう言って、私をじっと見つめた。まなざしがとても色っぽいと感じた。その寂しさこそが僕たちを結び付けたんだよ、と言おうとして、ちょっときざっぽいのでやめた。

 

それからお正月に彼女の実家に行く話をした。

妹さん一家の予定とはバッティングしないのかと聞いた。するとれいちゃんは、クリスマスの誘いの電話の話、何日か前に妹の家に行ったが、姪の受験に夢中でそれどころではない雰囲気だった話をした。

そういえば、妹さんとはあまり折り合いがよくないというのは聞いた覚えがある。でもそのときは聞き流していたが、この話で、その様子が実感を持って確かめられた。

「まあ、相性ってどうしようもなくあるからね。それは仕方ないことだね」

「辞職や華道のことを伝えようかなと思ったんだけどね、それ、話さなくてよかったと思う」

「あ、そうだね。それは言わなくてよかったね。僕とのこともいずれわかるにしても、わざわざこっちから言うことないよ」

ワインから日本酒に切り替えた。

お母さんの教室の様子を聞いた。そのうち、もしれいちゃんが引き継ぐなら、生徒倍増のために力を貸すという申し出を、この前よりも本気でしている自分に気づいた。

「でもゆうくんはお仕事で忙しいでしょう?」

そう聞かれて、きのう本部から帰る時の心境がにわかに甦った。このまま俺は不動産屋をずっと続けるのか。あのたぐいのことはこれからもある。そのたびにまたすかされる思いを味わわなくてはならないのか。

「うん。ここ何年かはね。でもこれからの生き方について、少し考え直そうかと思ってるんだ」

れいちゃんは、え?という顔をした。私はしばらく下を向いていた。

昨日の話はする気になれなかった。彼女が何か言いたそうにじっとこちらを見ている。ちょっと雰囲気を重苦しくしてしまった。

「ごめんごめん、心配しないで。60代が見えてくると、ここらで人生やり直そうかな、なんて、らちもないこと考えちゃうんだよ」

「わかるような気がする。ゆうくん、いろんなことできる人だもんね。それに、いま、昔の56と全然違うでしょう。まだまだ新しいことに挑戦できると思う」

「ありがとう。れいちゃんの新しい生き方に合わせて協同事業みたいなこと構想してもいいかなとかね。これは単なる妄想だけど」

れいちゃんは、少し黙ってから、優しい声で言った。

「それ、いますぐ決めなくても、ゆっくり考えればいいと思う」

「そうだね。ありがとう。すごく元気もらった感じがする」

今度は彼女が私のぐい飲みにお酒をなみなみと注いでくれた。ぐっとあおった。景気づけのつもりだった。でも私の飲みっぷりを見て心配になったのか、れいちゃんが言った。

「今日はあんまり飲まない方がいいかも」

その声もすごく優しかった。私の酒に注意したのはこれが初めてだった。

恋女房よ、たしかにその通り。私の気分はまだ昨日のことを引きずっていて、こうして彼女と向き合っていても、どこか心の荒れが払拭しきれていないのかもしれなかった。

れいちゃんは話題を変えて、会社の部下のさくらちゃんという人のことを話し始めた。

なんでも30代前半で、明るくて親切で、すごく魅力があるのに、これまで男性との出会いで3回も失敗しているのだという。打率1割という篠原の言葉を思い出した。それにしても若者のミスマッチ、何とかならないのだろうか。

「ポトフ、まだあるわよ。もっと食べる? ご飯もチンしようか」

「そうだね。酒はほどほどにして、栄養つけよう」

 

それからリビングでコーヒーにして、テレビをつけた。

すると報道番組で、なんと、きのう韓国政府が初めの声明を覆してレーダー照射はしていないと発表したと報じていた。しかも今日の5時に、その発表への対応として、ようやく防衛省が、証拠として対潜哨戒機P-2が写した当時の映像を公開したというのだ。

篠原の言ったとおりになった。後手後手に回る日本政府のだらしなさ。さすがに私は憮然としたが、れいちゃんの前で怒ってもしょうがない。

れいちゃんには、概略次のように解説した。

これは、北の漁船の救助に当たっていたなどと言っているが、文在寅大統領の肝いりで、北の工作船を援護していたために行った可能性があること。韓国は日本やアメリカと同盟関係を結んでいながら、北京に操られているので、その反日姿勢だけを問題にするのでは足りない。もはやいつ日米の仮想敵国である中国に寝返らないとも限らない可能性があること。

これ以上は長くなるし楽しくないので、話さなかった。

じつは、北の背後にはロシアもいて、アメリカの経済制裁の裏を掻いている可能性がある。ロシアにとって非核化されない北の存在は、緩衝地帯として必要だからだ。ロシアが北方領土問題にまるで乗る気がないこともわかっていた。四島返還などすれば、アメリカに基地を置かれてしまうことを恐れているのだ。ロシア側からすれば、これはもっともな懸念だ。

東アジアの情勢は複雑で、予断を許さない。大事なことは、日本がアメリカとの同盟関係を強固にしながら、ロシアとも独自の外交を展開することだ。

中国は、アメリカと日本との分断を狙って、ロシアや韓国を巻き込もうとしている。この中国の反日統一戦線構想を崩していくことが肝心だが、日韓関係の悪化を憂慮している人々はもちろん、嫌韓に凝り固まっている人々や、中国詣でを繰り返している財界の人々も、こうした危機感を持っていない。

しかし、しょせんは床屋政談。ここまでの話はしなかった。早々にテレビを切った。

 

れいちゃんは引っ越しの話をし始めた。いまのマンションを売って、早くここに来たいと言う。それは夢膨らむとても楽しい話だった。

だがそのうち、ここも売って、もっと広いところに引っ越したほうが、さらに楽しい生活ができるということに話がまとまった。

どこに住むか、どれくらいの資金が必要か、ふたりの資金はどれくらい見込めるのか、いずれそういう相談をきちんとすることにした。

「あ、そうだ。言うの忘れてたけど、娘の亜弥にれいちゃんのことメールしたら、ぜひ会いたいってさ。3日、だいじょぶ?」

「ほんと? わたしも会いたいわ。3日だいじょぶよ。亜弥さんて、建築設計やってるのよね。ゆうくんのお嬢さんのことだから、きっと才色兼備なんでしょうね」

「そんなことないよ。そうそう。彼女が最初に婚活サイトを勧めてくれたって話、したっけ」

「え、そうだったの。いま初めて聞くわ」

れいちゃんはちょっと複雑な表情をした。私の離婚経験のことに想像が及んだのだろう。

お互いの過去については話さないという暗黙の了解があったが、複雑な感情を抱くのは当然のことだ。でもこの暗黙の了解は、不思議にしっかりと守られていた。

私は、亜弥とのいつかの食事のことを話した。れいちゃんはおもしろそうに聞いてくれた。

「大学生の時に向こうから電話してきたんだよ」

「でも、若いにしてはずいぶんしっかりしてるわね。なんていうのか、そういうふうに乗り越えて……」

彼女は離婚の理由は尋ねずに、ただそう言った。

「うん、それは僕もそう思う」

「きっとお父さんが好きなのね」

それは正直なところわからない。ただ私のほうの断ち切れない思いを、亜弥が大人になって忖度してくれたのかもしれない。

 

家族の親和と葛藤。

彼女が思春期にさしかかったころ、私は家を出た。リビングのドアの向こうから廊下越しに、恨みのこもった視線をちらと投げてよこした。それきり彼女はうつむいていた。何も言わなかった。あれを忘れることができない。

いっぽうで、幼い頃、肩車して公園をぐるぐると歩き回ったこと、紙粘土でいろんな動物を作って遊んだこと、夏の日の夕暮れ、ブランコをいつまでも押してやったこと、お風呂に入れて30まで数えたら出てもいいと言ったことなどが脳裡を駆け巡った。

 

それかられいちゃんが、フルニエのチェロ協奏曲をリクエストした。しばらく二人で聞きほれていた。

思えばこの感傷的な旋律の曲が私を打つようになったのは、Fureaiサイトに登録したころからだった。若い時には、あまりこの種の曲に感銘を受けることはなかったのだが、最近、こういう旋律にふと涙腺が緩むようになった。

心の弱りかとも思えたけれど、でも、いま、こうして好きになった女性と一緒に聴くことができている。心の弱りだとしても、それは悪いことではないだろう。優しい愛情が私の疲れと憂愁をほのかに包んでくれている。

ふたりともしばらくじっと余韻に浸っていた。

 

気分を変える必要を感じた。

急に思い立って、お風呂に一緒に入ろうとれいちゃんを誘った。彼女は恥ずかしそうにしながらうなずいた。

風呂場での営みは新鮮だった。

しばらくシャワーでふざけていたが、湯船のふちに腕を置いて丸いお尻をこちらに向けたれいちゃんを後ろから抱きかかえた時、彼女が「明るすぎる……」とささやいた。ズームスイッチなのをさいわい、それを半分くらいに絞った。

 

窮屈な空間で愛し合ってから、二人で湯船に入ったら、お湯がザーッとこぼれた。からだが斎戒沐浴のように洗われるのを感じた。さっきまで子どもだったのが急に大人になったかのようだ。ふたりの新しい時が始まるのかもしれなかった。

れいちゃんが言った。

「ねえ、これからも一緒に入ろうね」

甘ったるさはなかった。誓いの言葉のような口調だった。

私は彼女の両手を握って、じっとその目を見つめ、ただゆっくりうなずいた。

太古の昔には、人々は、こんなふうに日々の心と心が同期しながら変化するのを感じ取った時、神意をその場所にまざまざと見たのではないかと思った。

 

ベッドに横たわってお休みのキスをした。

堤 佑介ⅩⅤの3

 

27日の朝、島村から突然電話があった。なんと「下町コンセプト」が中止になったというのだ。それで、これから緊急に説明会議を開くから本部に来てくれと言う。

「要するに社全体の業績不振で、予算の目途が立たなくなったんだ。俺も突然のことなんでびっくりしてるよ。ま、詳しいことは、会議で報告されるだろう」

一瞬、血が引く思いだった。年末も押し詰まった時にドタキャンとは……。岡田や前園君にがんばってもらったことが水泡に帰したわけだ。

そればかりではない。つい先日、苦労して決めたスタッフの新体制も、すべてとは言わないまでも、その重要な部分が無駄になってしまった。あれは「下町コンセプト」に有効な力を注げるようにするためのものでもあったのだから。

さらに、島村本人から頼まれた東海不動産へアプローチする作戦も、ほぼ出来上がりつつあったのだが、それもパーになった。

内容については伝えず、連絡があったので本部に行ってくるとだけ言って、オフィスを出た。道路に出る時、足元の仕切りにあやうく躓きそうになった。

電車に乗りながら、いろいろな思いが駆け巡った。

社全体の業績悪化とはどういうことだろうか。おそらくこれも長引くデフレからきているのだろうが、場合によっては、社運にかかわる状態かもしれない。

しかし考えてみれば、ウチ程度の事業規模で、ああいうプロジェクトを企画すること自体に無理があったのかもしれない。基本案がまとまった11月初めの時点で、すでにその危惧は他の営業所からも出されていた。

理念にまずいところはなかった。いまの日本社会や、それを反映した業界の趨勢からいって、よい提案だったと、いまでも思う。私も賛成したし、実行段階での労苦はさておき、本社として、発展のための乾坤一擲を投じる気構えだったのだろう。あるいは、伸び悩みを打開する窮余の一策だった可能性もある。

しかしウチの担当箇所の仕事に実際に踏み込んでみた時、これはもしかするとスラム化するアパート群を増やすだけなのかもしれないとの懸念があった。

また、れいちゃんと浅草の街を散歩したときも、外国人観光客の多さに驚いた。

あのコンセプトに最も適していると思われた地区も、かえってその下町性が災いして、彼らの住み着きが進んだら、やがては、日本のよき文化が壊されていくのではないかと心配になった。

いっぽうでは、これで仕事がかなり楽になるという安堵感もないではなかった。しょせんは無理な勇み足だったのかもしれない。そう考えると負担から解放される気持ちにもなる。

けれど、スタッフのみんなをあれだけ巻き込んで、その体制づくりに一丸となって協力してもらったのだ。所長として、相済まない気がしたし、挫折感も大きかった。

 

本部での説明会議は初めから陰鬱な空気のまま、20分ほどで終了した。

あまり具体的なことには触れられなかったが、要するに、同時進行させていた別の事業への資金繰りがこのままだと行き詰りそうなので、そちらに集中するためにこちらを切らざるを得なくなったということらしい。

別の事業とは、物流サービスとの提携である。いつか岡田が生き残りのためのアイデアとして話していたやつの一つだ。

前園君の姿もあった。後ろのほうで終始下を向いていた。

終わってから私に近づいてきて、あの快活さとは対照的な表情を見せながら言った。

「申し訳ありません。こんなことになって」

私は、年長者として、できるだけ威厳と冷静さを保つようにして答えた。

「いやいや、君が謝ることじゃない。こういうことはあるさ。それより、君こそ、若いんだから、早く立ち直って次の仕事に集中してほしい」

軽く肩を叩いてあげると、ちょっと泣きそうになった。

「はい。短い期間でしたけど、あの時はほんとにお世話になりました」

「こちらこそ。私のほうも、またお世話になる時が来るかもしれないよ。その時はよろしく」

「はい。どうぞよろしくお願いいたします」

帰りの電車でもいろいろなことを考えた。

まずは、スタッフにどう説明するかだ。

まあ、トップダウンで決まったことなのだから、事実は事実として淡々と報告するしかないが、岡田をはじめとして、みんなの落胆の顔を見るのがつらかった。

それから、もう今年は間に合わないが、再編成の問題も修正が必要になってくる。これはでも、大きな負担が一つ減ったのだから、かえってやりやすくなるかもしれない。

本部から派遣された小関君も、非正規だから、ひょっとしたらお払い箱の憂き目にあうかもしれない。そうならないように最大限の抵抗はするつもりだが。

 

最後に、私自身の問題。これがじつは一番、意識を占領していた。

この種の徒労感は、昔だったらけっこう早く立ち直ったのだが、今回は、ちょっと違っていた。

れいちゃんと一緒に歩もうという希望が一方にある。それだけに、かえって、この仕事をこのまま続けることに情熱をあまり感じなくなってきたのだ。

もしかしたら人生観の大きな変化の入り口に立っているのかもしれなかった。それは、徐々に徐々にからだのなかに沁み込んできたとも言える。ここ数年が勝負どころだと思った。

 

オフィスでは、心配したほどの落胆の感じは見られなかった。むしろ厄介な仕事が減った安堵感のほうが大きかったようだ。何よりも、岡田がみんなの前で、さりげなくこう言ってくれたのがありがたかった。

「所長。これしきのことでへこたれませんよ。ウチの看板は、所長以下の結束力です。これを活かして、来年からまたわれわれ固有の仕事に邁進しましょう」

タフなやつだ。いい部下を持ったことの仕合せを感じた。

 

そして今日28日は仕事納め。

おとといハウスクリーニングに来てもらったので、オフィス内は、きれいに片付いて、正面のガラスドアもピカピカで気持ちよかった。

私は自分の机や書棚の整理を行い、ゴミをだいぶ出した。いまは無駄になった大田区の地図や、狙い定めた物件の図面など、そのまますぐに捨てる気にはならず、眺めながらしばし感慨にふけった。

苦労して書いた報告書。これは今後の参考になるかもしれないので、保存することにした。

みんなそれぞれの残務整理に携わっていて、終わったのが1時ごろ。

川越が人数分注文してくれたサンドイッチやおにぎりで、ささやかに今年の最後を締めることにした。ビールとソフトドリンクで乾杯した。

「みなさん、本当にご苦労様。今年もみなさんの熱意と努力に支えられて、無事一年を終えることができました。まあ、いろいろありましたけど、いやなことは早く忘れて、希望を持って新しい年を迎えられるよう、健康で元気で、公私ともに頑張ってまいりましょう」

下手なあいさつを終えると、岡田が冷やかすような目をして、すかさず

「特に、所長には『私』のほうで頑張ってもらいたいと思います」と付け足した。みんなに知れ渡っているようで、笑いとさざめきが広がった。

 食事をしながら、きのうのことなどみな念頭にないような調子で、楽しそうに雑談した。

 「よいお年を」と言い合って散会したのが2時15分くらいだった。デパ地下のワイン売り場で赤と白のフランスワインを買った。

堤 佑介ⅩⅤの2

 

生牡蠣がシーズンである。年配の男性が運んできた。ふたりとも日本酒に切り替えた。篠原は千代鶴、私は大信濃。

篠原は、少し気分がおさまったか、ふざけるように大げさに店内を見回した。

「マスター、ところで今日はここは何か不足してるような?」

「へへ、すみません。ここんとこちょっと忙しくてね」

私も篠原の冗談に乗って「もしかして、これ?」と、お腹を丸めるしぐさをしてみせた。

「ヘヘ、まあ、そんなようなもんで」

意外にも当たってしまった。

「やった! でかした、マスター。ほらね、彼はちゃんと約束守るんだよ」

「それはおめでとう。少子化解消に貢献だね」

「ありがとうございます。でも、まだおめでとうは早いっすね。つわりがひどくてね」

「まあ、じき何とかなるでしょう。応援してるからって伝えてください」と、これは私。

「ありがとうございます」

「そういえばさ、その後、堤のこれはどうなったの」と篠原が小指を出した。

「え? 俺、なんか話したっけ」

一瞬、なんでわかるんだと思って、口を滑らせた。まあ、どうせ話すつもりだったけど。

「いや、サイトに登録したけどあんまり熱心に見てないってとこまでしか聞いてないよ。でも、何となく顔に書いてある」

「カマかけたな。しかたない。じつはできたよ。それが」と、私は篠原がまだ立てている太い小指を目で示した。

「そうか! 堤もでかした。今日は胸糞悪くて当たり散らしてやろうかと思ってきたんだが、思いがけずおめでたい日でもあるな。マスター、お酒お代わり。それで? ちゃんと話せよ」

私はできるだけ「のろけ」にならないように話した、つもりだった。

「玲子さんか。これから華道一途か。それはいい女見つけたな、この野郎。それで? 結婚するのか」

「いや、それについては相談が済んでいて、正式な結婚はしないことにした。これは彼女の言葉だけど、『恋愛以上、結婚未満』で行くってところかな」

「うーん。考えてみると、それがこれからの形かもな。特に子ども作らない中高年ではな。でも、若者の場合は、一回家族を経験した方がいいと思うけどな」

「うん。しかし経済が回復しないと、少子化は解決しないだろう。少子高齢化とか生産年齢人口減少とか騒ぐ学者は、そこでいつも思考停止して、問題の本質は、政府の経済政策の決定的な間違いにあるってことを言わないだろう」

「そのとおり。保育児童がどうとか老老介護とか介護離職とか8050問題とか騒いでる連中も同じだな。ところで堤は、その、なんだっけ、玲子さんのお母さんとはどう付き合うつもりなんだ」

「いや、俺は、先方のお母さんがこけたら、面倒見るつもりだよ。正月に会うんだけどね」

「あ、そうなのか。それは偉いね。そのへん、亜弥ちゃんには知らせたのか」

「いや、まだ。明日あたり電話しようと思ってる」

「しかしなんだな。ああいうサイトでよくいい出会いができたな」

「運がよかったんだろうな」

「そうだろ。打率1割行けばいいほうじゃないかな」

「俺はよかったけど、今後の男女の出会いの行方はあんまり明るくないな」

「うん。どんどん生活が個人化してるからな」

 

少しずつ客が帰り始める。短い時間に急いで飲んだせいか、篠原のろれつがそろそろ回らなくなってきた。猫背もいっそうひどくなる。それでも彼は両手を絶えず動かしながらしゃべり続ける。つくづくエネルギッシュな男だと思った。

「話が戻るけどな、俺はこの政権のやってきたことのひどさを数え上げてみたんだ。20くらいあったぞ。きのうのレーダー照射だって、すぐにでも証拠を国際社会に全面開示して突き付ければいいのに、もたもたして韓国に時間稼ぎさせてる。そのうち韓国はレーダー照射なんかしてないってきっと言い出すぞ。あれは後ろで北京が糸を引いてるからな」

「それはありうるな」

「だけどまたぞろ日本政府は、日韓関係の重要さとか言って、へっぴり腰の対応しかしないだろう。それにしても日本はあらゆる分野で、どんどんダメになっていくな。世界に占めるGDPのシェアはかつての三分の一になっちゃったし、こないだ聞いた話じゃ、アメリカのIT系大学院で、中国の博士号取得者が年間5000人いるのに対して、日本人はなんとたったの200人だそうだ。すべては、『緊縮真理教』という邪教からきてる。こりゃ世界の笑いものだ」

またさっきの剣幕が戻ってきた。篠原は、目をぎょろつかせて私を睨んだ。

「堤、一国が滅んでいく最大の原因は何だと思う?」

「そりゃ、中央政府の統治の拙さだろう」

「もちろん直接的にはそうだ。しかしその拙さを平気で見過ごしてるのは、大多数の無気力化した国民だ。だから俺はこう思う。国が滅んでいく最大の原因は、国民の大多数が、自国が滅んでいくことに気づかないことだってな」

「なるほど」

「なあ、堤。こんなふがいない日本にいると、せっかく芽生えた堤の愛とやらも、やがては大国の侵略でつぶされるかもしれないぞ」

「ハハ……心配してくれてありがとう。だけどそれとこれとは別問題さ。どんな貧国になったって、植民地化されたって、愛情関係は、育つものは育つし、消えるものは消えていく」

「そういうけど、貧すれば鈍するってこともある。人心はすさむし、極端な話、これまで戦争や革命や動乱で、愛も引き裂かれて悲恋に終わることはいくらでもあったじゃないか」

だいぶくどくなってきたな、と思った。そろそろ潮時だ。

「悲恋もまた恋のうちさ。愛情の持続にはいろんな条件がからむし、先のことはわからない。そういう覚悟でやって行くだけのことさ」

「そうか。まあいい。とりあえず、グッドラック」

やっと矛を収めた調子に帰ってくれたようだった。

「ありがとう。篠原もその元気さを失うなよ。最後のよりどころかもしれない」

「そうそう、そのうち玲子さんを紹介しろよ」

「うん、紹介する」

篠原は杯を傾けるしぐさをしながら、

「これはいけるんだろ。一緒に飲もうぜ」

「まあ、そこそこな」

「そりゃ、いい。今日はおかげでいい気分になった。マスター、アキちゃんと新しい命を大切にな」

「へえ、ありがとうございます。」

表に出ると篠原は、「亡国ニッポンのために乾杯!」と大きな声で叫び、♪ターンターラタッタタッタ、ターンタラタッタッター♪と、結婚行進曲を歌い始めた。路上の人々は誰も相手にせずに通り過ぎてゆく……。

 

その後、亜弥に何度か電話したが、通じなかった。彼氏でもできて、三連休だから、どこかに高跳びしているのかもしれないし、用心のためにスマホを切っているのかもしれない。そこでメールを入れた。

 

12/24  22:48

久しぶり。

元気にやってますか。忙しいですか。

何回か電話したんだけど、つながりませんでした。

あなたに感謝しようと思って、メールをしたためます。

 

じつは、婚活サイトを勧めてくれたおかげで、生涯つきあっていきたいと思う伴侶を得ました。どうもありがとう。

ただし、いろいろ考えて、正式な結婚はしないつもりです。

レオン化粧品に勤めて経理をやってきた女性で、47歳。半澤玲子さんといいます。

でも近々、退職するそうです。お母さんが武蔵野で活け花の師匠をしているので、彼女もその跡を継ぐために、本格的に華道を追究することに決めたと言っていました。

 

折を見て、紹介したいとは思いますが、特に気が進まなければ、無理にとは言いません。

ママとの時間を一番大切に考えてください。

また、もしいい人ができていたら、その人との時間を何よりも大切に。

お正月の予定はどうなっていますか。

私のほうは、元日に、先方のご実家にお邪魔してきます。それ以外は4日までは空いています。

特にお正月にはこだわりませんが、もし彼女とも会ってもらえるなら、都合のいい日を知らせてくれれば幸い。

 

寒くなってきたから、風邪をひかないように。無理をしないように。

                                   パパより

 

12/26 09:19

パパ、ほんと!? よかったね!

あれが役立ったのかと思うと、うれしいです。

どんな方か、お会いしてみたいです。ママには秘密にしておくから、大丈夫。

 

お正月、わたしは4日から仕事なので、できれば3日が都合がいいです。

またおいしいもの、食べさせてね((´∀`*))

詳しい時間、場所など、決まったら教えてください。

 

p.s. 連絡、取れなくてごめんm(__)m

22日からきのうまで、オーストラリアに行ってました。携帯は切ってました。短い滞在で、あまりいろいろ周れなかったけど、暖かくて空気がさわやかだったのでとても快適でした。

シドニー、オペラハウス、行く前はあまり趣味がよくないなあと思っていたんだけど、やっぱり実際に見学するとすごいです。勉強になりました。

 

誰と行ったのかは、慎重に省いてある。一人で行くとは考えにくいから、やはり彼氏となんだろう。そうだとすれば、二重におめでたいことだ。

れいちゃんを紹介する件、快諾してくれてありがたかった。

もしかしたら会わせない方がいいのかなあ、と迷った。母親に秘密にすると言っても、親子の間なのだから、いずれそのうち知れるのは避けられないだろう。

しかしまあ、仮に知られたとしても、それは仕方のないことだ。依子にどう思われても耐えるしかない。彼女の性格からして、さほど気にしない可能性が大きい。

堤 佑介ⅩⅤの1

                                   2018年12月28日(金)

 

今朝は寒かったがよく晴れた。

ところがテレビをつけてみると、晴れているのはほとんど関東だけで、全国的に雲が多く、全国各地で初雪が降るかもしれないという。東北や北陸ではすでに積雪が観測されている。今年も豪雪の季節が始まるのか。

南関東は、台風にしても不思議に逸れていくことが多いし、雪は降ってもめったに積もらない。かえって関西や中国、九州のほうが夏の台風や豪雨はもちろん、冬も大雪に見舞われることがしばしばあるようだ。

そういう気象条件というのは、人の社会的な流動にけっこう大きな意味を持っていると思う。これでは首都圏一極集中が進むわけだ。

私たちは、家康の「先見の明」に感謝しなくてはならないのだろうか。しかし全国的な見地から見ればいいことではないが。

今日はいよいよ玲子様をお迎えする日。しっかり片付けたぞ。わたしのほうが後になる公算が強いとみて、テーブルに書き置きを残してマンションを後にした。

 

しかし考えてみれば、この2週間ばかりは、いろいろときつかった。

 

スタッフ再編成の問題では、岡田と退社時刻後に何回も残って打ち合わせをした。

岡田は各人の役割を極力明確にすることを主張したが、私は生来の優柔不断さも手伝ってか、あまりに明確にすると体温が伝わりにくくなり、かえって機動性を欠くことにならないかと危惧した。

岡田は、それでは従来とあまり変わらず、効率化に結びつかないと反対した。ふたりの意見が対立するのは珍しかった。

結局、岡田の考え方を基本的に採用する代わりに、これまで必要に応じて時々開いていた会議を、報告義務と相互交流を兼ねて2週間に一度に定例化し、パートやアルバイトの人にも、それぞれの時間の許す限りで出席してもらうこととした。

新しい組織形態についても検討した。

前に相談した通り、賃貸・管理部門のチーフを岡田に、「下町コンセプト」関係を私と岡田が受け持ち、売却関係のチーフを山下にする。

以下、全体を見渡して、新しい事業企画の推進やスタッフのそのつどの配属などを担当する総務のような部門を作り、八木沢に担当してもらう。同時に彼女とは、たえず私との意思疎通を怠らないようにする。

本部の前園君との接触を可能な限り作り、できれば彼に、頻繁に来てもらう。こちらからも出かけてゆく。

岡田の下には、中村、川越が直属するものとし、彼らには主に接客に当たってもらう。

山下の下には、谷内と小関、これも接客担当。暴走気味の谷内をベテラン山下がうまくコントロールする。本田には、彼の得意を活かして、なるべく情報処理と書類関係の整理に集中してもらう。

アルバイトを新しく2人雇い、年明けからの繁忙期に備える。外国人はNG。

売却よりも賃貸関係がこれから増えそうな勢いなので、岡田チームには、パートのうち、週4日フルタイムで来てくれる中岡さんと、週5日10時から4時まで来てくれる村瀬さんにも加わってもらうことにして、週3回の鈴木さんには、適宜、どのチームにも対応してもらう。

だいたいこんなところで決着した。

この結論を、全員が揃う25日の火曜日午後に発表した。

11月の業績があまり思わしくなかったこと、それは成約数にかかわるものではなく、賃貸料や売却価格の低下にかかわるものであることも正直に話した。経理の渡辺にも、具体的な部分について、補足説明してもらった。

みんな複雑な表情を浮かべていたが、最終的には、納得してくれた。八木沢が一番やりがいを示してくれたので、ほっとした。

 

私はこうして年末の多忙に追われる間も、例の臨時国会のひどさに腹が立っていた。そして自分のような一介の国民の無力に対しても。

そんな折、韓国の駆逐艦が日本のEEZ内で、自衛隊の対潜哨戒機に火器管制レーダーを照射したというニュースが入った。20日のことである。

火器管制レーダー照射というのは、火器による攻撃の準備行動である。海上での宣戦布告に近い挑発行為だ。休日だったので、テレビやネットにくぎ付けになった。

いろいろ聞いたり調べたりしているうち、どうも親北の文在寅大統領が、北の工作船を護衛せよとの指示を自ら出していたというのが真相らしい。それでないと、写真撮影という哨戒機の通常の行為に対してわざわざレーダー照射などするはずがない。しかもレーダー照射の事実を韓国側は認めているのだ。

 

この日の夜、篠原から電話がかかってきた。

「おい、日本はひどいことになってきたな」

「まったく」

「オフィスの忘年会は終わったか」

「うん。18日に終わった」

「どうだ。明日一杯やらないか」

「明日か。うん。忙しいが、まあ、いいだろう。時間を空けよう。8時でもいいか」

「かまわん」

彼の声は、怒っているように聞こえた。わたしも何ものかに対して怒っていたので、それをぶつけ合う機会を年内に一度持っておいた方がいいと思った。夜のうちに「夕凪」に予約を入れた。8時半をすぎないと無理だと言う。

 

「夕凪」はまだ混んでいた。

カウンターの片隅が二つだけ空けてある。今日はなぜかアキちゃんがいず、代わりに年配の男性がサービスしていた。

「今日はやけ酒だな」

少し遅れて入ってくるなり、篠原が言った。

「きのうのレーダー照射か」

「それもあるが、こないだの臨時国会は、なんだありゃ」

「俺もあきれたよ。日本も終わりかもな」

「移民法で乱闘みたいになったけど、そのどさくさに紛れて水道民営化と漁協解体を二つ通してるだろ。グローバリズム・ジャパンはこれでほぼ完成だな。そのことにほとんどの国民が声さえ挙げない。もうそんな気力を喪失してるんだ。俺はな、臨時国会が終わったこの2018年12月10日を、勝手に日本の『国恥記念日』と名付けてるよ。それも外敵の強圧に屈したわけじゃない。すべて自分で自分の首を絞めた結果なんだ。」

篠原は、いつもの捨て台詞的な調子で、ビールをぐいとあおった。

「『国恥記念日』……そうかもしれない。でもまだ消費増税が残ってるじゃないか」

「消費増税な。あれはまあ、延期ぐらいにはなるかもしれない。こないだ、と言ってももうひと月くらい前だけど、藤川悟が『しんぶん紅旗』のインタビューに出て、増税批判やったの知ってる?」

「あ、それは知らなかった。それってまずいんじゃないか。仮にも官房参与だろ」

「いや、ありゃ、十分計算してやってるね。ちょっとその筋から聞いたんだが、今年中に彼は辞任するそうだよ」

「ほう。それも解せないな。せっかく権力の中枢で孤立無援でがんばってきたのに」

「いや、もうやることやったって感じて、かえって外で暴れた方がいいと思ったんじゃないの。彼や三石や中山にもっともっと暴れてもらいたいよ」

「だけど、圧倒的な少数派だろ。限界あるんじゃないの。みんな財政破綻信じてるんだから。俺だってこの前まで信じてたんだ」

彼ら目覚めている人たちが、たとえば何らかの連帯組織みたいなものを作る。

政党はまずいだろう。いままで成功したためしがない。

まずは、国民のほとんどが間違った認識を持っている事態を、少しでも変えることだ。ことに財政破綻を避けるために増税はやむを得ないと考えている連中に対して。

私は聞いた。

「で、どうして延期されるかもしれないと思うの」

「一つはさ、軽減税率ってあるだろ。あのめちゃくちゃ複雑な奴な。あれ、ほんとならもう各業界で準備進めてなきゃいけない頃なのに、全然動いてないじゃないか」

「そうだな。俺んとこでも何にもやってない」

「それから、民自党んなかに少しずつ慎重派が増えてきてる兆候がある。それは連中が別に緊縮財政の誤りに気付いたからじゃなくて、世論の空気嗅ぎ取ってて、ここで増税決めちゃうと、来年の参院選に勝てないって感じ出したからだ」

「ああ、たぶんそうだろうな」

「もう一つはさ、菅野官房長官が、増税は来年度予算が決まってから決定するって発言してるんだよ。まだ決めてないってことをにおわせてる。阿川はもともと財務省と対立してるし、しかもこの前の増税で懲りてるからな」

「なるほど。でも、せいぜいよく行って『延期』だろ。凍結か減税じゃなきゃ景気浮揚効果ないんじゃないの」

「それはそうだ。2020年に延期、なんてやったら目も当てられない。五輪投資が終わっちゃってるからな。それとダブルパンチになっちまう。ほんとはあれは廃止すべきなんだ」

「廃止すべきなんだ」の部分が、ことさら強調されてでかい声になった。

半澤玲子ⅩⅤの4

 

いっしょに後片付けを済ませてから、リビングでコーヒーを飲んだ。

佑介さんがテレビをつけると、韓国のレーダー照射のその後を報じていた。それによると、韓国政府は最初、レーダー照射を認めていたにもかかわらず、きのうになって、照射そのものを否定したという。そして今日の夕方、防衛省はようやく哨戒機が撮影した当時の映像の公開に踏み切ったというのだ。

「これってひどいわね」

「ひどい。でもある程度予想されたことだよ。これは毅然と対応しない日本が悪いんだよ」

佑介さんは、冷静な調子で答えた。あまりのことにもう怒る気もしないのだろう。少し韓国の話をしたが、適当なところで打ち切った。

 

「いつ引っ越してこようかなあ」

「楽しいね。それ考えるのって。そうだ、売りに出すとき、僕の会社の浅草営業所ね、あそこに出せばいいんだ。査定をなるべく高くしてもらえるよう、僕が話を入れておくよ」

「でも査定が高くてもその値段で売れるとは限らないでしょう?」

「それはそうだけどね。初めに安い査定されると、オーナーは何となくそれに引きずられて、安くつける傾向があるんだよ。いったん安くつけちゃうと、上げるわけにいかない。まずは査定額よりある程度高く出して、様子を見る。焦らず、ゆっくり」

「あ、そういえば売るの急ぐ必要、全然ないのね。先に引っ越しちゃったっていいんだもんね」

「そう。あんまり売り急がない方がいいよ。買い手がついてからもね、負けろとか言ってくる客けっこう多いけど、これ以上は絶対引きませんて、頑張りとおした方がいい。手の内明かしちゃうけど、不動産屋は早く手数料欲しいもんだから、先方の言うことを聞いてやってくれないかってしつこく口説いてくる。でも落とされちゃだめだよ」

「そういうの、ゆうくんもやるの」

「やるし、部下にもやらせる。正直、あんまりいい気持じゃないけどね」

あんまりいい気持じゃないってところに、この人らしさを感じた。

「わかった。がんばるね。時期的にはいつごろがいいの。やっぱり転勤や新学期控えた3月?」

「うん。一般的にはそうだけど、れいちゃんの場合、特にこだわらなくても大丈夫だよ。あそこならいつ売りに出しても、買い手つくと思う。ただ『いっぱち』って言って、一月と八月は避けた方がいいけどね。それと、引っ越して空き家にしてからお客さんに見てもらった方が、見映えがするよね」

「早く引っ越したい」

「僕も早く一緒に住みたい。ただ、ここだと、荷物多いでしょう。それで、お花飾るスペースが足りないんじゃないかって」

「あら、わたしのところより広い分だけ、結局おんなじよ。これだけあれば大丈夫よ」

それから佑介さんは、しばらく考えるふうをした。やがて何か思いついたらしかった。

「でもやっぱり二人で住むとなると、ちょっと手狭だよね。だから、いっそここも売って、もっと広いところに引っ越す手もある」

「ああ、考えてなかった。それいいかもね。家探す専門家がここにいるし。新居探し、楽しいしね」

わたしはうれしくなって、佑介さんの首に抱きついた。口を思い切り口で塞いだ。彼が何か言ったけどもぐもぐしてわからなかった。

「でも、ゆうくんはこの街に愛着とか、ない?」

「特にないなあ。いろいろと便利なところだけどね。でももっといい所もたくさんあるよ。れいちゃんはどの辺に住みたいとかってある?」

「ゆうくんがいればどこでもいい。でも、あえて言うならぁ……」

「あえて言うなら?」

「ねえ、ゆうくんの職場の近くってダメなの? 職住近接」

「それはいいアイデアだけど、あそこは高いんだよね。少し前、駅前に東海不動産が300戸くらいの新築マンションを売り出したんだけど、70平米台で何と8000万くらいしてた。それでもすぐ完売だったね。資産家が運用のために買う人もけっこういるみたいで、その賃料が何と28万」

「すごいわね。それはちょっと無理ね」

「うん。あれは条件がよすぎるからね。でも条件下げれば見つからないこともないよ。築浅の中古で賃貸って手もあるしね。駅から多少遠くてもいいなら、安いところも見つかると思う」

一緒に新居探しなんて、考えただけでうきうきしてくる。わたしが退職したら佑介さんの休日を利用して二人で探せばいいんだし、不動産見つけるのにこんな強い味方はいないんだし。

それから話が少し具体的なほうに進んだ。マンションか戸建てか。ペットを飼おうか。それだと戸建てのほうがいいかもしれない。もっとも猫ならマンション、犬なら戸建てかな。

「れいちゃんは犬と猫とどっちが好きなの」

「私は猫ね。実家で飼ってるのよ。ハナっていって、もうおばあさんだけどね。ゆうくんは?」

「僕はどっちかっていうと犬派だけど、猫のほうが気楽でいいかもね。あと、資金のこともしっかり考えとかないとね。これかられいちゃんが活け花やってくのにいろいろ必要でしょう」

「それはそんなに心配しなくって大丈夫だと思う。貯金も多少あるし、退職金ももらえるし」

「そうだね。僕も貯金はいくらかあるし、ここを売ればそこそこお金もできるし……。そうだ、年が明けたらちゃんと資金計画立ててみよう」

「うん!」

 

ふと、ダイニングのリトグラフが目に入った。

チェロの絵を見ているうち、こないだ佑介さんが勧めていたドヴォルザークのチェロ協奏曲のことを思い出した。

「ねえ。ドヴォルザークのチェロ協奏曲、聴かせてくれる?」

「ああ、そうだったね」

佑介さんは立って、すぐにラックから目的のCDを取り出してかけた。慣れた手つきだった。

牧歌的なホルンの響きが入ったやや長い前奏の後に、それを引き継いでチェロが不意に躍り出てくる。感傷的なところと力強いところが入り混じって、わたしをどこか異郷に連れていってくれるようだった。一度聴いたら忘れられない曲だ。

しばらく陶酔の境地に浸っていた。終わってから余韻を楽しんでいると、佑介さんが「どう?」と聞いてきた。

「いいわねえ。一曲全体がすごく一つの曲想でまとまってる感じ。楽章が違っても同じ曲の変奏みたいね。チェロって、なんていうか、すごく女泣かせだわ。ゆうくんみたい」

彼は私のおしまいの言葉に思わず笑いを漏らした。それから言った。

「最近、年のせいか、こういう感傷的な曲がしきりに聴きたくてね」

明るい声だったが、そこに微かな憂愁の影のようなものが感じられないでもなかった。

ふたりとも肩を寄せ合いながら、かなりの間じっとしていた。年のせい――それだけじゃないと思えて仕方がない。彼がさっき、いまの仕事に対する倦怠のようなものをふと漏らしたのがやはり気にかかった。

 

不意に彼がボソッと言った。

「お風呂一緒に入らない? 狭いけど」

急に言われたので、ちょっとどぎまぎしたけれど、うれしかった。からだの内部から熱くなってきた。雰囲気ががらりと変わった感じがした。

わたしが先に入って、からだをシャワーで流していたら、すぐ彼が入ってきた。男のものが聳えているので、笑いながらそれにシャワーをかけた。

それからお互いにシャワーのかけっこをして、ふざけ合った。その間だけは、何もかも忘れて、子どもに返ったみたいだった。。

ふざけ合ったあげく、わたしたちは、窮屈なお風呂場のなかで結ばれた。ベッドの上とはまた違った不思議な快感が全身を満たした。

背中の流しっこをしてから、湯船に一緒に入ると、お湯がどっとこぼれた。それを見て、わたしはなぜか、こもった空間でふたりだけの儀式を終えたような感覚に襲われた。

「ねえ」

さっきのふざけ合った華やぎがすーっと薄らいでいき、どことなく厳粛な気持ちになった。

「ん?」

「これからも一緒に入ろうね」

まじめな調子で言った。

彼もわたしの手を包み込んで、じっとまなざしをこちらに注ぎ、まじめに答えた。

「うん、きっとそうしよう」

 

「私のベッドより広いね。これダブル?」

「セミダブル。これでふたりじゃ、やっぱり狭いよ。引っ越したら、ダブルかクイーンズに買い替えよう。」

佑介さんがズームスイッチを最低まで絞った。

同時にベッドインして、そっとお休みのキスを交わした。

半澤玲子ⅩⅤの3

 

まずは赤ワインで乾杯した。

「お疲れさま。今年の秋はれいちゃんに会えて最高でした」

「お疲れさま。わたしもゆうくんとこんなふうになれて、最高でした」

佑介さんも、キッチンに立って、スモークサーモンのサラダを作った。

ポトフをふたりのお皿にたっぷりと。ソーセージが上等品だった。ゆうくんは、うまい、うまいと言って食べてくれた。たくさん作ったので、明日の分もまだある。

「幻のポトフが現実になったね」

「ほんとね」

「もうすぐ、お母さんにお会いするんだね。緊張するな」

「あら、全然大丈夫よ。母はすごく喜んでるから。久しぶりに楽しいお正月になりそうだって」

「そう。元日でいいの?……妹さんご一家、お正月に来るんでしょう?」

わたしは、例のいきさつを話した。少し意地悪が過ぎる調子だったかもしれない。佑介さんはじっと聞いていて、「そういう相性の問題って、しょうがないよね」と言った。

「そういえば、ゆうくんのお兄さんのこと、これまであまり聞いたことなかったんだけど……」

「兄貴? ああ、何とかやってるよ。あれはどうでもいいよ」

「仲、悪いの?」

「いや、そんなことない。ほんの時々、会って飲むけど、仲いいよ。でももう1年以上会ってないかな」

「お仕事、何してるんだっけ」

「ふつうの会社員だよ。機械メーカー関係。60になったのかな。いま定年が延びてるでしょう。だからあと5年は勤めるんじゃないの。退職したら田舎に引っ込んで百姓やりたいとか言ってるけど、どうだかね。あの人はものぐさだから」

「どこに住んでらっしゃるの。ご家族は?」

「横浜の港南区って南のほう。ご家族はですね。奥さんと息子ひとり。晩婚だったんで、まだ中学生じゃないかな」

港南区って言えば、詩織が滑り止めに受けるって言ってた江南女学院があるところだ。

「お百姓さんって、土地かなんか持ってるの」

「うん。なんか、何年か前に長野県に買ったとか言ってた」

「いずれお会いしなきゃね」

「そうね。紹介します。そのうちね」

そっけない言い方だ、と思った。ほんとにどうでもいいと思ってるみたい。男の兄弟ってそういう淡々としたものなのかもしれない。何となく羨ましく感じた。

 

佑介さんは立ち上がって、出羽菊を取り出した。

「れいちゃん、どうする。ワインがいい? それともこっちに切り替える?」

「そうね。わたしもお付き合いするわ」

彼は籠に入ったたくさんのぐい飲みを持ってきた。

「どうぞ、お好みのを」

「わあ、いろいろあるのね。じゃあっと、これ」

わたしは九谷を選んだ。ゆうちゃんは、ちょっと大きな志野。一升瓶をそおっと持ち上げてわたしのに注いでから自分のになみなみと。

「お母さんのところ、生徒さん、何人くらいいるの」

「ああ、ちゃんと確かめたことないけど、12、3人じゃないかしら」

「12、3人ね。もしれいちゃんが先生になったら、30人くらいにしなくちゃね」

「エー、そんなにできるかしら」

「れいちゃんならできるよ。僕も援けるから」

「でもゆうくんはお仕事で忙しいでしょう?」

「うん、当分はね。でも、そのうち兄貴じゃないけど、身の振り方考え直そうかなとも思ってるんだ」

「……」

「このまま不動産屋続けていても、なんか空しい気がしてね。じゃあ、どうするかっていってもいまのところさしたる計画があるわけじゃないんだけど」

声がちょっと沈んでいた。それきり彼は下を向いて黙ってしまった。

何かあったのと聞こうとしたけれど、そのなんとなく重苦しい雰囲気が、かえってわたしを思いとどまらせた。それから彼はふっきったように、顔を上げた。

「ごめんごめん、心配しないで。こないだ56になったでしょう。60代が見えてきたよね。ほら、やっぱり20年以上同じ仕事続けてるとさ、ここらでもう一回、人生やり直そうかな、なんて、らちもないこと考えちゃうんだよ。それだけ」

わたしとの出会い、そしてわたし自身がいま人生を変えようとしていること、それが知らず知らずのうちに影響を与えているのかもしれない。

たしかにこの人、不動産業で一生を終えるには、多くの豊かなもの、有り余るものを持ちすぎてる。できることならちょっと勇気を持たせてあげよう。

「わかるような気がするわ。ゆうくん、いろんなことできる人だもんね。それに、いま、昔の56と全然違うでしょう。まだまだ新しいことに挑戦できると思う」

「ありがとう。それはわかんないけど、こないだも冗談半分で言ったよね。……これはいまのところ単なる空想だけど……たとえば、れいちゃんが華道の道を突き進むんだったら、営業の経験生かして、それにからむ形で、協同事業みたいなこと構想してもいいかなって」

わたしも、それにはにわかに答えられなかった。そういうことでなくても、もっと何か……。

佑介さんの提案には直接答えずに、わたしは言った。

「ほんとの意味で第二の人生ね。いますぐ決めなくても、ゆっくり考えればいいわよ」

「そうだね。うん。ありがとう。でも、いずれにしても、あと三、四年は続けるよ。その間に考えればいい。拙速は禁物だよね」

彼の表情がいくぶん明るくなった。

どうぞお酒を召しませ、とばかりに、今度はわたしが重い一升瓶を抱えて彼のぐい飲みに注いであげた。彼はいきおいよくそれを飲み干した。

こんなふうに、一気飲みするゆうちゃんを初めて見た。やっぱり何かあったんじゃないだろうかと、じつはちょっと心配。

 

わたしは気分を変えるために、さくらちゃんの話をした。

話題としては明るい話題ではないけれど、やや他人事のような調子をわざと作って、わたしたちの幸運を強調するつもりだった。心の中では、彼女のことをすごく気遣っていたんだけれど。

さくらちゃんとは、あれ以来、突っ込んだ話をしていなかった。お互いに何となく距離ができた感じだった。

でもきのうの残業の時、彼女のほうが先に退社するので、別れる時に親密なあいさつを交わした。ついでに、「来年は絶対幸運が巡ってくるわよ」と励ましてあげた。さくらちゃん、がんばって。

「ほら、さくらちゃんだけじゃなくて、エリみたいに隘路に嵌り込んじゃった例もあるでしょう。だからわたしたちってすごくラッキーだと思うのね」

「その通りだね。こないだ篠原と会ったんだけど、打率1割くらいじゃないかなんて言ってたな」

お酒はほどほどにして、ポトフをもう一度お皿に盛り、ご飯を食べた。

半澤玲子ⅩⅤの2

 

17日の昼休み、大原流本部に電話した。母が師匠をしていて、自分にも多少心得があることを話してみた。

電話に出た女性は、上の者に相談してみると言って、電話を替わった。名簿を調べてくれて確認が取れた。いろいろ話をしているうちに、向こうがこちらを信用してくれたようで、それでは初等科を飛ばして本科から受講して下さいということになった。

1月に出す辞職願いが受理されるのが2月になるだろうから、それが済んでから入会手続きをすることにした。

5月に研究会があって、そこで点数がよければ、師範科1期に飛び級も可能ということだった。

やったぞ、がんばるぞ。でもそれからが、いろいろとたいへんだろうな。

このことを夜、佑介さんにメールで知らせた。

彼はお返事メールで、わがことのように喜んでくれた。それから、わたしの母にはお正月にお邪魔してぜひお会いしたい、とも。

わたしは、大晦日をわたしの家で過ごし、翌日一緒に実家まで出かけることにしようと提案した。すぐOKのメール。

 

23日、横浜の真奈美一家の自宅に行って来た。

姪っ子、甥っ子には会いたかった。去年の夏以来だった。ふたりともずいぶん成長していた。特に詩織はもう女の子から思春期少女へと変貌した感じだった。

明滅する可愛いツリーの傍らで食事した。詩織と英太がわたしの送ったプレゼントを持ってきてお礼を言った。

英太にはニッキーのサッカー・ウェアー、詩織はちょっと意外だったが、英文社のシャーロック・ホームズ文庫全集。あまり本に親しむような子ではなかったのだが。

塾の友だちに感化されたのかもしれないし、勉強漬けの毎日から早く抜け出したくて、読み物に飢えてきたのかもしれない。あるいはうがちすぎだが、母親のくびきから脱したいという間接的な反抗のサインか。

少し値が張ったけれど、いずれにしても、けっこうなことだと思った。

真奈美から近況について何か突っ込まれるかと思ったが、それは杞憂だった。彼女自身が、それどころではないという雰囲気なのだ。かえって助かった。

崇さんが帰ってきた。すれ違いと言うのではないけれど、少し話をしてから早めにお暇した。

崇さんは、働き盛り。わたしより一つ下だが、お腹が出てきて堂々としていた。

夜道を歩きながら、こういうのがふつうの仕合せな家庭……と何度もそのイメージを反芻した。

それはそれで結構なことだけれど、どこかに違和感が残った。

詩織が中学生になり高校生になって、英太も中学生になって……つまりあと三、四年でこのイメージは崩れてしまうのではないか。はかないものだ。

 

25、26、27と、残務整理に追われた。

給料日が重なったので、その最終チェックが必要だっただけではなく、残務整理も新システムで行わなくてはならなかった。だからよけい時間がかかってしまった。

26日の夜、佑介さんからメールが入っていた。休日だったので、一生懸命、片付けと掃除と雑巾がけをした、とのこと。

 

ゴミがいっぱい出ました。少しはきれいになったと思います。ポトフの材料は買ったので、28日、もし自分よりも先に来れるようだったら、どうぞ来てね。鍵はメーターボックスの中にかけておくね。メーターの裏側なのでちょっとわかりにくいかも。では楽しみにしています。

 

日岡駅からの地図とストリートビューが添付されていた。掃除で奮闘している佑介さんの姿が目に浮かんだ。思わず笑みがこぼれた。

 

そして今日、28日になった。

昨日、かなり遅くなって疲れていたにもかかわらず、早く目覚めた。

張りつめるような寒さだが、快晴だった。しかしそれは関東だけで、他の地域はだいたい曇り。夜には全国各地で初雪が見られるかもしれないという。

東北や北陸には今年も豪雪の季節がやってくるのだろうか。つくづく南関東に生まれ育ってラッキーだと思った。

ゆうくんの家に早く行ってみたくて、10時少し前に家を出た。日岡は駅前に大学があるので有名な駅だ。

彼のマンションは、大学とは駅の反対側。電車の乗り継ぎがよく、家から1時間ちょっとでたどり着いた。赤いタイル貼りのしゃれた中層マンションだ。4階までエレベーターで昇った。ほんとに鍵がなかなか見つからなかった。そうね。簡単に見つかったらやばいよね。

やっと探り当てて、ドアを開いた。 

わたしのところより、間口が広いタイプで、しかもリビングがかなり大きかった。でも隣のベッドルームとリビングとに本棚やラックがあって、かなりのスペースを占領している。南向きで、日当たりがよかった。斜めに差し込む真昼近い日のために、白木のコーヒーテーブルが反射光でまぶしいほどだった。

エアコンのスイッチを入れた。

ソファの上にノーパソが投げ出してある。ラックにはCDやDVDがかなり並んでいる。間に趣味のいい花器や陶磁器のたぐいがいくつか置かれていた。中の一つ、この花器だったら活け花に使えるなと思った。

ダイニングの壁には、ワイズバッシュのリトグラフ。チェロとバイオリンのデュオの絵だ。

カウンターキッチンなので、これならお互いにお話しができる。田原町のマンションにも愛着はあるけれど、ここもすっきりしていてとても快適だ。早く引っ越してきたいと思った。

ダイニングテーブルの上に書き置きがあった。

 

愛しいれいちゃん、おはよう!💛

よくいらっしゃいました。

昨日までお仕事、お疲れさま。

今日は、3時までには帰れると思います。

僕はオフィスのほうでお昼を済ませるので、

れいちゃんは、冷蔵庫の中のものを適当に食べてください。

なるべく早く帰ります。

鍵は僕も持っているので、内側からかけておいてください。

たいせつなれいちゃんに何かあったら大変!

                          佑介

 

そういえば、彼の文字を見たのは、これが初めてだ。さらさらと流れる、女みたいなきれいな文字だった。最近の男の人には珍しい。活け花を習いたいというのが本気なんだというのがよくわかる気がした。

冷蔵庫を開けてみた。

ほんとに出羽菊の一升瓶が入っていた。いろんな食品が買い込んである。冷凍ご飯も作ってあった。それからシンクの脇にウイスキーが置いてある。昨日も飲んだのかしら。

ベッドルームを覗いてみる。

こちらには、不動産関係の本もあったけれど、多くは文学や哲学の本だった。フェルメール展の時ふたりで買った画集も下のほうに収まっていた。政治や経済の本もあった。『国富と戦争』という分厚い本に、付箋がいっぱい貼ってあった。取り出してみると、随所に線が引いてある。

 

適当に昼食を済ませた。待ち遠しかった。しばらくしてからおもむろに「幻のポトフ」の準備にかかった。

カチャリと音がした。わたしはキッチンから飛び出した。

「お帰りなさい!」

「ただいま!」

抱きついてずーっとチューしていた。二週間ぶりよ、二週間ぶりよ、と心の中で叫んでいた。

「ワイン、赤と白と買ってきたよ」

そういえばゆうちゃんは、重い鞄を肩からかけて、ワインの袋を片手に提げたまま、わたしを抱き締めていたのだ。

「あ、ごめん、ごめん!」

わたしは思わず笑ってしまった。

半澤玲子ⅩⅤの1

                                 2018年12月28日(金)

 

12/16 17:24

💛💛💛恋しい恋しいゆうくんへ💛💛💛

メール、待ち焦がれてました。ありがとう。

わたしもすごく楽しかったです。人生のうちでいま、いちばん仕合せかもしれない。

こんな年になってって、諦めていたのに、素敵なゆうくんに巡り合えて、いまだに信じられない気持ちです。

 

鞄、気に入ってもらえてとてもうれしいです。オフィスで話題になるなんて、わたしもちょっと誇らしい気持ち。噂なんてほっとけ。

 

きのうは、実家の母のところに泊まりました。さっき帰ってきたところです。

みんな打ち明けちゃったよ。母はすごく喜んでた。それで、一度お会いしたいって言ってました。お正月にでもいかがですか。

辞職して華道に打ち込む決心の話もしました。これも母はすんなり認めてくれました。前に話したときは、こっちもぐらついてたから、あんまり本気にしてなかったんだけどね。

 

「即興曲」90と142、ありがとう。母のところから帰ってくる途中、新宿で途中下車してイヤホンを買いました。ほんとにすごくいい音です。

90は帰ってきてすぐ聞きました。全曲、すてきね!

142は、いまちょうど聞き終わったところです。旋律の美しさもさることながら、なんていうか、とても内省的で、こないだ「暗い」なんて言っちゃったけど、孤独に美を追究してるシューベルトの姿が浮かんでくるようです。寄り添ってあげたい感じ。

あ、もちろん、こういう素晴らしい曲を勧めてくれたゆうくんに寄り添うのよ。

 

活け花のほうは、明日にでも大原流の本部に連絡を取って、いろいろ聞いてみるつもりです。母は、分派争いのことなんて遠い昔のことだから、もう関係ないだろうって言ってました。

今度は、傾斜型だけじゃなくて、並ぶ形や開く形など、いろいろ挑戦してみるつもりです。ただ、部屋が狭いのがちょっと気になります。

 

わたしも正直なところ、年末処理で、やっぱりちょっと忙しいので、28日にしてよかったです。でも待ち遠しいなあ。音楽のことやいろんなこと、また教えてくださいね。

 

旅行のお話、うれしい! 金沢でいいですよ。昔行ったことあるけど、もう何年前になるかしら。ついでに加賀も回ってみたいですね。

 

お仕事、たいへんそうだけど、どうぞ無理なさらないでね。

またメールくださいね。待ってま~す。大好きなゆうくん💛

 

佑介さんへのお返事メールを書いた16日の夜、珍しく妹の真奈美から電話があった。何か月ぶりだろう。半年以上?

「ご無沙汰してまーす。姉ちゃん元気だった?」

「ほんとご無沙汰だねー。元気だよ。まあちゃんたちは?」

「うちも元気よ。詩織がもうすぐ受験でしょう。いま追い込みでたいへん」

「あ、そうだったわね。志望校、もう決まってるんでしょ」

「もちろん」

「どこ?」

「エリスが第一志望なんだけどね。ちょっと厳しいかな。それで滑り止めに江南女学院選んだのよ。こないだの模試では、まあ何とかこっちは行けそうで。でもあの子ちょっと気が小さいから本番に弱いんじゃないかしらって心配でね。だから、この冬期講習で猛特訓受けなくちゃなんないの。体力的には大丈夫だと思うんだけどね。でもいま、子ども少なくなってるのに私立は希望者が多くて昔より厳しくなってるのよね。こないだも塾で父母面談があったんだけど、やっぱり先生も詩織の気の小さいとこ見抜いててさ。クラスのランク一つ下げて、そこでいい思いして自信つけるのも一つの手ですね、とか言うのよ。でもさ、そう言われちゃうと、今度は何となくムカついちゃってさ。だいち、詩織になんて言っていいか、傷ついちゃうんじゃないかって、親としてはなかなか難しいところなのよね。それでさ……」

どこかでストップをかけないと、延々と続く。要するにわたしに何の用があって電話して来たんだ。

「詩織ちゃんなら上のクラスでも大丈夫よ。それで、今日は?」

「あ、そうそう。それでね。冬期講習が24日から始まっちゃうのよ。クリスマスイブからよ。クリスマスも返上。だから代わりに23日にウチでパーティやろうって話になって、子どもたちに聞いたら、玲子おばちゃんにも久しぶりに会いたいって言うの。23日、都合どう?」

「来週の日曜日ね。大丈夫よ」

だいたい電話の声が高い。それに「子どもたちに聞いたら」は余計だろう。自分は別に会いたくないんだけど、と白状してるようなものだ。

「じゃ、悪いけど(悪いなんて思ってないんだろう)、ウチに来てくれる? 詩織も、小学校最後のクリスマスだしね。雰囲気盛り上げたくて」

「わかったわ。何時ごろ行けばいい?」

ちょっと冷ややかな調子になってるのが、自分でもわかった。

「そうね。あんまり早くてもなんだから(なんだから、って何よ)……あ、5時くらいでどうかしら」

「わかったわ。崇さんもいるんでしょう?」

「それがゴルフで、帰りが8時くらいになっちゃうっていうのよ。途中から合流ね」

何となく、ご一家の雰囲気がわかるような気がした。そっか、三人だけじゃ寂しいもんね。

「そしたらさ、あらかじめネット通販で、プレゼントが当日時間指定で届くようにしとくからさ、詩織ちゃんと英ちゃんに何が欲しいか聞いてもらって、また連絡くれる? うん、メールで指定してくれるとありがたい」

「わかった。じゃね」と、急に電話を切ろうとする。

こっちで気い遣ってプレゼントの話もちかけてるんだから、ありがとうぐらい言ったらどうなんだ。

それに、たまに自分からかけてきたんだからもう少し愛想ってものがあるだろう。英太のことは一言も言わないし。

しかたなく、「英ちゃんはこの頃どうなの?」とこっちから水を差し向けた。

「英太はサッカーに夢中よ。こないだも地区の大会でミッドフィルダーで出てさ、準決勝まで行ったんだけど、惜しくも敗退。すごく悔しがってたわ。小さいのに負けず嫌いで、よく頑張ってるなあって思う。パパもあいつはなかなか根性あるなって言ってるのね。まあ、勉強のほうはいまいちだけど、そろそろあの子も来年は考えなくちゃ……」

はい、そのへんでいいでしょう。

「あら、まだ3年生でしょ。男の子はわからないわよ。両親が頭いいんだからこれから伸びるわよ」

と、ごまをすっておいて、それ以上は続けさせず、

「あ、お正月はどうするの。お母さんところには行かないの?」

「それが、お母さんにもしばらく会ってないから、行きたいのはやまやまなんだけれど(ほんとにやまやま?)、なにしろ、詩織が大晦日と元旦しか休めないのよ。だからせめて家で過ごそうと思って。姉ちゃん、代わりに行ってあげてくれる?」

「代わりに」はないだろう。でも、そのほうが佑介さんを紹介できるから、わたしとしては好都合だ。

「いいわよ」とあっさり言っておいて、今度はこちらから電話を切った。

みんな、自分の関心事にしか興味を示さない。もっとも人のことは言えないけど。

しかしあのキンキン声でまくしたてるのだけはやめてもらいたい。母親続けてるうちによけいひどくなったような気がする。

兄弟他人の始まり、か。母にもしものことがあったら、何か言いだしそうだな。あ、それよりもわたしが母の跡を継ぐ時点で、きっと何か言ってくるだろう。佑介さんとのことだって、黙ってるわけにいかないし。

今度行ったとき、そんな話が出るかもしれない。向こうから何か聞いてきたら、佑介さんのことは黙っているにしても、この際、辞職して華道一本で行くことに決めたことをはっきり言うことにしようか、どうしようか。やっぱりまだやめておこうか。

でも、こんな取り越し苦労に悩まされるのは、精神衛生上、よくない。活け花で母の跡を継げるかどうかだって、まだわからないんだし。出たとこ勝負で行くことにしよう。

そう思って、この夜は佑介さんの面影を胸に抱いて、早々と寝た。

堤 佑介ⅩⅣの8

 

今日15日、本部の島村から電話があった。

「下町コンセプト」を有効に拡張していくために、東海不動産との連携作戦を模索したいという。部長も賛成している。そのとり持ちをやってくれないかというのだった。

自分が提案した以上、協力を約束せざるを得なかった。

それで、どう渡りをつけるか、作戦を練る必要があった。

けやきが丘に東海不動産の営業所の知り合いがいることはいたが、こいつがちょっと横柄で強引な奴で、あまり接触したくなかった。たぶんあいつに話を持って行っても、乗ってくれないだろう。

そのほかの近隣の営業所にも知り合いが二、三いたが、あまり有力な地位にいない。また大田区の蒲田営業所には知り合いがいなかった。何らかの迂回路を考える必要がある。さてどうするか。これはもう、来年に持ち越しかな。

 「アプローチに慎重を期した方がいいんでね。ちょっと作戦を練ってみるから、実際に動き出すのは年明けからでいいかい」

 「そうだな……うん、それでかまわない。ただ、その作戦が決まったら概略でいいから連絡してくれるか」

 「わかった」

 「じゃな。成功を祈る」

 

 《12/15 23:08

 愛しいれいちゃん♡

 この間はほんとにありがとう。

 お料理もおいしかったし、お話しも楽しかったし、何よりも、これからの二人について建設的な話ができたのがよかったね。

 政治ばかりでなく、音楽についても、熱心に追求しようとしているれいちゃんに、すごく感銘を受けました。

 別れる時の切ない気持ちもしっかり覚えています。

 

 プレゼントの鞄はさっそく使っています。とても使いやすい。

じつは、ウチのスタッフの何人かに、僕に最近「異変」が起きていることを悟られていて、時々冷やかされます。

 鞄も気付かれました。ベテラン女性に、目ざとくタグにネームが入っているのを見つけられ、「どなたのプレゼント?」と聞かれてしまいました。

 金曜日にチーフの岡田という奴と飲んだのですが、告白をしつこく迫られました。

 それでしかたなく「つきあってる女性がいる」と簡単に答えたんだけれど、「ご結婚なさるおつもりですか」とか聞くから、「いや、いまのところそのつもりはない」と言っておきました。

 活け花をやってると話したら、「いいですねえ! 大和撫子 羨ましいなあ!」と言われましたよ。

 

 シューベルトの即興曲90と142、添付するね。ちょっとおせっかいだけど、PCで聞く場合、性能のいいイヤホンで聞くことをお勧め。少し値が張るけど、いま、すごくいい音がするのが出てるよ。

 

 これから年の瀬まで、ちょっと仕事がたまっています。忘年会なんかもあり、忙しい日が続きます。会えなくてごめんなさい。

 活け花、頑張ってね。いつも、いつも応援してます。

 春になったら、旅行に行こうね。どこか行きたいところがあったら言ってください。僕は新幹線で金沢に行きたいなと思ってるんだけど。

 

 寒いので、風邪ひかないようにね。では、ゆっくりお休みなさい。れいちゃんにとって明日がいい日曜日になりますように♡