堤 佑介Ⅴの2

 

 「全然関係ない話なんだけど、いま差別撤廃のためのLGBT教育ってのが高校で課されてるそうだね。でも生徒の反応がいまいちらしい。たとえば亜弥が親しい友達から、自分はトランスジェンダーなんだってカミングアウトされたら、どうする」

 「つまり体は女、心は男ってやつ?」

 「うん」

 「別に。いままでどおりつきあってくと思うけど。だいたいカミングアウトとかって、受ける方もうざいんだよね。わざわざしなくていいよ」

 「やっぱり、そうか」

 「でもなんでそんなこと聞くの」

 「いや、ただ、最近問題にされてるから、若い人がどう感じてるか知りたくてさ」

 「パパ、わたし、もうそんなに若くないよ。もしその人がわたしの古くからの親しい友達だったら、そんなのとっくにわかり合ってると思う。悩んでるんならすぐにでも相談に乗るよ」

 「なるほど。それは考えなかった。俺には17も26も同じような若者に見えちゃうんだ」

 「んもう、パパったら。好奇心旺盛なのはいいけど、どうせ若者のこと考えるなら、もうちょっと年齢層で微妙に違うってこと考えた方がいいよ」

 亜弥の言うことはもっともだった。その8年間で若者は飛躍的に成長するんだろう。特に女は精神的な成熟が早い。

 だが、「別に」という答えは、ネット情報にあった高校生と同じだ。カミングアウトされて「それがどうしたの」という対応で返せば、悩んでいた当事者の自意識はずいぶん軽くなるだろう。

 「たしかにそうだな。それでLGBT教育のことはどう思う?」

 「あんまりよく知らないけど、あれって一種のサヨク運動でしょう? 性教育とおんなじでなんか白けるよね」

 「だけどLGBT自体は世界的に騒がれてるぞ。つまりさ、Me Tooにしろ、ポリコレにしろ、アファーマティブ・アクションにしろ、弱者、少数者の人権、人権と、まるでそれしか正義の問題はないかのようにうるさいじゃないか」

 「アファーマティブ・アクションって何だっけ」

 「不平等が社会的な理由で是正されないなら、政治的な措置を施すことで不平等をただそうって考え方。たとえば、アメリカで黒人の大学入学者が貧困や家庭環境のために阻まれてるなら、一定の枠組みで黒人を優先的に入れようとか。北欧なんかでは普通だよ」

 「ああ、日本で言われてる女性のポジティブ・アクションのことね。でもそれっておかしくない? どれも実力勝負の領域でしょ。機会均等が保証されてるんだから、最初から枠を決める方がかえって不平等じゃないのかな。まかり間違えば逆差別になりかねない。わたしだって大学受験や就活で男と対等に闘ってきたよ」

 「もちろんそういう批判もある。でも、いま世界、といっても欧米先進国の話だけど、世界の潮流は、社会的弱者やマイノリティのカテゴリーに収まる人たちを、人権や平等の建前の下に優遇しようという流れがすごく強まってるよ」

「でも日本でそんな動きって強まってるかなあ。わたしのまわりじゃあんまり聞かないよ」

 デカンタの残りをグラスに移して、お代わりを頼んだ。ここが親爺としての蘊蓄の見せ所、と改めて衿を糺す恰好をして、

 「いや、公務員なんかだと、けっこう推進されてるんだよ。騒いでいる人たちは、例によって欧米の動向をそのまま持ち込んでるところがたしかにある。たとえば同性愛だって、日本は昔からキリスト教文化圏と違って寛容だからな。江戸時代でも衆道とか陰間とか呼んで棲み分けてた感じがあるね。多少は取り締まったらしいけど、あんまり苛酷な締め付けはなかったようだ。いまだったら本宿二丁目が有名だろ。あそこに出入りしている人たち、ゲイ差別のために戦うぞーなんてこぶし上げてないと思うんだよ。欧米とはそのへんの緊張感がたぶん違う。イスラム教文化圏に至っては発覚したら何と死刑。」

 「いまでもそうなの」

 「いや、イスラムでは今世紀に入ってからかえって厳しくなってるんだよ。だけど日本では、反対に、すごく平等主義が好きで、一部の人の声が大きいと、官公庁なんかじゃあわてて人権教育が必要とかいってやり出すんだ。これまでもジェンダー・フリー教育とか、普通の常識感覚で考えておかしなのがあったね」

 「ああ、男女混合名簿とか、更衣室一緒とかでしょ。小学校時代、性教育について読んだことがあったの思い出した。ずいぶん騒いでたみたいね。ウチの学校じゃいいかげんにやり過ごしてたけどね」

 「そうそう。いまのLGBT教育もそれと似ていると思うよ」

 「でもそれって、当事者たちが実際にどのくらい差別を受けてるかによるんじゃないの。それちゃんと調べないで理想だけで押しても、みんなあんまり関心示さないんじゃないかな」

 わが子ながら、こいつ、なかなかいいこと言うな、と心のなかで親バカになる。離れて暮らしていても考え方が似ている、と、酔いも手伝ってだんだん調子に乗ってくる。

 新しいデカンタを亜弥のグラスに注ぎながら、

 「うん。誰にだって生きにくさや辛さはあるからね。あるところだけカテゴリーで括ってマイノリティだっていう理由一つで政治問題化するのはおかしいよね。サヨクって、差別の実態がそんなになくなってるのに、自分たちの反権力活動を維持するために、わざと課題をほじくり出してくるところが昔からあるからね。ある時期からの部落解放運動がそうだった。ずっと前、小山悦郎という評論家の『弱者とは何か』という本を読んだことがあるんだけど、たしかそこで、部落差別がなくなりつつあるにもかかわらず、部落解放団体が自分たちの運動の延命のために、差別の事例を無理にでも探し出そうとしてる、これは退廃だって批判してたな。なるほど、と感心したのを覚えてるよ」

 「どんなにつらい問題抱えてたって、政治で解決できることとできないこととあるもんね」

 「そう、そこだよ。恋愛したいのにモテないとか、結婚したいのに金がないとか、引きこもり20年とかな」

 「性格が暗いために学校や職場でいじめられるとか、ブラックでこき使われてるとかね」

 「孤独で貧乏な老人とか、親の介護で離職を強いられている人とかな。そういう生きづらさを抱えた人たちって、いまあふれてるだろ。そっちの方が、当人にとってみれば切実だよね。しかもその人たちは『普通の人』っていうカテゴリーに放り込まれるから、政治的な注目を浴びない。LGBTと比べてどっちを優先的に取り上げたらよいかなんて問いには正解はないと思うけど、でも、サヨクはそういう人にこそ焦点を当てるべきだと思うんだ。それだって政治で解決できることは極めて限られてるけどな」

 「LGBTってどれくらいいるの」

 「さあ、専門家じゃないからよくわからないけど、知人に聞いたら、議論が高まってきたのをビジネスチャンスと見て博通が調査したんだそうだ。そうしたら7.6%って数字が出てきたんだって。でもこれはいくらなんでも水増しだろう。40人のクラスに3人もいることになるもんな。たぶん2~3%じゃないの。要するに、LGBTって、誰がつけたのか知らないけど、名前つけて、クローズアップして、性的マイノリティでございってカテゴライズしたら、政治とうまく結びついちゃったんだろうね」

 すでにステーキを平らげた亜弥は、そろそろこの話題に飽きてきたようだ。わたしに合わせてくれているだけかもしれない。何かびしっと結論を、と思うが、なかなかいい文句が出てこない。

 「結局、表通りで騒がれていることって、普通に生きてる人々の生活感覚に触れてこないんだよね。プライベートな問題って人によってものすごく違うから、政治や法の問題と安易に混同しちゃいけない」

 まだあまり自分の中で煮詰めてない曖昧な言い方をしてしまったかな、と思う。

 

 「もう少し何か食べないか。時間はいいんだろ」

 「うん。時間は大丈夫。食べ物はもういいや。デザートが欲しい」

 「あ、好きなの選んで」

 注文を終えてから、亜弥は私に、真剣なまなざしを注いできた。でもその真剣さには、どこかこちらを試すようなものが含まれていた。涙袋の部分にはかすかな笑みさえたたえられている。

 「パパ、仕事と関係ない議論にふけるのもいいけどさ」

 「うん?」

 「誰かいい人見つけたら?」

 そう言ってから、余計からかうような目つきになった。

 不意を突かれた。

 そうだよな、何しろ寂しいから呼んだというのを見抜かれているんだものな。娘に本来のテーマに引き戻してもらったわけだ。

 「うん。見つけるよ。ありがとう。こないだも篠原のおじさん、覚えてるよね」

 「篠原のおじさん……ああ、あの猫背の学者の人ね。時々うちに来てたね」

 「うん。彼と飲んだら、同じようなこと言われたよ。再婚考えたらどうだってな」

 「ネット、よく見る?」

 「そりゃ、仕事がらしょっちゅうだよ」

 「ネットニュースの広告によく出てるでしょ。『仕事だけじゃなく、恋愛もしようよ』って」

 「え? どんな」

 「グラマーな女性が自転車うしろにして、こっち見てるやつ」

 「ああ、あれか。よく見る、よく見る。あれがどうかしたか」

 「じゃ、何の広告か知らないの」

 「知らない」

 「あれ、Couplesっていう婚活サイトの広告。あれは圧倒的なシェアを誇るサイトなのよ」

 「へえ、それで」

 「一度クリックしてみたら」

 そう言って亜弥は、来た時と同じようにクスクス笑い出した。

 こいつ、父親をおちょくってるな、と一瞬思った。しかし、好意で言ってくれていることは疑いようもない。

 ティラミスに匙をつけながら、亜弥はまだにやにやしながら私を見ている。私はさっき頼んだハイボールを口に持って行きながら、思わず沈黙した。

 心の中では、亜弥の成熟ぶりに少なからず驚くと同時に、やや狼狽もしていた。自分を捨てた不埒な父親に、婚活を勧めるとは。

 亜弥がしばらく他人の女のように思えた。酔眼を通してよけいにそう見えるのかもしれない。

 だがこれは、と、私は反省した――とても恵まれたことなのだ。こんなことはそうそうあるものではない。もう一度、亜弥の心遣いに黙って感謝した。

 それにしても、母子家庭でよくここまで成長したものだ。思春期にだっていろいろあったろうに。ここは、依子にも深く頭を下げるべきところだ。ともかく、自分の人生と婚活サイトを結び付けることなど、娘に言われなければ考えてもみなかった。

 やや余裕を取り戻してから、落ち着いた素振りで答えた。

 「気持ちはわかった。しかし俺はああいうのはちょっとNGだな。年も年だし」

 「でも見たことないんでしょう。ダメ元ってことあるじゃない」

 「うーん。なんでもそうだけど、この年だと、だいたい入り口で見当がつくよ。見ず知らずじゃあな。下手な鉄砲は打ちたくない」

 「見ず知らずっていうけど、誰でも初めは見ず知らずよ。出会いのための一つのツールと考えればいいのよ」

 それはそうかもしれない。こう理詰めで来られると、うまく抵抗できなかった。

 「いやはや。捨てた娘からそんなことを勧められるとは思ってもみなかった。そんなことまで言われると、申し訳なくて、なんだか胸が痛むところもある」

 「そんなこと思わなくていいよ。わたしも無理にとは言ってないわ。ゲーム感覚でちょっとボタン押すだけだからって言ってるだけよ」

 子どもの時の強い調子が顔を出し始めた。少し逆襲してやろうと思った。

 「それより亜弥。お前は試してみたのか。それともそんな必要はないのか」

 「フフ、ゲーム感覚で試してみた。おもしろいよ。欲張らなきゃ女はただですむし」

 焦るふうもなく答えた。

 「それとね、パパ。わたしはまだいいの。ちゃんと年齢と相談してるの。アラサーくらいからマジに考えるよ」

 「そりゃそうだな。まだ早い。きょろきょろしない方がいいだろう。でもああいうのはALADDINでモノ買うのと同じで、登録しないとダメなんだろ」

 「そうよ」

 「亜弥は登録したのか」

 「うん」

 「じゃ、少しはそういう気があったってことか」

 「だから言ってるじゃん。ゲーム感覚なんだって」

 ふーむ。これ以上踏み込むのは、たとえ娘といえども控えておこう。成人しているんだし、養育責任を途中から放棄したんだし。彼氏がいようがいまいが、やるんだろうな。私にそれをとがめる資格はない。

 自分も娘くらいの年には、けっこういろんなことに手を出した。ちょっと気に入った女がいればすぐに声をかけた。うまく行くこともあれば恥ずかしい失敗もした。まして、ボタン一つで相手を探せる時代なのだ。おそらく男も女も、二股、三股もかけてるのだろう。

 しかも篠原や山名さんが言うように、自由恋愛の時代になればなるほど、資本主義みたいに格差が開いてミスマッチが多くなっているのだ。『電子マン』もその底辺事情を、悲哀すら込めて描き切っていたのだった。

 「そろそろ行こうか」

 「ごちそうさま」

 マロリーを出て、亜弥は千葉と東京の境まで行く地下鉄、私は南東京に向かう私鉄と、お互い反対方向なので、路上で別れることにした。

 別れ際に、亜弥はまたあのいたずらっぽい笑みを浮かべて、背伸びしながら私の頬にチュッと軽くキス。

 「パパ、まだまだモテると思うよ。がんばって」

 「亜弥もな」

 私は照れながら返すのが精いっぱいだった。

 背中を向けながら手を振り、軽快な足取りで地下鉄への階段を降りていく亜弥をしばらく上から見送っていた。ちょっと複雑な気持ちだった。あれはファザコンとは違うな。

 

 亜弥は倉安のマンションに依子と一緒に住んでいる。山木柳五郎の『黒べか物語』の舞台になったあたりだ。あの小説は名作だったが、それよりも数十年の間の変化に驚かされる。『黒べか』が書かれたころは遠浅の湿地帯だったのが、60年代に埋め立てられてから急速に発展し、レスリーランドができ、高級住宅街に変貌し、そして震災で液状化現象が起きた。

 依子は震災後に値が下がったのを見計らって中古を買ったそうだ。亜弥からそれを聞いたときは、なかなかやるな、と思った。

 だが油断はできない。

 倉安の歴史を見ていると、まるで東京の戦後史の縮小コピーみたいに思えるのだ。

 焼け跡から奇跡的に復興し、10年後に高度成長が始まった。瞬く間にこの発展は東京中心に広がり、メガロポリスが形成され、関西圏はそのぶん落ち込み、首都圏一極集中が進むことになった。地方は疲弊してシャッター街が至る所に。

 そこに、首都直下地震や南海トラフ地震発生の危険が高まっている。東京全体が大被害という「液状化」に遭った時に、疲弊した地方の助けに期待することはできない。

 東京という首都の社会資本の極端な集中は、埋め立て→急速な発展→テーマパークの参入→高級住宅街の出現→地震による液状化という倉安のプロセスにどこか似ている。

 液状化はまだ起きていないにしても、これは歪んだ、不気味なものを予感させずにはおかない。この異常に肥大化したメガロポリスでせっせと不動産業を営んでいる自分が、どことなく空しくも感じられた。

 

 帰宅してテレビをつけると、民放ニュース番組の一コマで、『海風45』の休刊を伝えていた。

報道によると、「部数が低迷したため、編集上の無理から原稿チェックがおろそかになり、偏見と認識不足に満ちた表現を掲載してしまった」という趣旨の海風社の発表があったというのだ。10月号発売からわずか1週間である。

 その「偏見と認識不足に満ちた表現」というのが、何とLGBTにかかわるある論文を指しているらしい。さっき亜弥と話してきた話題と偶然一致していたのでびっくりしてしまった。

 しかし問題の論文は、部数減のための休刊(事実上の廃刊)の口実に使われた疑いがある。どんな「偏見と認識不足に満ちた表現」なのか、確かめてみないとわからない。

 私は少なからず興味を掻き立てられた。休刊になったからといって、最終号がすぐに書店から消えることはないだろう。明日は休日だから、さっそく買ってこよう。大型書店でないと置いてないだろうから、立野台まで出る必要がある。ついでに一週間の買いだめもしてこよう。

 雑誌を買うことはめったになかったが、『海風45』のバックナンバーに掲載された杉山未久という国会議員の論文が批判にさらされて炎上していたことは知っていた。「LGBTには生産性がない」と書いたことが人権主義者から槍玉に挙げられていたのだ。

しかし、彼女の論文を読んだわけではない。できればそれも入手したい。ネットで探せば見つかるだろう。

 

 床に入る段になって、やはり今日の亜弥との婚活をめぐるやり取りのことが思い出された。

 それにしてもあいつめ。いつの間にあんなしたたかさを身につけたんだろう。依子にはああいうところはなかった。俺の血にもない。はてさて。やっぱりかなり経験を積んできたのかな。

そう思うと、ほとんど知らない亜弥の生活史の部分に対して、嫉妬のようなものを覚えた。父親として何も関与できなかった悔しさと言ってもいい。

 でもああ言われて悪い気はしなかった。それどころか、けっこうやに下がっている自分がいたことに気づく。

 婚活サイトか。

 いままで考えてみたこともなかった。自分の気持ちを整理してみる必要がありそうだ。

 俺はどうしたいのか。いまの自分にはどういう関わり方が向いているのか。

 結婚してもう一度家庭を築きたいのか。気の合った女を見つけて、お互い自由な立場で付き合いを重ねたいのか。それは一人の女と? それとも複数? あるいはいい女とセックスしたいだけなのか。

 あるいはこんなことに思いをはせること自体が、もう手遅れなのか。

 しばらく考えたが、頭がまとまらなかった。これらのどれでもあり、どれでもないような気がした。区別してみても始まらない。ただ、素敵な女と出会いたいというのだけは確かだ。

 私は風俗に行ったことがない。青春時代は金もなかったし魔界に入る勇気もなかった。不倫相手と切れてからは、ますますそんな気はなくなった。別に聖人君子を気取っていたわけではない。金を払ったぶんだけの満足が得られると思えなかったのだ。

 やはり自分は、女性とつきあうなら、単なる性欲の処理というようなことよりも、会話をしたり食事を楽しんだり、一緒にどこかに出かけたり、そうしてかかわりを深めて行くことを求めるタイプらしい。その過程でセックスに及ぶこともあるだろうし、そうせずに別れてしまうかもしれない。あるいは双方がその気になれば結婚にたどり着くかもしれない。

 とすると、いままで意識の上でも行動の上でも避けてきた「恋愛がしたい」というのが一番当てはまっているようだった。

 恋愛の面倒くささについては、十分味わったつもりだった。でもここにきて、どうやらまたその面倒くさいことを懲りずにやってみたくなったようだ。

 自分の周りにいる女性たちを、相手として想像してみる。

 部下の社員たち。

 山下は人妻だしあまり美人ではない。

 八木沢はまあきれいだけれど、ちょっときつくて自分の好みとは言えない。

 渡辺は堅実な女性だが、その堅実さが固さにつながっているような気がする。

 川越は――若くて可愛いし、賢そうだからそそられるのは確かだが、年齢が違い過ぎると話が合わないだろう。

 パートにも女性はいるが、特に魅力を感じることはなかった。

 これまで接した顧客の中にも、魅かれる女性は何人かいた。

 しかし夫婦だったり、そうでなければほんの短期間の接触である。性格まではわからないし、よほどのことがなければ、ずっと記憶に残るということはまずない。そして「よほどのこと」というのはこれまで起こらなかった。

 今日の本部の会議でも、女性が三人いた。うち二人は前から知っていた。

 一方は頭の切れる人で容貌もまあまあ。でもたしか結婚していたと思う。

 もう一人もやはり優秀だが、お顔のほうはちょっと。これまで仕事上で話したことは何度かあったが、そういう対象として考えたことはなかった。

 残りのひとりはおとなしそうな若い女性だったが、どういう人だかまったくわからない。

 いずれにしても、出会っている時のモードがいけない。誘おうと思えばできないことはないが、会議の余韻が残る中で、なかなか気安くはできないものだ。

 また、歌や映画や三文小説のように、突然見つめ合って、電気が走るように双方が燃え上がるなんてことはあるもんじゃない。ああいう恋愛幻想はいいかげんにやめてもらいたい。

 考えてみると、村落や小さな町で暮らしていた昔と違って、この大都会では、たくさんの異性と出会っているのだ。極端な例かもしれないが、満員電車の中で痴漢が多く発生するのも、その一つの証拠だ。

 人類史を振り返ってみれば、こんなことはほんの短い期間に発生した一種の異常事態と言っていい。都市で社会生活をする男たちは、よほど性欲を理性で抑えるように馴致されてしまっているのだろう。

 互いに見知ったり会話を交わしたりする機会だって、じつは昔よりずっと増えている。

 女性も、ひそかに慕っていながら男性からの呼びかけを待っているというようなことはなくなって、その気があれば自分からどんどん積極的にアプローチできる。実際そうやって早くからいい男をゲットしてしまうケースは多いんだろう。

 それなのに、恋愛関係が成立しにくくなっているのはなぜなんだっけ。

 ああそうだ。恋愛が自由市場化したからこそ、男に対する女の理想水準が上がって、モテるやつとモテないやつとの二極分解が起きたんだった。「イケメン」にはすぐ女がつくが、「キモメン」にはずっとつかない。それにセクハラ告発を恐れる男の遠慮。恋愛を面倒くさがる心理。あとは経済問題。

 おそらく恋愛というのは、壁があればあるほど盛り上がるんだろうな。身分制社会とか、親の不許可とか。

 いまの時代はどちらもない。恋愛が許されないので心中したなんて話は聞いたことがない。性関係に寛容になった社会は、そのぶんだけ、「この人、命」みたいな濃密さは失われてしまったと言えるだろう。

 そこで婚活か。

 お見合いのビジネス版だな。

 篠原の言う「紹介」より確率的には高いかもしれない。紹介だと、ごく人数が限られる。「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」のほうがいいのかも。

 べつに再婚すると決める必要はない。でも俺もそろそろ恋愛アレルギーから脱却して、積極的に探すことにしよう。そうしないともう後がない。ダメ元のつもりでやってみるか……。亜弥の言った「ゲーム感覚」というやつだ。

 こうして私はいつの間にか、篠原と亜弥のけしかけに乗せられているのだった。