サムライガン ライフルのプロ
episode7 : scary monsters スケアリー・モンスターズ にて
突如登場する人物、三郎太(さぶろうた)。
右隻眼の男で、
眼帯代わりに剣の鍔を左眼に当てている。
番号は不明。
虜囚奪回に伴い、ライフルで蒸気船の機関部を狙うため
この作戦に参加したようだ。
狙撃の直前まで手袋をはめて指を温め、
狙いがぶれないように木に体を括り付け、
異常な眼力と集中で、見事に仕事をこなした。
台詞は一言もない三郎太は、この話のみの登場だった。
一発必中、プロの仕事人だ。
JOJO コレクトコールでお願いします
ジョジョ第五部、広瀬康一が空条承太郎に電話するシーン。
公衆電話に描かれた『SIP』の文字。
これは、現在のイタリアの電信電話会社テレコムのことらしい。
1991年に『地下ケーブル都市計画』なるものが開始され、
実験的にいくつかの市で行なわれたらしい。
どうやらネアポリスもその市の一つのようだ。
シエナの歴史的旧市街に住む人達は、
普通のテレビに加え、
衛星放送、ペイTV、インターネット、データバンク、
市のサービスに簡単にアクセスできるそうだ。
イタリアやることの規模が凄いな!
サムライガン 稲妻
episode6 : thunderbolt 稲妻 にて登場した人物。
背中に四本の日本刀、丸渕の眼鏡に丁髷という姿。
眉間から口唇左端に達する大きな傷から『稲妻』と呼ばれている。
南の評議会から甲山思想牢へ遣わされ、
某所北蔵浜(きたくらはま)近辺の山中で
甲山特別守護隊に襲われた七号丸市松に助太刀する。
甲山特別守護隊の新手から奪った
コープランドのダンバー三型というイギリス製の六連発銃を
携帯してはいたが、日本刀で真っ向勝負を挑む戦闘スタイル。
薩摩倒幕派志士の一人として、上述した銃の密輸を企てたが、
薩摩浪義塾の塾長 由井軍径(よしい ぐんけい)に裏切られ、
仲間九人を殺され、一人逃げ延びて生き残った。
甲山思想牢にやって来た真の理由は、
牢長 国友権勢(くにとも けんぜい)こと由井軍径に
仇討ちするためであった。
軍径と刺し違えた稲妻は市松に、
形見として左のガラスを欠いた眼鏡を渡した。
市松にして『サムライ』と言わしめた男は
そして静かにその最 期を迎えた。
サムライガン 甲山特別守護隊
episode6 : thunderbolt 稲妻 にて登場する
江戸城幕藩体制維持局にて組織された部隊。
腕を垂らしたままの独特な走り姿、
指の間に挟んだ苦無、
単色の単(ひとえ)と顔まで隠れる頭巾から、
この部隊は忍者だと思われる。
彼等も話頭のように、影の一族かもしれない。
JOJO SPQR
ジョジョ第五部で涙目のルカが持っていたスコップ。
そのスコップに刻まれている『SPQR』の文字。
Wikipedia によれば、以下の通り。
SPQRはラテン語で『Senatus Populusque Romanus』の略語。
その意味は『元老院とロー マの市民』、
すなわち古代ローマの国家全体(共和制ローマ・ローマ帝国)の主権者を意味する。
また、『紳士淑女諸君』という感じで、
演説などの冒頭の挨拶にも使われた。
『SPQR』の文字は、
古代の国家ローマとその市民の栄光と誇りを現すものであり、
当時ローマ帝国の領域であった
現在のヨーロッパや北アフリカにいたる
あらゆる地域で公共物に全て刻まれ、
軍団の軍旗などにも使われた。
今日でもローマ時代の遺跡やそれを基にした建造物、
ローマ市の盾形の紋章に見て取ることが出来る。
果てはバスやタクシー、
マンホールにもあしらわれている。
チンピラの涙目のルカに『栄光と誇り』が叩き込まれたようだ。
サムライガン 南山の三兄弟
episode4 : the man with the gun 侍銃を持つ男 にて
江戸城幕藩体制維持局長 市川礼修(いちかわ らいしゅう)の倅達として登場。
金で買い集めた娘達を野に放ち、
鳥獣の如く追い回したのち銛や弓で射殺す、
という狂った遊び『籠女追うもの』に興じていたため、
七号丸市松に始末された。
市松は南山へ赴く前に霧山の美すみで悪夢を見ている。
姉が目の前で殺された悪夢で、
「これから先 生きていてもいい目にあいそうもねェ女を…
適当な時にブチ殺してやッたんだ」
という言葉が現れる。
三兄弟の最後の一人は撃たれる直前に、
こう言い放った。
「たかだか罪人や貧乏人の娘ェ殺しただけだぜ!!
そンなモン生きてたってしょォもねェ
虫ケラみてェな奴らじゃねェか」
「どうせ死ぬためだけに生まれて来た様な連中ばっかしを…
俺が金払って買ってきたんだ
どうしようが俺の勝手だろうが!!」
市松は姉の敵の姿をここに見た。
NANA 後悔
NANA 7巻の最後でうなだれるナナ。
ノブに
「ハチ公を自分の庭で放し飼いにする為」
と言い放った自分を責めているのか。
私は他人に対する言葉に気を使っているつもりだ。
昔から母親に、
「言葉には気を付けなさい」
と、口酸っぱく何度も言われたものだ。
最近、気が緩んでいるのか、
他人に対して失言が多いような気がする。
人間は言葉だけで傷ついたり落ち込んだり、簡単にしてしまう。
だから、気を使う。
よく考えてから、発言する。
他人から
「テンポがゆったりしてる」
と言われる一因は、これにあるのかもしれない。
そして、言った言葉をあとでよく反省して、考える。
常に『柔らかい表現』を探していると言えるかもしれない。
ノブに言ったナナの言葉は、
ノブに対してだけじゃなくナナ自身に対しても
自分の異常さを再確認させることになっただろう。
「べつに あんたの為じゃねえよ」
の前の『一瞬の間』は、
『放し飼い』以外の言葉が浮かばなかった自分に
愕然としたのかもしれない。