NANA 無償の愛
NANA 6巻でシンちゃんがノブとタクシーで帰る場面。
シン
「だって僕の知ってる女の人達は みんな
僕の体だったり心だったりを欲しがるけど
ハチは何も求めずにただ優しくしてくれるから」
「そーゆーのって愛を感じるじゃない」
ノブ
「でも惚れちまったら相手の全部を欲しくなるのが
人のサガってもんだよ」
シン
「そーなの?」
「欲しいなら奪っちゃいなよ 力ずくで」
ノブ
「だから おれはお前の言うように!
何も求めずにただ優しく見守るとか
そーゆーのが本物の愛だって…」
「思っちゃいるんだけど…
やっぱダメだ…
あの男だけは許せねえ」
シン
「充分 愛を感じるよ ノブさん」
昔見たテレビで、ある女優がこんな事を言っていた。
「見返りを求めずに、相手にしてあげられることを全てやりつくして、
それでも相手を好きだって思える感情が、愛なんだよ。」
私が理想とする関係は、お互いがこのように想い合えることだ。
突き詰めて言えば、傍にいるだけでいい。
それだけで、お互いが幸せであれば。
そして、他の誰かに恋人が奪われるとなると、
きっとノブのように思うだろう。
至極、当然のことだ。
JOJO ドロを口の中に入れるのはやめましょう
ジョジョ第五部のセッコのスタンド オアシス。
本体にまとったスタンドに触れるもの全てをドロ化する能力。
ブチャラティが地面に潜って移動したとき、
セッコはドロ化した石畳を口に含んで石槍を作って攻撃した。
さて、質問ですが、
セッコさん、石畳不味くない?
砂とか土とか虫とかゴミとか、全部まとめてドロ化してんだから、
第三部のジャッジメントのカメオが仕返しされたように口に入れたら、
ゴホッ!て、むせるでしょ。普通。
関係ないけど、
ブチャラティが割れたガラスを目隠しに使って、
1ページかけて地面に潜る様子は、
なんかカッコイイです。
NANA イチゴのケーキ
NANA 6巻でナナがファミレスにヤスを呼び出した場面での1コマ。
「ケーキあるぞ イチゴの
食え」
とヤスが言ってるコマの、ナナがとってもカワイイ☆
イチゴが頭の上に浮いてるし☆
JOJO 味
ブチャラティといい、メローネといい、
汗や指の味から嘘をついてることや血液型とか、
物事を判断できるってスゴイな…。
ブチャラティを追跡したメローネ。
『類は友を呼ぶ』って、こーゆーことか・・・。
イラスト©ザキオグラフ
JOJO 59巻で第七部の予告!?
ジョジョの奇妙な冒険 59巻の著者コメント欄で、
『グッくる映像』について、続きの記述が載っている。
『男がひとり馬に乗って荒野を行く』のを
カッコイイと荒木先生は思うみたいです。
つまり、現在描いている第七部 スティール・ボール・ランは、
荒木先生にとってこの上なくカッコイイ漫画なのだ!
JOJO 本体とスタンドの距離
ジョジョの戦闘では、
本体とスタンドとの距離感が重要な事がある。
第三部のサンやジャッジメントは承太郎たちに近づきすぎた。
弱点は本体。
マライアのバステト女神はつかず離れずの距離感が肝。
第四部、吉良吉影のスタンド キラークイーンの第二の爆弾、
シアーハートアタックは標的を自動操縦で爆破するため、
本体との距離はいくら離れようと関係がない。
あえて言うならば、この時の吉良の敗因は、距離。
自動操縦なのだから、それこそ全力で逃げるべきだった。
NANA 喜びは大袈裟に
シンちゃんがよく、
「やったぁ」
と喜ぶ姿が非常に好きです。
自分が嬉しい事を素直に表すのは、
人間関係で重要な事だと思います。
笑う門には福来たる、のようなものでしょうか。
善行には自然と再び善行が訪れると信じています。
そして、人への感謝をちゃんと笑顔で伝えたいです。
だから、私はバカと思われよーが構わずに
「やったぁ」
と、笑顔で両手を挙げて喜びます。
「ありがとうございます」
と、お辞儀をその後に。


