23
あれから一ヶ月経った。
僕は今、JR北新地駅横にある「キタノザウルス」前で岸本さんを待っている。
キタノザウルスとは恐竜のオブジェで、首が長い恐竜がちょこんと座って誰かを待っているポーズをしている。
「あなたを首をなが~くして待っています」ということらしい。
このあたりでは待ち合わせのメッカになっている。
でもなんでここで待ち合わせなんだろう?OLか。あぁ、気恥ずかしい。
そんな軽い羞恥プレイまでして、なぜここで岸本さんを待っているのか?
それはこれから僕が、岸本さんと一緒に清田と接触することになったからだ。
なぜ?
経緯はこうだ――。
僕は岸本さんの指示通りに、現金と通帳を用意することになった。
その額、ジュラルミンケースいっぱいの1億円!・・・といっても実際はダミーだけど。
100万円の札束が100個で一億。
そのうちの二つが本物で、残り98個は裏表1万円ずつだけ付けた100万円のダミー。
古い手だが、切羽詰った状況ではこれでも十分役に立つそうだ。
この「なんちゃって1億円」を作るのにも396万円かかっている。
冗談で岸本さんに「持ち逃げしないでくださいよ」と言うと「じゃ、お前も付いてこいよ」と返された。
で、現在に至る。
岸本さんから作戦を聞かされたときは、確かにおもしろいと思った。
うまく清田をギャンブルに誘い出せれば5000万も夢じゃない。
しかし、この山で一番重要なのは、この誘い出しではなかろうか?
そんな重要な場面に僕も同席するなんて・・・。あぁ、気が重い。
首をなが~くして待つこともなく、約束の時間前に岸本さんはやってきた。
「よう」
「ちょっと、なんでこんな場所なんですか」
「分かりやすいだろ?」
「分かりやすいですけど・・・、人目が多いし気恥ずかしいじゃないですか」
「それは、お前に何かやましい気持ちがあるからじゃないのか?」
あんたが言うか! ・・・と、心の中では思ったが口にはしなかった。
逆に安心した。いきなり岸本さんのペースに持っていかれたからだ。「役者」はこうでなくっちゃ。
「用意してくれたか?」
「指示通り、二つが本物で残りはダミーです。本物は右上の角二つです。こっちが通帳」
「ご苦労さん」
「あのう・・・」
「なんだ?」
「やっぱり僕も行くんですよね?」
「ああ。お前が来ないと俺はこいつを持ち逃げするからなあ」
「ちょっと勘弁してくださいよ」
「きっとお前が役に立つと思うんだよ。確認してくる」
と言い残すと、岸本さんはトイレへ一億円を確認しに行った。
あの人、意外と根に持つタイプだな。
役に立つって、一体僕に何をやらせるつもりだろう?役者なんて絶対できないぞ。
自慢じゃないが、文化祭でやった劇でも草の役しかやらせてもらえなかった僕だぞ?
しかも、ただの草なのに緊張しちゃって、王子と姫のいい場面で「ふぇ~!」とかなぜか言っちゃって、望まれていない爆笑を作り出し、しこたま怒られた僕だぞ?
しかも、これは小学生の時じゃなくて高校生の時の話しの僕だぞ?
あー、ヤバい。緊張してきた。ゲェー吐きそうだ。
僕がミスって5000万、パーになったらどうしよう?
三井さん怒るだろうなあ。「お前がプロ野球選手になって5000万円よこせ」とか訳分からないこと言いそうだ。
これは絶対ミスれない。清田の前で「ふぇ~!」とか絶対言っちゃいけない。「ふぇ~!」って言ったら、プロ野球選手になって一生、三井さんの奴隷決定だ。
・・・あぁ、もう思考回路がダメな方にリンクしてきた。
リラックスせねば。ようし、深呼吸。そしてストレッチだ。
腕を伸ばそう。足を伸ばそう。わき腹も伸ばしておこう。首もこう伸ばして・・・。
「大沢、なんだモノマネか?」
「え?」
「それ」
岸本さんが指差した方向には、首をなが~くしたキタノザウルスがこっちを見てた。
「ちがいますよ!」
あぁ、もうどうにでもなれ!
「じゃ、行こうか。今から俺は不動産屋の社長。大沢は鞄持ちだ。じゃ、よろしく」
そう言うと、岸本さんは持ってた鞄とジュラルミンケースを僕に投げ出した。
「で、僕は何をしたらいいんですか?」
「特に」
「・・・特に?」
「ああ、鞄持ってりゃいいよ。何か問題があれば臨機応変に頼むよ」
それが出来たら役者だって!っていうかマジで!?
・・・・・オェ――っ!
22
「プハァ~っ!」
三井さんが生ビールをベタに飲む。
きっとこの後はこうだ「この一杯のために生きてる」
「この一杯のために生きてるなあ」
ほら。三井さんはホントわかりやすい人だ。
最初は、こんな人と一緒に仕事なんて出来るのだろうかと疑った。
岸本さんにも「あの人は、人を騙すなんてできませんよ」と進言もした。
すると岸本さんに「だからいいんじゃないか。誰もあいつに騙されてるなんて思わない」と返された。
確かにそうだ。それこそ先入観、固定観念かもしれない。
僕たちの仕事はまさにそこを突くことではないか。
実際仕事をしてみると、三井さんのそのキャラに精神的に救われることも多かった。
「ほら、大沢、大沢、・・・サンタ!」
三井さんが生ビールの泡を鼻の下につけての、いつものギャグだ。とりあえず無視。
「ほら、大沢、大沢、・・・老人!」
噛み砕いてきた。新しいパターンだ。サンタが老人だってことぐらい誰でも知ってるって!
「ほら、大沢、大沢!」
・・・やばい、目が輝きすぎている。リアクションしないと、いつまでもこのギャグ地獄は続くだろう。
「・・・おもしろいですね」
「だろ?」
救われたと思ったことを撤回したい。
「そんなことより、仕事の話しようぜ」
あんたが言うか!・・・気を取り直そう。
「何からはじめるんですか?」
「まずは、清田に接触する」
「どこで?」三井さんがししゃもを、お腹から食べながら聞いた。
「北新地の飲み屋だ。あれから調べてみたら、他にも何軒か行きつけの店があった。俺も馴染みになって、それとなくママにでも紹介してもらうよう持って行く」
「実際は、どうやって取るつもりなんですか?」
「ギャンブルだ」
「そんなの乗ってくるかあ?」三井さんが口からししゃもの頭を出しながら言った。ちょっとエイリアンぽい。
「任せろ。うまく乗せる」
「何か材料があるんですか?」
「あぁ。どうやら清田は相当借金があるようなんだ」
「えー、この人、大金持ちじゃないの?」今度は三井さんの口からゲソが出てる。忙しい人だ。
「家族にも言えない借金だよ」
「・・・ギャンブル?」
「そうだ。リハビリがうまくいってないらしくてな、ストレス解消のつもりでミナミの闇スロットに出入りして、ハマったらしい」
「でも目立つでしょー、有名人だったら」
いや、口からゲソ出してるあんたの方がよっぽど目立つって。
「サングラスかけて通ってるみたいだ。しかもその闇スロットは、ご丁寧に闇金も経営してるらしくてな、そこのヤクザから相当摘んでるらしい」
「バカだねー」
ゲソを口から出したり引っ込めたりしながら、三井さんが言い放った。もう見ないことにしよう。
「大沢には金を用意してほしい。できればキャッシュと羽振りのいい通帳を」
「わかりました」
「その見せ金を持って清田に近づき、ギャンブルを提案する」
「でも、こっちの話に乗ってきますかね?」
「清田は基本的にギャンブル好きだが、額が大きいと慎重になるかもな」
「いくら狙ってるの?」
「5000万だ」
「5000万!?」僕も三井さんも額を聞いて、目を白黒させた。
「おい、本当に9割の確率で取れるのかよ、そんな大金?」
「俺、そんなこと言ったっけ?」珍しく岸本さんがおどけてみせた。
「勘弁しろよー」三井さんの口からゲソが消えた。
「よほど奴に有利なギャンブルでないと、乗ってこないだろうとは思う」
「で、どんなギャンブルを仕掛けるんだよ」
「素人がプロに挑戦するようなものを考えてる」
「・・・野球ですか?」
「あぁ。キャッチボールでいこうと思う」
ゾゾゾゾゾゾゾっ。
一瞬にして全身に鳥肌が立った。
口角をきゅっとあげて答える、岸本さんの表情に曇りは全くなかった。
僕はいつも、岸本さんから仕事の話を聞くと興奮する。だが今回のそれは、今までのどれよりも比較にならないほどの興奮であった。
あの誰しもが知っているプロ野球選手に、野球で、しかもキャッチボールでギャンブルを仕掛けるだなんて・・・。
普通に考えればこちらに勝ち目などない。岸本さんは一体何を?
そして、岸本さんは口を開いた。
「聞いてくれ、作戦はこうだ」
21
僕たちはペテン集団である――。
とは言うものの、そのへんの犯罪者とは一緒にしてほしくない。少なからずポリシーもある。
僕たちは絶対、善良な一般市民には手を出さない。
僕たちが落とすのは、悪党や金持ちからだと決めている。
だからと言って、自分たちのことを『平成のねずみ小僧』だとは、これっぽちも思っていない。
だって、奪ったお金は自分たちで戴くから。
自分の分け前を困った人に渡してるとか、そんな気前のいい奴は僕たちの中にはいないと思うし。
それに悪党を相手にしてると、向こうも叩けば埃が出まくる連中ばっかりだから警察にも駆け込めない。一石二鳥だ。
だから、世間は僕たちの存在すら気付かない、騒がない。そこがいい。
チーム名は特にない。
一度、岸本さんに提案したが「なくていいだろ。むしろない方が何かと都合がいい」と却下された。
なるほど。名前があれば、名前が売れてしまうかもしれない。結局は仕事がしにくくなる。
そんなことはわかってるのだが、やはり名前がほしい。だって、テンションが変わってくるじゃないか。
だから僕は、このチームを『ミイラ取り』と名付けた。ま、こう呼んでるのは僕だけなんだが。
岸本さんが使う符丁の『ミイラ』から取った。
昔は本当にミイラ取りという職業があった。盗掘師だ。
僕らのやってることは、まさに盗掘みたいなものだ。
人知れず私腹を肥やした悪党の墓を暴いてるようなものだ。
悪くない。僕はこのもうひとつの仕事を気に入っている。本当の意味で命をかけてる、かかっている。生きている実感がハンパない。
ミイラ取りが裏の顔だとすると、みんなそれぞれ表の顔も持っている。
僕の表の顔は銀行員だ。
毎日毎日、金勘定。こんな毎日を送っていると、そんじょそこらの大金を見てもなんとも思わない。マネーEDだ。
しかし、裏仕事の金はドキドキする。金は魔物だ。
仕事柄、何人も金の魔力に憑り付かれた人間を見てきた。使い方、使われ方で色んな表情を見せる。それが金の本性だと思っている。
僕のこのチームでの役割、裏の顔は金だ。
資金調達から、裏帳簿の作成、ヤバい金のクリーニング、両替に至るまで、金に関することは何でもする。憑り付かれないように慎重に。
三井さんは、リサイクル店を経営している。
豊中の幹線道路近くにそこそこ大きい店を持っている。
家具や、電化製品、日用雑貨、たいていの物は三井さんの店で揃う。
中古品はもちろんのこと、新古品や、倒産店舗の処分品、ありとあらゆる訳有り商品が三井さんの店に集まってくる。
店頭には趣味の悪い『三井くん人形』が置かれている。表情がやけにリアルでトラウマになりそうになった。
一度、近所の子供が三井くん人形に、本気でドロップキックしてるのを目撃して爆笑してしまった。地域の皆さんに愛されてるな~、三井さん。
そんな三井さんの裏の顔は、商品調達だ。
商売柄、いろんな業界に顔の利く三井さんに調達できないものはない。
ブラジャーからミサイルまで何でも揃える、『特攻野郎Aチーム』もびっくりの仕事っぷりだ。
岸本さんは医者だ。
市内で内科の開業医をしている。
僕も一度診てもらったことがあるが、腕は確かだ。ま、ただの風邪だったが。
医者で、切れ者で、絵になる男。それが僕の岸本さんの印象だ。
さぞかし、女性にももてることだろう。
しかし岸本さんはプライベートな話は一切しない。すぐに上手くはぐらかす。
それに引き換え、三井さんは何でもしゃべる。こっちが聞いてないのに、今日のパンツの色まで教えてくれる。世の中で、どーでもいいランキング上位の情報だ。
そして岸本さんの裏の顔は、チームのリーダーであり役者だ。
仕事の計画は岸本さんが組み、そして実際にペテンにかけるのも岸本さんだ。
岸本さんの役者っぷりは見事の一言である。
岸本さんにかかれば、その辺に落ちてる葉っぱでも何十万で売ってしまうんじゃないかとさえ思う。
何が一番の武器かといえば、巧みな話術もさることながら、何より胡散臭くないのがいい。
岸本さんは、ペテン師とは全く真逆の空気感を携えている。「この人が嘘をつくはずなんかない」と相手に思わせる空気感だ。
先入観、固定観念、人の思い込みほど、やっかいなものはない。
だから、一旦、思い込ませれば人は簡単に騙される。
そして僕たちのチームにはもう一人、福良さんという人が居る。
福良さんは僕たちと根本的に違った。
表の顔もアウトローなのだ。スリ師だ。
一度、福良さんに「なぜ、スリ師になったのか?」と聞いてみたことがあった。
本当かどうかはわからないが、落語がきっかけだったそうだ。
スリが登場する『一文笛』という桂米朝の落語を聞いて、福良少年はいたく感動したらしい。そして感動しすぎてスリ師になったらしい。普通は落語家になるだろう。とにかく謎が多い変わった人だ。
裏の世界にどっぷり浸かっている福良さんは、チームでは主に情報収集を担当している。
僕たちの仕事が成功するか否かは、情報の有無だと言っても過言ではない。重要なポジションだ。
僕たちはいいチームだと思う。
失敗する気がしない。
もし仕事が失敗したとき――
そのときがこのチームの終わりのときだろう。
20
【清田正和】
190cm、90kg。右投げ右打ち。大阪府出身。36歳。
『球界の番長』と呼ばれる人気プロ野球選手。
高校時代は怪物と言われたスラッガー。甲子園出場はなし。
意中の球団からのドラフト指名ではなかったが、パ・リーグ球団に入団、プロの道へ進む。
1年目でレギュラー三塁手となり新人王に。
以後10年間で本塁打王4回に輝き、リーグ優勝3回に貢献。
FA取得後は、念願のセ・リーグ在京球団に移籍。当時最高額の6年20億円の大型契約を結ぶ。
移籍後1年目は本塁打王に輝きリーグ優勝に貢献するも日本一は逃す。
2年目オフに左膝じん帯損傷。以後は怪我に悩まされ主だった活躍はできず、6年契約終了年、シーズン終了を待たず戦力外通告を受ける。
パ・リーグ在阪球団に拾われる形で、2年2億円で移籍。
移籍後はDHで活躍するも、怪我の再発によりリーグ途中で手術、リハビリ。
移籍2年目は進退をかけ、1軍復帰を目指しリハビリに励む――。
岸本さんが調べた資料には、こう書いてあった。
他にも年度別の成績表なども見せてもらった。
「この人は、なかなかすごいの?」
「ああ、すごいな」
「ふーん」
スポーツ音痴の三井さんには、清田のすごさは伝わっていないようだ。
清田の魅力と言えば、ホームランだ。
その豪快なフルスイングで観客を魅了し、エースピッチャーとの真っ向勝負で数々の名場面を生んだ。
その美しい放物線を描くホームランから、ファンの間では『浪花のホームランアーティスト』と名高い。
そして、生粋の大阪人である清田は、キャラクターも一際目立ち、話題に事欠かなかった。
数々の豪快なエピソードは、もはや都市伝説のようで、テレビやインタビューでも引っ張りだこであった。
怪我で満足な働きができなくても、誰もが気になる存在。それが清田正和だ。
「他にも、こんな資料があるんだ」
岸本さんがもうひとつ資料を取り出した。
そこには、得点圏打率や、長打率、決勝打点、犠飛成功率、盗塁成功率、併殺率、失策率、など一般的な選手成績には表記されていない事細かな成績が書かれてあった。
「便利なもんだよインターネットは。世の中にはこんなことまで調べてるファンがいるんだよ」
「暇なんだな」
三井さんが身も蓋もない一言でぶった切る。三井さんに掛かれば、ノーベル賞を取った学者の研究もきっと「暇なんだな」で片付けられるだろう。それぐらい自分の興味ないことには無関心な人だ。関心があることと言えばプロレスぐらいか。
「清田がすごいのはわかったけど、これと今回の件と関係あるんですか?」僕は素朴な疑問を岸本さんへぶつけた。
「あぁ」と、岸本さんは簡単に答えながら資料の何箇所かに丸をつけだした。
「このへんの数字が参考になるかな」
丸がつけられたのは、三振、四球、得点圏打率、失策率、そしてDHという言葉。
「まだもうちょっと調べないとだめだがな」
僕にはこの丸の意味がわからなかったが、不安はなかった。
むしろ今回の『ミイラ』が、なぜ、あの清田正和なのか?そこが知りたかった。
「でも、何で清田なんですか?」
「実は偶然、2週間ほど前に出会わせたんだよ、清田と」
「どこで?」
「北新地の飲み屋でな」
「くぅー、やっぱ医者は違うねえ、新地なんかに飲みに行っちゃってさ。俺らなんかもっぱら十三だよ、十三。なぁ、大沢」
三井さんが僕に同意を求めてきた。確かに北新地には行かないが、三井さんと一緒にされるのは何かいやだ。
「世界の盗塁王の福本豊だっけ?あれに似てるらしい大将のいる焼き鳥屋だよ。なぁ、大沢」
ホントどうでもいい。そんな情報。
「なぁ?なぁ、なぁ?」
「・・・」
「なぁ?なぁ、なぁ?なぁ、なぁ、なぁ、なぁ?」
「・・・はい」
しかも同意するまで許してくれない。
「付き合いだよ」岸本さんは軽く受け流す。
「でもやっぱ、プロ野球選手と、やしきたかじんは新地に飲みに行くんだな」と、なぜか納得気な三井さん。どんな常識だ。
「で、清田とは接触したんですか?」
「いや。たまたま隣の席だったから聞き耳立ててたら、いいこと聞けてな。どうやら清田は相当なギャンブル好きみたいなんだよ」
「そこで、われらが岸本様がひらめいた!と」
「まあな」
三井さんがおどけて言うのに対し、岸本さんはクールに返す。
ウーロンハイを傾けながら、岸本さんが続けて「9割の確率で取れるだろう」と言った。
僕は岸本さんが言う『取れる』という言葉を聞く度に鳥肌が立つ。いつものことだ。
『取れる』とは『落とせる』ということ。
つまり、これから僕たちが『清田正和を落とす』ということ。
すなわち、清田正和から大金をブン取るってことだ。
19 第2章「ミイラ取り」
ケータイが鳴った。
デレク・アンド・ザ・ドミノスの「いとしのレイラ」だ。メールの着信音にしている。
なぜ、この曲を着信音にしているかと言うと、この曲のイントロは何かが始まりそうな感じがしてテンションがあがるからだ。
「ミイラを見つけた。 T9P」
いつものメールだ。用件はこれだけでわかる。問題ないので返信はしない。
ミイラは獲物、T9Pは本日午後9時を意味する僕たちの符丁だ。
符丁といっても、コナンや金田一くんの手にかかれば2秒でバレてしまうほどのお粗末なものだが、雰囲気は出てると思う。
いつも連絡は当日に来る。
待ち合わせをするのだから、1週間ぐらい前に連絡してくれればいいのだが、岸本さん曰く「時間が空けば何があるかわからない」と言う理由で、できるだけ当日ゲリラ的に集合するということにしている。
岸本さんは皆の生活を把握してるようで、不思議と集合に行けないということはなかった。
おっと、あと10分で昼休みが終わってしまう。
僕は急いでサンドウィッチの残りを頬張り、コーヒーを流し込んで走り出した。
職場に戻り午後の業務に取り掛かる。
銀行と言う職場は、午後3時以降は比較的ゆったりとしたイメージがあるかもしれないが、内情は違う。
もし1円でも収支が合わなければ、ゴミ箱全部ひっくり返して調べ上げる、そんな現場だ。
ま、そんな修羅場は年に数回しかない。
本日もいつものよう平穏な時間が過ぎていき、残業を1時間ほどこなして退社した。
待ち合わせの時間まではだいぶとあったので、マンガ喫茶で時間を潰す。
僕たちの待ち合わせ場所は、チェーン店の居酒屋だ。
この店はいつ行っても騒がしく、酔っ払いだらけだ。当たり前か。世の中みんな何かを抱えて生きている。そう実感する場所だ。そしていい歳した野郎どもが集まるには不自然ではない場所でもあった。
午後9時前に着くと、そこにはもう一人の男がいた。岸本さんだ。
いつものように岸本さんは、しゃれたスーツ姿だった。
スーツにはこだわりがあるらしく、タイトにフィットするサイズを着こなしている。ボタンを留めると前身頃にX字にシワが入る。これをイタリアでは『ジャッカ・ストラッパート』と呼ぶらしい。いつだったか、岸本さんに語られた薀蓄だ。
「よう」
岸本さんは、すでにウーロンハイで始めていた。
「大沢に土産があるんだ。これ」と言って、生のうどんをもらった。
「そういえば、四国に行くって言ってましたよね。どうでした?」
「よかったよ。温泉にも浸かったし、うまいうどんも食えたし」
「観光で行ったんじゃないんでしょ?」
「まあな。成果はあったよ」と、口角をきゅっと上げて笑いながら、岸本さんはウーロンハイのグラスを傾けた。絵になる人だ。
そこへ「悪い悪い、お待たせ」と三井さんもやってきた。9時きっかりなのに、腰が低い。
三井さんもいつものように、チェックのシャツにジーパンといった予備校生みたいなスタイルだ。
岸本さんは皆の分のお土産を用意しており、三井さんにもうどんを渡した。
「俺、うどん大好物!あれ、岸本にそんな話したっけ?」
「知らなかったが、そうだと思ってうどんにした」
「やっぱ、岸本はやるなー!」
あいかわらず、岸本さんは三井さんに対してはテキトーだ。
「よし、全員そろったな」
「あれ、福ちゃんは?」と三井さん。
「あいつは、この山には噛まない。どうやら単独で別の仕事をしてるみたいなんだ」
「別の仕事って何?」とまた三井さん。基本、三井さんは福良さんのことが好きなのだ。
「聞いても教えてくれなかったよ。あいつは本業も裏だから突っ込みすぎるのも野暮だと思って、それ以上は聞かなかったよ」
「ふーん」ちょっと、三井さんが寂しそうだ。
三井さんは身長180cmを越えるノッポ。反対に福良さんは160cmもないチビ。ふたりが一緒に行動すると目立つので止めてほしいのだが、どうやら馬が合うらしく二人はよく行動を共にしていた。
「で、今回のミイラは?」
「こいつだ」
岸本さんが鞄からスポーツ新聞を取り出した。
「・・・だれ?」
スポーツに疎い、三井さんが尋ねる。
「清田だよ」
それは、人気プロ野球選手・清田正和だった。