hon ~コメディな小説をば~ -4ページ目

13

とりあえず、あの占い師のことは忘れよう。

どうせ、胡散臭い霊能力とか使ってわかったことだ。うん。きっとそうだ。

っていうか、占い師はみんなそうか。

くそ、負けるか!負けてたまるか、そんな第六感にっ!


『次は、北野高校前。北野高校前』


機械のアナウンスが、次のバス停を告げる。

落ち着く。占い師に対しての怒りやら恐さやらのネガティブな感情が洗われる。

いいなあ、この人の声。バスのアナウンスをするために生まれたような声だ。

この声優さんは、他にどんな作品に出てるのだろう?

もしCMなんかで、この人の声が流れてきたら絶対わかる!ちょっと声色を変えてもわかる!この人が森進一のモノマネをしてもわかる!

それぐらい、この人の声は俺のハードディスクに記憶されている。

バスのアナウンスしかしない、バス専門の声優さんとかやったら素敵やなぁ。バス専。

この人の声には、人を降りさせる何かがあるな。

立て篭もり犯も、この声で『次は、投降。投降。諦めて警察官前でお降り下さい』とか言われたら一発やと思うんやが、どうやろう?

そんなことを考えてたら、バスはあっという間に北野高校前に着いた。

バス停には誰もおらず、乗客5人が全て降り、バスは俺だけになった。はず。

ぐうーっと首を回転させて後部席まで確認、指差し確認。

一度、誰もいないと思って、岡村靖幸の『イケナイコトカイ』を熱唱してて、歌詞にない、靖幸がノリで唄ってる部分を、かなりの本域、悦MAXで「ホーライ・・・愛してるうううよおおおー・・・ホウホウうううう!」と歌い上げてたら、絶妙のタイミングで『次とまります』ボタンが鳴った。

運転席の死角の後部座席に、ヨーダみたいな婆さんが座っておった。

顔から火が出るとはこのことか!と思った。

幸いなことに、婆さんは耳が遠いようで俺の岡村靖幸は聞かれてなかった。と思ったら階段を降りながら婆さんが「愛してるううーよおおー」と、簡潔に俺のマネをしながら降りてった。

全身から火が出た。

あの忌まわしき過去から、俺は必ず本当に誰もいないか、指差し確認するようになった。この徹底ぶりは、工事現場以上だ。

よーし、よーし、よーし。誰もいない。


ふぅ~。


一日のうちに何度か訪れる、ワンマンタイム。

わずか数分だが、このときばかりは本当に俺だけのバスだ。

決まって俺は口笛を吹く。なんか、いいやん?

口笛を吹こうと、鼻から深く空気を吸い込んだ瞬間、あることを思い出した。


ほげ――っ!


忘れてた・・・。これ18号車であった。

運転席のきつすぎる芳香剤の匂いを、おもいっきり吸い込み我に返る。

他の同僚たちはこの芳香剤の秘密を知らない。

この18号車の秘密を知らない。

つまり、西田さんのあの秘密を知らない。

12

俺はとっさに店を出た。

もしくは死んだふりをしようかとも思った。

山道で熊に出会ったときぐらいの衝撃だ。出会ったことはないけど。

マンションから離れて、一服。

落ち着け、落ち着くんだ、俺!

あそこで西田さんに見つかるのはヤバい。

もし俺が、あそこに出入りしてることが会社にばれたら、クビだ。

もう、バスを運転できなくなってしまう。それだけは避けたい。

っていうか、それは西田さんも同じか。

でも、どこから情報が漏れるかわからない。とにかく近づかない方がいい。

いや。本当に一番ヤバい状況は、俺と西田さんがあの場に出入りしてるのを、会社の第三者に見つかってしまうことだ。とにかく、西田さんと同じくくりはまずい。

今日はもう帰ろう。


夜。俺はまた大国町に来てた。

もうバカだ!アホだ!くるくるパーだ!

あの場所が俺にとって、トップクラスのアンタッチャブルに認定されたばかりではないか?

わかってる。そんなことはわかってる。

しかし、俺の頭の、脳の、奥の、原始的な、ひだが、それを許さん。向かわせる。

あれから11時間は経ってる。もう西田さんはいない。はず。

今まで会わなかったということは、きっと西田さんは夜はあそこに行くことがなかったからだ。

そう言い聞かして俺はまたあの店に行った。

俺の予測どおり、西田さんはいなかった。

いるのは見知った顔ばかりであった。ほっとする。家に帰ってきたかのような安堵感。

もはや刺激が刺激でなくなり、日常になっていた。

俺はいつものように、機械に金をつっこみ、それはデジタルの表示に変わった。

あっという間にデジタルはゼロになり、財布の中もゼロになった。

もう少しだけ打ちたい・・・。

今日は疲れたので、もう少しだけ打ちたい・・・。

何かと何かが、いつの間にか入れ替わっていた。

「ご融資しましょうか?」ふいに声がした。振り向くと、それは見知った店員からであった。

「貸してくれるんですか?」

「ええ。今日は社長が来てますんで。身元のわかる常連さんには特別にご融資させていただいてるんですよ」

俺は、もう少しこの場に居たくて、なんとなく、ホントなんとなく、店から金を借りることにした。

「では、こちらへどうぞ」店員に促され、店の奥へと案内された。

奥は6畳ほどで、事務机とイスと簡易ベッドが無造作に置かれただけの、殺風景な部屋であった。

そこに一人の男がいた。

「社長、こちらのお客様がご融資を希望です」

「ありがとうございます」と、その男が振り向いた瞬間、俺は固まった。

恐怖。混じりっけなし、純度100%の恐怖が俺の全てを支配した。

それは何か、圧倒的な、強制的な関係性が一瞬で敷かれた感覚であった。

蛇ににらまれた蛙――。

その男は蛇そのもので、まさしく俺は蛙であった。

その社長と呼ばれる男は、説明をはじめてた。

身元の確認やら、融資額やら、利息やらについての説明。だと思う。俺は聞いていたが聞いてなかった。

その男は、身長がやたら高く、細く、そして青白かった。目は切れ長で黒目がほとんどなかったような気がする。声も甲高いようで、低く響くような不思議な声。ネクタイこそしてないものの、洒落たダークグレーのスーツを着、首元にはネックレスをしていた。

いや、あれはネックレスと言えるのか?小さな骨のような物が連なっていた。

例えるなら『西遊記』の岸辺シロー演じる、沙悟浄が付けていたドクロの首飾り、あれに近かった。

とにかく、何もかもがヤバかった。

俺の頭の、脳の、奥の、原始的な、ひだが「見るな」「聞くな」「関わるな」「否」「否」「否」「否」、「死」と言っている。

「それじゃ、免許証ありますか?」突然、社長の言葉が飛び込んできて、我に返る。

「え?」

「免許証」

「え、あ、いや、その、・・・すいません。やっぱりやめときます」

と、言い終わるのも待てずに走り出した。走って逃げた。俺はその場からできる限り離れたかった。いくら離れても離れた気がしない。後ろを振り向くことすらできず走った。

気が付いたら、うちへ帰って震えていた。


「死神やん・・・」


その日を境に、俺はギャンブルを辞めた。

11

「どわぁ!」


俺は飛び起きた。恐い夢を見た。
いや、今のは夢だったんだろうか・・・。
頭に霧がかかったみたいでうまく思い出せない。

確か・・・そうだ!俺は昨日、大国町のあの店に行ったんだ。
思い出してきた。

俺はハンバーグラーの大当たりを目の当たりにして、通常の25倍レートの500円台で勝負したんだった。
そして50分。わずか50分で15万負けた。
5万負けてたときに、一時盛り返しプラス1万まで持っていけたが、そのあと一気に16万吸われた・・・。

あのプラス1万で辞めておけば・・・。
ギャンブルで、あんなに恐い思いをしたことはなかった。
基本的に俺はプレッシャーに弱い。
10万負けた時点で、俺が俺でなくなっていた。
パチスロという遊びは、パチンコと違いある程度技術を要する。『目押し』という技術だ。
10万負けた時点で、取り返すことばかり考えて目が回り、目押しどころではなかった。
1万円が、わずか2、3分で消えていく世界。
有り金15万が消えて逃げるように帰ってきた。
一晩遊ぶつもりで持っていった15万。

皮肉にも、まだ電車が走ってる時間で帰ることになるとは。
しかし、俺が俺でなくなる、あの感覚。あの感覚は悪くない。

恐怖と刺激の狭間。
暗い海の中にいるのに息ができる。そんな感覚。
あの場所にいれば、俺は特別な存在になれる。そんな気がした。
それから俺は、熱い風呂に浸かるように、なるべく波を立てないように、熱さに慣れるように、あの場所にゆっくりゆっくり浸かっていった。
10万負ける日があれば、20万勝つ日もあった。
狂ってると思われるかもしれないが、実際はデジタルのクレジットの数が200とか、400と表示されるだけで金のやり取りの実感はない。
当然、毎回勝てるわけもなく、給料以上の金がはじけていった。
俺が消費者金融から金を借りるのに、そう時間はかからなかった。
金を借りては、機械につっこみ、デジタルの表示に変わる。ただそれだけの繰り返し。
あの場所には、俺のような人間が何人もいた。
あとから聞いた話では、俺が始めてあそこに行った晩、ハンバーグラーは80万勝ったらしい。
しかしその80万を吐き出すのに、1週間もかからなかったそうだ。
ここには俺みたいな人間か、金が有り余って仕方ない人間か、その両方から搾取する人間の3種類しかいなかった。
ついに借金が400万に近づいた日。

俺は流れを変えたくて、いつもは夜打ちに行くのだが、朝から打ちに行った。
いつもより客が少ない。
主婦のような客や、真っ暗なのにサングラスをかけたガタイのいい客など、見知った顔はない。
そんな中、俺はある人物に目が行った。

暗くてよくわからないものの、強烈な何かを感じた。


「え。・・・西田さん?」


会社の先輩だ。

10

「快、感っ」俺の中の薬師丸ひろ子が叫ぶ。
あの日の高揚感が忘れられない・・・。
今まで大きく勝ったことがなかったので、はじめて味わった快感であった。
俺は時間があれば店に通った。もはや時間つぶしではなく、ありったけの時間をつぎ込んだ。
打つのは倍レート。勝つ日もあったが、あの日のような大勝ちはなかった。
もう一度、あの快感を味わいたい・・・。
そんな俺を見透かしてか、またあの店員が話しかけてきた。
「真鍋さん、実はうち、もう一軒店があるんですよ。そっちの方はレートがレートなもんで、常連さんしか紹介できないんですけど、どうです遊んでみます?」と、黄ばんだ歯を見せながら誘ってきた。
レートがレートって何だ?一瞬いろんなことがよぎった。『ハングマン』で見たような映像がフラッシュバックする。


ヤバい。


どう考えても、一介の市バスの運転手が踏み込む領域ではない。絶対、竹内力の領域だ。
しかし、止められなかった。
頭ではわかっているが、脳の、奥の、原始的な、ひだが、ビンビンになって止められない。
俺はその店員から名刺をもらい、<竹内力>店の場所を教えてもらった。
教えてもらったのは、ミナミから少し離れた大国町のくたびれたマンションで、部屋のドアには小さなカメラがあり、こちらを睨みつけている。
思い切ってチャイムを鳴らした。
すると中から男が応対し、紹介元の名刺をカメラにむけるように指示を受ける。
しばらくして「いらっしゃいませ」とドアが開いた。
一歩踏み込んだ瞬間、俺の中で何かがパンっ!とはじけた気がした。
中は、あの店とは違い非常に暗かった。暗い中でも人影は見え、その盛況ぶりは伺えた。
店員の説明によると、客同士のプライバシーを守るため店内を暗くしてるとのこと。
確かに、こんな店に出入りしてるのを知られたら一大事だ。
店のシステムは、あの店とほぼ同じだった。違ったのはタバコ、ドリンク、フードが飲み放題食べ放題であることぐらいか。
そして大きな違いはレート。
この店の最低レートは100円。他に300円、500円台もあった。
100円台でも、1万円が10分そこらで消えることもあるだろう。
不思議と怖さはなかった。
アントニオ猪木ではないが「やる前から負けることを考える奴がどこにいる!」な心境だった。


「うぉおおお!」


誰かが雄叫びをあげた。
その先を見ると、俺とタメぐらいの陰気くさいハンバーグラーみたいな顔をした、もやし男が唾を撒き散らしながら叫んでいた。
大当たりを出したようだ。しかもハンバーグラーが座ってるのは500円台。
「なんぼになるねん・・・」思わず声を漏らしてしまった。
いつの間にか隣に居た、かっぷくのいいオヤジが「あの台でビッグが来たら35万は堅いな・・・」と俺に教えるでもなく、独り言でもなく、なんとも言えん距離感でつぶやいた。
「うっひゃっひゃっひゃっひゃ!」
漫画みたいに笑いながら、ハンバーグラーの目は完全にイッてた。


やってやるって!


ハンバーグラーが勝てるなら、俺も勝つ!
0%の根拠を胸に、俺は500円台の『サラリーマン金太郎』に陣取った。

9

きもっ!何で当たるねん!
さぶっ!ヤバい、サブイボ立ってきた。
最初、あの占い師に「あなた借金がありますね。320万かな」と言い当てられたときもサブイボが立った。


最初はパチスロだった――。
『サラリーマン金太郎』という台が好きでよく打っていた。特に大勝ちすることもなく、勝ったり負けたり。
ギャンブルは、俺にとって時間つぶしの遊びとしてちょうどよかった。
いつしか店から『サラリーマン金太郎』は消え、新しい台に取って代わった。
新しい台にはあまり魅力を感じず、パチスロからも足が遠のいてた。
そんな中しばらくして『サラリーマン金太郎』が置いてある店があるという噂を聞いた。
俺は久しぶりに打ちたくなって、ミナミにあるその店を訪ねた。
雑居ビルの5階、そこはバーだった。
「あのぅ、パチスロが打てる店があるって聞いたんですが」と、店員に尋ねると「こちらへどうぞ」と奥へと案内された。
ちょっとヤバい感じがしたが構わずついて行くと、そこには50台ほどのパチスロ機が並んでいた。探していた『サラリーマン金太郎』もある。
「はじめてですか?」
「は、はい」
そんなチェリーボーイ的な会話を交わすと、店員はこの店のシステムを説明してくれた。
コインは使わずクレジットのみ。終われば店員を呼び換金。ドリンクはフリー。営業時間は朝まで。そしてレートは1クレジット20円台と40円台のふたつ。
俺が入ったのは、闇スロット店だった。
店はもちろんのこと、客も打ってる現場を押さえられたらパクられる、いわゆる違法賭博場。
俺はそれからこの店に足繁く通うようになった。
なぜ、そんな捕まるかもしれない店に?
理由はいくつかある。
まず後ろめたさがなかった。店内は明るく、パチンコ店のそれほどではないにしても活気があった。
いつ行っても客が入っていて、俺と同じぐらいのネクタイ姿の客が仕事帰りに打ってる、といった感じであった。
俺は通常店と同じレートの20円台を打ち、倍レートの40円台には手を出さなかった。感覚としては普通の店となんら変わりなかった。
そして朝までやってる利便さもあり、休み前はミナミで飲んで、そのままこの店で朝まで打つ。というのが俺の中でのお決まりコースとなった。
今までと同じ。勝ったり負けたり。
休みに何か予定があるわけもなく、時間をつぶすのにはもってこいだった。
ある日、顔見知りの店員に「たまには倍レートで遊んでみてはどうですか?」と勧められ、何気に打ってみた。そうしたら、


出た。


大当たりを出し、一晩で20万ほど勝った。
この日を境に俺がこの店に通う目的が変わった。