【プロフィール】五十嵐ゆかりについて② 〜FCFに所属する前の活動〜
おふくろ料理研究家・美顔レシピ研究家・管理栄養士の五十嵐ゆかりです!
五十嵐ゆかりについて①の続きです^^
前回のブログで、次回はフードクリエイティブファクトリーに入社したことについてを書くといいましたが、フードクリエイティブファクトリーに所属する前のことを書いていなかったので、先に書きます。
※料理研究家になる人ってどうやってなっていくんだろう?と興味がある方に読んでいただき、ひとつの例として少しでも参考になったらうれしいです。
大学3年生のときにフードコーディネーター養成学校に通っていた私は、大学を卒業したら独立して料理研究家 遠藤(旧姓)ゆかりとして活動することを決めていました。
料理研究家として食の仕事をするのは中学生の頃からの夢だったで、他の仕事は考えなかったです。
大学卒業後に活動するなら、いまから活動を始めないと!!と考え、フードコーディネーター養成学校に通いながら学生フードコーディネーターを名乗って活動を開始。
学生フードコーディネーターを名乗った理由は、他に名乗る人がいなかったから。
今思うと、学生を名乗ること=仕事の経験が無いと言っているようなもので、仕事への信頼性が低くなるし、たとえ仕事をいただけても学生を卒業した後にどう名乗っていくかに悩むので、学生フードコーディネーターを名乗ったのは正直失敗でした。学生を名乗る割には学生らしさも無かったですし・・・。なので、おすすめしません!
活動を開始してからは、実績をつくることを意識しました。
最初に始めたのがブログ。私のことは誰も知らないわけですから、料理研究家 遠藤(旧姓)ゆかりがいることを伝えないといけないと考えました。クックパッド、オレンジページnet、レタスクラブネットに登録してレシピを載せたり、レシピコンテストに応募したり、ブログの記事がたまってきたら製菓通販をやっている某会社さまなどへ売り込みのメールをしてみたり。人気ブログには何か理由がある!と思っていたので、ブログ研究も欠かかさなかったです。
最初の実績はクックパッドの「きょうのおすすめ」でレシピが紹介されたこと。わたしにとっては大切な第一歩目の実績です。レシピコンテストにも沢山応募し、オレンジページnetではスパイスを使ったレシピで大賞を頂きました。レタスクラブネットに投稿したレシピをレタスクラブの誌面に掲載頂いたのも大切な実績です。1歩1歩を積み重ねて、自信をつけていことはモチベーション維持につながりました。
※遠藤ゆかりとして仕事をしたいと思っていたのに、enyuやENYUなど、媒体ごとに名前が統一されていないのも失敗でした。名前は統一することをオススメします!
同期の韓国人の女性に紹介いただき、日本で活動するフードコーディネーターのたまごとして、韓国雑誌に掲載いただいたこともありました。それがきっかけで、在学中にレシピ本出版の話があがります。(長くなるので、詳しくは別で書きます。)
フードコーディネーター養成学校の卒業が近付くと、同期でクラスメイトの男性から「青山のレンタルカフェで1週間限定フードコーディネーターカフェをやろう!」とクラスメイトに声がかかりました。
この男性は、麻布十番にカフェをオープンするために、食の勉強としてフードコーディネーター養成学校に通っていました。青山のレンタルカフェのイベントは、麻布十番のカフェオープン前のオペレーション確認などを目的としていました。
希望者のみ参加のカフェイベントでしたが、もちろん私も参加しました!!
フードコーディネーターカフェをやる前の青山のレンタルカフェでの打ち合わせにも参加させて頂き、フードコーディネーターユニットの一人としてカフェの宣伝でラジオに出演させていただきました。
カフェでは、テーマに合わせたメニューを作ったのですが、お店に来るお客さんがどんな人か、どんなメニューが好まれるかなどを調べてメニューを考える初めての経験だったのでとてもいい経験でしたし、お仕事として真剣にやらせて頂きました。
参加出来る日のみ参加すればいい約束でしたが、私は毎日お店に出たかったので、大学が終わるとカフェに行き、終電で千葉の田舎に帰るのを1週間毎日続けました。当時の体力、いまも欲しいです・・・。
アンケートを配ったり、レシピ配布をしたりして、直接感想を頂いては改善を繰り返しました。
実家に帰ってからも翌日の準備をしたり、大学の授業の復習をするなど、結構ハードでしたが、次につながる大切な経験になっています。
フードコーディネーターカフェをやらせて頂いたのがご縁で、その後主催の男性がオープンした麻布十番のカフェでメニュー開発を担当させて頂きました。初!カフェメニューの開発です。しかも、尊敬してやまないお美津さんもメニュー開発を担当されました。私がメニュー開発したメニューの横にお美津さんのメニューがおいてあるなんてドキドキでした^^とても貴重な経験です。
ちらっと書いた在学中にレシピ本出版の話があがった件ですが、これについては次回書きます!ちなみに失敗談なので、これも失敗しないための参考にしていただけたら幸いです。
だだだ~と書いてしまいましたが、自分で読み返して思うのは、種をまき続けるのが大事だなと思います。行動しないと自分の存在に気づいてもらえないし、なにも起こらないですよね。行動し続けるにはモチベーションの維持が不可欠ですが、モチベーションを高め続けられるよう、小さな成功体験を積み重ねていくのが大切だと思います。
五十嵐ゆかりについて①の続きです^^
前回のブログで、次回はフードクリエイティブファクトリーに入社したことについてを書くといいましたが、フードクリエイティブファクトリーに所属する前のことを書いていなかったので、先に書きます。
※料理研究家になる人ってどうやってなっていくんだろう?と興味がある方に読んでいただき、ひとつの例として少しでも参考になったらうれしいです。
大学3年生のときにフードコーディネーター養成学校に通っていた私は、大学を卒業したら独立して料理研究家 遠藤(旧姓)ゆかりとして活動することを決めていました。
料理研究家として食の仕事をするのは中学生の頃からの夢だったで、他の仕事は考えなかったです。
大学卒業後に活動するなら、いまから活動を始めないと!!と考え、フードコーディネーター養成学校に通いながら学生フードコーディネーターを名乗って活動を開始。
学生フードコーディネーターを名乗った理由は、他に名乗る人がいなかったから。
今思うと、学生を名乗ること=仕事の経験が無いと言っているようなもので、仕事への信頼性が低くなるし、たとえ仕事をいただけても学生を卒業した後にどう名乗っていくかに悩むので、学生フードコーディネーターを名乗ったのは正直失敗でした。学生を名乗る割には学生らしさも無かったですし・・・。なので、おすすめしません!
活動を開始してからは、実績をつくることを意識しました。
最初に始めたのがブログ。私のことは誰も知らないわけですから、料理研究家 遠藤(旧姓)ゆかりがいることを伝えないといけないと考えました。クックパッド、オレンジページnet、レタスクラブネットに登録してレシピを載せたり、レシピコンテストに応募したり、ブログの記事がたまってきたら製菓通販をやっている某会社さまなどへ売り込みのメールをしてみたり。人気ブログには何か理由がある!と思っていたので、ブログ研究も欠かかさなかったです。
最初の実績はクックパッドの「きょうのおすすめ」でレシピが紹介されたこと。わたしにとっては大切な第一歩目の実績です。レシピコンテストにも沢山応募し、オレンジページnetではスパイスを使ったレシピで大賞を頂きました。レタスクラブネットに投稿したレシピをレタスクラブの誌面に掲載頂いたのも大切な実績です。1歩1歩を積み重ねて、自信をつけていことはモチベーション維持につながりました。
※遠藤ゆかりとして仕事をしたいと思っていたのに、enyuやENYUなど、媒体ごとに名前が統一されていないのも失敗でした。名前は統一することをオススメします!
同期の韓国人の女性に紹介いただき、日本で活動するフードコーディネーターのたまごとして、韓国雑誌に掲載いただいたこともありました。それがきっかけで、在学中にレシピ本出版の話があがります。(長くなるので、詳しくは別で書きます。)
フードコーディネーター養成学校の卒業が近付くと、同期でクラスメイトの男性から「青山のレンタルカフェで1週間限定フードコーディネーターカフェをやろう!」とクラスメイトに声がかかりました。
この男性は、麻布十番にカフェをオープンするために、食の勉強としてフードコーディネーター養成学校に通っていました。青山のレンタルカフェのイベントは、麻布十番のカフェオープン前のオペレーション確認などを目的としていました。
希望者のみ参加のカフェイベントでしたが、もちろん私も参加しました!!
フードコーディネーターカフェをやる前の青山のレンタルカフェでの打ち合わせにも参加させて頂き、フードコーディネーターユニットの一人としてカフェの宣伝でラジオに出演させていただきました。
カフェでは、テーマに合わせたメニューを作ったのですが、お店に来るお客さんがどんな人か、どんなメニューが好まれるかなどを調べてメニューを考える初めての経験だったのでとてもいい経験でしたし、お仕事として真剣にやらせて頂きました。
参加出来る日のみ参加すればいい約束でしたが、私は毎日お店に出たかったので、大学が終わるとカフェに行き、終電で千葉の田舎に帰るのを1週間毎日続けました。当時の体力、いまも欲しいです・・・。
アンケートを配ったり、レシピ配布をしたりして、直接感想を頂いては改善を繰り返しました。
実家に帰ってからも翌日の準備をしたり、大学の授業の復習をするなど、結構ハードでしたが、次につながる大切な経験になっています。
フードコーディネーターカフェをやらせて頂いたのがご縁で、その後主催の男性がオープンした麻布十番のカフェでメニュー開発を担当させて頂きました。初!カフェメニューの開発です。しかも、尊敬してやまないお美津さんもメニュー開発を担当されました。私がメニュー開発したメニューの横にお美津さんのメニューがおいてあるなんてドキドキでした^^とても貴重な経験です。
ちらっと書いた在学中にレシピ本出版の話があがった件ですが、これについては次回書きます!ちなみに失敗談なので、これも失敗しないための参考にしていただけたら幸いです。
だだだ~と書いてしまいましたが、自分で読み返して思うのは、種をまき続けるのが大事だなと思います。行動しないと自分の存在に気づいてもらえないし、なにも起こらないですよね。行動し続けるにはモチベーションの維持が不可欠ですが、モチベーションを高め続けられるよう、小さな成功体験を積み重ねていくのが大切だと思います。
【プロフィール】五十嵐ゆかりについて① 〜料理研究家を目指した理由〜
おふくろ料理研究家
・美顔レシピ研究家・管理栄養士の五十嵐ゆかりです!
フードクリエイティブファクトリーに新卒で入社してから4年。今は豪さんとふたりで料理研究家 五十嵐夫妻として活動しています。
なんで料理研究家になろうと思ったの?どうやってなったの?そもそも料理研究家って何やるの?なんでおふくろ料理研究家・美顔レシピ研究家なの?など、最近はいろいろなところで質問をいただき、お話する機会が増えてきました!
今まであまり書いたことが無かったので、こちらのブログに書かせていただきます。
※結構長いので、料理研究家になる人ってどうやってなっていくんだろう?と興味がある方に読んでいただけたら、もしかしたら少しは参考になるかもしれません。
今日はなんで料理研究家になろうと思ったか~フードクリエイティブファクトリーに入社する前のことまでを書きます。
◎なんで料理研究家になろうと思ったか。
田舎育ちなので子供の頃から野菜作りを身近で見てきたし手伝っていて、料理の手伝いが好きでした。レシピ本を見るのが大好きで、作るのはもちろんですが、料理の写真を見ているだけでも楽しかったです。小学校6年生の頃には自分で考えたレシピ本を出したい!と思うようになりました。
料理研究家になろうと決めたのは中学生のとき。夏休みにみたTBS様のはなまるマーケットで活躍する料理研究家さんやカリスマ主婦と呼ばれる方を知ったときでした。カリスマ主婦のひとりは尊敬してやまないお美津さんです^^はなまるマーケットをみていなければ、料理研究家というお仕事を知るのはもっと後になったかもしれないし、向かう方向性が違っていたかもしれません。
中学生の私にとって、はなまるマーケットで知った料理研究家やカリスマ主婦の存在は衝撃でした。大好きな料理を仕事にできるなんて、なんて幸せなんだろう・・・。食を通して誰かの食卓に笑顔が生まれたら嬉しいな・・・。よし、将来は料理研究家になろう!自分のレシピ本を出そう、と決意しました。
料理研究家になることを決心したからには、自分が料理研究家にならないことなんて想像できなくて、「将来は料理研究家になるんだし、そしたら試作がいっぱいで太るんだろうな。太るのはちょっとやだな~。」なんてことを考えていました。笑
自分のなりたい姿を想像するのってすごく大事。忙しいと忘れがちだけど、今でも常にイメージするようにしています。
中学では陸上部に所属していました。走るのが楽しいから陸上をやっているというよりも、運良く足が速い方だったし、一緒に走れるメンバーと顧問が好きで続けていました。この「陸上部」に所属したことが、その後の高校生活で「自分の決断に責任を持つ」ことの大切さを知るきっかけになりました。
高校生の頃は、お菓子作り、料理の練習が日課。お菓子を作っては学校に持っていって友達に配っていました。料理研究家を目指すからには料理はもちろん、お菓子も作れた方がいいと思っていたから、最低でも週の半分はお菓子作りをしていました。
高校は陸上部のスポーツ推薦で入ったのですが、半年でやめました。なぜなら、覚悟が足りなかったから。中学の陸上は友達と走るのが楽しくて続けたけど、高校は違う。みなさん本気ですから。陸上部に入るということは、会社組織に入るようなもので、先生や先輩を尊重するのは絶対。でも、私は覚悟が足りなかったから入学後に知った陸上部の暗黙のルールを理解できずにやめてしまいました。組織に属すということは、その組織の理念を大切にするものだけど、陸上部という組織に染まるほどの覚悟はなかったです。ようは、甘かったです。責任を持たない決断をして高校を選んだことで、陸上部に入ることを応援してくれていた両親や先生をがっかりさせてしまいました。このときに「自分の決断に責任を持つ」大切さを知りました。
スポーツ推薦で入学したのにスポーツをやらないなら、スポーツに力を入れている高校にとっては正直、私はいらない存在になりました(※自分のことをそう思っただけで、他の部活をやめた方たちがそうだというわけではありません)。じゃあどうしたら、高校にいていい存在になれるかを考えたとき、それは勉強でした。スポーツをやらないなら、勉強で一番になることで学校にいていい存在になれるのではないかと考えました。これは、自分で高校を選んだなりのそのときにできる一番の決断でした。中学まで勉強は中ぐらいの成績しかとったことがありませんでしたが、高校の3年間一生懸命勉強して、勉強の成績で千葉県知事賞をとったことは、このときの決断に責任を持った結果として、その後につながる自信になっています。
大学はエスカレーター式で行ける所属の大学ではなく、他の大学を受験して管理栄養学科へ。料理研究家になるためには、管理栄養士の資格は必要だと思ったので、迷わず管理栄養学科のある大学へと進みました。管理栄養士になるための勉強はとても興味深く食と健康のつながりの大切さを深く学ぶことができました。健康な身体づくりには食事が重要であることを学んだからこそ、おいしいくてヘルシーなレシピ作りを心がけています。
と、ここまで長くなりましたが、フードクリエイティブファクトリーに所属するきっかけはこのあと。
大学3年生のときに、フードコーディネーターという資格があるのを知り、料理研究家になるために必要な知識だと思ってフードコーディネーター養成学校に入学しました。この学校で豪さんの存在を知り、豪さんのブログをチェックするように!
当時は学生フードコーディネーターと名乗ってブログをやっていたこともあり、人気の料理研究家さんのブログはほとんどチェックしていたのですが、豪さんのブログは他の料理研究家さんとはまた違ったユニークさがあって、興味深くチェックしていました。
ほぼ毎日チェックしていたのですが、あるとき、豪さんがブログで緊急アシスタント募集をしていて私から連絡したのが、初めてご一緒した仕事です!
内容は雑誌のレシピ撮影のアシスタント。
ここでの撮影が衝撃的で、後に豪さんが代表の株式会社フードクリエイティブファクトリーに入社することになります。
・・・文字にすると結構長いですね^^高校の話は料理研究家になるのと全然関係ないじゃん。と思うかもしれませんが、高校での経験はフードクリエイティブファクトリーに入社してからの仕事への向き合い方に大きく影響しています。続きはまた次回書きます!
おふくろ料理研究家・美顔レシピ研究家 五十嵐ゆかりのHP:http://yukariendo.com/index.html
フードクリエイティブファクトリーに新卒で入社してから4年。今は豪さんとふたりで料理研究家 五十嵐夫妻として活動しています。
なんで料理研究家になろうと思ったの?どうやってなったの?そもそも料理研究家って何やるの?なんでおふくろ料理研究家・美顔レシピ研究家なの?など、最近はいろいろなところで質問をいただき、お話する機会が増えてきました!
今まであまり書いたことが無かったので、こちらのブログに書かせていただきます。
※結構長いので、料理研究家になる人ってどうやってなっていくんだろう?と興味がある方に読んでいただけたら、もしかしたら少しは参考になるかもしれません。
今日はなんで料理研究家になろうと思ったか~フードクリエイティブファクトリーに入社する前のことまでを書きます。
◎なんで料理研究家になろうと思ったか。
田舎育ちなので子供の頃から野菜作りを身近で見てきたし手伝っていて、料理の手伝いが好きでした。レシピ本を見るのが大好きで、作るのはもちろんですが、料理の写真を見ているだけでも楽しかったです。小学校6年生の頃には自分で考えたレシピ本を出したい!と思うようになりました。
料理研究家になろうと決めたのは中学生のとき。夏休みにみたTBS様のはなまるマーケットで活躍する料理研究家さんやカリスマ主婦と呼ばれる方を知ったときでした。カリスマ主婦のひとりは尊敬してやまないお美津さんです^^はなまるマーケットをみていなければ、料理研究家というお仕事を知るのはもっと後になったかもしれないし、向かう方向性が違っていたかもしれません。
中学生の私にとって、はなまるマーケットで知った料理研究家やカリスマ主婦の存在は衝撃でした。大好きな料理を仕事にできるなんて、なんて幸せなんだろう・・・。食を通して誰かの食卓に笑顔が生まれたら嬉しいな・・・。よし、将来は料理研究家になろう!自分のレシピ本を出そう、と決意しました。
料理研究家になることを決心したからには、自分が料理研究家にならないことなんて想像できなくて、「将来は料理研究家になるんだし、そしたら試作がいっぱいで太るんだろうな。太るのはちょっとやだな~。」なんてことを考えていました。笑
自分のなりたい姿を想像するのってすごく大事。忙しいと忘れがちだけど、今でも常にイメージするようにしています。
中学では陸上部に所属していました。走るのが楽しいから陸上をやっているというよりも、運良く足が速い方だったし、一緒に走れるメンバーと顧問が好きで続けていました。この「陸上部」に所属したことが、その後の高校生活で「自分の決断に責任を持つ」ことの大切さを知るきっかけになりました。
高校生の頃は、お菓子作り、料理の練習が日課。お菓子を作っては学校に持っていって友達に配っていました。料理研究家を目指すからには料理はもちろん、お菓子も作れた方がいいと思っていたから、最低でも週の半分はお菓子作りをしていました。
高校は陸上部のスポーツ推薦で入ったのですが、半年でやめました。なぜなら、覚悟が足りなかったから。中学の陸上は友達と走るのが楽しくて続けたけど、高校は違う。みなさん本気ですから。陸上部に入るということは、会社組織に入るようなもので、先生や先輩を尊重するのは絶対。でも、私は覚悟が足りなかったから入学後に知った陸上部の暗黙のルールを理解できずにやめてしまいました。組織に属すということは、その組織の理念を大切にするものだけど、陸上部という組織に染まるほどの覚悟はなかったです。ようは、甘かったです。責任を持たない決断をして高校を選んだことで、陸上部に入ることを応援してくれていた両親や先生をがっかりさせてしまいました。このときに「自分の決断に責任を持つ」大切さを知りました。
スポーツ推薦で入学したのにスポーツをやらないなら、スポーツに力を入れている高校にとっては正直、私はいらない存在になりました(※自分のことをそう思っただけで、他の部活をやめた方たちがそうだというわけではありません)。じゃあどうしたら、高校にいていい存在になれるかを考えたとき、それは勉強でした。スポーツをやらないなら、勉強で一番になることで学校にいていい存在になれるのではないかと考えました。これは、自分で高校を選んだなりのそのときにできる一番の決断でした。中学まで勉強は中ぐらいの成績しかとったことがありませんでしたが、高校の3年間一生懸命勉強して、勉強の成績で千葉県知事賞をとったことは、このときの決断に責任を持った結果として、その後につながる自信になっています。
大学はエスカレーター式で行ける所属の大学ではなく、他の大学を受験して管理栄養学科へ。料理研究家になるためには、管理栄養士の資格は必要だと思ったので、迷わず管理栄養学科のある大学へと進みました。管理栄養士になるための勉強はとても興味深く食と健康のつながりの大切さを深く学ぶことができました。健康な身体づくりには食事が重要であることを学んだからこそ、おいしいくてヘルシーなレシピ作りを心がけています。
と、ここまで長くなりましたが、フードクリエイティブファクトリーに所属するきっかけはこのあと。
大学3年生のときに、フードコーディネーターという資格があるのを知り、料理研究家になるために必要な知識だと思ってフードコーディネーター養成学校に入学しました。この学校で豪さんの存在を知り、豪さんのブログをチェックするように!
当時は学生フードコーディネーターと名乗ってブログをやっていたこともあり、人気の料理研究家さんのブログはほとんどチェックしていたのですが、豪さんのブログは他の料理研究家さんとはまた違ったユニークさがあって、興味深くチェックしていました。
ほぼ毎日チェックしていたのですが、あるとき、豪さんがブログで緊急アシスタント募集をしていて私から連絡したのが、初めてご一緒した仕事です!
内容は雑誌のレシピ撮影のアシスタント。
ここでの撮影が衝撃的で、後に豪さんが代表の株式会社フードクリエイティブファクトリーに入社することになります。
・・・文字にすると結構長いですね^^高校の話は料理研究家になるのと全然関係ないじゃん。と思うかもしれませんが、高校での経験はフードクリエイティブファクトリーに入社してからの仕事への向き合い方に大きく影響しています。続きはまた次回書きます!
おふくろ料理研究家・美顔レシピ研究家 五十嵐ゆかりのHP:http://yukariendo.com/index.html
【しかない料理】かんたんウマつまみ たまごしかないときの味たま
今日も料理研究家 五十嵐夫妻のブログを見にきていただきありがとうございます^^
今日はこれから交流会です^^
いろいろな職種の方とお話できる機会はとても刺激になります!楽しみです♪
***今日はこれから交流会です^^
いろいろな職種の方とお話できる機会はとても刺激になります!楽しみです♪
週末夫婦ごはんで週末のブランチに 生ハムとトマトのクロックムッシュを作ったら、トマト、たまごが余ります。余らせて捨ててしまってはもったいないですよ!
漬け汁にはかつお節に含まれるイノシン酸のうま味を加えることで、味わい深くなりますよ。おつまみにも、お弁当おかずにもおすすめです♪
----------------------------------------------------------
しかない料理とは、冷蔵庫にもやししかない・・・というシュールな状況でも1品つくる料理のことです。
■かんたんウマつまみ たまごしかないときの味たま
(材料:2人分)
卵・・・・・・・・2個
水・・・・・・・・150cc
醤油・・・・・・・大さじ3
みりん・・・・・・大さじ2
かつお節・・・・・3g
おろしにんにく・・小さじ1/2
(作り方)
1.卵を冷蔵庫から出して常温に30分おく。
3.氷水にとり、殻をむく。
4.ポリ袋に水、醤油、みりん、かつお節、おろしにんにくを入れて混ぜたら茹で卵を加える。
5.冷蔵庫に半日おいたら完成。
半熟卵がお好きな方は卵の茹で時間を7分半にしてください。
***
ブログランキングに登録しました。
味たま、簡単・おいしそうだし、食べてみたーい!と思っていただいたらクリックをお願いします^^







