ギャン父、毒母からの解放。アラフォーからの自分生き直しブログ -76ページ目

ギャン父、毒母からの解放。アラフォーからの自分生き直しブログ

自分の言葉で自己表現し、今と未来をより良く生きていきたい。回復途上ですが相談援助のお仕事もしています。書くこと話すこと…対話を通して人生の課題と向き合うお手伝いがしたい。ゆっくりまったり生きづらさから回復しながら生きてゆくのもいいもんだ♪

ケアする人をケアしたい。

現役ソーシャルワーカーCo.mariです!


大好きで選んだ、そして続けている「ケア」という仕事です。


でも、毎日、ストレスも感じまくっています!!

と明言するようにしています(^_^.)


夕方自宅に帰ってくると、もう何もしたくないぐらいぐったりしていて

「ああ、これが、ここの電池切れってやつかしら・・・。」

って思う日も少なからずあります。


感情疲労って目には見えないし、

疲れていても「まだ頑張らねばならない」と

自分を鞭打ってしまいがちです。


ここ1年間ぐらいの私は本当に心に余裕がなくて

いつも不機嫌な顔をしていました。


ある日のこと、

「お母さんは人の話をきいて、それでまた色んな人に話をすることが仕事っていうけど、(小2の娘にはこのように説明しています)、その仕事はすっごい大変な仕事やと思うがよ。大変な仕事やなあって、思うがよ。」

突然、娘が泣きながら私を見てこういうのです。


そばで見ていて泣きそうなぐらい疲れて痛々しい姿をしていたのかなあと自分が情けなくなりました。

それからは自分のストレスを自覚して

「今、(今日)、私は何でイライラしているのか、ストレスを感じているのか?」

を、明らかにするようになりました。

時にはノートに書きだしてみたりして。

「会議で大事なことが議論されなかった」

「すごくネガティブな人の面接に疲れた」

「上司や同僚に自分の思っていることが通じなかった」

「自分の意見を関係者に聞いてもらえなかった、うまく表現できなかった」

など。


私の場合は関係機関や他職種とのやり取りの中で「納得いかない!」と思うことが

度重なるとイライラしてストレスを感じるようになるのだと分かってきました。

そういう「納得いかない」は、きちんと消化してやらないとどんどん溜まって

ケアの対象者や家族とのやり取りにも影響してしまいます。


「ノートに書きだす」というのはストレス対処法の一つとして続けています。


ケアする人をケアしたい。

現役ソーシャルワーカーCo.mariです!


何だが大げさなタイトルをつけてしまいましたが、

これは、私が大学卒業後に就職した入所施設の施設長がよく使っていた言葉です。

この施設には私は6年間しか勤めてませんし、

あまり良い辞め方をしていないので

思い出すのが嫌なことも沢山ありますが

地域生活を支援するソーシャルワーカーになってからも

よくこの言葉を思い出しています。


かの施設長と私とでは「人が生きる意味」の

問い方、はずいぶんと違うのかもしれませんが

この言葉は深いなあ、とつくづく思います。


ケアする人の多くは「人が生きる」意味を考えると思います。


ケアの対象者も自分自身や周囲の人の「生きる意味」を問うています。

ケアする人も自分自身や周囲の人、ケアの対象者の「生きる意味」を問うています。


この問いの答えにはならないかもしれないのですが、

この頃私が思うのは


人は良くも悪くも一人では生きていない


ということです。

個として人を見立てるのではなく、環境とのかかわりで見ていくこと

ケアを仕事にして私が一番「面白さ」を感じる部分です。



ケアする人をケアしたい。

現役ソーシャルワーカーCo.mariです!


今日は思いきって大掃除をしました。

忙しいということを理由に

ほぼ3年間(>_<) ほったらかしにしていた収納も

片づけました。


ゴミ袋4個分の捨てるものが出てきました。(;一_一)

過去3年間のこの自堕落な生活にあきれ、

こんなに沢山のいらないものに囲まれて生活していたことに驚きました。


こころや暮らしのなかに不要なものを抱えていると

本当に必要なものを手に入れるスペースがなくなっていくのかもしれません。


ゴミだけではなく、

心の中の不要になったものも整理する必要があるのかもしれません。

不要なものにしがみついて手放せなかったのかもしれません。


部屋を片付けながら心軽やかになれた気がします。

さあ、明日は月曜日。

古いものを手放した新しい自分でケアの現場に向かいます。

ケアする人をケアしたい。
現役ソーシャルワーカーCo.mariです。

ケアを仕事としている人たちはいろんな人と接します。
自分と気の合う人と出会うことができれば、それだけで仕事にやりがいを感じることができるのですが、
いかんせん
対象者を選べません。

時には苦手なタイプの人をケアしなければいけないこともあります。
その時につい、「苦手に思っている」ということを
思ってはいけない、思っている自分が悪い、どんな人でも好きにならなければならないと思って
気持ちに無理をしてしまうことがあります。

でも、それでいいのでしょうか?

無理をすると質の高いケアは長続きしません。
結果的にはケアの質を落としていくことにつながります。

もし、目の前に苦手なタイプの人が現れたら、ケアしなければならないとしたら

あからさまに「あんた、嫌い!!」という態度はとれませんし、とるべきではないと思います。
でも、「嫌い」と思っている自分を認めること、「嫌い」な理由は何か、ということは考えてみても良いと思います。

そうすることで自分の心の「クセ」に気づいて
ネガティブな感情による失敗を防ぐことができます。
また、この「クセ」を知ることで「クセ」を活かして目の前の人との関係を作ることができます。

ちなみに私は
有言不実行だったり、話に具体性がなかったりするとイライラしがちで
かかわるのにしんどさを抱えてしまいがちです。

あなたの「心のクセ」はどうですか?

ケアする人をケアしたい。

現役ソーシャルワーカーCo.mariです。

 

資格を取るまでの苦労や努力から解放され、

 

念願のケアの資格を手に入れたときは本当に「ホッ」とします。

私もそうでした。

 

ああ、これで私もいっぱしの相談援助職になれるんだ、と思ったものです。

 

 

でも、これは単なる通過点に過ぎません。

 

ここから「ケア職人」の職業人生がスタートするスタート地点に立ったにすぎません。

 

それまでにも資格を持たない間にも素晴らしい実践をされていた方もおいでることでしょう。

 

だとすればこの資格取得をきっかけに自分の実践してきたものを振り返るのもよいかもしれません。

大学や専門学校からストレート現役合格、これで新社会人のスタートを切る方もおいでることでしょう。

 

それぞれに

 

これがスタート地点なのです。

 

これまで一緒に勉強してきた仲間も大切ですが、

 

これから出会う「専門職同志」の仲間づくりにもぜひ積極的に取り組んでみてください。

 

同じ職場のケア職人とだけでなく、いろいろな現場のケア職人と交流をすることもとても大事だと思います。

 

そして、その刺激がケアするあなたのケアの資質向上につながると思います。

 

あなたには尊敬したり、お互いに意識したりするケア仲間や先輩がいますか?