旅行の感想は小さなトラブルが続出したものの、それらを上回る喜びや満足感があり、納得のいくものだった、このことは後日また報告させてください。

 
 今回の旅もまた航空券と宿泊先のホテル、総てネットで予約してのものだった。
 ただ今までと違っていたのは目的地へ向かうのが日本からの直行便ではなく北京経由で、航空会社がCA(AIR CHINA)であったこと。
 従来なら格安チケットを求める場合でもJALやANAを中心に検索し、それ以外でもKLMやLHなどでチケットを探していたのが、今回どうしても納得出来るのが見つからなかったり、キャンセル待ちもすでに満杯状態だったこともありCAで行くことになった。
 関空から北京行きは定刻とおりであり、機内も日本語アナウンスでなんら違和感はなかった。
 そして北京市内のホテルで一泊後、乗換便でもなんの問題なく、CDG空港(シャルル・ド・ゴール空港)に到着した。
なぜか到着ターミナルが旧い建物であるターミナル1だったのが気になったのだが。(現在はほとんどの大手航空会社はT2に発着している、ANAはJALとの兼ね合いでT1となっているようだが)
 
 そして5日間の旅を終え、帰国の途に着くため再びCDG空港に到着したのが現地時間21日夕方3時半頃。
 CDG空港のT1に到着して最初に確認したのが出発便の予定。
なんとCAの北京からの到着便だけが遅延(Delayed)しかも今朝8時の出発便でさえDelayedのまま。
 それでも搭乗券(BoardingPass)は発行され24時発との予定、そして18時30には指定された空港内レストランで遅延のための待ち時間分としての食事のサービス券が支給された。
 こういった場合指定された時間に行かないとトラブルになるケースが多いので指定時間にレストランに行くことにした。
 そこには遅延2便分の乗客とおぼしき中国人の団体がすでに大勢いた。
 
 予め断っておきたいこととして中国人やフランス人に偏見をもって書くつもりは一切ないこと、すべて客観的に見た事実を書いていくつもりだ。
 個人的な感想は「私見」と断りを入れるつもりである。
 
 実は3時間前にCDG空港到着後、搭乗券発行に際し、列の最後尾に並ぼうとしたとき、いったい最後尾がどこなのかわからないくらい列が横に大きく膨らんでいた。
 その中から最後尾と思われる中国人に、ここが列の最後尾かどうか確認して並んだ。
 まもなく、別の場所から現れた別の中国人の一団が先に列を作っている中国人に近づいて行く。そしてなにか話しながらその場を離れない。
 そのうち列にいなかった中国人たちがそれぞれパスポートを後から割り込んだ中国人に預けて行く。
 勿論、搭乗券発行の際には団体旅行であれば添乗員が人数分を預かって代理人として並ぶケースは当然のこととして日本でもあることなのである程度理解はしていた。
 しかし彼らは違っていた。知り合いでなくてもよいのだ、同じ中国国民であれば。
 知り合いでなくても話をする、そして列に居座る。ここで以前からここにいたという既成事実を作り上げる、そこへ知り合いが現れ次々と自分のパスポートを渡す。これを延々と繰り返すのだ。
 それから彼らの別の特徴として、人が多い場所や列で隙間が空いていようといまいと、彼らは無言で人を押しのけて通ったり、列に加わってくる。
何度押されてよろめいたかしれない、男女に関係ない危険で野蛮な行為だ。
しかしそんな中国人の中にも、ちゃんと合図を送ってきて、通して欲しいという人も一人だけいたことはちゃんと書きとめておきたい。

 

 話が少し本題からそれ気味なので本題に戻ることにする。

 レストランで食事を終えた後出発時間が変更された24時まで後4時間あまりとなったので、搭乗ゲートまで行って、そこで待つことにした。
 パスポート審査のゲートでは陽気なおばちゃん空港ポリスがパスポートをみるなり「コンニチハ!マタネ♪」と最高の笑顔で送り出してくれた。
 今回の旅で日本語を話すフランス人に出会ったのは彼女で二人目だったので最高に寒いギャグ「ウレシーボク」と返しておいた。

 
 そして5番ゲートへと向かう約300mのムービングウォーク(MW)、なぜか「出発」方向だけが停止している。

 定刻便の出発がない時間帯とはいえ、まだこれから2便も出発便あるのに時間だからという理由だけで停止させるのか。

 これがメインのターミナル2でもそうするのか、大いに疑問を感じながらも歩いた。
 MWの簡単な操作手順なら知っているので、勝手に操作してやろうとしたが、マスターキーが抜いてあった。
 手荷物だけとはいえ、ワインなど割れないためのものを手荷物にしたものが多いため、アップダウンのあるMWは疲れた体にはかなりの道程だった。

 
 そして到着した出国ゲート(手荷物検査ゲート)前、ところが今度は免税店が店を閉めるためシャッターを降ろし始めている。
 出発が遅れている乗客に対してそれはないだろう、と言いたいところだがここはヨーロッパ、しかも個人主義ではイギリスと双璧をなす国フランスだ、仕方がないとあきらめる。
 ところが肝心の出国ゲートまで閉まっている。
 ゲートの向こうには、かなりの人数の中国人グループが既にゲートを通過しているのにゲートを閉鎖しているフランス人検査官が通さない。
 30代の、東洋人を毛嫌いしたような嫌な態度の野郎だ。
 これがこのゲートの責任者だから最悪だ。

 他の検査官になぜ通ないのかしつこく聞いていると、さっきの責任者が出てきてこういった。

 「お前たちは19時15分発の便の搭乗者だ。朝の8時発の便の搭乗者と一緒に中に入れたら中が満杯になる、だから23時になったらここを通してやるからそれまではだめだ。」
 この時点で、この兄ちゃんは人の意見を全く聞かない「ダイハード2」に出てくる空港警察署の署長みたいな頭の悪い奴だと思ったので、おとなしく引き下がった。
 なにせここは個人主義国家フランスだ。(もうええか)
 19時15分なら、とうに過ぎているから、朝の便の搭乗者であろうが関係ないはずだが、大人の余裕で引き下がることにした。

 
 今来たMWをまた手荷物とともに引き返す。

 途中反対側を出国ゲートへと向かう中国人の団体と何度もすれ違う。そりゃそうだ、最初のパスポートチェックは通過できるのだから、搭乗者はみんな時間的にも同じ行動をとるだろう。
 そしてこの時点では当然再入国出来るものと考えていた。
 先ほどの陽気なおばちゃん空港ポリスに引き返してきた理由を言ってゲートを通過させてくれと言うと、笑顔は一瞬で消え「ダメ!それは出来ない」と完全拒否される。
 そこで約5分間いろいろ訳のわからない身振りや言葉も入れながら話をしても通してくれない。
 しかたなくあきらめてMWの前で座り込んだ。
 

 出国ゲートは出たのにここはフランスではないフランス、まるでトム・ハンクスの「ターミナル」状態じゃないか。(映画はまだ観ていないのだが)

 
 もう一度、この停止しているMWを歩いて手荷物ゲートまで行ったところで通ることはできないのだから・・・。
 待つこと5分、さっきここに戻ってくるときにすれ違った中国人団体が一人も引き返してこないのはどういうことだ。
 よく考えて見れば、パスポート審査のゲートと手荷物検査のゲートの間にはMWがあるだけで、この空間に人が溢れてくれば、仕方なく手荷物ゲートを通過させるしか方法がないないことにようやく気がついた。

 
 自分が日本人でお人よしなことに、この時点では自分に怒っていた。
  

 そして手荷物ゲートへと今日二度目の動かないMW上を歩く。
 やっと着いた先ほどの手荷物ゲートでは、中国人の団体が列らしきものを作って、やはりゲートを通過しているではないか。しかも先ほどの検査官の責任者などは、仲間と談笑しながらその団体を見送っている。
  

 よし、ここまで筋をとおして指示通りに行動してきた自分に誇りをもって、最後まで行動してやる。そんな決意がめらめらと湧いてきた、怒りとは別なパワーとして。


 つづく

 ひょっとして心配していてくれた方々、ご心配かけましたが昨夜(23日)遅く、なんとか無事帰国出来ました。


 たくさんの方々に留守の間暖かいメッセージをいただいておりましたこと、感謝しています。

 全部の方々にお返事するつもりですがまずはこの場でお礼を言わせてください。

 ありがとうございました。


 帰国は22日の便を予定していて、実際CDG空港(シャルル・ド・ゴール空港)に帰国するために到着したのが現地時間21日夕方の3時、そこから関空に到着し、帰宅するまで約50時間かかったことになります。


 この件についてはトラブル続発でも内容的に大満足だった旅とは別にドキュメンタリー番組が一本作れるほどの話なので、早ければ今夜にでも旅の報告よりも優先して記事にしたいと思っています。


 まずは無事帰国しましたので 


 「ただいまデス!」

  16日から22日まで旅行に行きます。

 今回の目的地はパリ。


 予算と日程をいろいろ考えているうちに直行便のチケットがほとんどなくなってきたので直行便はあきらめました。

 北京経由のパリ行きです。


 日曜深夜に尿管結石の激痛に襲われ救急車で病院に搬送されモルヒネ2本打ってもらってやっと痛みが治まった後なので発作が少し心配なのですが・・・。

 まあ痛み止めの座薬10カプセル持参の決死の旅になりますが、日本人らしく必死でバカンスしてきます。

 また23日に戻ってきたら更新します。


 では行ってきま~す。

 

 

 

  

  

 まだ読んでいないのですが今一番読みたい本がこれ↓


 タイトルはずばり

 「原爆を投下するまで日本を降伏させるな――トルーマンとバーンズの陰謀」 鳥居 民(著)草思社


 ここに書かれていることがどんな内容であろうと、あくまでもひとつの見解として読むつもりだ。

 そして結論を急がず、時間をかけて自分なりに考えてみたい。


 


 本の詳細については→  こちら


 

 75年の「つま恋」DVDが今月2日に発売されていた。

 昨日の夕刊見るまで知らなかった。orz

 さっそく観なきゃなんだけど、その前に家にあるいろんなアルバム聴いている。

 

 思い入れや思い出、いろんな名曲がたくさんあるけど、やっぱり最初に弾いた「イメージの詩」かな。

 河島英五の大作「てんびんばかり」のように、こういった若いときにしか書けないタイプの詩が好きなんだろうね。

 『どうしてこんなに悲しいんだろう』『外は白い雪の夜』・・・書き出したら止まらなくなりそうなのでこの辺で。



 『イメージの詩』 Lyrics&Music:TAKURO YOSHIDA

 

 これこそは信じれるものが この世にあるだろうか
 信じるものがあったとしても 信じないそぶり

 

 悲しい涙を流している人は きれいなものでしょうね
 涙をこらえて笑っている人は きれいなものでしょうね

 

 男はどうして女を求めて さまよっているんだろう
 女はどうして男を求めて 着飾っているんだろう

 

 いい加減な奴らと口をあわせて 俺は歩いていたい
 いい加減な奴らも口をあわせて 俺と歩くだろう


 戦い続ける人の心を 誰もがわかってるなら
 戦い続ける人の心は あんなには燃えないだろう


 傷つけあうのが怖かった昔は 遠い過去の事
 人には人を傷つける力があったんだろう


 吹き抜ける風のような 俺の住む世界へ一度はおいでよ
 荒れ果てた大地にちっぽけな花をひとつ 咲かせておこう


 俺もきっと君のいる 太陽のあるところへ行ってみるよ
 そしてきっと言うだろう 来てみてよかった 君がいるから


 長い長い坂を登ってうしろをみてごらん だれもいないだろう
 長い長い坂をおりてうしろをみてごらん みんなが上で手を降るさ


 気取った仕草がしたかったあんた 鏡をみてごらん
 気取ったあんたが写ってるじゃないか あんたは立派な人さ


 空を飛ぶのは鳥に羽があるから ただそれだけのこと
 足があるのに歩かない俺には 羽もはえやしない


 はげしい はげしい 恋をしている俺は 一体 誰のもの
 自分じゃ言いたいのさ 君だけの俺だと 君だけのものだよと


 裏切りの恋の中で 俺は1人でもがいている
 はじめからだますつもりでいたのかい 僕の恋人よ


 人の命が絶える時が来て 人は何を思う
 人の命が生まれる時には 人はただ笑うだけ


 古い船には新しい水夫が 乗り込んでゆくだろう
 古い船を今動かせるのは 古い水夫じゃないだろう


 何故なら古い船も 新しい船のように 新しい海へ出る
 古い水夫は知っているのさ 新しい海のこわさを


 一体 俺たちの魂のふるさとってのは どこのあるんだろうか
 自然に帰れっていうことは どういうことなんだろうか


 誰かが言ってたぜ俺は人間として自然に生きてるんだと
 自然に生きてるってわかるなんて なんて不自然なんだろう


 孤独をいつのまにか 寂しがりやとかん違いして
 キザなセリフをならべたてる そんな自分をみた

  

 悲しい男と悲しい女の いつものひとりごと
 それでもいつかは いつものように なぐさめあっている

 この話、知っているからといって何も得することはありません。

 でも知り合いがいると大いに得します。

 

 ホテルチェーンのヒルトンは社員が同伴で宿泊すれば世界中どこのヒルトンホテルで宿泊しても一人25$(U.S.)です。

 そしてホテル内のレストランは全て半額料金です。


 別にヒーローものの小説を書くつもりもないのだが、主人公(ヒ-ロ-)とそのライバルには不変的な関係があるように思えて書き出してみた。

 

 まだまだ見逃している点も多いと思うのだが、みなさんはどうでしょうか。

 抜けているポイントや盲点にキャラ、なんでもいいから気がつく点があったらご指摘ください。

 

 ひょっとすると意外な名作が生まれたりして・・・。

 

 

ヒ-ロ-の条件 

・ まずなんといっても性格的に天衣無縫であること

・ いい師匠に恵まれること

・ 切り札を成長過程で偶然発見すること

・ ライバルがいること

・ 更なる成長の前に大きな壁に突き当たること

・ 異性に弱いこと 


 

ライバルの条件

・ 性格的にクールであること

・ 切り札をもっていること

・ 努力している姿を見せないこと

・ 異性に優しいこと

 「死にゆく者からの言葉」(鈴木秀子著・文藝春秋)

 著者自身の臨死体験がもとになって聖心女子大の教壇に立ちながら、多くの人の死に立ち会って、その最後の手助けをするようになったそうだ。


 幾多の経験を正直に淡々と何の脚色もてらいもなく綴られた一冊。

 以下は抜粋である。

 

 小学2年のM少年は不治の小児ガンにかかっていた。

 もう余命がいくばくもないとわかったとき、家族は彼を家に連れて帰った。

 二週間たったある日の真夜中に、両親はM少年がそっと起き出したのに気付いた。

 それでも眠ったふりをしていると、彼は、まず一番小さい弟の所へ行って、弟の頭にそっと両手を置いた。

 それから次に彼は妹の所へ行って、その手を静かにさすり始めた。

 やがて彼は母親の脇に座り、彼女の胸に手を入れてその乳房に掌を置き、小さな声で「お母さん」と呼んだ。

 母親は涙が出そうになるのを堪えてじっとしているのがやっとだった。

 最後にM少年は父の側へ横たわり、父に頬擦りをした。

 そうして彼は「わぁ、お父さんの髭、痛い」と叫んだという。

 こうして彼なりの別れを家族全員に告げたM少年は、翌朝8時に死んだ。

 この本はこうした美しい話がぎっしりと詰まっている。


 いろんな人が、その最期に臨んでの一刹那、蝋燭の炎が消えんとして一瞬明度を増すように、ある安息と明晰を取り戻して、なにか「言いたいこと」を語り、そうして安心して{向こうの国}へ旅立って行くのだそうだ。


 たまたま今夜10時から日テレ系「スーパーテレビ」で臨死体験者が語るという番組があることを見て、思い出した話だった。


 なお、この著書を自分に紹介してくれたのは「リンボウ先生偏屈読書録」である。

 落雷、直接くらったことはないのですが目前に落ちたのを目撃しました。

 大阪府南部の丘陵地帯に泉北ニュータウンという地域があります、郊外型ベッドタウンとして日本の経済が高度成長をとげていた時代に造成された町です。

 光○池駅から歩いて十分の距離に住んでいたcologneですがそれは随分迂回した道を歩いての時間でした。自宅と駅の中間にある大きなグランド脇を横切ればかなりの時間短縮が可能です。

 その日の帰宅途中、光○池駅まで帰ってきたcologneは南から黒い雲が近づいてきているのを見て傘をもっていなかったこともあり最短コースのグランド横断を試みました。このルートを使えば雨が降り出す前に自宅につけるという読みでした。

 グランドに到着してバックネットからホームベース付近を今まさに横切ろうとしたその瞬間「巨大な音と光がピッチャーズマウンドに突き刺さりました。

 何が起きたのかは瞬時に判断できていました。

 落雷だ、しかし足は恐怖のあまり全く動きません、今動かすと今度は自分を直撃するのではないかという恐怖がその場から移動することを拒否しているようでした。

 同じ場所に続けて落ちる確率は天文学的な数字でしょう、しかし現実に落雷を目前で見てしまった者にとってそれは単なる数字上の問題だけであって、どう考えても雷が自分の意思でピッチャーズマウンドに突き刺さったとしか思えなかったからです。

 どうやって自宅まで帰ったのか、今でもそこからの記憶がないcologneです。

 思い出さないように記憶を封印したのではないかと思っています。


 この時期海や山での落雷による事故が目に付きます、みなさんも雷が間近に来ていなくても、充分に注意してください。

いつも寒いギャグを連発してcologneのBLOGの品位を決して上げてくれてはいない存在がタイマイ です。

そんなThe Beatlesが大好きなタイマイがPaul McCartneyポールマッカートニーのLIVE盤"Tripping The Live Fantastic" に収録されている曲"The Fool On The Hill"の中でキング牧師の有名なスピーチの音声が挿入されていることを教えてくれました。
 「フーン」、実際に聴いてみるまではその程度の感想しか持っていませんでした。(失礼!)
 そしてせっかくの知らせてくれたのだから聴いてみようとしたcologneはアルバムを間違えて"Back in U.S."を手に入れ、そこに収録されている"The Fool On The Hill"を聴いてしまいました。
 いつまで待ってもキング牧師のスピーチは出てこないまま演奏が終わりました。

 しばらく経ってからcologneはアルバムを間違えたことをタイマイに連絡しました。
 そしてそんなcologneにタイマイから"Tripping The Live Fantastic"に収録されている"The Fool On The Hill"が送られて来ました。
 それは"The Magical Mystery Tour"や"Back in U.S."で聴く"The Fool On The Hill"とは全く違うものが伝わってきました。
 個人的にそれを教えてくれた『タイマイ』に大変感謝しているcologneですが、このBLOGを読んでいただいている方々にもこのLIVE演奏から伝わる"The Fool On The Hill"の素晴らしさを紹介したくて、今日記事にさせていただきました。
 残念ながら試聴は出来ません、そしてこのLIVE演奏はフルコーラスを聴いて、初めてPaulからのメッセージが伝わってくると感じられるように思われます。


 いやあマジでタイマイへのRespect記事を書いてしまったcologneですが、気が変わったらすぐに記事取り下げるつもりです。