反発覚悟で森永卓郎氏提言「日本は原発のスイッチをいれよ」
という記事がありました(本文
こちら
)
はっきり言って、個人的にはありな考えだと思っています。
まぁ、反発覚悟ですが・・・(笑)
そして、国民感情からすればまず無理だろうという認識ですね。
おそらく世界的に厳しい視線にさらされることは間違いない所であり、
現実問題として不可能な提案であろうと思っています。
森永氏はテレビに毒されすぎているので、胡散臭く感じる所はあるのですが、
現状の計画停電に伴う日本経済の復興の遅れは確かに懸念される所です。
熱中症で死者が出る可能性も、去年の経験からすれば考えられる所です。
ただ、だから需要サイドより供給サイドを何とかしろ、
というのはやはり無理な話ではないかと思うんですよね。
以前にツイッターで話題になったアイドルのブログで、
車が入りきれないので、駐車場を大きくしたら、
今まで車で来なかった人まで車で来るようになってしまい、
やはり駐車場不足は解消されなかった、という事を書いていましたが、
まさしくその通りだと思うんですよね(そのブログは
こちら
から)
今までの日本は成長することが良いことだ、ということで突き進んできました。
それは日本だけに原因があるわけではなく、
世界的な流れ、つまりグローバリゼーションという名のもとに行われてきました。
しかし、リーマンショックや今回の震災を受けて、
多少、変わって行っても良いのではないかと思うんですよね。
経済成長は推し進めるためには、無駄が多いほうが良いんですよ。
ほんのわずかの便利を求めて、ほんのわずかの快楽を求めて、
無駄に無駄を重ねることで成長が加速するというのが現実だと思います。
ただ、これからの社会がそれで良いのか、となると検討の余地はある。
もちろん、成長が良いんだ、というのも選択の一つであり、否定する気もない。
ただ、今回の原発問題のようなリスクはあるわけです。
どちらに進んでもリスクがあり、結局はそのどちらを選ぶかなんですよね。
今現在、原発が必要がどうかという論争にあまり意味がないと思っています。
それは日本人が今後どうありたいのか、という問題が付いて回るからです。
経済成長をそれでもなお求め続けるのであれば、
電力の消費は避けられず、なおかつ環境を考えると原子力というものは
避けては通れないものではないかと思います。
火力などで補え、というのは論外として、太陽光で賄うのは
まだ時間がかかりそうな状況ですからね。
それとも経済成長をある程度犠牲にしてでも均衡経済を目指すのか、
そこを考えないことにはこの問題は解決しないでしょうね。
そして、経済成長を犠牲にするということは、現状の生活をある程度犠牲にする、
ということをきちんと認識する必要があることは言うまでもないですね。