リッカちゃんのひっこし-1015

今日は朝から、
いや、昨日から。

参るような事の連続で、でも負けないぞ~!!と、
アフォな態度で乗り切っていたのに、
なんとか乗り切ってたのに、

その後、ずど~ん! どぼ~ん!と、
沼の中に突き落とされた。

何度か這い上がって頑張ってただけに悔しい。

海にうぉ~!!
とか叫びながら飛び込みたいような気分。

でもそこに海がない。
あるのは机と画面~。

この悔しい気持ち、
どうしてやろう。てやんでいな気分。

顔色変えず、普通に周りと接して、
仕事をし続けなければいけないこの状況。

感情を爆発したい~!!
でも出来ない~!!
それがオ・ト・ナ・シャカイ~!!

あー 壊れてきた。

もうもうもう
しょうがないから

ほめられサロン に行ってやる~!

自己満足の世界に行ってくる~!

ほめられて伸びるタイプ~!!



リッカちゃんのひっこし-1014

友達が、何人かあまり元気がない時期だ。

自分も女性特有の波とか、
体調とか、疲れ具合で、
元気がない時がある。

そういう時にしてみることがいくつかある。

ひとつは、”アフォ”になること。

するのは、
とりあえずふざけ倒すこと。

おかしな事を言って、
ふっと力を抜く。

あとは、ちょっとへんな動きを入れてみたりする。

そんなんで、
真剣に悩むのがばからしくなるような事をしたり言ったりする。

レベル的に言えば、小三男子!

よくわからない場合は、
梅 佳代の「男子」 を本屋で立ち読みしてほしい。)


いい大人がそんな事できるわけないぜ。
という場合は、

宇宙に思いを馳せてみる。
をする。

宇宙の事を考えてると、
スケールが大きすぎて、果てしなくて、
大概の悩みはちっぽけに感じるから。

おすすめは、
加古 里子(かこさとし)の、
「宇宙 そのひろがりをしろう」 (絵本)

1978年の作品でありながら、
身近なものから宇宙に繋がるまでの
想像力を書きたてるすばらしい絵本だ。

そして、著者のかこさとしさんのメッセージが素晴らしい!
この絵本を読む人たちへの愛情が溢れていて、

私は読んだあとに、かこさとしさんに会いたい!!と、
思ってしまったほどだった。

宇宙へ馳せる思いと、
かこさとしさんの愛情が伝わって、
読んだあと、暖かい気持ちになった。


元気を出してがんばったりする
アウトプットだけでは、つづかない。

写真集や絵本など、いろんな物から
インプットして、
一緒に楽しみ見つけられたらいいね。



リッカちゃんのひっこし-1013

これからどうしよう。

と、もしかしたらだいたいの人が思ってるんじゃないか?
と、ふと思った。

もちろんそういう人ばかりじゃないだろうけど、
周りを見ても、そういう人が多い気がする。

なりたい自分と、
今の自分とのギャップをどう埋めるか。

○○したい。
○○なりたい。

けど、どうやったらそうなれるのか?

マニュアルってものもなくて、
自分で試行錯誤するしかなくて、
方法を模索中とか、
やってるつもりだけどなかなかうまくいかなかったりだとか。

もっともっとがんばったほうがいいのか、
でも本当は違う方法でいきたいとか。

いろいろいろいろ。
もう、ほんとにぐるぐると。


正解がなくて、
間違いも失敗じゃなかったりして、
その過程の一部だったりして、

ほんと ”これだ!”までが簡単じゃないけど、
まだまだ 道の途中。


トンネルを抜けるように、
夜が明けるように、
スコーン!となる日が来るのかわからないけど、

その日が来ても、
またトンネルを見つけたり、
そのうち夜になったり、
するのだと思う。


でもどうやらそれは自分だけじゃなくて、
他にも似たような思いを抱えてる人もいて、

隣の芝生は青く見えるけど
実は青くなかったりして、

ひとことで言えば、
「そんなもんですよ。」と、
そういうことなのかもしれない。

そういうことしてるうちに、
それが経験になって、自然と身に付いたり、
後々役に立ったり、気が付いたら自分が成長していたり、

そんな人生の”おまけ”がついてきて、
一人前に近付けるのかもしれない。


「人生の素敵なことはだいたい最後の方に起こる。」
というCMがちょっと前にあった。

それもそうかもね。
とも思ったけど、最後というよりも、

自分自信が何かを得た時に素敵な事が起こる。
ような気がする。

それは自分自身にしかわからないことなので、
これだ!とは言えないけど。

なので、素敵な事が起こってるのに
気付かない場合もあり得る。

だから、気づける自分でいたいもの。


いつがその素敵な時かわからない。

もしかしたら明日かも。
もしかしたら一年後かも。

そう思えれば少しはわくわくする。


まずは、
これからどうしよう。を、
これからどうなりたい?に
言い換える事からはじめてみようっと。



リッカちゃんのひっこし-1012

この三連休は、なかなか予定がびっしりで、
忙しい連休だった。

友達と遠出して、
鹿屋まで行って道に迷ってみたり、
お仕事で初めてのショップに行ったり、
親戚周りやお墓参りをしたり、
お便りの返事を書いたり、
そうじしながら録画で溜まった番組を消化したり・・・

まだまだやらなければいけない事があったのに
終わらなかった。

また来週に繰り越そう。

でも、だいぶ用事を済ませられたので、
すっきりした。

そして、いつものように変な夢を見て朝が来る。

夢の中までびっしりな感じで、
夢の中でやらないといけない事があって、
でもやってない。
と思ったけど夢だったからやらなくていいんだ。

みたいな繰り返しがよくある。

でも、休みがあると、
仕事の追われる感が一時的にほどけて、
頭を切り替えていろいろ考えられるので、
新しい考えが出てきたりする。

やっぱり休みは大事だ。


えんぴつと紙を買った。
おもしろい事をたくさんしたいな。



ヒマラヤほどの消しゴムひとつ楽しい事をたくさんしたい
ミサイルほどのペンを片手におもしろい事をたくさんしたい
(THE BLUE HEARTS 1001のバイオリン)



リッカちゃんのひっこし-1007

夜、一日を終えて疲れて家路に着く時、
いつものようにポストを開けると、

普段、チラシやDM・請求書を主に受け取る事の多いうちのポストに、
例外編の”手紙”という郵便物が届いていた。

差出人はそれぞれだけど、
みんなこのブログを見てくれている人たちからだった。

すぐに気持ちを通じ合える、
メールやTwitterももちろんいいのだけど、

このアナログな伝達方法、”手紙”というのは、
不思議なチカラを持ってるように思う。

まず、便せんやポストカードの種類で、
差出人の趣味やどういうものをチョイスしたのか。
という事が伝わる。

そして手書きの文字。

普段手書きの文字を見る機会が減り、
みんなの特徴のある文字を見るだけで、
新鮮な気持ちになる。

そして、手紙を書く行為には、
文字や書く順番を間違えたら簡単に消せる機能が
メールのようにないので、
間違えたら・・・という少しの緊張感もあり、

そういうことを踏まえた、
”ある程度の時間”が必要なので、
それを自分のためだけに作ってくれたという事実が、
すごくうれしい。


今回、海外から届いたポストカードからは、
見た事もない切手が貼ってあり、
長旅を終えたポストカードが
うちのあのポストまで届いたのかぁ。などと、
想像が膨らんだ。

便せん二枚にびっしり書かれた手紙からは、
言葉尻や、ビックリマーク!の記号などから、
差出人の気持ちがよく伝わってくる。

いろんな事を考えながら、
ひとつひとつ言葉を選んで書いてくれたのかも。
と思うと、なんだか暖かい気持ちになる。


手紙を書く行為は、ある程度の時間の確保と、
自分の落ちついた気持ちが必要になるけれど、
手紙を書くようになると、

ポストカードや便せんや切手に目が行くようになり、
今度はこれでお便り出そうかな?と、
日々のお楽しみがひとつ増える。


特に、いろいろあって疲れた一日の終わりに、
ポストを開けた時の、
「あ!手紙がきてる!!」
の、あの気持ちが自分的にはたまらない。

部屋に入るまで、なんて書いてあるんだろう?!
見たい!見たい~!と、
小学生みたいな気持ちに戻るような、
あの感じ。

そして、ちょっと笑えるような事が書いてあったりした時、
かちこちに固まった表情と気持ちが崩れて、
ふっと力が抜ける。

「おかえり、今日も一日おつかれさま。」
なんて、言われたような気に勝手になるほど(苦笑)


ちょっとしたことだけど、
それだけで楽しみが増えたり、
気持ちが暖かくなったりする。

手紙って、いいな。

そんな事を思ってみた、
秋空の下の出来ごとだった。


今回お便りを送ってくれたみなさん、
ほんとうにありがとう。



リッカちゃんのひっこし-1005

噂のdormitory428 に行って、ドミってきた。

そこは、いろんなお店が元寮という場所に集っており、
それぞれの持ち味を生かした素敵なお店が並んでいる所だった。

写真は松原町から移転した古道具「Resetta」

店内も広くなって、新しい場所で
活き活きとしているような商品たち!

店内にはどのショップもお祝いの花がいっぱいで
みんなから楽しみにされてきたような様子が伝わってくる。

まだまだ生まれたばかりのNew shopたち。
メディアも注目の今後が楽しみなShopばかりだった。


dormitory428
所在地:鹿児島市谷山中央3丁目428-9
リッカちゃんのひっこし-1005


リッカちゃんのひっこし-1005

Maruya gardensで行われた「天茶会」 に行ってきた。

純粋な”抹茶”も、初めて飲んだし、
かぼちゃで作ったかるかんを食べたのも初めてだった。

そしてこの抹茶碗、
なんと天文館に落ちていた桜島の灰で作ったものらしい。
びっくり!!

嫌われ者の”灰”が、こんな形に見事変身し、
再び私たちの前に現れた!

その発想と実行力に感心した。

道にいて風が吹けば舞うあの火山灰が、
こんなに重厚な器に変身するなんて!

ちょっとした視点の変化とアイデアが混ざりあえば、
このような事もあるのだなと、感じた。

訳あって、お話を聞く事は出来なかったけど、
おいしいお茶とお菓子を秋空のもと頂けて、
心地よい天茶会でした。



リッカちゃんのひっこし-1001

自転車での帰り道、
いろんな帰り道がある。

変質者でも出てきそうな暗がりコース
(でも誰もいないので通りやすい。)もあれば、

車がビュンビュンのにぎやかコース
(道が明るくて通りづらいけどほっとする。)など、

その日の気分で道を変えるようにしている。

いろいろとある通りの中で、
いくつかの小規模の店舗前を通り過ぎて帰るコースがある。


同じ通りでも、
いつもわりかし賑わっているような店舗もあれば、
いつもお客さんが入らず、
店主やスタッフがぼーっとしている店もある。

お客さんの入りは、店の種類にもよるところだと思う。


どうやらパン屋さんは、気軽に買う人が多く、
そこそこ入っているようだ。

でも、イタリア料理店や、
喫茶店(おそらくゲーム喫茶)などは、
なかなか入りが悪いようだ。

イタリア料理店では、シェフの恰好をした人が
裏で頭を抱えるように座っていた。

お店をのぞくとお客さんは誰もいなかった。


また喫茶店では、店主がぼーっとテレビを見ている。
店内を見渡すが同じくお客さん0(ゼロ)。

毎日同じ場所で同じ角度でテレビを見ているので、
お昼時くらいはお客さん入ってるよね、、、?
私が知らないだけだよね?!と、
こちらまで心配になる。


確かにこのご時世で、こういうお店は珍しくない。

正直、他にも心配なお気に入りの店もある。

みんなが下を向きたくなるようなこの状況に、
どうすればいいのだろうか。。。と、考えてしまう。

広告やリニューアルといっても資金だし、
その資金づくりどころじゃないのかもしれない。


でも不思議な事に、
一方で潤っている店もあるのだ。

あそこはいつも多い。と、みんなが感じる
あのお店たち。

確かに外食を皆が減らし、全体的にお客さんは
以前より少ないとは思う。

でも、あのお店たちの印象は、決してパッタリではない。

そこにきっとヒントがあるのだと思う。

”今日も客来ないな、力も入らないぜ。”と、
ぼーっとテレビを見たい気持ちもわかるけど、

今一度自分のお店を見まわしてほしいな、
なんておこがましくも思ってしまう。
(ごめんなさい。)


そして、素人ながらに、いろんなお店を回って
自分が気付いた事は、

いいお店はトイレがキレイ!

”あ、ここ いいお店だな、また来たいな!”
と何気なく思うお店のトイレに入ると、
見事にどこもトイレがきれいなのだ。

さらに、奥まったトイレがきれい。という事は、
みんなに見える店内はもちろんきれいにしてあるということ。

そうじが行きとどいた店内は、
皆が無意識に気持ちいいと感じてしまう所なのかもしれない。


風水でもなんでも、掃除をして悪い。なんてことは、
一度も聞いた事がない。

”お客さんに気持ち良く過ごしてもらいたい。”だとか、
”大事なお店だからいつもきれいにしておきたい。”など、

人の気持ちが詰まった所には、
自然とお客さんが集まるのかもしれない。


・・・というところで店ではないが、
そんなことを言うからには、
自分も家のトイレや部屋のそうじをきちんとしなければね!

掃除はスイッチがはいればハマるけど、
疲れや忙しさにかまけて見て見ぬフリをすることもある。

自分も身の回りのこと、きちんとやろうっと。


ということで帰り道自転車に乗って、
いつもテレビを見てるおじさんを見ながら、

”一緒にがんばりましょう!!”と、
勝手に鼻息荒く気を送りながら意気込んでいるところ(苦笑)



リッカちゃんのひっこし-0930

先日、母親と天文館を歩いていたら、
母の知り合いと偶然会い、私もはじめまして。と
挨拶をした。

そしたらその後母親が、
「今の方は70代だよ。」
と言った。

「え”~!!」
よくあるネット宣伝のようだが
本当にそんなリアクションをとるほどお若い70代の女性。

有名人で例えると、
まさしく佐伯チズさんのごとく!

足腰はもちろんしっかりしてるし、
姿勢はいいしスマートでスタイルもいいし、
何と言っても明るくはつらつ!!

「あら!どうもこんにちは。
こちらお嬢さん?!
まあ はじめまして。」

そしてもちろん物腰も上品。

私は、爽やかな雰囲気に圧倒されて、
えへえへ。こんにちは、って上手くリアクションも
取れないまま、その方は颯爽と去って行った。

その後にまさかの70代!?
の事実を聞いてすっかり印象深い方になった。


母とは、太極拳仲間らしい。

母が太極拳を始めたと聞いた時は、

太極拳?!
中国の人が朝靄の中 ひろーい公園で
カンフーの服みたいなの着て
はーっっとかしながらゆっくり動いてるあれ?

あれすんの?!

って思ったけど、
あの佐伯さんもどきな方を拝見して
見方が変わった!
(お母さんごめん。(苦笑)

「お母さんもああなる?!」
「なるわけないよ。」

「なってよ☆ なってよー☆」
「むりむりー。」

って会話をしてしまうほど、
かっこいい佐伯さんな方だった。

けどあそこまでいくと、
70代だろうが
なんかおばあちゃんて呼べなくなる。


かわいいおばあちゃんになりたいなぁ☆
なんて思っていたけど、
かっこいい佐伯さんにもなりたい。

なのでもし母親が佐伯さんになったら、
太極拳を始めるかも。
朝靄の中広い公園で(笑)

カメハメハー。


リッカちゃんのひっこし-0928

「僕はきっと今いつかの夢の上に立っているんだね
僕はきっと今誰かの夢の上に立っている」

という歌詞が、RADWIMPSの歌にある。

日頃の生活に慣れてしまうと、
それが当たり前になり、

憧れていた状態だろうがなんだろうが、
それも日々の生活の当たり前として消えていきがち。。。

でもこの曲を聴いたとき考えさせられた。
ほんとにそうだなと。

今の自分は、昔の自分からすると、
”なりたい自分”になっている所も多い。

けれど日々の生活に追われると
その気持ちは溶けていく。


でも、この職につきたい!と
自分と同じ職を希望する人を見ていると、
だった!だった!と、
昔の気持ちが蘇ってくる。

希望の職を探して探して、
なりたくてもなれなくて、

どうやったらあそこに行けるだろう。と、
ずっと考えていた時があった。

経験者じゃないと。。。と言われて、
それを経験させてくれる場所がどこにもなくて、

とりあえずここからがんばろう。
という場所で始めたら夢中になって、
そこにいた方の目に止まって、
お話を頂けることになった。

実際にその職について、
孤独な作業で
もちろんだけど楽しいことばかりじゃなかった。

それでもその仕事が好きだから、
続けてきた。

一区切りついて、職場を去っても、
”経験者”という肩書がなんとかついて、

募集していない場所の扉をこじあけて、
中に入らせてもらった。

それで今がある。


「経験者じゃないと、なりたくてもなれなくて。。。」と、
昔の自分のように悔しい思いをしている人を見ると、

「わかるわかる!!すっごくわかるよ。」
と言いたくなる。

でも、誰もが初めから経験者じゃなく、
どこかの入口を見つけて入ってきたのだから、
その入口を見つけてほしい。と思う。


けど、そういう悔しい姿が、
今の自分をはっ!!とさせる。

そうだった。そうだった。
自分もこうだったんだ、と。

あんなになりたがっていた自分が
今ここにいるはずなのに、”普通”ってなに?
”当たり前”ってどういうこと?
っていう話だ。


みんなの夢はきっとそれぞれ。

仕事だけじゃない、
いろんな”こうなりたい。”が、
そこにつまってる。

そして、いつかそうなったとき、
ふと気がついて、

「僕はきっと今いつかの夢の上に立っているんだね
僕はきっと今誰かの夢の上に立っている」

と、思うのかもしれない。