イラストとマンガ ときどき哲学 -23ページ目

イラストとマンガ ときどき哲学

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こんにちは!

1章⑩番目の記事です.

どこから読み進めていただいても,大丈夫です!

本記事は,肩の荷が20%軽くなる記事ですグラサン

気軽に読んでいただけますと幸いです

 

精神的豊かさの退廃要因③

【西欧の労働観の流入】

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「働かざる者食うべからず」を精神に,日本人は労働を肯定視し,労働を尊ぶ労働観を持ってきたと思います.

 

そのため,日本人は勤労であると認知されてきたのだと思いますにっこり

 

日本人が真面目で勤労であることは海外にさえ浸透し,ある時期にはエコノミックアニマルなんて言われ方をしたときもあったのです驚き

 

しかし,今の日本人はどこか様子が異なります.

 

 

 

 

以前の日本人は懸命に働くことを,そして自身の仕事を誇りにしてきたと考えられます.

 

お酒を造る仕事日本酒,下駄をつくる仕事,稲作業等の農業,さらにはお金にとらわれずに義・仁・礼・勇気・名誉といった高邁な精神を何よりも大切にした武士道をもつ武士.

 

いずれの仕事も世に認められ,人々はその職分を尽くすことを誇りに生きていたと思います.

武士道においては,義のため,名誉のため,命を差し出す覚悟をその職分に与えていたのです.

忠臣蔵の話は多くの日本人の胸を打つと思います.

 

 

各々の仕事において,その懸命さの中,困難の先にある喜びも得ていたのではないでしょうか.

 

 

ここには,豊かな四季,稲作生活,神道,仏教,封建制度等の歴史の中で培われた日本独自の労働観があったのだと思います.

 

仕事を通して,高邁な精神を養い,物質的には貧しくても幸せに暮らしていたのが昔の日本人だとおぼろげながらもイメージできそうではないでしょうか.

 

 

 

一方で今の日本人はどうか.

言われたことしかやらず,向上心を持たず,冷めた人間が多いという社会問題がある真顔

 

私がサラリーマン時代は同僚に恵まれ,周りには向上心の多い人が多かったです.しかし,社外の人と関係すると,中にははじめから消極的姿勢で打ち合わせをするひとも多く,

 

自分の裁量の中だけで働きたい,残業はしたくない,経験のあることしかしたくない

 

という人が多数いました.

 

勝手に思っていたのは,そういった人は人生に冷めた雰囲気があり,土日においても充実していないのではないかでした.

 

イクメンというのは,仕事も真剣,家庭も真剣の人を言うのです.

どっちも真剣は疲れるのではと思う人はいるでしょうか.

人生は常に「今」の積み重ねです.

適当な「今」を挟んで,良い人生を望むのは甘い.

飲食業の冷めた接客が多いのも現代を反映している気がします.

 

 

いずれにしても,労働観に起因する社会問題があるはずです.

 

(私のサラリーマン時代では,一方において,社外に多くの創造的仕事をされる人がおり,私は社内と同等にその方々に刺激を受けてきたと,改めて書きながら思いました.日本の全体的雰囲気に着目して書いていますものの,すごい人は世の中まだまだたくさんいます爆笑)

 

 

 

では,なぜ現代には「仕事興ざめ人間」が多くなってしまったのか.

西欧の労働観の流入が大きな要因と考えられます.

そこには,キリスト教旧約聖書に示された一つの物語が大きく関係していると考えられています.

 

 

>>>続く>>>

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【本ブログ構成】

【はじめに】~現代社会の道徳的退廃要因.その中で力強く生きる哲学~

◆第一章【存在価値を見失っている要因】

①【存在価値を見失っている要因】

②【存在価値を見失っている要因】

③【本当の幸せ】目指すべき方向

④【本当の幸せ】目指すべき方向

⑤【本当の幸せ】目指すべき方向 完結

⑥【精神的豊かさとは?生きる意義は見失いたくない】

⑦【サラリーマンが唖然と泣いた理由】

⑧【サラリーマンが唖然と泣いた理由】完結

⑨【ならぬものはならぬのです】

こんにちは!

1章⑨番目の記事です.

 

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本記事は,肩の荷が25%軽くなる記事ですグラサン

 

気軽に読んでいただけますと幸いです

※前記事より精神的豊かさの退廃要因を示していっています(①~⑤項目予定).

②  【科学の発達による道徳観の退廃】

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科学の力を用いれば,今の時代なんでもできる.

ならば,科学の力で好きな人に,好いてもらうことができたら人生とことんハッピーじゃないか ....しかし,可能だとしてもなんか空しいな...というよりできないや...凝視

 

 

そんな考えから,今の科学の限界を感じた人もいるのではないでしょうか.

本記事では,精神的豊かさの退廃要因として,

科学を万能と考え,道徳を時代遅れと考えてしまっている点についてです.

 

 

いつの間にか,科学にとらわれ,理論大好き人間になっていることはないでしょうか?凝視

理詰めで人を批判するとよいことないです.

交流関係の中に一人や二人思い当たる人が誰しもいるのでは.

 

 

あなたが班長なんだから全てあなたの責任よ.しっかりと責任取ってよね.物申す

 

そう言われたって,あなたも班員じゃん.そりゃそうだけど同情や情けや励ましの言葉は持ち合わせてないのかい.驚き(内心)

 

みたいな経験今の世の中ざらです.科学的(論理的・合理的)一辺倒は少しさびしさがありますね.

 

 

 

 

何から何まで証明できることで世の中は成り立っていないです.

 

盗みは何でダメなの?人を殺めるのは何でダメなの?

 

そんなのは「ならぬものはならぬのです」に決まっています.

その大切さを共有させてください.

 

 

 

近代より前,自然現象やあらゆる自然法則が人智を超えた存在と考えられ,神様の存在を創り,畏敬の念を払ってきた人間の歴史があります.

 

キリスト教は万能の神,イエス・キリスト,精霊を信仰の対象とし,その背景に教えを絶対のものとしています.

 

それにより,キリスト教信者は自身の生活を律し,神様の存在をもって安心立命の人生を得られるものとしています.

 

 

日本の神道は,多神教であり,あらゆるものに神様が宿るとし,山や川のみならず,厳しい自然現象までも感謝の対象になるのです.

 

説明のつかないことを,神様を持ち出すことで補ったともいえるかもしれません.

 

 

 

小話:雷を「稲妻」とも言いますが,稲妻の由来からは,日本人の自然への畏敬の念を読み取れるんです.昔は「つま(妻)」は夫婦の互いを呼ぶときに使用した言葉であり,雷が多い時期に豊作であったことから,雷により稲が米を授かると考え,雷のことを稲妻と呼んだようです.

雷は電気です.と冷たく答える最近の人を見かけると,一度昔の時代に強引に連れていきたくなります.真顔

 

 

 

 

一方で,近代において科学が急速に進歩発展すると,地球が中心でなく太陽の周りをまわっていることや,四季の変化の理由,雷,雪,物の落ちる理由等の現象が,【神様でなく,】数式を含めて理論的に証明されていっています.

 

 

これまでわからない点を補っていた神様の存在に対し,科学が憮然と対抗してきた様相です.

 

 

そして現在はそれらの法則を活用し,宇宙へ飛び出すスペースシャトルまでつくり,さらには人類を滅ぼすこともできる核爆弾を作り出すまでになっています.

 

 

今や科学は三種の神器としての冷蔵庫,洗濯機,白黒テレビ(今日ではマイカー,クーラー,カラーテレビのようです)をはじめ多くの身の回りのものに応用され,なくてはならないものとなっています.

 

 

科学に頼り,科学を万能ととらえている.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし,科学が本当に万能なのか,世の中には貧富の格差が大きくあり,飢えている人が大勢いる.

 

何なら核爆弾はないほうがよい.今でも人と人が相争い,国レベルでの低い調和のない争いをしている.

 

そして今現在,科学のおかげで物質的には豊かな生活をしている人々が人生の羅針盤を失い,生きる意義を失い,不幸な人となっている.そこに人間の目指すゴールはあるのか.

 

さらには,意中の人の心の中も読めない.

 

 

科学は万能ではないのです.そして,人が人として生きる上でもっと大切なことがある.

 

それは,お互いの思いやりや,基本的な道徳といった精神的豊かさです.

 

 

 

 

科学ではその効果を証明できない.

そのため,精神論を否定でき,あっけらかんと時代遅れの仲間入りに分別することができる.

しかし,「幸せ」を心から素直な目で見てみると,本当に大切なものは,目に見えない精神的豊かさにあるとわかってくるのではないだろうか.ウシシ

 

 

 

今はお天道様が見ているから悪いことはしてはならない.と言われても道徳観は時代遅れでどこか疎まれるきらいがある.

むしろ,防犯カメラで撮られているから悪いことはしてはならない.法律があるから...と言っている方がどうかしている.

よく考えると何が大切かは一目瞭然のはずですグー

 

精神的豊かさが前記事のように幸せにつながっているのです.

科学を万能と考え,科学で触れられない精神的豊かさ,道徳をないものとする考えは改めなければならない.

科学は世の中の真理のまだ端部を解明しだしている最中なのだと思うのです.

 

 

斎藤一人さんの本の中で,現代の科学をすべて持ち合わせても,生きているもの,タンポポの葉1枚つくることさえできないとあったのを覚えています.

科学を万能視し,道徳観を時代遅れの不要なものと考え,精神的豊かさを退廃させる構図こそ,時代遅れになっていくように我々は歩まなくてはならないと思うのです.

 

 

 

多くの人が科学と精神的豊かさのバランスを認識されていくことで,もっとお互いに自立し,思いやりをもった暖かい世の中に変わっていくと考えます.

こんにちは!

1章⑧番目記事です.

 

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1-7の続きとなります.物質至上主義による問題点から進めています.

気軽に読んでいただけますと幸いですニコニコ

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【物質至上主義の生い立ち】

この物質至上主義に冒頭のサラリーマン(記事1-7参照)は泣かされていたのです驚き

 

幸せを求めているのに胸の中は空虚といった感じでしょうか..!

 

物(衣食住に必要な生活必需品やぜいたく品)がなかった時代から,

資本主義経済を取り入れることにより,物に豊かになっていった過程があります.

 

そこに,これまでの

ご飯が食べられない」,「住む家がない」,「学校にいけない

といった不幸が,物に豊かになる中で解決されていき,豊かさ=幸せという価値が形成されていったと考えられます宇宙人くん

 

 

おっ,なんだかつらいと思ってた状況が改善されて,生活が楽になってきたよ!これは幸せってやつなんじゃないか!

 

不幸であったからこそ,一層そう感じたと思います.

 

すなわち,物の豊かさが幸せの尺度となったのです.

 

この過程で,だれもが私心をどんどん肥大化させていき,物を,お金を求めていきました.

それこそ真の幸せであると盲目的に信じて.

 

 

 

 

その際に,正しい道徳観・倫理観を持ち,

利他の精神で,家族の為,彼女の為,社会の為,ひょっとすると愛人のため,

お金を求め,使えばよかったのですが,そうは問屋が卸しませんでした煽り

 

精神的豊かさは置いてけぼりにされ,お金の為ならば何でもやってやる精神に変質してしまったのです

 

タガが外れた私心により,お金に執着した人が増え,人を容易にだまし,立場の弱い人を足蹴にしていったのです.

そして法に触れなければ,卑怯にお金を儲けてもよいし,何をしてもよいと人々の価値観は変わっていったと考えます.

 

 

 

 

政治家の汚職,大企業の不祥事をはじめ,悪質な金融業者,食品偽装,詐欺,ぼったくりなど数えればきりがないです.

 

私の大学時代の友人は,同じ学科の同級生にねずみ講に誘われたと話していました.

あまり親しくもないものの,遊ぼうとレストランに誘われ,話していたらちゃんちゃらちゃらい兄ちゃんも同席してきたそうです.(絶対にそういった話にはのらないように皆様も注意されてください.特に若い女性で気の強くない人はすぐに誰かに相談してください.バッサリと断る勇気が大切です)物申す

私は,努力なくしてお金を稼げるという話はとぼけた話としか思いません.仮に儲けることができても,その人はお金の価値を知らないため,ろくな使い方にならないと思います.

 

私もキャバクラに新入社員時代に同期と行くと,

若いお姉さんがたくさんいるよ!

 

と言われていたのに,みんなおばちゃんで,さらにはお酒をたくさん飲まれました.驚き

同期はおばちゃんが膝の上にのってきてまんざらでもなさそうでしたが...

 

 

 

 

こういった物質至上主義により,精神的豊かさは置いてけぼりというよりも排除され,退廃していったのです.

そして,本来の社会の在り方としては,私心の肥大化を統御する節度を持ち,利他の気持ちで,物心両面の豊かさを追求した働き方・生き方が大切であると考えます.

そして,それはすでに稲盛氏が京セラ・KDDI,JAL再建で,松下幸之助氏がPanasonicで証明しています.

 

 

 

前記事にもあるように,精神的豊かさが幸福につながります.

今の社会のお金を至上とする価値観は間違っているのです.

であるから,私は冒頭のサラリーマンに伝えます.

あなたは間違っていない.しかし,会社でいきなり利他で行こうといっても通用しない会社が多い.だからこそ,できる範囲で,自らの仕事の範疇では普遍的道徳観をもって,自らもよくて,相手もよくて,社会もよいような仕事をしていければ最高です.また,家では奥さん,子供のために生き,精神的豊かさを保ってほしい.そして,決してオレがお金を稼いでるんだなんて威張っちゃいけないゾ

と.

 

 

 

 

この他に余談として,資本主義経済による精神的退廃要因を加えます!

それは,何事も商品化してしまうことです.本屋さんで立ち読みして気になったため若干覚えています.

 

昔は急な用事で子供を預けなくてはならないお母さんは,

「よろしくお願い!」

と隣人にお願いできたものの,現代はベビーシッターにお願いすることが選択肢となります.

お金で解決できるものの,なんでも商品化されていき,人と人のつながりがなくなっていくのは寂しいところですね.

私は居酒屋でのタッチパネルでの注文も少しさびしさを感じるところです.ショボーン

 

いずれにしても,本記事のポイントとしては,私心のタガが外れ,お金を至上のものとし,精神的豊かさはもはやいらないものとして排除されたところにあります.

物質至上主義の価値観を改めていくことが,精神的退廃に進まない一つのポイントとなります.

 

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【本ブログ構成】

【はじめに】~現代社会の道徳的退廃要因.その中で力強く生きる哲学~

◆第一章【存在価値を見失っている要因】

①【存在価値を見失っている要因】

②【存在価値を見失っている要因】

③【本当の幸せ】目指すべき方向

④【本当の幸せ】目指すべき方向

⑤【本当の幸せ】目指すべき方向 完結

⑥【精神的豊かさとは?生きる意義は見失いたくない】

⑦【サラリーマンが唖然と泣いた理由】

こんにちは!

1章⑦番目記事です.

 

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本記事より精神的豊かさの退廃要因を示していきます.

①【物質至上主義による価値観の物質面への偏り】

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会社に勤めた経験のある方は,

 

我々の至上目的は利益の確保だ!死ぬ気で働け!物申す

 

の号令の下,毎日の仕事に勤しんでいる(いた)かと思います(少し極論ですグラサン)

 

ライバル企業をけり落してでも勝て

下請けに儲けがなくても仕入れ値を安くしろ

 

なんて話もそこら中から耳にします.

 

 

しかし,はたと通勤中に足を止め,快晴の青空をボーっと眺めたとき,

 

幸せって何だろう.利益のみを追って,弱い立場の人を足蹴にして,お金に執着する...オレは本当に幸せを追えているのだろうか赤ちゃん泣き

 

上を向いて,ツーっと流れる涙が眼鏡越しに見える,ネクタイをピシッとしめたサラリーマンが想像できます.

 

オレは世の中のこの欲望・私心だらけの社会の価値観がどこかおかしく見えるよ.これが本当の理想の世の中なのか.これがオレの人生なのか...赤ちゃん泣き

 

そして次の日,ハッとおきても同じ日で,

 

昨日は泣いたけどしゃあない.今日も頑張ってこようや真顔

 

なんて人も多いかもです.

本記事では,サラリーマンが疑問視した今の社会の価値観の問題点,そしてそれが精神的豊かさの退廃につながる事,そして本来持つべき価値観を示していきたいと思います!

 

 

先ず,現代の価値観は簡潔に言うと,物質至上主義であり,精神的豊かさを排除していっています.

現代の社会構造,この価値観の生い立ちの順に示していきます.

 

 

【現代の社会構造】

資本主義経済の示す市場原理主義(国による市場への介入は小さくてよい.市場を自由にしておけば,見えざる手により,意図せず資源・富を最適に配分してくれる思想)で成立する世の中です.

利益を誰もが私欲のままに追求し,相争っています.

その結果として,勝者と敗者が決まり,貧富の格差が広がっていっています.

(経済的カテゴリーにおける世界人口の下位50%の資産と,フォーブスによる長者番付の上位26位までの資産が同等という報告があるそうです.)

 

また,大量生産-大量消費社会であり,人々の消費がとまると不況が現れるため,無限の消費が求められている社会ともいえます.

一方で,多くの人が物質的に豊となり,さらにはスマホやインターネットなど多くの発展が社会をさらに豊かにしていっています.

※前回の外的幸せには物質面の豊かさも大切であり,それを可能としている資本主義社会は否定しません.

一方で,資本主義社会の源流はマックス・ウェーバーによれば,キリスト教プロテスタントのカルヴァン主義にあると指摘しており,その根底には厳しい倫理規範があり,勤勉と説欲を重要視し,得た利益は社会のために役立てる思想があったといいます.

そのため,現代の人々に厳しい倫理規範等があるのかが問題視されるべきと考えます.

 

 

その繁栄した世の中で生まれた価値観が物質至上主義となります.

 

>>>続く>>>

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【本ブログ構成】

【はじめに】~現代社会の道徳的退廃要因.その中で力強く生きる哲学~

◆第一章【存在価値を見失っている要因】

①【存在価値を見失っている要因】

②【存在価値を見失っている要因】

③【本当の幸せ】目指すべき方向

④【本当の幸せ】目指すべき方向

⑤【本当の幸せ】目指すべき方向 完結

⑥【精神的豊かさとは?生きる意義は見失いたくない】

こんにちは!

1章⑥番目記事です.

 

どこから読み進めていただいても,大丈夫です!

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これまで現代の人々の生きる意義・存在価値・活力等の喪失の過程を下図のように示してきました.

複雑な図で申し訳ないです驚き複雑なのは図だけです

 

 

ちなみに,次回からは実際に我々の身近にあるどのような社会の仕組み(メカニズム)から

精神的豊かさを退廃させてしまっているのか(図内赤枠)を示していきます!

 

一方,図から分かるように,「精神的豊かさの退廃」を生じることが直接的に生きる意義等の喪失につながっています.

「精神的豊かさの退廃」はとても重要な事柄です凝視

そこで,精神的豊かさとは何であるか,なぜ退廃することによって生きる意義・存在価値等を失ってしまうのかといったあいまいさを本記事にて明瞭にしていきます!

 

 

 

なぜ精神的豊かさの退廃が生きる意義・存在価値等の喪失につながってしまうのか.

結論から示しますキメてる 精神的豊かさがあれば幸福となり,なければ不幸となっていくためです.

不幸な状況が続く中で生きる意義・存在価値等を見失っていってしまいます

 

 

 

精神的豊かさを具体的に示しますと,主に下に示す要素を代表的に上げることができます.

 

・人を思いやる気持ち    ・何事にも感謝できる気持ち ・人の不幸に涙する気持ち 

・卑怯をいさめる気持ち   ・何事も忍耐する気持ち   ・何事も肯定的に受け取れる気持ち

・正直・素直・謙虚な気持ち ・義理人情があり恩を大切にする気持ち

・自然から趣を感じる気持ちイチョウ ・不正を許さない正義の気持ち ・正しいことを貫こうとする気持ち

 

すなわち,精神的豊かさとは,上記の通り,本心として誰もがもつ普遍的な道徳観であり,倫理観といえます.

 

※小話ですが,会津藩の白虎隊の学び舎では上記のようなことを掟として,子供のころから学んでいましたにっこり

そして,面白いのが,「弱いものいじめはしてはならない,卑怯はならない」といった掟の最後の結びに「ならぬことはならぬものです」とあるのです物申す(笑)

これは,普遍的道徳には根拠はなくてよいことを示すと思います.盗みをすることも,人を殺めてしまうことも,ならぬことはならぬものです.なのです.

 

 

いずれも前回示しました1章③~⑤に示す内的幸せ(心の力強さの中にある平静・安定性≒如何なる時も,常に明るく朗らかに,肯定的姿勢を持っている人)及び,足るを知った外的幸せを実現する必要十分条件となるのです.

(内的幸せと外的幸せはともに精神的豊かさから実現します)

すなわち,幸せなら精神的に豊かであり,精神的に豊かなら幸せの関係を得ます爆笑

 

(※人は物にあふれていても,安易に承認を求めても,幸せにはなれず,精神的な豊かさが必ず幸せに必要なのです.ここは,厳しい言い方かもしれませんものの,これまでの生活を惰性で続けず,少しずつでも道徳観・倫理観に基づいた生き方をしていただきたいです.だれもができるからこそです!)

 

 

必然,精神的豊かさを退廃してしまうと,本来の幸せは得れず,誤った方向(不幸)へ人生の進路を定めてしまいます.

すると,欲望のままに生きる道であり,肥大化する私心に苦しめられるとともに,

人生に生じる困難と向かい合う気力を持たず,幸せを感じることなく,周りに流される人生となってしまいます.

 

 

何をしてもいかに頑張っても幸せを得れず,不平不満の世界をさまよったり,

次第に人の目を気にすることで自己を肯定しようとしても,それも効果はなく,

次第に生きる意義・存在価値を喪失していってしまう結果です.

そんな人生である必要は1㎜もありはしない.誰もが力強く生きれ,生きがいを感じうるべきです.

 

 

であるからこそ,精神的豊かさの退廃を招いている現代社会の仕組みを理解するとともに,

精神的豊かさを自身の人生に生きる軸とし,生活をすることが何よりも大切であり,幸せな,力強い生き方を実現します.

 

精神的豊かさをいかに人生に落とし込むか,そして,どんな困難,目先の利益の誘惑が生じてもその正しく律せられた人生を生きられるかは自身の人生に対する哲学の有無です.

併せてその哲学がゆるぎない意志を生みます.

哲学は第3章で詳述していきます.

ただし,今からでも,人の批判をしない,感謝を何事にもするといったことが,自身の立派な哲学を形成していきます!にっこり

 

現代は個人主義,自由は大切だ!という風潮なものの,それらを拡大解釈して,放任してる感がありますよね凝視

その結果,子供はならぬものはならぬという必要最低限の道徳をしっかりと教えられずに育ってしまうこともあります.

やはりこう,しっかりと道徳を大切にした社会になるほど,良い社会になると思います!

 

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【本ブログ構成】

【はじめに】~現代社会の道徳的退廃要因.その中で力強く生きる哲学~

◆第一章【存在価値を見失っている要因】

①【存在価値を見失っている要因】

②【存在価値を見失っている要因】

③【本当の幸せ】目指すべき方向

④【本当の幸せ】目指すべき方向

⑤【本当の幸せ】目指すべき方向 完結