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You like me too much!

nothing can come between us

 

 

 

 

またまた始まりましたね、ハリポタコラボ。

 

 

コラボメニューのコーヒー系と紅茶系両方飲んでみましたけど

どちらも美味しいです。

 

 

 

 

何度も書きますがワタシは何の広告収入も得てないし

どこの回し者でもないのでw

 

お勧めして何があるってわけじゃありませんが

今回のドリンクはどちらも好みでした。

 

紅茶のぱちぱち跳ねるやつ、

早く飲まないとすぐ消えちゃいますw

 

 

 

 

(※皆さんがご覧になると勝手にブログ内に広告は表示されてるでしょうけど

ワタシとは何の関係もなくアメブロが自主的に掲載してるやつです、

ワタシには何の収入もありません。)

 

 

 

 

 

 

最近、

ステマに色々法律的に規制がかかってきたようですが

 

思うに、

アメブロってほとんどのブログがステマですよね。笑

 

 

著名人の方のブログはもちろんのこと

素人さんのも高確率で必ず広告収入が・・

 

で、

今までは結構それ、わかりやすかったですよね。

あからさまに「これをやれば儲けられます」的な記事が

結構ありましたけど

 

最近はちょっと手が込んできましたね。

 

 

 

普通の人が普通に

「今日はどこそこへ行ってきました」

みたいな日記を書いて

 

実はそれ、実在しない人の架空ブログ。

 

いかにも、

実にいかにも本当らしく

暮らしてる風な設定もあって

 

どこそこに住んでこんな暮らししてる30代です!

地方の大学生です、とかこんな勉強してますとか

節約してる主婦ですとか

 

かつ、

ネコ好きですとかw

犬飼ってますとか

 

もちろん写真付きだし

マメに生活風景が描かれていて疑いようがない

 

今日はスーパーで買い物しました、

今日は映画を見に行きました、

今日はペット連れて公園に行きました・・

 

なんら不自然さはない。

 

 

しかもコメントするとちゃんと返信もする!!笑

 

そんなリアルな感じで親しみやすく書いてても

恐らくそんな人は存在してない。

 

で、

 

クリックしていくら・・とかじゃなく

リンクしてあるその「行ってきました」の場所が

広告の先だったり

買い物品のリンクが広告になってるわけですね。

 

 

 

 

もはや、

 

「本当に実在してる人はいるの?

 

いるなら、それはどこの誰??」

 

 

という感じすらしますw

 

 

 

 

フリマアプリもそうです、

丁寧にコメントしたり返信したり

きちんとやってる風になってるけど

 

何百何千という取引の実績・・

 

 

こんなん、組織的にやってなきゃ無理です、

一般の素人が生活しながら売買してるとしたら

相当な時間をそれに費やしてることになる。

 

 

 

 

 

もはやテレビCMすらAI、CGですから、

もう何が本物かわからない時代に完全に突入してるんですよね。

 

 

 

 

 

 

一体、

本物の人間はアメブロのどこに存在してるんでしょう?

 

どこに行けば実在の人と知り合えるんでしょうね。

 

 

 

全てが疑わしく、やる気がなくなります・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京は急に寒くなりましたね、

 

 

 

・・・横浜も寒い。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

お友達のお誕生日をお祝いしてきました。

 

ビル風が余計に寒い・・・ガーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういやあワタシは

誕生日に祝ってもらったり

プレゼントをもらったり、

そもそも親が誕生日を祝ってくれる・・・

 

なんてのがありませんでした。

 

妹が生まれるまで。

 

 

 

あくまでも妹が生まれたからそういうのをやるようになったので

ワタシが単独で生きていた5~6年の間はなにもなし。

 

 

元から毒両親にはそういう気持ちも、習慣もなく

特に毒父ですが、

 

「誕生日なんてくだらないものは幼児がやることだ」

 

というひねくれた封建的な考えを持っていましたから。

(毒父自身が養子のため、継母から虐待を受けていたので

当然誕生日なんてないも同然だったのでしょう、

誕生日自体もその日が本物かどうかわからないそうです。)

 

 

 

 

小学校のお友達はクラスメートを呼んで誕生会したり

みーんな当たり前に親からプレゼントもらったりしてましたけど

ワタシは祖父母から何かくれていた記憶が少しある程度。

 

 

妹が生まれて急に子煩悩になった毒母が

物心ついてわかるようになった妹のために誕生会をやるようになって

(妹の手前仕方なく)ワタシの時もやらざるをえなくなったようですが

つまりワタシの場合は自分がかなり大人になってからです、

家族でその日にご飯食べたりするようになったのは。

 

 

それでも毎回毎回、

毒父に嫌味を言われていました、

 

こんな年になってまで誕生日とかくだらねえ

(こんな年って、当時ワタシ中学生ですw)

こんなものは子供のやることなんだ、いつまでやってるんだ、

(ってまだ中学生は子供だと思いますがw)

 

と、誕生日が来るたびに言われたので

 

なんとなく常に肩身が狭いというか

やってはいけないことをやっているんだという意識でいましたので

妹は小さいから祝っていい、自分はもう大きいから祝ってはいけない

とずっと思いながら、でも外の世界の人たちとのギャップを感じながら

(外ではみんな大人になってもパーティとかやってるのに

なぜ自分はダメなんだろうという疑問)

 

 

あ、

 

でも誕生日だからといってワタシの大好物が食卓に並ぶわけではなく

「妹が食べられるもの」「妹の好物」

が並ぶのですけどね。笑

 

 

 

 

そうこうしているうちにワタシがティーンになり

外部の情報を得たり、海外に行ったり

色々な人に会い話を聞き、弁が立つようになり

 

「うちが変なんだ」とわかってから

 

「誕生日を祝うのがなぜ悪い?

家族のひとりがこの世に生を受けた大事な日なのではないか、

それをいくつになっても祝うことは悪いことではないだろう」

 

と、

やつらの前で堂々と弁論し

 

「たとえ100歳になってもワタシは自分の誕生日を堂々と祝う、

何歳だから変だとかおかしいとかそんな固定観念ワタシは持たない。

世の中はそんなじゃない、おかしいのはモマエらだ。

人が簡単に生まれると思うなよ、ひとり出てくるのは大変なことなのだ、

これは喜ばしいことだし祝っていいはずだ、

モマエらがやりたくないならワタシのは祝わなくていい、

でもワタシだけはあんたらの誕生日を忘れずに死ぬ手前まで祝ってやる」

 

と宣言し

 

くだらない、だ、なんだと反論してくる毒父を論破し

やっとうちという家庭に「誕生日には集まって飯を食う」

 

という習慣を定着させたのです。

 

 

つまり、ワタシがもたらしたんです、あの家に、

その当たり前の感覚や習慣を。

 

 

 

ワタシは常にヤングケアラーとしての役目も果たしながら

 

「世の中はこうなんだよ」

 

という情報を常に彼らに与え、

新しいものや習慣を取り込んだりして

あの家に変化をもたらしていました。

 

イベントごとだとか季節の何かとか

他のご家庭では当たり前にやっていた習慣や事柄を

持ち込んだのは全部ワタシです。

 

 

 

だから妹は

当たり前の家庭のような感じに思って生きていたと思いますが

実は全部ワタシがもたらした変貌なのでした。

 

ワタシがいなかったらなーーんにもしない家庭だったでしょうね。

 

 

 

 

 

もちろん、

世の中には別にうちみたいな毒両親でなくとも

イベントごとや誕生日みたいなものに無頓着なご家庭もあるとは思いますし

それはその方たちが納得していればもちろんOKです、

 

 

ただワタシは誰かひとりの人間が偶然にも、

たまたま、もしくは運命的に、

この世に生を受けたのだからめでたいと思います。

 

 

健康でその年まで生きてこれたことを喜ぶことの

何がいけないんでしょう。

 

 

 

毒母の方はちなみに、

祝う気持ちがなかったというか、誕生日は

 

「悪」

 

そのものでした。彼女にとっては。

 

 

「誕生日=自分がひとつ老化するとんでもない地獄の日」

 

 

というくくりの認識でしたので

めでたいはずもなく。笑

 

 

 

毒父毒母、

それぞれ別の理由で誕生日を毛嫌いしていたのです。

 

 

 

 

 

幼少期の自分は、毒親たちの顔色だけをうかがって生きていましたが

色々なものを取り入れ、

持ち込んで、

家の雰囲気を明るくしたり笑いをもたらしていたのは

実は全部ワタシでした。

 

 

あとになって考えてそういうことがわかりました。

 

 

確かにワタシはピエロな役割でしたが

重大な役割を担っていたと思います、我ながら。

 

ワタシがいたからみんなげらげら笑っていましたね。

 

面白いことを言ったりやったりして

毒両親と妹をいつも笑わせていたのはこのワタシ。

 

 

こんな面白いものがあるよ、

こんな場所があるんだよ、

行ってみようよ、楽しいよ?

と誘って尻を叩いて皆を動かしていたのもワタシだし

 

新しい風を常に持ち込んでいたのもワタシ。

 

 

 

妹はそこに気づいてないと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシが実家に近寄らなくなってから

あの家から笑い声が漏れることはなくなりました。

 

妹も不機嫌の骨頂な人間ですから

立ち寄ってもさっと用事だけ済ませて帰ってしまうそうで

ワタシが一緒だったからおもしろおかしく過ごせていただけで

彼女単体では笑いをもたらすことはできないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Eggsn thingsに行くと、

 

エッグ(たまご)を掲げているわけだから

卵料理が美味しいに違いない、

 

と思うくせに

 

 

なぜかバーガーとか魚とか

全然関係ない料理ばかり頼んで

一度も卵に関わるもの食べたことがなかった・・・

(←パンケーキですらw)

 

 

 

 

 

 

やっと卵料理食べました。笑

 

 

 

 

 

 

オムレツ。

 

 

中身はチーズも入っててとろとろでした。

うまし。

 

 

 

 

どうしてパンケーキ食べないかというと

 

食べないのではなく「食べられない」のです、

ご飯ものだけでお腹いっぱいになっちゃうからw

 

誰か一緒に行ってくれませんか。笑

 

 

 

若いママ友さんたちが良く集まってわいわいされてますが

いいですね、羨ましい。

 

お友達とシェアできるから一度に色々味わえますよね。

(とはいえコロナ以降気を遣ってシェアされてるようですが)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシの憧れはずーっと、「大家族」です。

 

 

生まれてから今日までほぼ、孤独な人生だったので・・

 

 

 

いても「いる」とはいいがたい、心の通じない毒両親は

とてもワタシの理想とする家族からはかけ離れていますし

(なにせ世界で一番信用できない、嘘つきで裏切りが平気な人と

無関心、愛情のない人だから)

 

せっかく可愛がっても全然ワタシに対して愛情がない妹

の、3人しか血がつながった人がいないわけで

(甥っ子なんて更に何とも思ってないでしょうから余計に)

 

 

もちろん家族の定義はそれぞれだから

血縁かどうかはそんなに気にしていませんけど

 

毒母系の叔父さん叔母さんたち、と

その子供(ワタシにとってのいとこたち)は

毒母がワタシを彼らに近づけないようにして

嘘八百を並べ、疎遠にされてしまったので

いまさらどうこうもできない関係ですし

 

毒父の方は毒父が「もらわれっこ」なので

家族、親戚、ゼロ。

 

 

 

 

 

 

ワタシが17歳だったか、LAに一人で行った時お世話になったのが

ヒスパニック系のファミリーだったんです。

 

彼らはホントに大家族、ものすごい沢山家族がいる人たちで

彼らにとって大家族は当たり前。

 

 

例えば誰かの誕生日だ、卒業だ、結婚式だ、

なんていうイベントがあると

冗談でなく100人単位で人が集まるんですよ。

 

普通の平凡な一軒家に。笑

(まあ日本とはけた違いのお庭の広さがありますが)

 

 

本気で血が繋がってる人たちだけでも5~60人くらいいてw

 

それぞれのファミリーが子だくさんで最低5~6人の兄弟がいる上に

その親御さんたちのそれぞれの兄弟がいて

結婚した人は義理の親、兄弟がいて、

それだけでもすごい人数・・・

 

 

おまけにそれらの人たちのお隣さんだの友達だの親戚だの

誰かのガールフレンドだの・・と

ほぼそれ、関係なくね?ってくらいの関係の人まで連れてくるのでw

気づくとすごい人数になってるんですよね。

玄関から人があふれ出て外でもパーティしてる、みたいな感じ。

 

 

んで、

みんなワタシに次から次へと人を紹介してくれるんだけど

とてもじゃないけど覚えられない。笑

 

(でもアジア人少ないしワタシの名前に特徴があり覚えやすいようで

向こうは覚えててくれるので・・・

どこかですれ違った時にはーいとか言ってくれるのだが

だれなのかさっぱりわからずw

笑ってこっちもはーいとか言いながら「誰だっけ・・」と焦るw)

 

 

 

 

すごい光景なんだけどとても楽しいんですよそれが。

 

ほとんどの個々はまじで誰だかわからないんですけどw

でも何かコネクションがあって集まってる人たちだから安心感はあるし

(決して通りすがりの人じゃないから)

 

 

少なくとも米国では知らない人がいたらすぐ紹介する文化なので

あっという間に全員と知り合いになれますから

なんていうんだろ、やっぱり大きなファミリーだなっていう

不思議な感覚があるから心配がないんです。

 

 

 

それと日本のように人が集まるって時の敷居が高くないので

食べ物もちよったり飲み物もちよったり

誰かが歌ったり踊ったり、頼んでもいないのにw

 

別に何を準備するわけでもないから簡単なんですね。

 

 

 

日本だとさてパーティだ、っていったら

どんな大義名分で会場はどこにして

 

予算いくらだ、会費だ、どこで食べ物調達するのかオーダーするのか

仕切るのは誰、会計は誰、

誰を呼んで誰を呼ばないとかあの人はどうするんだとか

飾り付けなきゃとかテーブルどうするとか

誰がスピーチするんだ、歌うんだ、踊るんだと

 

とにかくやる前から疲れてしまうようなものばかり。

 

その点文化の一部だから本当に気軽にできるところがうらやましいですね。

 

 

 

ここでの暮らしのおかげで

 

ある意味あの時、ワタシは

「日本から出たら、違う習慣、違う文化があって

ここには誰をも歓迎してくれる暖かいファミリーがいるんだ」

 

ってことに気づいちゃったわけで

 

家族ってこういうものなんだな

自分ってこういう風にふるまってもいいんだな

と色々な事がわかったし

 

 

いまになって日本で大騒ぎしてる

「多様性」ってやつ

 

そんなもんはとうの昔から

諸外国では当たり前であって

色々な人がいて色々な人種、肌の色、

環境や障害などの違いなど

 

全員違って当たり前なんだよ

 

ってのを身をもって体験していたので

 

日本に帰ってからの暮らしが窮屈になったんでしょうね。

 

同調圧力もなく男でも女でもどちらでもなくてもいいんだ

あなたはそのままでいいんだよ、

 

ってその時に感じ取れましたから。

 

 

 

そしてそこから「うちの家族は何かおかしい」

と思い始めていくわけなので

 

 

これがなかったら毒家族ってなんなのか

知らないままもっと長く過ごしていたと思うと

いってよかったなと心から思います。

 

 

 

 

 

 

 

風が強いけど青空です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒いのいっときましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

味は・・

ワタシ的にはちょい、中途半端な感じがしました、

もうちょっとどちらかがキツくていいかな~っていう。

 

 

まだ飲んでない方のために控えめにな感想にしておきますw

 

 

 

 

 

 

 

 

さてここ数週間、ずーっと家の中を歩き回ってくれている「黒くも」君がいます。

 

(スパイダーですよ、雲ではなく。)

 

 

 

くもを見ると親の仇のごとく目の敵にして殺す方もいますが

 

一部の毒のある特殊なのを除けば

害虫を食べてくれる大活躍な人なんですよ。

 

 

ずーっとあっちいったりこっちいったり

あれ、今日はこの部屋に来たんだね、みたいな

毎日彼に出くわすのも楽しいし、

 

いつのまにか彼の活躍により「コバエ」が全滅し

家の中がすっきりしました。

 

 

 

なんか守り神がいるみたいで嬉しいです。

 

 

 

 

ハロウィンも近いしね。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近そういうラッキーな事が他にもあり、

 

 

 

小鳥王子には生まれた時から

「アルビノ」の白い羽が一枚だけありました。

 

それが5年間くらい毎年抜け替わってもまた生えてくれて

毎年毎年白い羽をコレクトしていたのですが

 

5年目くらいの時にちょっとしたハプニングがあり

小鳥王子がとても恐怖を感じる事件が起きた時から

その白い羽が生えなくなってしまいました。

 

 

まあ年もとるわけだし、生えなくなるのも仕方ないか

と思っていたのですが

なんと今年、この秋、またその白い羽が復活!!

 

 

5年目くらいに消えてしまったはずの白い羽が

それから更に5年の月日、

 

10年目の今年、元通りの真っ白な羽が

同じ場所に同じように一枚生えたのです。

 

 

ミラクルです。

 

 

まさか復活するとは夢にも思っていませんでしたので

とても嬉しかったです。

 

 

 

 

 

そもそも彼は運が良い子なので

これからも沢山の幸運を運んできてくれることでしょう・・・

 

 

 

そんな王子の今年の換毛ももう少しで終わりそう。

 

 

お盆のあたりからかゆくてイライラしていましたが

もうほぼ綺麗に生え変わっておさまってきたので

あと一息です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハロウィンももうすぐですね、

秋から冬は色々楽しいイベントがたくさんあっていいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頼んでないのに

 

 

必ず映り込んでくるちゃいろいひと。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

SFのジャムは美味しいものが多いので

時々購入しています。

 

果肉感があってそのままついつい

スプーンですくって食べてしまったり。

 

 

 

ヨーグルトなどにもあうけど

パンに塗るのが一番おいしいかな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえばよく毒母は、

 

「妹を連れてでかける」と言えば

こづかいを必ずくれました。

 

 

 

その意味は

 

「〇〇(←妹)においしいものを食べさせてやってね、

好きなものを買ってやってね、望むことをさせて楽しませて」

 

 

という指示であり

 

そのお駄賃として

ついでにあなたもこの金で食事を一緒にしなさい

 

 

という意味でした。

 

 

 

なので

ワタシが単独で、独りででかけるといっても

もちろん何もくれません。

 

 

あくまでも

妹を楽しませてくれるあんたに対して必要経費を払うわよ

 

ということなんです。

 

 

 

ベビーシッターですね、体のいい。笑

 

 

 

 

 

豪遊するほどのこづかいではないので

たいていは

 

食事を1回して

お茶したりすればあっという間になくなる金額でしたが

 

 

 

自腹を切ることを考えればこれもまた

重要な収入源でした。

(※ワタシは年上もしくは働いてる人が払うべき、という

信念でいましたので当時は妹の分を必ず払っていました)

 

 

 

 

 

毒母は自分の実家(ワタシからすると祖母の家)が商売をやっていて

常に大金で潤っていたので

金に困ったことだけはありません。

 

おまけに結婚した相手(つまりワタシの毒父)がサラリーマンで

安定していて持ち家も買って借金もなく

もし困れば実家を頼る、という二本柱が強力にあった上に

専業主婦のままで働いたことがなく

(祖父が)毒父だと騒ぐ割には金銭では全然苦労してない人なんですよね。

 

だから不倫とか余計な事する時間があったんでしょうけどw

 

 

 

その筋を受け継いで

潤ってる毒母と常に近くで暮らしてきた妹も

金に困ったことは一度もありません。

というか常に潤ってました。

 

元旦那二人もきちんとした人たちだったので

給料を全て家に入れて、離婚後もちゃんと養育費を払ってくれて

貯金もそれなりにある上に

困れば毒母がなんでもだしてくれますからね・・

 

 

離婚後にパートをはじめた程度で

(実家のそばから離れたことがないので

いつも毒母が生活必需品は何か持ってきてくれますから)

その前はほぼ専業主婦だけで暮らしていたので

働くことに関しても苦労なし。

 

 

電車通勤は絶対いやだ、嫌いといって

車で行けるパートしか探さなかったから

満員電車や痴漢の苦労も一切なし。

 

地方都市ならまだしも

都会に近い便利な地域の土地に暮らしながら常に車を持ち

駐車場代諸々、延々維持できているのも

苦労されてるシンママさんが見たらとんでもなく羨ましい事。

 

シンママ目線で言えば

常に毒母というシッターが5分のところにいたので

学校からの子供の送り迎え(もちろん習い事も含め)や

食事まで全部毒母まかせ。

 

自分は時間通り働いて帰ってきて

食事も風呂も済んでる子供を車に乗せて帰るだけですから

保育園の費用もかからない、食費もかからない、

時間もとられない、自分の時間がいくらでも作れたでしょう。

 

これまた預ける人もいなくて必死にワンオペで頑張られてる

ママさんの皆さんからすればむかつくと思います。笑

 

金銭も人手にしても相当恵まれた環境で協力体制ばっちりの状態で

おまけに子供はひとりっ子ですし

元父からの養育費もきちんと入るわでホントに恵まれてたと思います。

 

 

 

 

 

 

早くから追い出され一人暮らししなくてはならず

アルバイトからスタートして

自分が生きていくために(もちろん夢もありましたが)

ずーっと厳しい仕事についてきたワタシと比べ

 

専業主婦時代はもちろん楽に暮らしていた上に

行きも帰りも車でほいほいとたどり着ける仕事しかしていない妹は

金銭的にも環境的にも常に恵まれていました。

 

 

ワタシにとっての毒両親は親ガチャのはずれですが

妹にとってあの両親は当たりまくりの良い両親ですね。

 

 

 

 

 

 

だけど

楽で潤った暮らし・・イコールそれは素晴らしい事か?

というと

 

そこはなんともいえません。

 

 

おかげで妹は狭い半径5キロくらいの世界で生きてきて

見聞を広めることがなく

毒母の考え方のみが浸透してしまい他の考え方ができず

凝り固まった考えしか育ちませんでしたが

 

 

苦労しても飛び出してあれこれチャレンジして

色々なところに行き経験を積みたくさんの人と出会ってきたワタシは

とてつもなく多くの素晴らしい出来事と遭遇して生きてきたから

 

多角的に考えることができる人になることができましたし

妹の知らない事を100倍知ってると思います。

 

 

 

 

 

人生を振り返ると

大変な事もたくさんありましたけど

 

とんでもなく楽しい経験や

素晴らしい出会い、

生きてる実感、感動的な状況や体験、

 

珍しいものを見たり聞いたりもして

沢山の国を訪ね住んでみたり

 

やれそうなことはなんでも挑戦して

死ぬ気で働いて結果を出したり

二度とできないような体験が沢山できたことを考えると

 

 

 

 

 

毒親に関心を持たれず

無機質に扱われ放り出されてよかったのかも、

 

 

とすら思ったりします。笑